「その頃のサルワ 1」
冥界の第二の門に近づいて、サルワは年のせいで視力の落ちてきた目を何度もこすった。
(何なんじゃ、ありゃあ……!?)
第二の門に、灰色の、人の形をした影のようなものが群がっていた。
門番神三人が影と戦っている。
何かわからないが、影が良くないモノなのは間違いない。
白に近い灰色。
黒に近い灰色。
合わせて二十体ほどか。
いずれの影も、手足の骨や関節が、まるで蛇の胴体のようにうねっている。
(……もしや悪霊っちゅーやつか……?)
それは、聖なる神々に背いたために冥界での安寧を得られず、地上の砂漠をあてどなくさ迷い、地下なる冥界よりもさらに地下深くで炎に焼かれ……
時に大蛇アポピスに喰われ、時に邪神セトに使役される存在……
(そんな連中が何故に楽園の門番神を襲っとるんじゃ……? ええい、何であれ門番神様に加勢せねば!)
サルワが死者の書を広げる。
しかし……
「何じゃこりゃあ!?」
思わず声を上げた。
死者の書に綴られているはずの守りの祝詞は、赤黒い染みに覆われていた。
悪霊達がサルワに気づき、白っぽい何体かがサルワのほうへ寄ってきた。
ひょろひょろと、まるで紙の人形が、飛ぶほどではない風に吹かれて地表を滑っているかのような力ない動き。
だが、それらは決して見た目どおりの弱い存在などではない。
サルワの視界、迫り来る悪霊達の肩の向こうで、黒っぽい悪霊のグネグネした腕や足を首に巻きつけられた門番神が、もがきながら倒れていく。
一人目、二人目、三人目も。
「あああ、神々よ! どうすりゃいいんじゃ!? オシリス神様あああ!!」
白っぽい悪霊がサルワとの距離を詰めてくる。
残りの悪霊は、守護者を失った門に取りつき、力ずくでこじ開けようとしている。
バンッ!!
門扉は、何か大きな力によって、反対側から跳ね開けられた。
悪霊達が弾き飛ばされる。
門の向こうには、真っ白なナニカがたたずんでいた。
「メ……メジェド殿……」
門番神が息を吹き返し、つぶやく。
その名にサルワは心当たりがあった。
(オシリス神の衛兵……じゃったよな?)
人間ほどの背丈。
頭からスッポリとかぶった白い布。
布の下からはみ出た足は人間のもののように見えるが、布に開けられた穴から覗く両眼は、人間のものにしてはあまりにギョロリと輝きすぎている。
その眼から発せられた光線が、悪霊達を薙ぎ払った。
古代エジプトでは悪霊を絵や文字にして残すと悪霊が永遠の存在になってしまうと考えられていたため資料が乏しく、本シリーズの悪霊は筆者のオリジナル設定となっております。




