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その⑳

 ラビスミーナ、ヴァン、ロブ・ヒルがホプキンス夫人に別れを告げ、島を離れる船に乗った。

 船が向かいの桟橋に着く。

 そこにはリョサル王の姿があった。

「ラビスミーナ殿、ヴァン殿。シュターンミッツから聞いた。ご迷惑をおかけしてしまったな。申し訳ない」

 白髪のセジュ王、シャムロック・リョサルは頭を下げた。

「いいえ。ケペラへはこちらの都合で寄ったまでです」

 ラビスミーナが答え、ヴァンが頷く。

「そう言ってくれるか……ラビスミーナ殿、ヴァン殿も、マートゥル城へお越し願えないだろうか。会っていただきたい者がいる」

 リョサル王は二人を自分が乗ってきたエアカーに招いた。

 ロブ・ヒルも黙って乗り込む。

 王に従う者が運転するエアカーが広い緑に囲まれたケペラの領主の城、マートゥル城へ入って行った。


「父上、これはラビスミーナ殿、ヴァン殿、お久しぶりです」

 マートゥル城のホールではシャムロック・リョサルの長子ナフタリ・リョサルが待っていた。

 中年のナフタリは、すでに髪に白いものが混じり始めている。がっしりとした体格は父親とは違う。しかし、その気性は父親に似て穏やかだと言われていた。

 そのナフタリは気がかりそうに父シャムロックを見た。

「父上、突然レンからお戻りになったかと思えば、お話があるとのこと。ゼフィロウからのお客様もお連れになって……いったいどのようなお話でしょうか?」

「ナフタリ、お前に詫びねばならぬことがある。ずっと隠していたことがあった」

「父上、それは?」

「それは……こちらで話そう」

 シャムロック・リョサルは一同を城のエレベーターに誘い、そこから自室へと招いた。


 この城の主であるシャムロックの部屋は城の東側三階にある。幾つも部屋が続くその中で、シャムロックが案内したのは衣裳部屋だった。

(開け)

 衣裳部屋にある大鏡にシャムロックが思念で命じる。

 すると、今までシャムロック、ナフタリ、ラビスミーナ、ヴァン、ロブを映していた鏡は透明なガラスとなった。

 その先には広い部屋が見える。

 そこはガラス張りの光が溢れる空間だった。

 シャムロックそっくりの、白髪でほっそりとした長身の男が人工の空から彼らの方に目を移す。

「ユージン」

 シャムロックは呼んだ。

「シャムロック、いよいよその時が来たというわけかい?」

 ユージンと呼ばれた男は軽い足取りで近づいてくると澄んだ瞳でガラス越しにシャムロック・リョサルに聞いた。

「ユージン……そうかもしれん」

「……だけど、一度にこんなにたくさんのお客さんとは。シャムロック、まず、紹介してもらえないだろうか?」

 リョサル王と瓜二つの男は緊張する王にやさしく微笑んだ。

「そうだね、ユージン、この美しい女性は……」

 シャムロックが言いかける。

「わかった、ゼフィロウのラビスミーナ殿……ではないかな?」

 ユージンと呼ばれた男の目が生き生きと輝く。

「その通りです」

 面食らうラビスミーナに男は言った。

「シャムロックからよくお話を聞いているのです。私はここを出られないから。外には一度も出たことがないのです……それでもシャムロックからいろいろな話を聞き、ここで電脳をいじっては外の世界を覗いていたので知っていることもあるのです」

「驚いたなあ……」

 ヴァンが言った。

「この方はヴァン・パスキエ殿」

「ええ、知っていますよ。申し遅れました。私はユージン・リョサルです」

 ユージン・リョサルは透明なガラスの向こうで優雅にお辞儀をした。

「リョサルだと……? 父上、この方は……」

「すまん」

 ナフタリ、ヴァン、ラビスミーナが見つめる中、リョサル王は力なく言った。

「ユージンは私の双子の弟だ」

「弟……? 私の叔父上、ですか? しかし、これまで一度も……それに、この部屋……父上、これはいったい、どういうことです?」

 ナフタリがリョサルに詰め寄った。

「ナフタリ、私の弟ユージンは生まれつきどんなウィルスにも強い過剰反応を起こしてしまう。自分自身の免疫機能に対しても……そこで、私の祖父も両親も当時ここケペラで発見されたLe36に一縷の望みを託した。ユージンは表向きは死んだことにされた。だが、Le36に感染し、そのおかげでこうしてこの無菌室の中だけではあるが、私と一緒にこの年まで生きてきたのだ」

