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その⑬

 特殊なガラスを通して人工の木漏れ日が差しこむホールの床は黒っぽい御影石を模した素材、正面の受付カウンターは銀色でやはり植物のレリーフが施されている。ところどころに置かれる椅子も銀色だ。

 そのホールに慌ただしく領事館のスタッフが集まった。

「ラビスミーナ様、急なお越しで、お迎えにも行かず……」

 領事館の館長ケネス・ジーンが進み出る。

「ジーン館長、迎えは頼んでいない。そんなことより、ベウラ島の事件に対してケペラ警察の対応が過剰だが、その理由はわかるか?」

「はい、そのことですが……」

 ジーン館長は困った顔をした。

「警察の電脳に入り込むには少々細工が必要です。こちらの存在を知られたくはありませんから。ダミーをいくつか作って挑んだのですが……思いのほか手強いです」

「それなら警察内部から直接入って破るしかないか……」

「ラビスミーナ様」

 ジーン館長を始め、そこにいたスタッフの顔が一斉にこわばった。

「ラビスミーナ様、いつぞやのレンでの電脳破りの話は聞き及んでおります。しかし、あれは表沙汰にならなかったからいいようなもので……もし、ラビスミーナ様がレンの電脳から勝手に情報を引き出したことが外部に漏れ、リョサル王を始め、各核の領主たちがゼフィロウを弾劾するようなことにでもなっていたら……大問題でしたぞ?」

 ジーン館長の握りしめた拳が心なしか震えている。

「そこは父上の出番だ。ああ見えて、父上はのらりくらりとはぐらかすのが得意だからな」

「そんな暢気なことを……」

「暢気?」

 ラビスミーナが顔を上げた。

 領事館のスタッフたちがさっと目を逸らし、ジーン館長を見た。

「え、いえ……そういうわけでは……それで、ええと、ベウラ島で死んだゼンダ・マッカーレンという女性はいったい何だというのです?」

「ああ、私もさっぱりわからないのだが、リョサル王となにがしかの関係があると思われる」

 ラビスミーナは腕を組んだ。

「確かに、ベウラ島の事件に関しては警察の守りがいつになく硬いとは思っておりますが」

「そうだ。警察の動きが不自然だ。それにあのファビアン・カンツ。カンツはゼンダの死を口実に送り込まれたな。あいつは島に何をしに来たのか……」

「彼は署長の右腕で、やり手ですよ。手段を択ばないと囁かれています。陰では何をしているかわからないと」

「なるほど。それで不動産屋のリチャード・スミスと観光屋のポール・ガードナーだが」

「二人とも警察署長のスタンリー・マイヤーとのつながりが噂されています」

「おい、噂とはどういうことだ? きちんと突き止めろ。突き止められないなら直に警察の電脳に聞く」

「お、お待ちください。なんとかやってみますから」

「では、少し待つ。ところでジーン館長、今日はマートゥル城でリョサル殿のご子息ナフタリ殿との定例会があるのでは?」

「はい、これから向かう予定です」

「ナフタリ殿に変わった動きは?」

「ありません」

「そうか。邪魔して悪かったな。行ってくれ」

「はい」

「そうだ、もう一つ。ジーン館長、次のケペラ領主の信任投票はいつだったかな?」

「信任投票ですか? 来年ですが」

「このケペラで白(セジュでは領主が住民の信任を受けられない場合、領主に代わってその核を統治する者をその核の住民の間から選ぶことができる。選ばれた者は白と呼ばれ、四年間統治者の役職に就く)が選ばれる可能性は?」

「数人が名乗りを上げていますが、今のところは領主のリョサル王が信任を受けられないということは考えにくい状況です。ただ、リョサル王は高齢で、領主の地位をご子息のナフタリ様に譲ることをお考えですから、そうなったときは未知数です。人気のあるリョサル王が退けば、候補者にとっては良い機会かと……そうだ、先ほど名が出たリチャード・スミスですが、ケペラの白を狙っていますよ」

「そのようだな。あの島に何か面倒なことがある。それを持っていく気かな?」

「何のことですか?」

「リョサル王さ。年寄りは身ぎれいにして後を譲るものだ」

「ラビスミーナ様?」

「まあいい。定例会に送れるぞ?」

「あ、はい。では、また後ほど」

 ジーン館長はこっそり息を吐き、部下を引き連れ、入口の外に待つエアカーに乗り込んだ。

「アンドリュー・コーエンと申します。早速作業に取り掛かります」

 残ったスタッフの中から若い男が進み出て言った。

「ああ、頼む。警察はベウラ島にある何かを探している。それを見つけ出せ」

「はい」

「ラビスミーナ様、メリッサという女性からアクセスがありますが」

 コントロールルームから別のスタッフがやって来た。

「タイミングがいいな。そっちに行く。すぐに繋いでくれ」

 ラビスミーナは微笑んだ。


 領事館のエレベーターで地下のコントロールルームに降りる。そこのモニターに映っていたのは、ホウカスポウカスの主、色香の漂う母親のナナ・ネトゥルとは全く雰囲気の違う女性だった。

