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その⑱

「僕ら、知ってるよ。この人がスーザンを撃ったのを見たんだ」

 ルッラ・ウェイドとデイビット・ウェイドの兄弟がテラスの柵の上に身を乗り出してカンツを指差した。

「ルッラ、デイビット、逃げろ」

 ラビスミーナが叫んだ。

「その時一緒にいたのは……」

 兄のルッラが続ける。

「黙れ」

 カンツが睨み、カンツの部下がルッラとデイビットを捕まえてひねりあげた。

「放せ」

「痛い、痛いよ」

 二人が叫ぶ。

「誰がお前たちの言うことなど信じるものか」

 カンツがルッラとデイビットを嘲笑った。二人がラビスミーナを見る。

 ラビスミーナはカンツに向かって言った。

「その時一緒にいたのはザビーネ・ラドスタッターだった」

「黙れ」

 カンツは声を荒げたが、ラビスミーナは構わず続けた。

「リタ、栽培所にあるLe36のことをお前に教えたのはザビーネか」

 リタの目が見開かれる。

「お前……どこまで知っている?」

 カンツが残酷な笑みを浮かべ、それを見たラビスミーナが目を細める。見守る誰もが息を飲んだが……そこでドアが開き、ロブ・ヒルが現れた。

「ロブ」

「ヒルさん、どこにいらしたのです?」

 ホプキンス夫人とクロス警部が声を上げた。

 ロブ・ヒルの後ろには数人の兵士がいる。

 カンツの部下たちが動きを止めた。

「カンツ、リョサル王はお前たちの脅しには乗らない。Le36を違法に隠し持っていたことに対する裁きなら、王は公正な場で受けるだろう。その子たちを離せ」

 ロブ・ヒルが言った。

「ロブ・ヒル……どうしても正体がつかめないと思ったら、リョサル王の手下だったか。しかし、間抜けな部下を持ったリョサル王も気の毒だ。まんまと我々に秘密を握られるとはな。いや、部下が間抜けなら、主も間抜けというべきか。公正な裁きが聞いてあきれる」

 カンツが高らかに笑い、その銃をルッラとデイビットに向けた。

「さて、どちらから殺してやろうか」

「カンツ、やめておけ。お前のやったことが知れたら、マイヤー署長もただでは済まない。白どころではないぞ?」

 ロブ・ヒルがカンツを睨む。

「それは……知れたらの話だ」

 カンツが握りなおした銃をルッラに向けた。

「さあ、動けば子供を撃つぞ? いやなら後ろにいるやつらに武器を捨てさせろ」

「カンツ……仕方ない。銃を置け」

 ロブが背後の兵士たちに合図し、カンツの部下が手放された銃を素早く集めた。

「では」

 カンツが再びルッラに銃を向ける。

 その時だった。

「もう、止めてくれ」

 キリロフがルッラとデイビットを掴んでいるカンツの部下に襲い掛かった。

「キリロフ」

 ラビスミーナが叫び、カンツの銃が火を噴いた。

 キリロフがばったりとうつ伏せに倒れ、みるみる床に血だまりができていく。

「キリロフさん」

 ルッラが目を見張った。

「あ、ああ」

 デイビットが言葉にならない音を発する。

「キリロフ」

 アランとリタが駆け寄った。

「……愚かな奴。確かにあのメイドはこうやって私が殺した。あのメイドは私とザビーネの話を聞いたからな。余計なことを知る者はここで死んでもらう。こうなったらお前ら全員だ」

「カンツ、お前、何てことを……」

 クロス警部が愕然としてファビアン・カンツを見た。

「何て顔だ、クロス。だからお前は事件の一つも解決できないのさ。死ぬ前に教えてやるがな、ネビル・スコットを葬ったのもこの私だ。この島にある殺人兵器のことはまだ公にしたくなかったのでな。これからリョサル家を脅し、仲間から白を立てるんだ」

「殺人兵器、だと?」

 ラビスミーナが呟いた。

「そうじゃないか?」

 カンツが答える。

「Le36をどうする気だ?」

「あれは金になる」

 カンツは笑った。

 その傍らにはザビーネが立っている。

「ザビーネ?」

 リタとアランがザビーネを見つめた。

「マッカーレンの奥様と庭師のイアンがこっそり話しているのを立ち聞きしてね、とんでもないものがここにあることを知ったのさ。それから私は奥様から口止め料として特別にお手当をもらうことになったのだが……奥様が亡くなった時はどうしたものかと思案したね。リョサル家か、白を狙う大金持ちのリチャード・スミス様か……だが、そこでもっといい口を見つけてねえ。このカンツ様さ。カンツ様は私をこの館の主にしてくださるという。ありがたい話じゃないか。はした金をせびるメイドから館の主だなんてさ。ただ、カンツ様は、それが確かにLe36とかいう細菌なのかを確かめたいと仰った。ちょうどアラン様が奥様を殺したことを旦那に知られてリタが途方に暮れている時だったね。そこで私はリタにイアンと奥様だけが知っているその細菌のことをこっそり教えてやったのさ」

