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lost child  作者: 上城樹
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かわいいは正義(?)2

 結論から申し上げますと、藤田さんは制裁を受けました。彼の顔にはクッキリと赤い三本線が走っております。

 いえ、きちんと理由は述べていたのですが『私だってそろそろ結婚したいです。所帯持ちたいです。周りの同年代が次々に結婚していくこの辛さが貴方に共感できますか、できないでしょう。宗さんはまだ若いですからね。私なんて今年で四十五歳です四十五歳。同年代で孫までいる奴もいるし、宗さんだって、もう二十七歳ですから、私が面倒見なくても大丈夫でしょう? え、電話に出なかった理由になっていない? 昨日はデートだったので、携帯の電源は切りました。今回は、本当にいい感じなので、邪魔しないでくださいね。これで私も独り身に、おさらばです。ふふふっ』とのことで……話を聞き終えるや否や彼は無常にも最後の審判を下しました。

一言「ヤレ」と。

そして、研ぎ澄まされた爪は振り下ろされた訳です。藤田さんの顔面に。

「え――っと、大丈夫ですか?」

 救急箱からマキロンと脱脂綿を取出し、手際よく自分で傷の治療を行っている見た目年齢三十代前半、実年齢四十五歳以外に歳を取っていたことが判明した、藤田さんの前に珈琲を置きながら、一応尋ねます。玖珂さんは制裁を加えて満足したのか、再びクッキーを黙々と召し上がっております。

「はい、大丈夫ですよ。慣れていますから」

 自分で治療することに慣れるほど顔面に傷を?

 それは、大丈夫ではないと思いますが……。

「城ヶ崎さん」

「はい」

「ここでの仕事はどうですか」

 問いかけられ、ふと、ここ最近の生活を振り返る。食事は何を作ってもすべて平らげてくれますし、野菜炒め、うどん、などの手抜き料理が食卓に並んでも文句ひとつありません。掃除もリビングと廊下のみ、買い物もネットなので宅配で玄関まで届けられます。残りの時間はネットをしてもテレビを見てもソファーで寝ていても怒られません。しかも冷暖房完備。

「快適です」

「そうですか、それは良かったです」

 素直に答えると、藤田さんは、それはもう嬉しそうに何度も頷きます。

 あれでしょう? 玖珂さんの世話を丸投げてきる存在が現れて嬉しいと、そういう事なのでしょう? そして、自分は彼女といちゃいちゃして結婚という名のゴールを目指しちゃう感じでしょう?

「本日はどのような御用で?」

「宗さんから呼び出しのメールがありましたので」

 差し出されたスマートフォンはメタルブルーとブラックのビーズで全体キラキラに飾りつけされていました。

 これは、玖珂さんが携帯を使っていて藤田さんがスマートフォンを使っていることに「普通機種逆じゃないですか」と突っ込むべきか、目に優しくない飾りつけを施したのは藤田さんなのか、それともお付き合いをされている相手なのか、という疑問を解決するために「それ、デコったんですか? 自分で?」と質問すべきか悩みます。

 突っ込みも、質問もせずスマートフォンを受け取ると、メールフォルダーの画面になっていました。送り主の表示はすべて『宗さん』一択です。

 なるほど電話が繋がらなかったから、メールを送ったと。

 どんなメールを送っているのかと思えば「電話」「でろ」「はらへった」「めし」「減給」「ごはん」「台所入るぞ」「おい」「転べ」「毛根死滅しろ」「小指箪笥の角にぶつけろ」などなど、一言メールが大量に送られていました。

「……あの」

「はい」

「これが、呼び出しのメールですか」

「はい」

「後半呪いのメールに見えるんですが」

「いつもの事です」

「なんと……」

 まるで悟りの境地を開いたかのような、穏やかな表情を浮かべているのに、生気のない目が印象的でした。

大人になるって大変。

「城ヶ崎さんが勤務をし始めてから、かなり楽になりました。本当に感謝しています。ですから、絶対に辞めないでくださいね」

 両手で私の右手を握り締めながら、藤田さんが言いました。

 突然異性の手を握るとは、セクハラで訴えたら金銭取れますかね、これ。

「ぜ、っ、た、い、に、辞めないでくださいね」

 ジッと右手を眺めたまま返事をしない私に、業を煮やしたのか、再度同ことを繰り返す彼の目は暗く(よど)んでいました。

 あの「辞めたらどうなるか分かっていますよね」という副音声が聞こえるのですが、気のせい? 