 肩の線までの長さのゆるく波打つ褐色の髪に薄いブルーの瞳。

 静かで地味な風情だ。

「やあ、メリッサ」

「相変わらずね、ラビスミーナ様」

「いつも通りでいい。で、ネビル・スコットの行方は分かったか?」

「ええ」

「えっ?」

「どうやって?」

 居合わせたスタッフが目を丸くした。

「聞かせてくれ」

 ラビスミーナはモニターの前の椅子に掛けた。

「ネビル・スコットはベウラ島を囲む湖の下。スコット氏の乗ったエアカーが向かったのは湖のほとりにある桟橋。音の消された銃で撃たれて、そのまま湖に投げ捨てられた男を見たって客がいたわ」

「だが、そんなことならすぐに警察にも知られるはずだが?」

 ラビスミーナはメリッサに鋭い視線を向けた。

「ええ、そのはずなんだけど、その後すぐにスコット氏が乗ったエアカーの記録がきれいに消されたの」

「スコットを撃ったのは?」

「分からないわ。情報元の男は所在不明なのよ」

「それはつまり……」

「今頃は命がないかもしれないわね」

「徹底しているな。とにかく探知機を使い、内密に遺体を探そう。ところで、メリッサ、あそこの島民がお前のところに行くことはあるかな?」

「まさか」

 メリッサは笑った。

「あそこにはホウカスポウカスの底辺までやって来るような人はいない」

「だが、島の住民だってこっちの町にやっては来るだろう?」

「農作物を下ろしに来る人はいるでしょうけど」

「ふうん。しかし……あの島は変わっているな。ケペラの街まで出る気ならばいつでも出られるのに、島民はすっかりあそこに落ち着いてしまっている。美しくて穏やかなところだが」

「美しくて穏やか……か。そこでいったい何があったのやら」

「まったく、な。ゼンダ・マッカーレンとケイトの祖父があの島を買ったと言うが……リョサル家との関係はわかるか?」

「ないとは言えないわね。島を買ったジョセフ・マッカーレンはかつてリョサル家で働いたこともあるから。でも、マッカーレン氏はもともと実業家だし、仕えていたのも短い間なのよ」

「そうか。ありがとう、メリッサ」

「また、連絡するわ」

 メリッサはいたずらっぽい笑みを浮かべてスクリーンから消えた。

「以後、メリッサから連絡が入ったら無条件で私に知らせてくれ」

 ラビスミーナはコントロールパネルを扱うスタッフを振り返って言った。

「はい。しかし、警察より先に……あの女性は誰です?」

 スタッフの一人が言った。他のスタッフもラビスミーナを見ている。

「ああ、メリッサはゼフィロウのベルル学園にいた時の同級生だ。私は学園にはそれほど顔を出せなかったので静かにしていたのだが、メリッサは私のことを見破っていてね、話を聞けば、彼女は実に多くの、学生ばかりか、教授やそこで働く者たちの事情まで知っていた。しかも、当人たちに気づかれないうちに、だ。さすがに生まれも育ちもホウカスポウカスだと感心したものさ」

「生まれも、育ちもホウカスポウカスって……」

「ああ、メリッサはここケペラで十分やって行ける地盤を持っている。しかも、人からさりげなく情報を引き出す能力は母親譲りだ。彼女に会えたことを学園に感謝しているよ」

「そうでしたか。しかし、ホウカスポウカスは人を、われわれのようなプロの者ですら煙に巻いてしまう。ラビスミーナ様、僭越ですが、信用しすぎは禁物です」

「わかっている。さあ、エアカーを出してくれ。それから船の用意も頼む」

 ラビスミーナが立ち上がる。

「わかりました」

 スタッフが頷いた。

 コントロールルームのある地下からラビスミーナを運んだエレベーターの扉が開く。エレベーターを降りると廊下からホールに降り注いでいた木漏れ日はいつの間にか室内の照明にかわっていた。


 領事館を出たエアカーが帰宅を急ぐ人々で賑わう官庁街を通過し、郊外からベウラ島を囲む湖へ向かった。

 桟橋には小型の船が待っていた。それに乗り込み舵を握ると、ラビスミーナは黒い物体となって船の行く手に横たわる島を見つめた。

「ヴァン」

 胸に飾った髪留めの端末から呼びかける。

 返事はない。

「ヴァン、ヴァン」

「あ、ラビス、用事は済んだのかい?」

 いつものヴァンの声にラビスミーナはほっと息を吐いた。

「まあ、な。今船の上だ。お前の方は?」

「もう少しだよ。こっちに来たら乗ってみるかい?」

「もちろん」

 ラビスミーナの声が微かに弾んだ。

「あ、そうだ。ルッラとデイビットが遊びに来たんだが、その時、気になることを言っていたよ。棺の中に入っていた庭師のイアンは髪の毛が驚くほど抜けていたそうだ」

「ふうん……それで、何かわかるか、ヴァン?」

「いいや。それだけではさっぱりだ。だが、ただの肺炎とは思えない。感染症か何か、かな……」

「感染症か」

 ラビスミーナは眉を寄せた。


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