「それは、Le36を個人で持つことは違法ではありませんか」

 ナフタリは青ざめた。

 ヴァンとラビスミーナが目を合わせる。

「でも、なぜあの島にLe36を?」

 ヴァンが聞いた。

「Le36は感染してしばらくすると免疫機能に対する攻撃力が急速に低下する。だから弟は繰り返し感染する必要がある」

「それで……あの島に保管していたのですね?」

 ラビスミーナが言った。

「そうなのだ。父に仕えていた一人、マッカーレンがその役目を負ってくれた。だが、そのせいであの島の住民を巻き込み、ついに人が死ぬことになってしまった……」

「警察があの島を調べているのはわかっていました。が、電脳の守りが固かった。それを破ったのはヴァン殿か」

 ユージンが顔を上げた。

「え、ああ、そうです」

「強い思念……」

 ラビスミーナはユージン・リョサルを見つめた。

「こんなところにいるだけの私ですから……心をはばたかせるより他には何もありません。ゼフィロウのアイサ殿の足元にも及びませんが」

「アイサをご存知ですか?」

 ラビスミーナは油断なくユージンを見た。

「ええ、大巫女のガルバヌム様からお聞きしています」

「おばば様もここに来るのですか?」

「私の存在を知ってから……私が退屈したころにちょうど良く姿を現してくださるのです」

 ユージンは微笑みを浮かべた。

「なるほど、おばば様はあなたを捨てておけなかったか」

「ラビスミーナ殿、私たちはどちらかが命が尽きる時、一緒に逝こうと約束していた。Le36のことは……セジュの王でありながら、セジュの法を曲げていると承知していた。それでもユージンと生きたかった」

「父上、何故話して下さらなかったのです?」

 呆然としていたナフタリが口を開いた。

「これは長く私だけの秘密だった。そうしておくべきだと思った。お前まで巻き込みたくはなかったのだ。だが、これは発覚すればリョサル家の問題になる。すまん、ナフタリ」

「父上、私もリョサル家の人間です。私も責めを負いましょう」

 生真面目にナフタリは答えた。

「ナフタリ、どうかシャムロックを責めないでくれ。すべてはこんな状態で生き続ける私のせいなのだ」

「叔父上」

「ユージン、お前の存在がどれほど私の支えになっているかお前にはわかるまい」

 ナフタリはうなだれる父親とそれに寄り添う、父にそっくりな叔父を見つめた。

「一つの命がここにあること、それは喜ばしいことです。ユージン殿のお命は祝福されこそすれ、疎まれるべきではない」

「ありがとう、ラビスミーナ殿。私は自分がこの家の重荷だとわかっています。それでもここで生きることが何より楽しかった。いつか消えてなくなる身であっても。ここから光を感じ、人々の思念を感じ、こうしてシャムロックと話すことができる。こんな私だが、外の人からどう見えようと、私は生きていることが素晴らしいと思わずにはいられなかった。シャムロックには無理をさせてしまいました」

「そう、王は法と秩序を守るのがその役目です。悪用されれば危険極まりない細菌を、王自らが法を破って隠し持つなどもってのほかなのです」

「はい」

 ラビスミーナの言葉にユージンは青ざめながらも頷いた。

「シャムロックの心はどうなる? 目の前の助かるお命を……ユージン様を見殺しにせよと仰るか? あなたならそれができると?」

 ロブ・ヒルがラビスミーナに鋭い視線を向ける。

 その視線をラビスミーナは真っ向から受け止めた。

「私が妹を見殺しにできるか、ですか? お答えしよう。ロブ、私はどんな手を使っても必ず妹の身を守る」

 高らかに宣言したラビスミーナを見てヴァンがそっと頭を押さえる。

「ならば今度のことも……」

「ロブ、筋を通すならあくまでも筋を通せ。これでは公になればリョサル家が足をすくわれるぞ?」

「どうしたらいいのだ……」

「おばば様はユージン殿のことを承知の上で王を支えてきた。あのしたたかさに頼るのだな。なんだったら黙っていたおばば様も同罪だと言ってやれ」

「細菌の管理システムは進歩しています。方法を工夫することでLe36はより広く利用されるはずです。きっと将来多くの人が助かります」

 ヴァンが言った。

「リョサル王、セジュは法を重んじる国、しかしそれを補うのが大巫女の存在。最善の判断がなされることでしょう」

 ラビスミーナが微笑む。

「父上、叔父上……私もリョサル家の人間です。法を犯したことが知れ、たとえ私が統治者として信任されなかったとしても、そのことを誇りにしています。今も……父上のように情け深い領主でありたいと思っています」

