その⑩(挿絵あり)
「クロス警部、館で雑用をしているフリオ・ノワレです」
サイモンが連れて来たのは髪が薄く、小柄で腰の曲がった男だった。
「フリオ、館の雑用をしているということだが?」
「はい、その通りで」
「祭りの日はどうしていたのかね?」
「昼間はパーティーの準備でテントを張ったり、荷物を運んだりしていました。パーティーが始まってからは最後までずっと菜園にいて島の連中と飲んだり、歌ったり。これは毎年のことなんで。その晩はパーティーが終わってまっすぐ館に帰り、朝、瞑想の前に片付けの算段をしようと思って菜園に行きました」
「その時はまだマッカーレン夫人が死んだことは知らなかったのだね?」
「へい。塔は菜園とは反対方向で。奥様のことは菜園から戻る途中で聞いたんです」
「なるほど。それで、最初から最後までパーティーにいたお前だ。何かおかしな行動をとる者はいなかったかね?」
「気が付きませんでしたなあ」
雑役夫のフリオは頭をかいた。
「そうか、それで夫人の遺体を最初に見つけたのは?」
「ジャンとアンジーですよ」
「警部、その二人が来ています」
「呼んでくれ」
フリオに代わって中年の男女が呼ばれた。
「ジャン・コラールとアンジー・コラール夫妻です」
サイモンが言った。
「コラールさん、夫人の遺体を最初に見つけたのはあなた方だと聞いたのだが?」
「そうです。妻のアンジーと一緒に瞑想の家に向かう途中でした。もう、悪夢かと思いましたよ。ですが、なんとか気をしっかり持って、隣で呆然とする妻を館にやりました。執事のキリロフが来て、警察に連絡しました。それから奥様の遺体を担架に乗せて瞑想の家まで運んだんです」
「そのままにしておけばよかったものを」
ファビアン・カンツが苦い顔をした。
「でも、その日は雨が降っていて……とても奥様のご遺体を置いておくわけにはまいりません」
アンジー・コラールはむきになった。
「いや、だが、余計なことをしなければ現場で自殺か他殺かの区別がついたのだ」
カンツは意に介さない。
「まあ、余計なことですって?」
憤慨するコラール夫人を見て、クロス警部が首を振った。
「いや、これは失礼。初めは事故か自殺かで済ませていたが、思わぬことになってしまったのだ。署の方でも名誉挽回のつもりなのか、力を入れている。こっちは慣れないことだらけで戸惑うばかりさ」
警部は困ったように言った。
「あの、警部さん、奥様は本当に殺されたのでしょうか?」
ジャン・コラールが聞いた。
「そうだ。もう行っていいぞ」
クロス警部は信じられないように自分を見つめるコラール夫妻に言った。
「後は料理人か」
サイモンが連れてきた肥った中年の男を見てラビスミーナは呟いた。
「フランコ・クリスタルディ、収穫祭二日目の晩、あなたはやはり菜園にいたのかね?」
クロス警部が聞く。
「いいえ。前々から準備はしていましたが、何せ島の皆が集まるわけだから料理の量も酒の量も半端じゃない。とんだ貧乏くじだが、私は館にいて、リタに足らないものを運んでもらっていましたよ」
「館にいたのか? では、マッカーレン夫人が部屋に戻ったのは気づいていたのか?」
「はい。奥様は菜園で祭りの挨拶をした後、みんなとお食事をされ、それから戻っていらっしゃいましたよ。私のことをねぎらって下さいました」
「それは何時ごろかな?」
「祭りが終わる二時間前、十時ごろでしょうか?」
「夫人を見たのはそれが最後か?」
「ええ。その後はメイドのスーザンが奥様に睡眠薬を持って行ったはずです」
「何だと? だが、スーザンはずっと菜園にいたと言っていた」
クロス警部は館の料理人、フランコ・クリスタルディを見つめた。
「ずっとと言ったって、そりゃあ、多少の用はあるでしょうよ」
クリスタルディは肩をすくめた。
「で、その睡眠薬だが、マッカーレン夫人はいつも飲むのか?」
ラビスミーナが聞いた。
「はい。お持ちするのはスーザンかザビーネなのですが、あの晩はたまたま館にいたアラン様がスーザンに確認していましたよ。『祭りだけど忘れないように』ってね」
「なるほど、では、メイドのスーザンが睡眠薬を持って夫人の部屋に行ったわけだ」
「はい」
料理人フランコ・クリスタルディがラビスミーナに頷く。
「ちょっとスーザン・リーを呼んでくれ」
クロス警部がサイモンに言った。
キッチンで仕事をしていたスーザンが戻ってくる。
「話は済んだと思ったのだが、悪かったね」
クロス警部は言った。
「お話は何でしょうか?」
「料理人のフランコの話では、君は祭りから帰ったマッカーレン夫人に睡眠薬を届けたと言うじゃないか?」
