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その⑪

 陸側の桟橋で警察組と別れたラビスミーナは端末から地元のエアカーを呼んだ。呼び出しに応じてエアカーが自動運転でやって来る。

 ラビスミーナはエアカーに乗り込むと、パネルに行先を入力した。

 ラビスミーナの乗るエアカーがケペラの田園地帯を通り抜け、高級店が軒を連ねる街区に入り、行財政機関の集中する官庁街に向かう。

 それを一台のエアカーが追っていた。

 乗っていたのは桟橋で別れたはずのファビアン・カンツ、そしてカンツの部下二人だ。

「ケペラ警察へ行く気か?」

 カンツが言った。

「署の近くですね。降りました」

「わざわざ後をつけるまでもありませんでしたね」

 部下二人がそれぞれ答える。が、カンツがそれを遮った。

「おい、そうでもなさそうだ。ビルに入らないぞ?」

 ラビスミーナはエアカーを下りるとさっさと街を歩き出す。

「マッカーレン夫人の死などどうでもよいのだが……この時によそ者が入り込むというのが気に入らん。それに、あいつはただの探偵なのか……とにかく別れて追うぞ」

 カンツは部下の二人に声をかけ、エアカーから降りた。

 ここはカンツたちにとっては勝手知ったるエリアである。彼らは慌てることなく、ばらばらになってラビスミーナの後をつけた。

 一方、ラビスミーナも迷う様子はない。官庁街にある緑豊かな公園を横切って行く。

「ここは初めてではないようですね?」

 互いに繋がっている端末から部下の声がした。

「らしいな」

 カンツは答えた。

「どこへ行く気でしょう?」

 もう一人の部下が言う。

「このままだと……」

 カンツはラビスミーナの行く手に目をやった。

 公園を抜けた先は、これもまた自分たちがよく知る歓楽街ホウカスポウカスの入口だ。探偵だという女はパンツスーツ姿で昔の情緒を残すホウカスポウカスの一角へ向かっている。

「ホウカスポウカスには物騒な奴らがいる。何も知らずに行って厄介ごとに巻き込まれなければいいですがね」

 部下の一人が笑った。

「あそこは警察の目と鼻の先にありながら、治外法権のようでもあります。歓楽街でありながら、もう一つの顔もあります」

 もう一人が答える。

「それを承知でここへ来たのか……ちっ、巻かれる」

 ここになってカンツは余裕をなくした。

 いくら勝手知ったるホウカスポウカスでも、夜の賑わいが嘘のようにしんとしている昼間のホウカスポウカスでも、入り組んだ路地に並ぶ店の中から女一人を見つけるのは難しい。もし相手が自分たちの存在に気づいているなら……なおさらだ。

 カンツの思いを知ってか知らずか、ラビスミーナは歩きながら緩く束ねていた栗色の髪をほどき、きちんと止めていた胸元のボタンをはずした。髪に隠れてよく見えていなかった髪留めを胸元に飾ればそれはスーツを豪華に見せるダイヤの宝飾に見える。


(ふふん、追ってきているな。さてと……)

 ラビスミーナはケペラらしくとりどりの花をかたどった街路灯が並ぶ通りから迷路のような路地に入って行く。

 大小さまざまに自己主張をする看板。

 それが途切れた先には、中庭を持つ大きな料理屋。

 老舗の小さな店も軒を並べる。

 まだ日中で店の多くはその扉を閉めている。だが、路地裏や街角、そして窓ガラス越しにわずかに光が見える店の奥には人の気配がある。

 官庁街とはがらりと変わった人種がここにいる。

 ラビスミーナは古びた木製の看板を掲げた細い入口の店の扉を迷わず開けた。


 そこはカウンターといくつかの小さなテーブルが置かれたバーだった。カウンターの奥には磨き上げられたグラス類が薄暗い明かりを受けて光を放っている。 店にいたのはコーヒーを淹れている若者と、カウンターに座っていた客の男一人。店に満ちたコーヒーの香りと薄暗い光が、まるで生き物のようにラビスミーナを包み込む。

