その⑲
「くっ、覚えていろよ」
がれきを払いのけて外に出たカンツの目に轟音を上げて近づいてくる数機のヘリコプターが映った。
ヘリコプターにはケペラ警察のしるしがある。
「この礼はしてやるぞ」
そう言うとカンツは端末から全ヘリコプターに命じた。
「ここにいるのは重大な犯罪者だ。館に火を放ち、あぶりだせ。全員殺して構わん」
その命令と同時に一機のヘリコプターから館に火炎弾が落とされた。
館が炎に包まれる。
ここでラビスミーナのバズーカも火を噴いた。これは仰角が自在につけられ、極限まで小型軽量化されたものではあるが威力は大型に劣らない。このバズーカでラビスミーナは次々とケペラ警察のヘリコプターを迎撃していく。
「何をぐずぐずしている。取り押さえろ」
カンツの声に応じてカンツの部下たちがラビスミーナに一斉射撃を加えた。
だが、剣が作り出す特殊なシールドに弾丸が弾かれる。怯む部下たちにラビスミーナがバズーカを放ち、吹き飛ばす。それでも何とか立ち上がった者たちにラビスミーナは襲い掛かった。
「弾丸を弾くあの剣に、携帯用のバズーカだと……? あの女はゼフィロウから来たと言っていた……ちっ、いったん撤退する。来い」
顔色の変わったカンツが生き残ったヘリコプターを呼んだ。
そこへまた轟音。
今度はゼフィロウのしるしのついたヘリコプターだ。
「ヴァン、遅いぞ」
ラビスミーナが襟元につけられた端末に叫ぶ。
「悪い。でも、ケペラ警察の電脳にあったベウラ島に関する命令書を手に入れたから」
「そうか、よかった。ヴァン、デイビットが怪我をしているんだ。早く手当をしてやってくれ」
「任せておけ」
ゼフィロウのヘリの一機が高度を落とした。
そこにもう一機、こちらは高度を落としたケペラ警察のヘリがカンツに近づき、梯子を下ろしている。
「そうはいくか」
駆け寄ったラビスミーナが梯子に飛びつき、梯子を上り始めたカンツの首を背後から締め上げた。
「カンツ様」
ラビスミーナを振り落とそうとヘリが上下左右に揺れ始める。
「くっ」
首を絞められるカンツが苦しさにもがく。それでもラビスミーナがカンツの首を離さないとわかると、ヘリから顔を出した隊員がラビスミーナに銃を向けた。
「面白い。撃てるものなら撃ってみろ」
締め上げる手に剣を持つラビスミーナが不敵に笑う。
「止めろ。こいつに、銃は……効かない」
やっとカンツがかすれた声を出した。
「わかったら大人しく私をヘリに乗せるんだな」
隊員たちが顔を見合わせ、ヘリは静かに飛行を始めた。
ラビスミーナはカンツを締め上げたままヘリに乗り込んだ。ヘリにいた隊員は操縦手と副操縦手の二人を含めて八名、ラビスミーナはその全員に言った。
「降りろ」
それぞれパラシュートを身に着けているのでヘリから降りたところで死ぬ者はいない。カンツを縛り上げ、ヘリの座席に括り付けたラビスミーナは操縦席に座った。
「どこへ行く気だ?」
カンツがあえいだ。
「ケペラ警察」
「何だと?」
「何だとは、何だ? 当然だろう? あれだけ好き勝手なことをしたんだ。責任者に文句を言わなくては」
「ふっ、署長が何と言うかな?」
カンツがわずかに余裕を取り戻した。
ラビスミーナを乗せたヘリはあっという間にケペラ警察のヘリポートに着陸した。
その場には署の職員が待つ。
そこへ堂々とした体躯にひげを蓄えた男がやって来た。
「連絡が途絶え、一機だけが戻るとはどうなっている?」
男が怒鳴った。
ヘリから降り立ったのは若い女と彼女に縛り上げられているカンツだ。
「カンツ、これはどういうことだ?」
男が怒鳴り、カンツと、それからラビスミーナに鋭い視線を向けた。
「マイヤー署長、この男が行方不明だった医師ネビル・スコットとベウラ島の島民三人を殺し、少なくとも一人にけがを負わせた。責任を取っていただきましょう」
ラビスミーナはカンツをマイヤーに向けて蹴り飛ばした。
「ぐっ、署長、こいつが署のヘリを撃ち落としてすべてを台無しにしたんです」
カンツは身を起こして言った。
「是非お話を聞かせていただきたいものですな」
