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lost child  作者: 上城樹
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初めての仕事2

「ギリギリ及第点」

「それはどうも、ありがとうございます」

 モキァモキュ

 前世はハムスターだったのですか貴方。とつっこみたくなるほどに詰め込まれているパスタを口内で咀嚼(そしゃく)している玖珂さんから、告げられた言葉に頬の筋肉が引きつります。

 別に、褒め言葉を期待していたわけではありませんけどね。「ありがとう」とか「これからもよろしく」くらい言えなませんか、この人。

 黙々とパスタを食べ続ける玖珂さんを、ぼんやりと眺めていると、不意に足元を黒い影が横切りました。

 瞬時に黒くてテカテカした人類永久の敵である、恐ろしい生物が脳裏に浮かび、戦闘態勢に入るため、その場にある簡易武器(来客用スリッパ)を装備しようとしゃがむと、手の甲に何かフワフワした生暖かいものが触れました。

 ぶわっと、全身に鳥肌が立ちます。

 予想外な事が起こると人は、パニックに陥り騒ぐものですが、私は一味違います。「きゃっ」なんてかわいらしい悲鳴も「うわぁっ」という野太い叫び声も上げたりしません。

 肝が据わっている? いいえ違います。

 神経が図太い? それも違います。

 むしろ逆ですノミの心臓です。ちょっとしたことでパニックに陥ります。ただ驚きすぎたりすると一周回って冷静になれるだけなのです。

 ゆっくりと、視線を手元に落とします。するとそこには、人の拳ぐらいの小さな黒い毛玉が転がっていました。

 右に左にゆらゆら揺れる毛玉……なんだか、だんだんとかわいく見えてきます。

 毛玉は自我を持っている生物だったようで、私の右手にスリスリとフワフワした毛を擦り付け何かを訴えているようです。が、生憎と私、人間以外の生物と意思の疎通ができるような特殊能力は習得していないもので、君が何を言いたいのかサッパリです。

 ごめんなさいね。

 じっくり毛玉を観察してみますと、毛玉には三角に尖った耳に黄金色の瞳と短い尻尾をお持ちの生物であることが判明いたしました。

 そう、子猫さんです。

ふわふわもこもこ、な黒子猫……略して、ふわもこ子猫です。

 両手で救うように持ち上げます。

 子猫は逃げることなく大人しく私の両の掌でお座り中。

 小さい。

 かわいい。

 天使。

 もふ……もふもふもふもふもふもふもふもふもふももふもふもふもふもふもふもふもふもふももふもふもふもふもふもふもふもふもふももふもふもふもふもふもふもふもふ。

 素晴らしい手触りです。子猫をひたすら撫でまわし、思う存分もふります。パリパリに乾燥した心に潤いがもどりました。

 私、今らなどのような嫌味にでも耐えられる気がします。

 しかしながら、幸せな時間というものは総じて長くは続かないものであります。

 かわいい子猫さんは、もふられるのが、嫌になったようで私の掌を蹴り上げ中に舞い上がり、素晴らしいトリプルアクセルを披露し、地面に着地すると同時にBダッシュ。開いていた窓の隙間からスルリと自由の世界(という名の庭)へと旅立っていきました。

 うぅ、そんなに、もふられるの嫌でしたか。最初は大人しかったのに。あふれんばかりの愛を伝えただけなのに。いったい私の何がいけなかったというのでしょう。

 癒しの存在を失った私に残されたもの。それは、キノコをフォークに突き刺したまま、此方に向けられた「何をしているの、お前」的な玖珂さんの冷たい視線だけでした。

 き、ま、ず、い。

 なんとういうことでしょう。

 本日出会ってから数時間しか経っていないというのに、二度も失態を(さら)してしまいました。これで、やっぱり不採用とか言われたらどうしましょう。ニートに逆もどりとか絶対に嫌です。頑固拒否します。

 ……かくなるうえは。

「玖珂さん、玖珂さん、私お買い物に行きたいです」

 はいはいっと元気よく授業参観で両親に良い所を見せようと張り切る子供のように、挙手して私お仕事します仕事大好きで良く働くいい子ですよー。解雇したら後悔すること間違いなしだよー。というアピールをします。羞恥心? 何それ美味しいの? それでお給料もらえるの?

 モキュモキュ

 しかし、返事はありませんでした。変わりに咀嚼音(そしゃくおん)が響きます。

「冷蔵庫の中身ほぼスッカラカンです」

 モグモグ

 やはり、返事はありません。静かな室内に玖珂さんの咀嚼音だけが虚しく響きます。

「あ、あれですか。冷蔵庫にあるものだけで料理できるか試験していたとかそんな感じですか」

 モキュモキュ

 無言です。

「あの、聞いていらっしゃいます?」

 ムグムシャ

 一瞬喉に物を詰まらせたようですが、やはり無言。

「もし、もーし」

 ムシャムシャ

 いっそ褒め称えたくなる様なオールスルー。

 ……ねぇ、ちょっと、きちんと言葉を発しましょうよ。ちゃんと会話してくださいな。独り言みたいで虚しいじゃないですか。

「……夕食は〝ホットケーキの胡麻ドレッシングネギを添えて〟で構いませんかね」

「ヤダ。ちょっと待て」

 冷蔵庫の中に残っているもので作れる、けれどできたら食べたくない創作料理名を挙げれば、ようやく玖珂さんは言葉を発しました。そして、残りのパスタを口に詰め込み、書斎へ入っていきます。

 どうやら、口に食べ物を入れて話すのが嫌だったようです。

 あれですね、食事中は話してはいご家庭の出でしたか、それは失礼しました。

 でも、無視は良くないと思います。

 されると傷つくので、主に私の心が。

 ちょっと待てという言葉どおり、二分も経たない内に彼は書斎から戻ってきました。ノートパソコンを小脇に抱えて。

 無言で渡されたノートパソコンを両手で受け取りながら首を傾げます。

 これでネットサーフィンでもすればいいのでしょうか。

 そのまま、情報の波に流されてしばらく帰ってきませんけどよしいですか?

「夕方には配達で届く」

 端的に伝えられた言葉に、一瞬何が届くの? と思いましたが、すぐに理解できました。

 最近のインターネット事情は凄い。その日に頼んだものが当日届きます。便利な世の中になったものですネット社会ばんざーい。

 つまりは、

「食料はインターネットで購入しましょう。ということですね?」

 私の問いに玖珂さんはコクリと無言で頷きました。正解だったようです。

「別に、買い出しぐらい歩いて行けますよ」

「徒歩一時間。自転車三十分」

 淡々と告げられたスーパー到達にかかる所要時間にノートパソコンを抱きしめます。

「ネットで買います」

 人様の好意は素直に受け取るべきですよね。

 体力数値超低いですから。

 その後、リビングを掃除していたら、うっすらと埃をかぶった最新家庭用ゲーム機と有名どころのソフト一式を発見し、使ってもいいと書斎にいた玖珂さんに許可を得た私が、狂喜(きょうき)乱舞(らんぶ)しながらテレビの前を陣取ったことは、誰にも言えません秘密です。

 絶対に秘密です。


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