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その⑤

 朝食後、ヴァンとラビスミーナはケイト・ホプキンスと一緒にホテルのドライブウェイが見えるテラスで朝のお茶を飲んでいた。

 ケイト・ホプキンスはゆったりとしたワンピース、ヴァンとラビスミーナはスラックスにジャケットという軽装だ。

 間もなく地元警察のエアカーが入って来て中年の男と若い男の二人が降りた。 中年の男がテラスを見上げる。

「ああ、あの人がクロス警部よ」

 ケイト・ホプキンスは言った。


 若い男を残し、中年の男が三人の座るテーブルにやって来た。

「ホプキンス夫人、昨日はどうも」

 男は軽く帽子に手をやって言った。

「お世話になります、クロス警部。今日は一緒に島に行って妹の死について説明してくださるのでしたわね?」

「ええ、簡単な説明になると思いますが」

 男は思いやる様子で答えた。

「それでね、警部。この方たちも一緒にいいかしら?」

 ホプキンス夫人は男を見上げた。

「失礼ですが、ホプキンス夫人、このお二人は?」

「サラ・フォードさんとアントン・ヴィットさん。サラは妹の死について報告を依頼されたそうなのです」

「依頼された? ほう、私立探偵ですか?」

 クロス警部は疑わしい目をラビスミーナに向けた。

「そんなところです。初めまして、クロス警部。サラ・フォードと申します」

「アントン・ヴィットです」

 ヴァンも立ち上がって挨拶した。

「初めまして。デイヴ・クロスです。ホプキンス夫人がそうおっしゃるのならば構いませんが……マッカーレン夫人の死について調査しろとは、それはどんな方からです?」

「調査、というほどのことではありませんが、状況を知りたいと。依頼人については申し訳ありませんが、申し上げられませんわ。でも、その方はかつて夫人と親しかったらしくて」

「そうですか。しかし、マッカーレン夫人は島の塔から飛び降りたのですよ。状況とおっしゃっても……飛び降りた理由も亡くなった今となってはわかりませんな」

「警察で遺体を見た今でも……信じられないわ……そんな子じゃなかったのに」

 ホプキンス夫人が俯く。

「そうは仰いましても」

 クロス警部は困った顔をした。

「ケイト、マッカーレン夫人とは、よく連絡を取り合っていたのですか?」

 ラビスミーナはホプキンス夫人に聞いた。

「いいえ。連絡を取り合うことはありませんでした。あの子の結婚式に出席したのが最後。もう三十年ほど前のことね」

 苦笑したホプキンス夫人にラビスミーナは目を丸くした。

「あの……結婚式からずっと消息を伝え合わなかったと?」

「ええ。それが全く……お恥ずかしい話ですけれど、父が死んだとき、あの館を巡って私達大喧嘩をしましたの。妹はどうしてもあの館を引き継ぐと言って聞かなかった。結婚の決まっていた私は夫の勧めもあって、まとまったお金を受け取って島を離れたのですわ。でも、何度も何度も夢に見ました。私の生まれ育った島のことを。堂々とした館、美しい庭、バラ園に温室、そしてむせ返るように島を覆うコミルの花……何物にも代えられないほど美しいものでした」

