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その⑫

 ラビスミーナを乗せたエアカーは細い路地を通り抜け、街路に出た。

「ちょっと寄り道を頼む。医師のネビル・スコットの家に寄りたいのだ」

「わかりました」

 運転席に座った料理屋の男は気軽に答えた。エアカーが幹線を下り、ハイウェイに乗る。麦畑、菜園、牧草地、果樹園、そして池に林……どこまでも続く田園風景の中を素晴らしいスピードでエアカーが行く。

 ネビル・スコットの住むホリー村はケペラの中心街から郊外に向かう途中の丘の上にあった。

 エアカーがハイウェイから地元の道に乗ってホリー村に入る。

「どの家かわかるか?」

「はい。ネビル・スコット医師の家は聞けばすぐにわかるでしょう」

 近づく赤茶色の屋根の家々に目をやりながら運転席の男は答えた。

「少しお待ちください」

 男がエアカーを下りて通りがかりの女に声をかけた。

 少し女と話をした男がすぐに戻る。

「あれだそうです」

 男が指をさす先に生垣に囲まれた赤茶色の屋根が見えた。その隣には同じく赤茶色の屋根の診療所が見える。

 近所には似たような家々が並んでいるが、エアカーでそこまで行くには道が狭かった。

「近くに警察のエアカーはないな。ちょっと行ってくる」

「ご一緒しましょうか?」

「ありがとう。でも、すぐ戻るから待っていてくれ」

 ラビスミーナはネビル・スコットの家に向かって歩き出した。


 生垣の門をくぐると芝生の間に小石が敷かれた道がある。それをたどっていくと玄関の古い木製のドア。ドアには花の絵柄の、すりガラスが入っている。

 ドアの隣には呼び鈴があった。

 ラビスミーナはその呼び鈴を押した。


「はい、どなた?」

 中から若い女性の声がした。

「サラ・フォードと申します。ホウカスポウカスから来ました」

「えっ、ホウカスポウカス?」

 ドアが開いた。

 立っていたのは二十歳そこそこの娘と、その母親だろう、ほっそりとした中年の女だった。体格のいい娘は物おじせずラビスミーナを見上げたが、母親はその顔に疲れが見える。

「ホウカスポウカスとおっしゃいましたか?」

 娘が聞いた。

「はい」

 ラビスミーナは頷いた。

「父のことでいらしたのですね?」

「そうです」

「夫は無事なのでしょうか?」

 母親の声は震えていた。

「奥様、実は、私もケペラに来たばかりで今は何とも申し上げようがありません」

「ここへ来たばかり……? でも、さっきホウカスポウカスと……」

「ええ、そこに知人がいるものですから。私も事情があってスコット氏の行方を追っています」

「どういうことですの? 夫は何か事件に巻き込まれたのでしょうか?」

「その可能性があります」

「ああ、ネビル……」

 夫人の目に涙が浮かぶ。

「警察も調べているはずですが、そちらからは何か言われましたか?」

 気丈にラビスミーナを見つめる夫人にラビスミーナは聞いた。

「いいえ、何も。ただ夫の書斎を見て回って、主人の端末を持って行って……それだけですわ」

「担当の名前は?」

「ファビアン・カンツと」

「あいつか……」

 ラビスミーナが呟く。

「そうよ、あの人、そう名乗ったわ。で、あなたも警察と同じなの? 父を捜してくれる気はないんでしょう?」

 母親に寄り添った娘はラビスミーナを睨むようにして聞いた。

「いや、お父様を探したい気持ちは大いにある。父君を見つけない限り、私は帰れないのでね」

「まあ……それは、どういうことですの?」

 たった一人でやってきた美しい、しかし強い瞳の女性。母娘はラビスミーナに引き込まれた。

「依頼人がいるのです。父君のことがわからないことには報告もできない。スコット氏のことをお聞きしてもよろしいですか?」

 ラビスミーナは母娘を見つめ、二人は顔を見合わせた。

「わかりましたわ。何でも聞いて下さい」

 母親が言い、娘が頷く。

 二人はラビスミーナを居間に招いた。

「どうぞ、おかけください」

 夫人が明るい色のキルティングで飾られたソファーを勧めた。

「失礼します」

 ラビスミーナはそっと腰を掛け、正面の椅子に腰を掛けた娘と夫人に聞いた。

「では、まず……スコット氏はベウラ島から連絡があって往診に行ったのですね?」

「はい、父はここで医者の仕事をしていますけれど、島から頼まれると往診もしているんです。あの日島から連絡が入って……でも、父が行った時にはもうその患者さんは亡くなっていたそうです」