 ナフタリは透明な壁を隔てたそっくりな二人を見つめて言った。


 マートゥル城でのもてなしを断り、ヴァンとラビスミーナはケペラのポートへ急いだ。

 ミアハで婚約指輪を選ぶという重大任務があるのだ。

 既に日が傾いたポートでミアハ行きのチェーン(各核を結ぶ列車のようなもの)を待っていた二人を見つけてメリッサがやって来た。

「ラビス、お疲れ様。早速レンのシュターンミッツ長官がスタンリー・マイヤーとファビアン・カンツを拘束してケペラ警察の電脳を抑えたわ。カンツのやったことはあなたのおかげで証拠も十分だからカンツの有罪は明らかね。マイヤー署長も自分の仕掛けた命令書があなたに押えられているんですもの、レンで王を弾劾するような馬鹿な真似はしないでしょうよ。そうなると王としては今回のことを明らかにする必要があるかどうか」

「うん、恐らく内密にしておいた方が無難だろうな。だが、それはおばば様と当事者のリョサル家が決めることだが」

 ラビスミーナが答える。

「そうね。それと、これ」

 メリッサが小さなケースをラビスミーナに渡した。

「何だい?」

 ヴァンが覗きこむ。

「ちょっとしたデータだ。メリッサ、ありがとう。これでここに来たかいがあったというものだ」

 ケースを手に取ってラビスミーナが笑みを浮かべる。それから少し首をかしげてメリッサを見た。

「で、お前も持っているんだろう?」

「いいえ、これだけよ。情報は持っている人間の数が少ない方が価値がある」

「いいのか?」

「ええ」

「悪いな。恩に着る」

 真面目な顔で言うラビスミーナを見てメリッサは微笑んだ。

「用があったらいつでもどうぞ」

「メリッサ、お前もゼフィロウに来たら寄ってくれ」

 ヴァンとラビスミーナが手を振った。


「リョサル家にあんな事情があったとはな……」

 ケペラと隣の核ミアハを結ぶチェーンのコンパートメントの座席に座ってヴァンが言った。

「ああ、やれやれだ」

 ラビスミーナも言葉少なに答える。

「で、メリッサのデータって?」

「ああ、今回のことにまつわるいろいろだ。父上にはいい土産になる」

「そうか」

 ヴァンが頷いたところへアテンダントがお茶を運んできた。

 運ばれたお茶をゆっくりと飲み、ナッツがたくさん入ったケーキを食べながら、ラビスミーナは小さくため息をついた。

「ヴァン、愛情というのは……時に難しいものだな」

「ぷへ?」

 ヴァンはお茶を噴出さないよう苦労した。

「ヴァン、何だ、その返事は? まあ、お前に聞いた私が間違っていたのだが」

 ラビスミーナがくすりと笑う。

「ラビス、それは失礼だぞ? 俺だって今回そう思ったさ。だけどそれをお前に言われるとは思っていなかっただけだ」

 カップを置いて抗議するヴァンに目をやってラビスミーナはしばらく笑った。


 お茶が終わればそろそろミアハだ。

 ミアハのポートに降りると、その回廊からは様々な尖塔が見えた。

 そのどれもが美しさを競っている。だが、それは一方で不思議な調和を保ち、町を照らす夕焼けの中でまるで一つの意志で造られた緻密な作品のように深い銀色に輝いていた。

「ヴァン、店に行くのは明日にしよう」

 ポートを歩きながらラビスミーナが言った。

「ああ、今日は疲れたからな。食事はホテルでいいか?」

「いいんだが、せっかくだ。ホテルに入る前にバザールに寄ろう」

「え? ラビス、疲れてないのか?」

 ヴァンは呆れ顔でラビスミーナを見た。

「ああ。ヴァンは?」

「わかった、わかった。付き合うよ」

 ヴァンは少し意地を張り、初めてのバザールに少し興味も湧いてラビスミーナと並んだ。


 ミアハのポートを出てエアカーを頼み、バザールに向かう。バザールでは手工芸品で名高いミアハの様々な品の他に、食べ物に衣料品、食器に香料、敷物に置物、雑貨類に土産物と実に様々な店が並ぶ。