「素晴らしい島なんですね」

 ヴァンが言った。

「ええ、アントン……あそこは、素晴らしい、人の心をとらえて離さない、そんなところです」

 ホプキンス夫人は言葉を切った。

「ケイト、妹さんの自殺について信じられない、とおっしゃいましたね? それほど素晴らしい島を相続された妹さんが、そうやすやすと死ぬはずがない、と?」

「ええ、サラ、その通りですわ」

 ホプキンス夫人は頷いた。

「いや、でも、どんなに素晴らしいものを持っていても……人の心はわかりませんよ? 些細なことですべてが空しく思える時もあります」

 クロス警部は三人に言った。

「なるほど。衝動的に、ということもなくもない、か」

 ラビスミーナは確かめるように夫人を見た。

「そうかもしれませんが……それでも、ああ、何とおっしゃろうと私の意見は変わりませんよ。妹があの島を残して死ぬなんて」

 ホプキンス夫人は首を振った。

 ヴァンはそっとラビスミーナを見た。ラビスミーナの目がわずかに光っている。

「ところで……あの島を相続するのはどなたですか?」

 ラビスミーナは無邪気に聞いた。

「遺言がありますの。島を相続するのは私ということになっているそうですわ。今日、島の館で弁護士と会うことになっています」

「それで、相続なさったら懐かしい館に戻るのですか、ケイト?」

「夫も亡くなっているし、そうしたいと思っているの。でも、信じられないわ。また、あそこで暮らせるなんて……でも、大丈夫かしら? 何せ、私はもう年ですからね」

「ケペラの実業家が何人か名乗りを上げていますよ。島を売却すれば、それこそ莫大な財産になるでしょうね」

 クロス警部が肩をすくめた。

「少なくなったとはいえ、まだ島民がいます。あの島を売却するのは厄介でしょうよ。それに、年寄りにとって莫大な財産は幸運なものとは限らないのです」

 ホプキンス夫人は落ち着いたものだ。

「かもしれませんね」

 ラビスミーナが頷く。

「ラ、いや、サラ、頼んでおいたエアカーが来たようだ」

 ドライブウェイに姿を見せ、正面玄関近くで止まったエアカーから昨日の若い運転手が降りて陽気に手を振った。

「そうだ、お二人は、船はどうするつもりです?」

 クロス警部が聞いた。

「借りてあります。桟橋に行けばわかるでしょう」

「よろしかったら……どうせ同じ島に行くのです。乗せていきますよ」

「クロス警部、それはありがたいです。では、また桟橋で」

 ラビスミーナとヴァンが席を立った。

「サラ、アントン、とにかくあの島は私の故郷です。心行くまで案内しますわ」

 ホプキンス夫人はラビスミーナとヴァンに微笑むと、クロス警部と一緒にエアカーに乗った。


 森と畑、そして果樹園と牧草地。この景色が単調に繰り返される。やがてその先に湖が見えてきた。

 ヴァンとラビスミーナを乗せたエアカーが、しっかりした石材の杭で固定された桟橋のそばで止まった。

 警察のエアカーはすでに到着しており、ホプキンス夫人、クロス警部、そして部下の若者が桟橋で待つ船に乗り込むところだった。

「ベウラ島は花が咲き乱れる美しい島だと聞いていますが……あの警部さんと一緒じゃ、楽しめないですね」

 運転手の若者がユーモアとは無縁に見えるクロス警部を見て苦笑する。

「どうかしら?」

 ラビスミーナは少女のように顔を輝かせているホプキンス夫人を見ながら答えた。 

「二人とも早く乗って」

 クロス警部が警察の飾り気のない船を指差した。ラビスミーナとヴァンが乗り込み、若い警官が操縦席に座る。


 船が動き出した。

 ヴァンとラビスミーナは湖の水を覗き込んでいた。

 透き通った水なのに、底まで見通せない。

 深いからではない。水草が茂っているのだ。

「おや?」

 ヴァンとラビスミーナが顔を上げた。

 あたりを静かに揺らしながら柔らかい鐘の音が響いている。

「島の鐘ですわ、ああ、懐かしい」

「未だにああやって時を知らせているのですか?」

 ヴァンが驚いた顔をした。

「ええ。朝と昼と夕方に鳴らされるのです」

「ふうん、それにしても……すぐそこに見えているのに、なかなか到着しないものだな」

「またかい?」

 つい、ヴァンが苦笑する。

「よその方々にはこのスピードは苦痛かもしれませんね」

 クロス警部が言った。

「警部さん、お二人はゼフィロウからいらしたのですって。無理もありませんわ」

 夫人が笑う。

「いいえ、文句を言ったわけではありません。逆ですよ。いつもあくせくしている自分が滑稽に思える」

 微笑むラビスミーナをヴァンは疑わしそうに眺めた。


「ああ、もうすぐよ」

 近づいた島を見てホプキンス夫人が言った。

「あれがベウラ島か」

 ラビスミーナが呟く。

 緑の間に白い花をつけた木々が見える。

「モスグリーンの屋根をした塔が見えるでしょう? それに白い壁と赤い屋根も。あれがリスの館ですわ」

「リスの館?」

「ええ、島の人は皆そう呼んでいたの。リスって木の実をため込むでしょ? あの館にはたくさんの種が保存されているのです。温室ではいろいろな苗が栽培されているはずですわ。今ではすたれてしまって、もう昔のようにはいかないでしょうけど」