 客の男が振り返って口笛を吹いた。

「見たことがないが、ここの女じゃないな」

「お客さん、昼の間は酒が出せませんが、よろしいですか?」

 カウンターの後ろにいた店の若者が聞いた。

「ああ、コーヒーを淹れてくれ」

 ラビスミーナはカウンターに座った。

「承知いたしました。どの豆にいたしますか?」

 ラビスミーナを窺いながら、若者がガラスに入ったさまざまな豆を指さす。

「クラッドはあるかな?」

 ラビスミーナは即座に答えた。

「これはいい。農業核ケペラの幻の豆だ」

 客は笑って若者を見た。

「少々お待ちください」

 奥に入って行く若者にラビスミーナは声をかけた。

「ナナはいるか?」

「あなたはどなたですか?」

「娘の、メリッサの友だと言ってくれ」

 若者は黙って頷くと奥に入って行った。


 間もなく奥から中年の女が出て来た。

「まあ」

 その物憂げな色香を漂わせる瞳が輝く。

「やはり……あなたでしたか。ビル、悪いけど今日はもう帰っておくれ」

「大事なお客さんらしいな?」

「ああ。それと余計なことは言うんじゃないよ」

「もちろんだ」

 男は頷き、静かに店を出て行った。

 店の若者が萌葱地の金襴手のコーヒーカップを運ぶ。ラビスミーナは名前通りの泥色の、しかし、香りの深いコーヒーを一口飲んだ。

「で、どうなさいました?」

 店の女主、ナナ・ネトゥルはラビスミーナを見つめた。

「最近いなくなった医師のことが知りたい」

「ネビル・スコット?」

「その通り。ここに来る警察関係者は彼のことで何か言っていなかった?」

「それなら全く。こちらに探りを入れることも、依頼をよこすこともありませんでしたよ」

「変だな……でも警察はベウラ島に無関心じゃないんだろう?」

「もちろんです。ここのところ、お偉いさんたちの動きが活発で。ケペラ警察の署長スタンリー・マイヤーや腹心のファビアン・カンツ、不動産屋のリチャード・スミスたちが毎日のようにやってきます」

「話の内容は?」

「次の統治者に誰が立つのか、その人物が見事白に選ばれたらどんなご利益があるか……かしら? みんな顔を輝かせていますよ」

 ナナ・ネトゥルがあでやかに笑った。

「なるほど……ところで、リョサル王やご子息ナフタリ殿に何か動きは?」

「特別な動きは見えませんね」

「動いているのは警察署長と地元の実業家だけか。ネビル・スコットの行方に見当は付く?」

「それについては娘が調べていますわ」

 ナナは先ほどとはまた違う、ほんのりとした笑みを浮かべた。

「やっぱり頼りになる」

 ラビスミーナが頷く。

「そうそう……ネビル・スコットの奥様とお嬢さんがこの街にまで相談に来たっていう話ですよ」

 ナナは片目をつぶって見せた。

「警察は当てにならない?」

 ラビスミーナが苦笑する。

「警察の目的はネビル・スコットを救い出すことではありませんから……それを感じたのでしょう」

「ああ、ところで、その警察に後をつけられているんだ。これから領事館に顔を出したいんだが」

「何かまずいことでも?」

「うん、私は私立探偵ということになっている」

 ラビスミーナは栗色の髪に触れて言った。

 ナナがくすりと笑う。

「それでその髪を? わかりました。こちらへ」

 ナナは店の若者に合図をするとラビスミーナを奥へ招いた。


 店の奥には地下へ降りる階段があって、階段を降りた先は迷路のようになっていた。

 ナナが先に立ち通路をしばらく歩く。

 その先に上に向かう階段が見えた。

 階段を上がると古い道具置き場のような古風な一室だ。

「店の途中にあった料理屋だな?」

 ラビスミーナが面白そうに笑った。

「はい。こちらへ」

 ナナは部屋から料理屋の裏庭へ向かいながら、通りがかった店の男を引き留めた。

「この方をゼフィロウの領事館へお連れしておくれ」

「はい、奥様」

 大物を扱い慣れているのだろう、店の男は何も聞かずに頷く。

「ありがとう、ナナ」

「どういたしまして。いつでもお待ちしております」

「うん」

 ナナが見送る中、エアカーは料理屋の裏からひっそりと出て行った。


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