 その狭い路地は夕刻のせわしない客たちで賑わい、ヴァンはラビスミーナと並んで歩くのに苦労していた。

 一方、ラビスミーナは巧みに雑踏を潜り抜け、アクセサリーを細工する店に目を止めては覗き込んでいる。

「なあ、ラビス、実はサフラン通りの店にいくつか用意してもらってあるんだが……」

 どうにかラビスミーナの後を追って来たヴァンが熱心に品定めをしているラビスミーナに話しかけた。

「サフラン通り? ミアハの高級商店がその彫金技術を競っている通りだな?」

「ああ、そこがいいと聞いたものだから。新しいデザインも古いデザインも豊富で、あの、たいていの女性は夢中になるって……」

 ここまで言ってヴァンは、はたとラビスミーナを見た。果たしてこの人がたいていの女性の中に入るのかどうか不安がよぎったのだ。

 そのラビスミーナはアクセサリーを並べる老婆の指にある指輪をじっと見ている。

「あの」

 ラビスミーナが言った。

「お客さん、この指輪かい?」

 老婆は言った。

「ええ。指輪を買いに来たのですが……私もそんな指輪が欲しいなと。どなたの作です?」

 ラビスミーナが聞くと老婆はしわくちゃな指に寄り添うように緻密な細工がされた銀色の指輪を眺めた。

「嬉しいことを言ってくれるねえ。これは息子が作ったものさ。以前はここで一緒に品物を並べていたんだが……母親が言うのもなんだが、息子は腕が確かでね。今はサフラン通りに自分の店を持っている。品物の値段もこことは大違いだが」