 娘が答えた。

「お帰りになった時のスコット氏の様子は? 何か変わったところがありましたか?」

「そこなのですわ。主人は帰って来るなり書斎に閉じこもって」

「ええ」

 娘も頷く。

「スコット氏は何をしていたのでしょう?」

「さあ……」

 スコット夫人は首を振った。

「書斎を見せてもらってもいいですか?」

「ええ、こちらですわ」

 母と娘はラビスミーナを書斎に案内した。

「菌類やダニに関するものが多いな」

「ええ、主人は医師として働いていますが、細菌の方にも興味があって……」

「庭師の死因は急性の肺炎と聞いていますが、それについてはスコット氏から何か聞いていますか?」

「いいえ。主人はしばらく書斎にこもっていましたが、それから間もなく家を出ていったのです」

「父が何も言わないで出ていくから母も私も変だと思いました」

「私、夫の後を追いかけて庭に出てみましたわ。『どこに行くの?』『帰りはいつごろになるかしら?』……そんなことを聞こうと思って。でも、庭に出た時には夫はもう路地の先に止まっていたエアカーに乗り込むところでしたわ」

「スコット氏はそれ以後すっかり消息が分からなくなってしまったわけか……」

「アンナ、ナンシー、大丈夫かい?」

 玄関のドアが開いて普段着の婦人が覗いた。

「あ、隣のおばさんだわ。近所の人が代わる代わる様子を見に来てくれるの」

「それは心強い。では、私はこれで失礼します」

「ええ、何かわかったら……」

「わかりました。すぐにお知らせするとお約束します」

 ラビスミーナは頷いた。


 ラビスミーナは厳しい顔で家を出た。

 そのまま待たせていたエアカーに乗り、黙り込む。

 エアカーは瞬く間に来た道を戻って行った。ハイウェイに乗り、都会の幹線道路に降りる。

 しばらく行くと、広い大通りの先に見渡す限り公園のような芝生に囲まれたケペラ領主の城が見えて来た。

 あけっぴろげで少々物騒に見えるが、立ち入りが自由なのは芝生と木々が規則正しく植えられたエリアだけで、領主のプライベートエリアは塀と城門によって守られている。

 もちろん、ところどころに警備員がいるのは言うまでもない。

 各核の領事館は官庁街に点在しているのだが、ゼフィロウの領事館はこの領主の城に近かった。


 エアカーがのびやかなケペラの城と調和するような緑の中に入って行く。取り立てて表示があるわけでもない。だが、そこはもうゼフィロウ領事館の敷地のはずだ。

「あの……」

 身構えていた運転席の男がついに言った。

 領事館と言えば、それぞれの核が独自の警備をする。そして彼が運転しているのはこの領事館とは無関係のエアカーだ。それなのに門らしき門もなく、エアカーを止めようとする者もいないのだ。

「ああ、警備のことか。こう見えて抜かりはないはずだ。部外者なら、まずこの緑の中に入れない。いたるところに監視の目があって侵入者を阻止する。もちろん侵入者の動きは警備の者には逐一見えている。銃火器に対しても、毒ガス類も敷地内に持ち込めないことにはなっている。でも、まあ、何事も万全というわけではない。意表を突く出来事は起こるものだからな」

「はあ……」

 運転手は返事ともいえない返事をした。

「ああ、ここでいい。ありがとう。ナナによろしく伝えてくれ」

「はい」

 男は誰何されることもなく、すんなりと通されたゼフィロウ領事館の正面にエアカーを止めた。

 領事館の建物は周囲の緑を映す特殊ガラスが多用されて、その大きさが意識に上らない。

 緑の中に文字通り溶け込んでいるのだ。

 だが、この建物の入り口は……(恐らく入り口なのだろうな)と男は思ったのだが……周囲の緑に溶け込むことをきっぱりと拒絶して立っている巨大な銀のレリーフだった。

 それは両端の高さが中央よりも低くなる流線型で六枚から成っている。その表面には様々な花と葉、そして木の実が隙間なく彫られていた。そして、これはほとんどの者が気付かないが、その中にそっと彫り込まれた蛇の目。これは本人でさえ気づいていない心の奥底までも見通し、試すというファマシュ家の紋章だ。

 ラビスミーナはエアカーを下りるとレリーフの前に立ち、蛇の目を見た。

(わかっている。私が取るに足らない、脆い存在であるということは。だが、ここまで来た以上、投げ出すわけにはいかないだろう?)

 それに応えるように中央の一番大きなレリーフがスライドし、入口が開いた。


大変な地震でした……地震お見舞い申し上げます。

こちらは大したこともできませんが、被災された方々が早く普通の生活に戻れますようお祈りしております。


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