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「このおれが」

「奴隷!? おれが!? このツタンカーメンが!?」

「サルワ殿はそう言っていましたよ。サルワ殿には、社殿へ続く道の門番に渡すためのお供え物と、あと、何だかわかりませんが“秩序の女神に頼んで罪を帳消しにしてもらう儀式”に使うお供え物も必要だというので渡しておきました。それらの分、サルワ殿の奴隷である君達がしっかりと働くように」

「待て!! 話を聞け!!」

「奴隷と話すことなんかありませんよ。奴隷は明日に備えてさっさと寝なさい!」

 ハタプ神がパチンと手をたたく。

 次の瞬間、畑の隅に居たはずのツタンカーメン、ファジュル、ガサクはヒュンと空間を飛び越えて、別の場所に放り込まれていた。


 そこは薄暗い小部屋だった。

 四方を質の悪い日干しレンガの壁で囲われ、床には申し訳程度に藁が敷かれている。

 窓も戸口も日よけ布がかけられているだけで、一見すると開け放しのようだが、試しに手を伸ばすと、神による目に見えない力でふさがれて逃げられないようになっていた。


「ああ。これが奴隷小屋ってヤツか」

 ガサクががっくりと肩を落とす。

「これって取り違えたんじゃなくて、サルワさんがあたし達にくれたってことなのかなぁ? お仕事を押しつける代わりにって」

 ファジュルは死者の書をしげしげと眺めている。

「だったら俺達に直接ちゃんとそう言うだろ? それなら罪を許してもらう儀式の供物なんて必要ないわけだし」

「そっかぁ……」

 うつむく。

「サルワさん、悪い人だったんだ……」

 奴隷にされたことよりも、そっちのほうがファジュルにはショックなようだ。


 その横でツタンカーメンは「……奴隷……このおれが……奴隷……」とブツブツつぶやいている。

「大丈夫だよ、つーたん。ハタプ神さまってそんな、奴隷を鞭で打ったりするようなイジワルな方には見えないし。そりゃあ中にはひどいご主人さまが居るって話も聞くけれど、大きなお屋敷の奴隷はあたし達なんかよりもずっといい暮らしをしてるって、ママがパパに向かって怒鳴っていたし」

「そーゆー問題じゃなくてっ、おれは……いや待て、まずファジュルのママについて話をうかがおうかっ?」

「俺らが門を通るためのお供え物の分は、どの道、働かなくちゃいけないわけだからな。きれいな死者の書はこのまんまもらっといて、サルワが取り違えに気づいて戻ってきたら捕まえてとっちめてやろうぜ」

「ううう……おまえら意外とポジティブなんだな……」


 そこに突然……

「まだ起きているのですか!? さっさと寝なさーい!!」

 天井から……天上ではなく天井から、ハタプ神の声がとどろいた。


「待ってくれ! 男女一緒じゃマズイ!」

 神自体の姿は見えず、屋根を成す藁に向かってガサクが叫ぶが、神は無慈悲にスルーする。


「明日の仕事は厳しいですよ! 明日は草取りだけでなく水やりもしてもらいます! 木の桶に水路の水をいっぱいに汲んで、広ぉい畑の隅から隅まで運んでいってまくのです! 水路から遠い畑の真ん中部分にもちゃんとまくのです!」


 病弱なファジュルの表情が曇った。

 ハタプ神の声は、目の前に居た時とは異なり、おどろおどろしく響いていた。


「水の入った重たい桶を抱えて何往復もするのです!」


 ファジュルの横顔を見つめるガサクは、ファジュルよりも深刻な瞳をしていた。


「神様はちゃんと見張っていますよ! 今日みたいに虫さんと遊んでばっかりじゃ駄目ですからね、ツータン君!」

「おれだけ!?」


 ファジュルの口もとにほほえみが戻ったが、しかしそれは一瞬で消えた。


「サボった者は地獄行きです! サボらずに無理がたたって死んだ場合、冥界にありながらなお死んだ者もまた、地獄行きとなります!」


 ガサクがファジュルの手を握ろうとして、ためらううちにも、神の冷酷な宣告は続く。


「畑は広大ですよ! ガサク君はファジュル君の分まで頑張るつもりのようですが、そんなことをしたところで、とてもおっつくような広さではないです!」


 ファジュルのほうからガサクの手を握り、けれど優しく首を横に振る。


「ふっふっふ……ファジュル君を助けたいのであればどうすれば良いか……ちゃんとお勉強していればわかるはずですよ、ツータン君!」

「何でおれ!?」


 天井の藁の隙間から、薄紫の霧が奴隷小屋に流れ込んでくる。

 その霧は甘い香りがして、嗅いだ途端に三人はバタバタ倒れて、深い眠りに落とされた。




 夢の中のツタンカーメンは、旅立つ前と同じ半透明の幽霊の姿になって、財宝で満ちあふれた自分の墓所の中に一人きりでふわふわと浮かんでいた。

(やっぱハタプ神って…………だよな)

 黄金の玉座にふわんと舞い降りる。

 若きファラオの手には、いったいいつの間に渡されたのか、ファジュルが持っていたはずの死者の書が握られていた。


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