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「スイレン」

「ありゃ? こりゃ、わしのもんか?」

 老人が下着に挟まっていた巻物を広げた。

 死者の書だ。

「なくしたと思ったんじゃが……はて、新品になっとる。息子が入れ直してくれたんかのう。しかしこれがなくなっとる隙に大蛇に丸呑みにされてしまったわけなんじゃが」


 老人はサルワと名乗った。

 サルワが持ってきたお供え物は大蛇の胃で消化されてしまって、その成れの果てがツタンカーメンの杖に付着しているわけなので、このままではサルワもオシリス神の社殿への門を通れない。


 サルワが死者の書を開く。

「この近くに下級神が管理する農園があるようじゃな。そこに行きゃあお供え用のパンぐらいは手に入るじゃろ」

 というわけでツタンカーメン達三人も、サルワにぞろぞろとついていった。



 岩の迷路が途切れると、向こうから、まるで太陽のような強い光が差してきた。

 景色が一気に開ける。

 先ほどまでは岩しか見えなかったのに、今は視界の端から端まで、瑞々しい野菜の緑とカラフルな果実に満ちた農園。

 そこは最初、光のドームに覆われているように見えた。

 農園の外は夜明け前とも日暮れ直後ともつかない薄暗さなのに、農園の中だけが光であふれていたからだ。

 太陽は空ではなくて水路にあった。

 広大な敷地を区切る水路を埋め尽くすように、空色のスイレンが咲き乱れ、花びらの奥から金色の光を放っているのだ。



「すっげぇ! やっぱスイレンって太陽神の花なんだな!」

 農園と岩場の境目にある水路にかがんで、ツタンカーメンがウキウキとファジュル達を振り返ると……

 ガサクはうつむき、ファジュルはうずくまっていた。


「ファジュル? 大丈夫か?」

「……うん……いつものことだから……」

 声が、細い。


「こいつ、体が弱いんだ」

 ガサクが死者の書を広げ、ファジュルの頭にかぶせて日除けにする。

「ダメだよ、ガサクぅ。これって神聖なものなのに、こんな使い方をしちゃ……」

「いいんだよ」

 ファジュルに向けられるガサクの眼差しは、もともとの目つきの悪さがかすむほどに優しい。


「おまえらって、つきあってんの?」

 ツタンカーメンにいきなり訊かれて、二人は飛び上がりそうになった。


「ち、違げーよバカ!」

「つーたんってば! あたし達、そんなんじゃないよ! ……まだ……」

「じゃあ心中とかじゃねーんだな?」

「何でそうなるんだよ!?」

「だって冥界にカップルで居るのってそんな感じするし」

「違うってば! あたし達、こっちに来てから出逢ったんだよ! あたしは病気で死んだの」

「俺は……怪我で……」

「あ! おれも足のケガからの感染症!」

「何で嬉しそうなんだよ」

「だからつーたんは杖をついてるんだね」

「んにゃ、これは生まれつきの内反足のせい。サルワは何で死んだんだ? あれ? サルワ? どこ行ったんだ?」


 風が吹く。

 いつの間にか、三人だけになっていた。


「先に行っちゃったのかなぁ」

 ファジュルがふらふらと立ち上がる。

 自分達も、進まなくては。


「待て」

 ガサクが水路の手前の一点を睨む。

 そこでは毒々しい模様をした小さな蛇が、岩場の闇を抜け出して、農地に入り込もうとしていた。


 小さくて軽そうだから、浮き葉の上を渡れそうだな、と思った直後……

 水路に身を乗り出した蛇は、弾かれたように飛び下がって、闇の中へと逃げ帰っていった。

 焼け焦げたようなニオイが辺りにただよった。


 前作に続き今回も、作者オリジナルの登場人物の名前は、古代エジプト語ではなく現代のアラビア語でつけています。

 ファジュルは曙、ガサクは宵、サルワは富という意味です。


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