その⑨
翌朝の朝食は採れたての野菜で作ったサラダとスープ、焼きたてのパンに何種類ものジャム、館で育てられている鳥の卵でつくられたオムレツ、ケペラ自慢のバターにヨーグルト、そして食後には薫り高いバラのお茶が出された。
「いかがですか、リタ自慢のお茶は?」
香を楽しみながらカップを口に運んだラビスミーナにアランが聞いた。
「何とも言えずに優雅な気分になります」
ラビスミーナは微笑んだ。
「間もなく警察がやって来ることを考えなければ、ですが」
「アントンさん、それを言ってしまったら台無しですね」
ロブが笑う。
ヴァンも笑ってからホプキンス夫人に言った。
「ケイト、壊れた四輪を見せてもらってもいいですか? 動くようにできるか見てみたいのですが」
「あら、アントンにはそんな才能があるの?」
「才能なんて……趣味みたいなものですが」
ヴァンは控えめに答えた。
「ケイト、私からもお願いします」
ラビスミーナが言う。
「ええ、もちろんいいですよ、アントン、サラ。キリロフ、後でアントンをご案内してね」
「わかりました、奥様」
キリロフは答えながら窓の方に目をやった。
「奥様、警察の方々が見えたようでございます」
「噂をすれば……ですね」
ホプキンス夫人が表情を引き締めた。
キリロフが扉を開けると、早速クロス警部が入って来た。後に続くのは数人の捜査官だ。
「これはまた、大変だわ」
夫人が驚いて言った。
「おくつろぎのところを申し訳ありません。マッカーレン夫人が殺害されたとわかった以上、徹底的に調べろと上司からの命令で……ご協力お願いいたします」
クロス警部は改まった様子でホプキンス夫人に言った。
「もちろんですわ。クロス警部。でも、まずは、お茶はいかが?」
「そうしたいところなのですが、ホプキンス夫人、あの通りで」
クロス警部は庭に散らばる警官たちを窓越しにちらりと見た。
「ああ、物々しいですわね」
ホプキンス夫人が頷く。
「失礼します。あなたがこの館を相続されたケイト・ホプキンス夫人ですか?」
この時、遅れて部屋に入ってきたのはクロス警部より二回りほど若い、三十代と見える男だった。
「はい。あなたは……?」
「ファビアン・カンツと申します。この島を出て、間もなく行方不明となった医師のネビル・スコットの件に世間の注目が集まり始めております。クロス警部をお手伝いしてベウラ島の安全を確保しろと上司からの命令で……それで、クロス警部、その女性が例の探偵ですか?」
ファビアン・カンツと名乗った男がラビスミーナの前に立った。引き締まった体とその動きはただの捜査官には見えない。
「サラ・フォードです」
ラビスミーナは男に答えた。
「私は今回上司からの指示で、特別に配置された形となります。クロス警部の手伝いもするでしょうが、独自にこの島を調査することもあるでしょう」
ファビアン・カンツはクロス警部をちらりと見て、ホプキンス夫人に向き直った。
「わかりましたわ」
夫人は頷いた。
「館で働く人たちを呼んで下さい。事件当時の様子をお聞かせいただきたい」
クロス警部が言う。
「ここは警部にお任せいたしますよ」
カンツが腕を組み、腰を掛ける。
「キリロフ」
「わかりました、奥様。ザビーネ、皆を」
食器を片づけていた年寄りのメイドに執事のキリロフは言った。
「さて、やって来た者たちには順に話を聞くとして、まずはあなたから始めましょう、パヴェル・キリロフさん」
テーブルを片づけていたキリロフにクロス警部が言った。
「はい。何なりとお聞きください」
手を休め、身を伸ばすとキリロフは言った。
「あなたはどのくらいこちらに?」
「三十年になります。こちらの執事が引退し、ご結婚なさったばかりのフィリップ様にお仕えすることになった私が、そのまま館の執事として後を引き継ぐことになったのです」
「なるほど、それでマッカーレン夫人の遺体が見つかったのは収穫祭の三日目でよろしいですね?」
「はい。早朝に瞑想の家に出かける途中で島の夫婦が見つけたのです」
「後で二人から話を聞かなくてはならないな。その夫婦の名前は?」
「ジャン・コラールとアンジー・コラールです」
「おい、メモしておいてくれ」
後ろに控えていたサイモンにクロス警部は言った。
「では、最後にあなたがマッカーレン夫人の姿を見たのはいつですか?」
「ご遺体が発見された前夜、菜園でのガーデンパーティーの時です。収穫祭の二日目でした。この日は例年皆が集まって祝うことになっているのです」
「ガーデンパーティーね……そこでは?」
「料理を食べながら飲んだり、歌ったり、踊ったりするのですが」
「夫人は最後まで残ったのですか?」