「あ、はい。言いそびれていましたわ。私、あの、ちょっと館に戻った時にアラン様のお姿が見えて……そうしたらアラン様が薬を忘れないでって仰ったんです。私、浮かれていた自分が恥ずかしくなって……急いで持っていきましたわ」
「その時、夫人は?」
「もうベッドに入っていらっしゃいました。私はいつものように薬をテーブルの上に置いて戻りました」
「夫人は何か言っていたかな?」
「ええ、奥様は、今日はお祭りなのだから早く菜園にお戻りって……」
スーザンの目が潤んだ。
「その時変わった様子は?」
「……ありませんでしたわ」
「わかった、この辺にしよう」
クロス警部は頷き、スーザンを帰した。
「さて、島の事情は大体わかった。私は引き上げて署長に報告します」
ファビアン・カンツが言った。
「私も戻ってネビル・スコットの行方について何か進展があったかどうか確認します。あなたはどうされる?」
クロス警部はラビスミーナに聞いた。
「船に便乗させてもらえますか、クロス警部? 私も少し町の空気が吸いたくなりました」
ラビスミーナが答える。
「町の空気ねえ……あなたは暢気でうらやましい」
カンツが言った。
「何かいい情報が入るかもしれませんよ」
ラビスミーナは笑みを浮かべた。
桟橋に向かったのはファビアン・カンツとその部下たち、それにクロス警部とその部下のサイモン、そしてラビスミーナだ。
「警部、いいんですか? カンツはあんなにきびきびと。嫌味を言われますよ?」
サイモンは先を行くカンツたちを見て気をもんだ。
「なあに、構わんさ」
クロス警部は答えた。
その後にラビスミーナが続く。
ラビスミーナは館から桟橋までの林の道を歩きながら、髪留めに仕組んである端末を思念で開き、囁いた。
「ヴァン、ヴァン、聞こえるか?」
「あ? ああ、ラビスか。どうした?」
「これからゼフィロウの領事館に行く」
「わかった。気をつけろよ」
「お前の方が心配だ。いくら殺人事件だとわかったからといって急にケペラ警察がこれだけの人数を送るなんて妙だ」
「警察の奴らならここにも来たよ。何をしているってうるさかったが……探った方がいいか?」
「いや、戻ったら島を見たいから車がある方が助かるんだが」
「それならよかった、今いいところなんだ」
ヴァンの声が弾んだ。
「こっちこそ、よかったよ。お前にうろうろされたら心配だ」
「何か言ったか?」
「何でもない。じゃ、な」
ラビスミーナが会話を終えた。
足早に歩き出したラビスミーナをクロス警部が桟橋で待っていた。
「気が利かなくて……女性の方に歩調を合わせなくて叱られるのはいつものことなのですが。どうも私は野暮な方でね」
「いいえ、この島があまり美しいものだから、よそ見をしてしまいましたわ。お待たせして申し訳ありません」
カンツたちはすでに船に乗り込んでいた。
「ケペラの街も美しいと言われています。ご案内できないのが残念だが」
乗船しながらクロス警部はラビスミーナに言った。
「お忙しいのはよくわかっていますから」
「まったく、とんでもないことになってしまった」
クロス警部は苦笑した。
そこへ先に乗りこんでいたカンツが近づく。
「島を離れて何をなさる気ですかな、フォードさん?」
カンツは油断なくラビスミーナを窺った。
「私としても少し調べてみないと報告ができませんから」
ラビスミーナが明るく答える。
「調べる、ですか? ケペラのこともわかっていないあなたが? ネビル・スコットのことなら、あなたは我々の調べたことをそのまま報告すればいいのですよ」
カンツは馬鹿にしたように言い、これを聞いていたクロス警部は顔を曇らせた。
「カンツ、あなたは本部直属で、優秀なのはわかるが……」
「事実です」
カンツはあざけりの色を浮かべてクロス警部を見た。クロス警部がため息をつく。
そんな男二人からラビスミーナは湖に目を移した。
「でも、カンツさん、あなたの調べたことを当てにしていいものかしら? あら、怖い顔をされて……今にもここから落とされてしまいそう」
屈託なく笑うラビスミーナをカンツは苛立ったように見た。
「まあ、好きになさるがいい。そうだ、この湖には注意した方がいいですよ。落ちたら最後、這い上がるのが困難だ。この藻が絡みつくのでね」
「まあ、怖いこと。あら、昼の鐘」
ラビスミーナは島を振り返った。
「いかにも間延びしていますな」
ファビアン・カンツはつまらなそうに言って踵を返した。
蒼山様から頂きましたオシャレなラビスミーナとクールなヴァンです!!
ヴァンは左利き♥
蒼山様、どうもありがとうございました<(_ _)>