マイヤーが合図をすると銃を持った署員が周りを囲む。
「話してもいいが、銃を向けられる覚えはないな。第一、ヘリを撃ち落としたと言うが、先に私の船に爆薬を仕掛けてきたのはそっちだ。それはどうしてくれる?」
「いい加減なことを」
カンツが言った。
「いい加減か……必要ならこいつがペラペラしゃべった話を録音してあるのでレンで公開してもいい。ケペラ警察の電脳にあったベウラ島に関する命令書もつけてな」
「命令書を手に入れたと? はったりだ。そんなことは不可能だ」
カンツが叫んだ。
「では、楽しみに待っているといい」
ラビスミーナはヘリに乗り込んだ。
「待て。お前は誰だ?」
マイヤーが銃を抜いてラビスミーナに向けた。
「ゼフィロウから来たと言っていましたが」
カンツがラビスミーナを睨む。
「私はラビスミーナ・ファマシュだ。レンで会ったこともあるだろう、スタンリー・マイヤー署長?」
ラビスミーナが栗色のウィッグを放り出すと黒い髪が現れた。
「確かにゼフィロウの……ちっ、だが、何故ゼフィロウが……リョサル王に頼まれでもしたか?」
マイヤーが凶悪な目を向ける。
「とんでもない。各核の問題に首を突っ込むことはしない。今度も黙っているつもりだったが、こいつが滞在先の執事とメイドを殺し、私の部下にけがを負わせたのでね。文句を言いに来たまでのことだ。リョサル王はすべてを明るみに出す覚悟らしい。ならば、その時にお前たちのことも一緒に付け加えられるように手配しておこう。それが公平だろう」
「待て……それは……」
明らかにスタンリー・マイヤーの顔色が変わっている。
「知らん」
ラビスミーナは言い捨ててヘリを離陸させた。
「ラビスミーナ・ファマシュだ。シュターンミッツ長官に用がある」
ラビスミーナはヘリのモニターからレンの治安部長官を呼び出した。
「ラビスミーナ殿」
息を弾ませながら現れたシュターンミッツがモニターからラビスミーナの顔を覗き込んだ。
「長官、ただちにケペラ警察署長スタンリー・マイヤー、およびその部下のファビアン・カンツの身柄を押さえてくれ。リチャード・スミスとポール・ガードナーの所在も掴んでおいた方がいいな」
「それで、王は?」
「詳細は後だ」
「しかしケペラの警察署長をいきなり抑えるとなるとそれなりの……」
「ずいぶん弱気じゃないか?」
ラビスミーナが笑う。
「いや、そういうわけではないが……話の筋が見えない以上……」
シュターンミッツは常識が通じそうもない相手にそれでも訴えた。
「ファビアン・カンツについては私が知る限り、四人は殺している。その証拠もある。カンツはマイヤーの腹心だぞ?」
「そうか。そうとわかれば、すぐに手配する」
「逃がすなよ」
それだけ言うとラビスミーナは通信を切った。
ラビスミーナのヘリがベウラ島へさしかかる。ベウラ島では館や墜落させられたヘリから煙が上がっていたが、ゼフィロウのヘリと島民が消火に当たり、ほぼ落ち着いたところだった。
ラビスミーナが庭にヘリを下ろすとクロス警部が駆け寄った。
その後ろからホプキンス夫人も駆けてくる。
「フォードさん?」
「サラ、サラよね?」
「ご心配おかけしました。皆無事でしたか?」
ラビスミーナはまじまじと自分を見る二人に聞いた。
「ええ、島民にけがをした者はいないが……その髪は?」
クロス警部が聞いた。
「ああ、今まではウィッグだったから」
「まあ、何故また、そんなきれいな髪を隠したりして……いいえ、そんなことはどうでもいいわ。無事でよかったこと」
ホプキンス夫人がラビスミーナを抱きしめた。
「残ったカンツの部下は拘束してある。しかし、私も迂闊だった。あなたはゼフィロウのラビスミーナ殿だな?」
ロブ・ヒルが苦笑した。
「そうです」
「だが、まさか王があなたに? いいや、そんなことがあるはずがない」
ロブは首を振った。
「ええ、もちろん、ちょっとした縁でこちらに来ただけなのです。我々は他の核の問題に首を突っ込むことはできませんから。ですが、マイヤーはリョサル王を脅すことはできないでしょう。カンツを返すついでに、マイヤーにはカンツのおしゃべりをレンで公表すると言っておきましたから」