「リタ……」

 ホプキンス夫人がリタを見る。

「リタにはイアンの服にちょっと穴をあけるだけでいいと言ってやった。リタはちょっとそそのかしたらすぐに話に乗ったよ。私はLe36とやらの威力をイアンで試させてもらったわけだ」

「ああ」

 リタとアランは蒼白だった。

「お前たち、利用されるのが悪いのさ。愛とやらで目がくらんで……」

 ザビーネが嘲る。

「そういうことだな、ザビーネ。さあ、そろそろ頃合いだ。お前もこいつらと一緒に死んでもらおうか」

 カンツはザビーネに銃を向けた。

「何……だって?」

「お前はいろいろ知りすぎたからな」

「そんなっ……」

 カンツの言葉にザビーネは怒りで顔を歪め、ドアに向かって駆け出した。

 カンツが表情一つ変えずザビーネを撃つ。

「畜生……」

 歪んだ形相でカンツを振り返ったザビーネを、カンツはもう見ていなかった。

「さて」

 銃を向けるカンツの前には、ルッツ、デイビット、リタ、アラン、ホプキンス夫人、クロス警部、ロブ・ヒル、そしてラビスミーナがいる。

「デイビット?」

 ルッラとデイビットのそばに立ったラビスミーナは歯を食いしばるデイビットの腕がぶらりとしているのに気が付いた。

「骨が折れている……カンツ、統治者選びはその核の問題だ。だが、これは……」

 ラビスミーナがゆっくりとカンツを振り返った。

「何だというのだ?」

 カンツが笑う。

「卑怯者」

 ロブの言葉にカンツが皮肉な笑みで銃を構え、その弾丸がロブ・ヒルをかすめた。

 ロブの後ろにあった花瓶が派手な音を立てて割れ、ロブの部下たちがロブを庇おうと前に出る。

「ふふ、あがいても無駄だ。一人としてこの島を出られると思うなよ? 統治者の座も、Le36も、私たちのものだ。もう署から援軍が来る」

 カンツは勝ち誇った笑みを浮かべた。

「署から、だと?」

 クロス警部は信じられないようにカンツを見た。

「どいつもこいつもおめでたいな。マイヤー署長はリョサル家に代わってこのケペラを統治するつもりだ。そのためには何でもやる。もちろん私もだが」

「ルッラ、デイビット」

 ラビスミーナが震える二人を抱いて言った。

「大丈夫だ、必ず守ってやる。少し待っていろ」

「子供に、憐み……か。何の役にも立たん」

 二人を後ろに下がらせたラビスミーナをうさん臭そうに見るとカンツはロブ・ヒルに再び銃を向けた。

「さあ、死んでもらおう。いつまで避けることができるかな?」

 カンツがロブとロブを囲んで立つ兵たちに銃を放つ。

 次の瞬間、カラン、と音を立てて弾丸が落ちた。

 ラビスミーナの剣がロブ・ヒルに向かって撃たれた弾丸をはじいたのだ。

「ほう、面白いものを持っているな」

 カンツがラビスミーナに目を向けた。

「私の船に細工をしたのもお前か?」

 ラビスミーナが口を開く。

「ああ、私立探偵だか何だか知らないが、お前は勘が良すぎる。余計なことまで嗅ぎつけられても困るのでね」

 ヒステリックに顔をゆがめたカンツがラビスミーナに銃口を向けた。

「そうか、では、私も借りを返さないとな」

 静かにラビスミーナがカンツを見据える。

「サラ」

 ホプキンス夫人が口を押えた。

「サラ、逃げろ」

 ロブ・ヒルが身を乗り出した。

「いや、ロブ、みんなを壁際にさがらせろ」

「サラ、どうする気だ?」

「早くしろ」

「わかった」

 落ち着いたラビスミーナの声にロブ・ヒルは思わず答え、ラビスミーナを見つめた。

「うるさいぞ。全員殺してやる」

 カンツの一声で部下たちが一斉に銃を向けた。

 だが、銃が火を噴く寸前にラビスミーナがスーツの下から取り出した小型バズーカが居間の天井に向かって火を噴いた。

 豪華なシャンデリアともども天井がカンツたちに向けて落下する。直後にラビスミーナは背後のドアを蹴り開けた。

「サラ、デイビットが……」

 ルッラがうずくまるデイビットを支えてラビスミーナを見上げる。

「わかっている。もう少し辛抱できるな? ロブ、彼らを頼む」

 ラビスミーナはそう言うとテラスに逃げるカンツを追って庭に駆け出した。


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