 藤田さんから、謎の威圧感を感じ、手にじんわりと汗が滲みます。

 初対面での、あの無駄な爽やか(さち)薄感(うすかん)何処(どこ)へ?

「ここより好条件の職場が見つからない限りは、頑張らせていただきます」

「上司に、より良い条件になるよう掛け合いますので、転職される前に私に相談してくださいね?」

 新事実が発覚しました。玖珂さんがトップではなかったようです。雇われ店長ポジションでしょうか……まぁ、あれです。玖珂さんが経営者だった場合、半年もしないで倒産している状態が想像できます。

 それにしても、上司さんにお伺い立てちゃうとか……そこまでして、玖珂さんの御世話係要因を手放したくないですか。まぁ、過去二回人選に失敗していますから、私を逃したくない気持ちも分からなくもないですが。

「善処します」

 未来はどうなるか検討も付きませんので、可もなく不可もない返答をしました。

 するとどうでしょう。きつく握り締められた右手に更なる力が……。


ギシギシミシッ


 一般人よりも脆い骨が嫌な音をたて軋みます。

 この人握力幾どれだけですか! ジワジワと握る力が強くなっております。もうこれ、リンゴ片手で粉砕できるレベルでは? かなり指先変色しているんですけど、肌色ではなく青紫色に……これは、本気で、痛い! 主に第一中手骨から第五中手骨あたりが、簡単に言うと手の甲が痛い! 私、過去に三回骨折していますから、本当に骨脆いんですってば、転んだだけで足の骨にひびが入るほどに。

「相談しますよね」

 そんな私の心の叫びなど知るよしもなく、にっこりと、効果音が付きそうな満面の笑みを浮かべ小首を傾げる藤田さん。

 いい歳のおじさんがそんなことしても可愛くありませんよ。と御忠告差し上げたいところですが、本能が叫んでいます。今、余計な事は言ってはいけないと。

 この日、笑顔で人を脅せるのだということを実体験致しました。

「……はい」

「あぁ、良かった。約束ですよ」

 痛みと謎の威圧感のダブルコンボ……抗う気力は一ミリも起きません。素直に頷き、あとは沈黙を貫く私に対し、望む返答が得られた彼は満足そうに笑うと小指を差し出してきたので一瞬へし折ってやろうかと思いましたが、さすがに色々と不味いと考え直し、渾身の力を込めて叩き落とすに止めておきました。

 指切りげんまん、なんて誰がやるものですか。

 薄毛、のほほん、苦労人だと思っていた藤田さんは、意外と神経が図太押し強人だと判明しました。驚愕の事実です。

 精神の方も髪と同じぐらいだと思っていたのに。読み間違えました。まだまだ、人を見る修行が足りないようです。

 ようやく解放された私の右手は、強い力で握られ続けた為か、ピリピリと痺れるように痛みます。

 おのれ藤田さん、この恨みは、いつの日か貴方が忘れたころ、嫌がらせとして報復して差し上げますよ。 ふふふ。

 一大決心を決めた所で、前方からパンッと柏手を打つ音が響きました。

 音の発信源は玖珂さんです。

 私と藤田さんの視線が自分に向いたことを確認すると、胸の前で両手を合わせた姿のままパンパンに詰まっていた口の中のクッキーをゴックンと飲み込みました。そして、残りかす一つ残っていないお皿を差し出した彼は、言いました。

「ん」

 一文字でした。

 しかも子音(しいん)

 訂正します。『言った』ではなく『発した』の間違いです。

 主語も述語もなしです。今の一音で、何を察しろと? まぁ、差し出されたお皿で、クッキーのお代わりが欲しいのだと何となく理解できますが、一言申し上げても許されるのならば言いたい「あなたは、幼児ですか」と。

 本当に、マイペースすぎやしませんか? この人。

 台所で残りのクッキーでお皿に山を作りながら、ため息を一つ。

「これ、明日のおやつだったのに」

 また、一から作り直しですか、そうですか、至福である、ゲームとネット時間が削られていくわけですね。作りますけどねお給料もらってますし。

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