「公表する?」
「ええ、得意になっておしゃべりしていたものを録音しておいたので」
ラビスミーナはスーツの下からちらりと見えるブレスレッドを示した。
「あの間に……そうですか」
ロブは息を吐いた。
「ラビスミーナっていうのが本当のお名前なのか?」
クロス警部が言った。
「ええ」
ラビスミーナが笑う。
「リョサル王にはどんな事情がおありなのでしょうか?」
ホプキンス夫人がロブに聞いた。
「いずれ王の口から語られるでしょう」
「このことを明らかにするかどうかはケペラの関係者が決めることです。ああ、ヴァンが来た」
林の道をヴァンが走ってきた。
「ラビ、あ、サラ、デイビットは病院で治療を受けて今、ルッラと両親に付き添われている。心配ないよ。あれ、その髪……」
ヴァンが口をつぐむとホプキンス夫人がいたずらっぽく笑った。
「アントンは、本当はヴァンと言うのね?」
「あ、ええ、ばれちゃったんですね。すみません、ケイト」
「いいえ、おかげで事件が解決しましたよ」
クロス警部はこう言いながらサイモンに連行されて林に通じる小道を行くアランとリタに目をやった。
ホプキンス夫人がため息を漏らす。
「ああ、二人とも……なんてことなの……皮肉だわ……ゼンダはアランにイアンの後を継いで欲しくなかったので『出ていけ』などと言ってしまったのでしょうね。危険な菌にかかわらせたくなかったんだわ」
「愛情ゆえですか……が、仕方ありませんな。私はこれで。アランを連行しなくてはなりませんから」
クロス警部は言った。
「リタは?」
夫人が聞いた。
「アランとは行く先が違うんですよ……リタには署に女性の職員を頼みました。その方がいいでしょう?」
「そうですね」
夫人は頷いた。
俯きがちなクロス警部とホプキンス夫人、そしてヴァンとラビスミーナとロブ・ヒルが桟橋に向かう。
「サラ、いや、ラビスミーナ、そしてヴァン、ありがとう」
「クロス警部もお元気で。お世話になりました」
二人はクロス警部に言った。
クロス警部とアランが船に乗り込む。
乗船したアランが足を止めてリタを振り返った。
「リタ」
アランはその姿を目に焼き付けるかのようにリタを見つめる。リタはそれを承知しているかのように美しい笑みを浮かべて頷いた。
桟橋に残ったサイモンがリタと静かに迎えを待つ。
「俺たちもそろそろ行くか」
小さくなっていく船を見送っていたヴァンが言った時だった。
その船から人が落ちた。
「えっ?」
サイモンが桟橋の先端まで走る。
「アランだ」
目を凝らすヴァンにラビスミーナが言った。
「そのようですな」
ロブが頷く。
「アラン……」
ホプキンス夫人が息を飲んだ。
警察の船は大騒ぎだった。
長い棒が持ってこられ、湖面を探っているのが見える。
「あれでは引き上げられないでしょうよ」
ホプキンス夫人が小さく言った。
「ええ、それに、引き上げても、もうアランは……」
桟橋に立ってじっとこの様子を見ていたリタが呟く。
「リタ?」
夫人が振り返り、ラビスミーナもヴァンもロブもリタを見つめた。
「アランも私もメコンを飲んだの。もう誰にも捕まらないわ」
リタは歌うように言った。
「メコンだと?」
ラビスミーナがヴァンを見た。
「ああ、遅行性の……毒薬だ。リタ?」
リタに近づいたヴァンがその顔色を見て首を振った。
「ラビス、おそらく……もう助からない」
正午を告げる鐘の音があたりを揺り動かすように響き渡る。
「アラン……私も行かなくちゃ。アランを一人にできないから」
リタはそっと微笑むと、ヴァンを振り払い、湖に飛び込んだ。
「おい、待て」
サイモンが叫ぶ。
「リタ、止めなさい」
ホプキンス夫人も夢中で叫んだ。
だが、リタが振り向くことはなく、アランの落ちた沖へ沖へと向かい、やがてその姿は湖の中に消えた。
「ああ……サラ、アントン、ロブ……」
夫人ががっくりとひざを折った。
「ケイト」
ラビスミーナがホプキンス夫人の肩を抱く。
「コミルの花の季節が終わりましたな」
湖面に漂う無数のコミルの花びらに目を止めてロブ・ヒルが静かに言った。




