暑い熱い夏の日
ミンミンみんみん、忙しなく鳴き続ける蝉の寿命は、約一週間らしい。
実際のところ土の中から這い出てくるまでの年月を合わせれば短くて三年、長ければ十七年と聞くので、まぁ長生きではないか。
更に言わせてもらうならば、土から這い出てきた蝉の寿命が約一週間なのは、単純に人目がある場合であり、人目さえなければ一ヶ月は生きている。
そんな蝉の豆知識がぐるりぐるりと頭の中を巡り、零れたのは言葉ではなく息――溜息だ。
正直蝉なんてどうでもいい、昆虫の類は得意ではなく、寧ろ苦手、嫌い。
こう暑い中で鳴かれ続ければ、意識がそちらに向けられるのも致し方のないことなのだ。
続け様に吐き出した溜息にも気付かずに、隣で端末を見下ろす彼は、暑くないのか。
あと一件、そう懇願したのは彼で、私はそんな彼に連れられてゲームショップへ向かっている。
こうして歩き出すよりももっと前、彼の家に向かった時には既に本日の行き先が決定していたらしく、一人取り残されるよりはと付いて来たのが間違いだった。
コンクリートを熱し、肌を焼く太陽は相変わらずギラギラと輝いて、それを覆い隠す雲さえ見当たらない青空に舌打ちすら漏れそうだ。
「……次のお店で見付かっても見付からなくても、帰るからね」
絶対、と念を押す私に、勿論だと頷いた彼は、端末で近隣のゲームショップを調べ、のんびりと熱いコンクリートを踏む。
こちらを見向きもしない彼は、時折体が傾いて私にぶつかってくるのだが、他の通行者及びに障害物にぶつかる気配はない。
スイスイと端末を弄る指先を見ながら、私は流れ出る汗を拭った。
***
「ありがとうございましたー」
大して感情の込められていない業務的かつマニュアル的な言葉を背に、私達は自動ドアを潜る。
涼しい、を通り越した涼し過ぎる、肌寒ささえ感じる店内から一歩出れば、今度は嫌にこもった熱気を浴びせられて、温度調節が出来ない。
本日三度目の溜息を吐く私の横では、お店の袋を持った彼が満足げに笑う。
「いやぁ、粘ったかいがあったな」
「……それは、良かったね」
温度差で具合が悪くなりそうだ。
腕を擦り、肩に引っ掛けていたショルダーバッグを掛け直そうとすれば、何故かそれが彼の手によって奪われていく。
女物の細身のそれが彼の肩に引っ掛けられるが、何と不格好なことか。
眉を八の字に下げて笑った私に、肩を竦めた彼は、このクソ暑いのに手を絡め出す。
お店を巡っていた時はずっと顰めっ面で、端末とにらめっこをしていた癖に、目的のものが手に入ると素晴らしい変わり身だと思う。
「暑いからアイス食べたい」
「昨日も食べてなかったか、俺の分も」
「……美味しかった」
昨日も昨日で彼の家に押し掛けて、彼がゲームに夢中なのをいいことに、冷凍庫にあったアイスを二つまとめて頂戴したのだ。
私の好きな果物が入ったカップのアイスに、バニラのアイスだったけれど、両方とも本当に美味しかった。
アイスのなくなった冷凍庫に、テーブルの上の残骸を見て、彼が何とも言えない顔をしたのは今でも簡単に思い出せる。
お腹壊すよ、なんて言っている彼を無視して、一歩分前に出てみれば、彼はそれに気付いて直ぐに距離を詰めてしまった。
それからご機嫌取りなのか、指を絡めてくる。
彼の逆の手にはガサガサと音を立ててるゲームショップの袋があって、それと肩には私のショルダーバッグが引っ掛かっていた。
「買ってもいいけど、食べるのは明日の方が良いんじゃねぇの?」
そう言いながら笑う彼に、私はえー、なんて笑って、絡む指を握る。
二つ分の熱で手の平が熱いのに、彼の手に力が入ったから、私の笑い声は大きくなって、囃し立てるように蝉が鳴いた。