「いいえ。これも例年のことですが、夫人は軽くお食事を済ませて、お部屋にお戻りになりました」
「わかりました。そうだ、その時あなたはマッカーレン夫人とご一緒ではなかったのですか?」
クロス警部はロブ・ヒルに目を向けた。
「いいえ、私は夫人が亡くなった後に島に来ましたから」
ロブ・ヒルが答える。
「なるほど。夫人の死を知ってすぐにこちらに来たと」
「はい」
「では、アランさん、あなたが最後にマッカーレン夫人を見たのはいつですか?」
「ガーデンパーティーの夜です」
「菜園で、ですか?」
「いいえ。館で。僕はパーティーの準備がありました。品物を運んだり、料理の手伝いをしたりしていて……菜園と館を行ったり来たりしていました。館でゼンダとは収穫祭の挨拶をした程度でしたが」
「あなたは最後までパーティーに残ったのですか?」
「はい。後片付けもしなくてはなりませんから」
「館の主の息子がそこまで?」
クロス警部は用心深く聞いた。
「主の息子と言っても……ここは年寄りが多いのです。みんなで楽しむ祭りをおぜん立てするのは当たり前だと思いますが?」
「わかりました。それであなたが最後までパーティーにいたことを証明できる人は?」
「最後まで残っていたのは菜園で働いているポール、マイケル、ルイス、そして館の雑役夫のフリオなので聴いていただければ」
「メモしてくれ」
クロス警部が言う。
「警部、女性たちがホールに集まったようです」
サイモンが言った。
「よし、行こう。では、お邪魔しました」
「私もご一緒してよろしいでしょうか?」
部屋を出ようとしたクロス警部とカンツをラビスミーナが追った。
「ああ、ご勝手に。で、ヴィットさんは?」
「ええと、私は車庫に行って四輪を見せてもらいます」
「四輪?」
「彼の趣味なのです。さあ、行きましょう」
ラビスミーナがクロス警部を促した。
ホールにクロス警部とファビアン・カンツ、そしてラビスミーナが入ると、サイモンが年寄りのメイドと若いメイド、そして死んだ庭師の妻リタを連れて来た。
「これからマッカーレン夫人が亡くなった時のことを聞かせてください」
クロス警部は言った。
「あの……私たちの中に奥様を殺した犯人がいると?」
六十歳ほどだろうか、年齢以上に地味な感じのメイドが聞いた。
「聞いたことに答えてくれればよろしい」
クロス警部は答え、それぞれを見回した。
「お名前をお聞きしてよろしいですか?」
「スーザン・リーです」
若い、二十歳くらいのメイドが答えた。
「私はザビーネ・ラドスタッターと申します」
年寄りのメイドが言う。
「リタ・パトリックです」
庭師の妻が言うとクロス警部は頷いた。
「祭りの晩はどこにいましたか?」
「菜園にいました」
スーザン・リーが答えた。
「ええ、ここにいる全員が菜園にいましたよ」
ザビーネ・ラドスタッターが頷く。
「みんなが楽しみにしていたパーティーですもの」
付け加えるスーザンにクロス警部が聞いた。
「それでもずっとご一緒というわけではなかったのでしょう?」
「はい、みんなで楽しむとは言っても、私たちにはそれぞれ分担がありましたから」
スーザンは答えた。
「ええ、スーザンはダンスを楽しみにしていたので、早く仕事が終わるように料理の準備を頼みました。リタは飲み物と食べ物がきちんと足りているか目配りをする役目、それから後片付けも、です」
「あなたは?」
「私はこのように年ですから……当日は気ままに楽しませていただいていました。もちろん下準備や翌日の後片付けはやりましたよ」
「パーティーの最中でも、その後でもいい。夫人が塔から落ちた音とか、不審な人物を見たとか……ありませんでしたか?」
「いいえ」
三人が口をそろえた。
「不審な人物なんて。ここにいるのは島の者だけですよ」
ザビーネが笑った。
「音と言っても……音楽はかかりっぱなしだし、花火も上がりましたから、難しいと思います」
若いスーザンも言った。
「聞く機会があるとすればリタでしょうね。必要なものを運びながら館と菜園を行き来していたから」
年寄りのザビーネが言った。
「あなた一人で、ですか?」
クロス警部の目が鋭くなった。
「はい」
リタが頷く。
「でも、アラン様がお手伝いして下さっていましたからね」
ザビーネは薄く笑いを浮かべた。この時リタを見るスーザンの目に憎しみが閃いたのにラビスミーナは気が付いた。
「今日はこれでいいでしょう。また、何かあったら聞かせて下さい」
クロス警部はそう言って、部下のサイモンに他の者を呼ぶよう合図した。
「イアンを放っておいて……リタったらいい御身分だわ」
「スーザン」
ザビーネが窘める。
リタはかすかに俯き、足早に帰って行った。