 老婆は済まなそうにヴァンとラビスミーナに言った。

 ラビスミーナがヴァンを見る。

 ヴァンは慌てて聞いた。

「ええと、店の名前を教えていただけますか? 明日サフラン通りにも行ってみようと思っていたので」

「おや、そうかい?」

 老婆は目を丸くした。

「シストラム、という名の店だよ」

「シストラムですね?」

 ヴァンが繰り返す。

「ああ、戦いと出産の女神が持つ楽器の名だってさ」

「え……?」

「戦いはともかく出産の方は、約束の指輪にはちょうどいいんじゃないかい?」

 穴が開くほど自分を見つめるヴァンに老婆は笑った。


 翌朝、二人はホテルからエアカーでサフラン通りのシストラムに行った。サフラン通りの一流店の中では小ぢんまりとして目立たない。

 朝いちばんで訪れた客のために店員が扉を開く。店員といってもどこか職人の弟子といった雰囲気の若者だった。

「いらっしゃいませ」

 若者に通された二人は一つ一つきれいに細工がされた指輪やネックレス、イヤリングやブレスレットを眺めた。

 だが、そこには老婆の指にあったような指輪がない。

「失礼ですが、どのようなものをお探しですか?」

 若者の言葉に紙を取り出したヴァンが老婆の指にあった指輪を描く。

 若者が紙を持って店の奥に入って行くと、間もなく中年の男が出てきた。

「あのデザインをどこかでご覧になったのでしょうか?」

 男は聞いた。

「ええ、昨夜バザールで。あなたのお母様だという方からこちらのことをお聞きしました」

 ラビスミーナが答えた。

「そうですか。あれは私が初めて師匠に認められた作品ですよ。まだ何もわからないまま、それでも作りたいもので頭の中がいっぱいでした」

 男は懐かしそうに笑った。

「この人にあのような指輪が欲しいんだ。作って欲しい」

 ヴァンは言った。

「やってみますが……ご予算は? 石は何を、幾つ使いますか?」

「予算はいくらでも構わないよ。石はこちらで用意したものを使ってくれるかな?」

 ヴァンは懐から薄い水色の石を取り出した。店主の男は石を手に取った。店員も覗き込む。

 石は初め水色と見えたのだが、手に取るとその色が微妙に変わる。見たことのないものだった。

「これは……?」

 店主の男は眉をしかめた。

「マスター、これは宝石ではありませんよ」

 店員の方は明らかにがっかりした様子だ。だが、ヴァンは全く気にしなかった。

 それどころか得意げである。

「ああ、正確には、石ではないんだ。これはこの人が愛車を呼ぶことができるように加工した人工物だ」

「人工石?」

 驚く店主をラビスミーナが押しのけた。

「愛車? オルクを?」

「ああ」

 ヴァンが頷く。

「お前は高価な宝石より、ちょっとした細工がある方が気に入ると思って」

「ああ、ヴァン、最高だ」

 ラビスミーナはうっとりとヴァンと、ヴァンの手にある石を見つめた。

「だけど、ラビス、どこにでもオルクを呼べるわけではないぞ? この指輪でお前の思念が届くところまでだ。実際の距離はお前の思念の強さにもよる」

「わかったよ。できるか?」

 ラビスミーナはヴァンに頷くと、店主に聞いた。

「あ、はい、それはできます」

「あとはデザインに応じて石を入れてくれ」

「では、いくつかお持ちいたします」

 店主が合図すると若者が奥から恭しく箱を持ってきた。大小さまざまな宝石が入っている。

 ラビスミーナは宝石箱の宝石を指で弾いて言った。

「そうだな……これは記念の指輪だから、やはりファマシュの赤い目……ルビーを二つ、かな?」

「ああ、それがいい」

 ヴァンが頷く。

「ファマシュ? まさかゼフィロウの……?」

 店主は目の前の二人を見つめた。

「ああ、彼はヴァン・パスキエ、私はラビスミーナ・ファマシュ、これは婚約指輪なんだ」

「え……ゼフィロウの、ファマシュ家の婚約指輪ですって……? ちょっとお待ちくださいよ?」

 店主は店の奥に入って別の箱を持ってきた。最初見たものとは格段にその色も輝きも違う宝石が入っている。

「いかがでしょう? 当店で最高のルビーを使わせていただき、出来上がり次第お届けいたします」

「うん、頼んだぞ」

 晴れ晴れと微笑むラビスミーナと笑いをこらえるヴァンを店主と店員はぽかんと見送った。


「指輪を買いに行ったはずだったが……こんな大騒ぎになるとは思わなかったよ」

 デミウルゴスからそのデザインも設備もすんなりと自分の肌に合うゼフィロウのポートに降りたヴァンが安堵の息を吐いたところにラビスミーナの副官グリン・レヴがやって来た。

「お帰りなさい、ラビスミーナ様、ヴァン様。エア様がお待ちですよ」

「ああ、父上にはすっかり留守番をさせてしまったが……留守中変わりはなかったか?」

「ええ、万事変わりなく」

 グリンは微笑んだ。

「……そういう時が危ないのだ。父上に何を言われることやら」

 真顔になったラビスミーナが懐に手をやる。

「まあ、父上には土産もあることだし」

「エア様に? それはおよろこびでしょう」

 グリンは穏やかに言った。


 ゼフィロウの領主であり、統治者のエア・ファマシュは家族専用のリビングで二人を待っていた。

「父上、行ってまいりました」

 ラビスミーナは清々しい笑顔で言った。一方のエアはつまらなそうな顔をしている。

「お前がいない間大変だったぞ?」

「何が、です?」

「グリンだけならいいのだが、警備関係の者たちがやたらと顔を出すのでな」

「皆にいい顔をするからですよ、父上。自業自得です」

「だが、無碍にはできないではないか?」

「逃げ回るのはお得意でしょう?」

 ラビスミーナが笑うと、エアは煮え切らない顔をした。

「エア様、あの、ずいぶん長引いてしまいました。すみません」

 ヴァンが謝る。

「ああ、いいのだ、ヴァン」

 エアはおっとりと言った。

「そう、これはいつもの愚痴だから」

 ラビスミーナも肩をすくめる。

「ところで、ラビス。ケペラの事情は領事館から報告が入っているが」

「はい、土産ならありますよ、父上」

 ラビスミーナは懐から小さな箱を取り出してエアに渡した。中には電脳用のデータのコピーが二つ入っている。

「一つはケペラ警察で手に入れたベウラ島についての命令書、もう一つはケペラのマートゥル城の電脳から手に入れたデータ。リョサル家がベウラ島でLe36を所持していたことが証明されると思います。それに加えて王の弟君ユージン殿の件も入っているでしょう」

「え? ベウラ島についての命令書はともかく、ユージン殿だって? ラビス、領事館でそんなことまで調べた覚えは……」

 ヴァンが眉を寄せた。

「そう、お前ならこんなことはしないさ。リョサル家とベウラ島のLe36の繋がりを確認して終わりだ。だからあとはメリッサに頼んでおいた」

「……領事館ではメリッサがずっと俺のそばから離れなかったわけだ。俺が電脳を開いた後リョサル家の秘密まで調べ上げ、コピーしたんだな」

「ヴァン、こんなものは使わずに済めば一番いいのだが……アイサのことがある。陰で取引をできる材料が多ければそれに越したことはないのだ」

「エア様……ファマシュ家の者として私はまだまだ使えない」

 ヴァンはため息をついた。

「いや、そうでもないぞ? 父上、ヴァンのくれる婚約指輪を見たら、父上も欲しくなるはずです。何しろ、私の思念でオルクが呼べるのですから」

 ラビスミーナは胸を反らした。

「ヴァン、またラビスにおもちゃを与えたな? だが、いつできるのだ?」

 エアが身を乗り出した。

「ミアハの職人が出来次第届けてくれるはずですが」

 ヴァンが答える。

「そんな指輪を娘に与えられるのはお前だけだよ、ヴァン」

 エアは優雅に微笑んだ。

                <終>


最後までお付き合いくださり、どうもありがとうございました<(_ _)>

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