「昔というのはお父さまの代のことですか?」

「ええ、それとあの島を買い取った祖父の代。この島はケペラの真水を確保するため、そして気象に変化をつけるため湖に造られた何もない島だったのですって」

「すたれてしまった、というのは?」

「商売っ気がなかったのでしょうね」

 ホプキンス夫人は笑った。

「ところで島には実際にリスがいるのですか?」

 ヴァンが聞いた。

「ええ、いますよ、アントン。他にもタヌキやウサギ、ねずみもいるし、カエル、蛇、トカゲと言った両生類、爬虫類、そして昆虫類も」

 夫人が答える。

「この島で見られる鳥の種類はケペラで一番多いと言われていますよ」

 クロス警部が付け足した。

「そうか、農業の核ケペラの中でも一番地上に近いかもしれませんね」

 ラビスミーナが言った。


 島の桟橋には五隻の船が繋がれていた。

 五隻ある船のうち、二隻はこの島の船だと思われる古く年季の入ったもの。他の三隻は最新式のものだ。

「多分、島を見に来た不動産会社か何かでしょう」

 船に目をやったクロス警部が素っ気なく言った。


「わあ、また来たぞ。今度は警察の船だ」

「なんだ、小っちゃいなあ」

「おい、聞こえるぞ?」

「逃げろ」

「待て」

 桟橋から転がるように走って行く二人の子供の首根っこを船から飛び降りたラビスミーナが軽々と捕まえた。

 そのラビスミーナの鼻を甘い花の香りがくすぐる。

「この坊やたちは?」

「島の子ですよ。しかし、あなた……すごい身のこなしだ」

 信じられないようにラビスミーナを見てクロス警部は言った。

「それが仕事ですから。おい、君たち、お勉強はどうした?」

 ラビスミーナは捕まえた二人の少年を見た。

「お姉さん、知らないな?」

「収穫祭だぜ? ケペラ中の学校はみんな休みなんだ」

 子猫のように首根っこを摑まえられながらも、二人は得意そうに言った。

「ほう」

 ラビスミーナが笑いをこらえる。

「島の子は町の寄宿学校に入るのですが、収穫祭の前後は休みになるので帰省しているのでしょう」

 クロス警部も言った。

「マッカーレン夫人が死んでから、いろいろよその人がやって来るから……僕ら、見張っていたんだ」

「なるほど」

 ラビスミーナは感心したように頷いた。

「だけど、お姉さん、収穫祭を知らないなんてよそ者だな?」

「どこから来たの?」

「ゼフィロウ」

「へええ、ゼフィロウって、とっても近代的な核なんでしょ? 学校で習ったよ」

「警察でもないのに島のこと調べに来たのかい?」

 少年たちの目が輝いた。

「マッカーレン夫人のことを少し、な」

 ラビスミーナが答える。

「かっこいいなあ」

「よし、君らを探偵助手に任命する。何かあったら手伝ってくれ」

「おい、ラ、いや、サラ」

 ヴァンが呆れたような声を出した。

「いいじゃないか、アントン」

 ラビスミーナはいたずらっぽく笑った。

「ほんと? 僕はルッラ・ウェイド、これは弟のデイビットです」

「私はサラ・フォード。ルッラ、デイビット、よろしく」

「ねえ、リスの館に行くんでしょ? 案内するよ」

「おやまあ、まだそう呼ばれているのね」

 ホプキンス夫人が微笑む。

「こっちだよ」

 意気揚々と歩く子供たちを先頭に、一行は館に向かった。


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