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lost child  作者: 上城樹
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現実は甘くない

 ぬるま湯につかっているような暖かく穏やかな、どこまでも真っ白な空間にいました。

 とたんに気が付きます。あぁ、これは夢の中だと。

 ぼーっと何もない白い空間を眺めながら、先ほど起こった事が脳裏をよぎります。ちょっと色々と意味不明な説明をされ、最終的に自分の顔が白目向いて迫ってくき……あ、ちょっと気分が悪くなってきました。

 考えることをやめ、さらに深い眠りに入ろうとしたその時です。

 背筋がゾワリと粟立ちました。

 本能が危険を知らせているようです。

 ゆらゆらとここちよい波間をただよっていた意識が強引に浜辺に引きずり上げられます。どうやら目が覚めるようです。


 まだ微睡んでいたい気持ちも大いにありますが、なんだか嫌な予感がするので気合いを入れて重たい瞼をゆっくりと開きます。すると、なんてことでしょう。油性マジック片手に装備した三郎と至近距離で目が合いました。

 その距離大凡7センチ。

 近い、近すぎます。近すぎて逆に三郎の顔がぼやけて見えます。

「……おはよー、ザッキー」

 にへらと笑いながら尋ねてきた三郎に返事をしようと口を開きかけるも、彼の持つ油性マジックの蓋が外されているのを確認したため、素早く布団を頭から被り籠城を決め込みます。

 ドキドキと心臓が脈打ち心拍数が急上昇。もちろん『きゃっ、男性の顔が目の前にっ! 恥ずかしいわ』というドキドキではなく、寝ている人に行う定番――かどうかは知りませんが――の悪戯である額に落書きを警戒してのドキドキです。肉とか第三の目とか書かれてたらどうしよう。

 セーフ、セーフですよね? まだ落書きされる前ですよね? 後じゃないですよね?

 油性マジックで書かれていた場合手遅れだと理解しながらも、ゴシゴシと額を手のひらで強くこすります。

「もしもーし、ザッキーさーん? 気分はどうですかー違和感とかー動かしにくい関節とかありませんかぁー。あと、落書きは未遂だからーまだ、肉とか第三の目とか書いてないから安心して出ておいでー」

 ポスポスと布団の上からノックしながら三郎が言いました。

 落書き……第三の目……考えることが一緒。

 三郎と同じレベルの思考回路……なんか、嫌。

 落ち込みながらも布団の中でゴソゴソと動き体制を整え、腕をグルグルと回してみます。

 とてもスムーズに回りました。

 次に寝転がり、伸ばした足をバタバタさせてみます。

 力強いバタ足が出来ました。

 ゴホッゴホッと、誰かが咳き込みました。きっと布団を足で蹴り上げた際に舞った埃を吸い込み咽たのでしょう。霊体ですから埃で咽ることはないはずですが、気分的な感じで咽ただと予想します。

「……大丈夫みたいです」

「頭は痛くない?」

「はい」

「お腹は?」

「大丈夫です」

「吐き気は?」

「ありません」

 三郎の矢継ぎ早の質問に対し、顔だけ布団から出して申告すると彼は心の底から安堵した表情を浮かべ、後ろにいらっしゃった久我さんとハイタッチ。

 あれ、ハイタッチ?

「魂定着完了! おっしゃっー! やったよ久我くんっ!」

「おー」

「これで減給回避だっ」

「いえー」

 聞き捨てならない言葉を大声で叫びました。

 先程の安堵の表情は私の無事を確認したからではなくて、減給回避できたからですか、そうですか。

 

 


「あのですね、別に心配して欲しかったとかそんなんじゃないんですよ。ただ、病室でしかも意識が戻ったばかりの人の至近距離で油性マジックで悪戯しようとしたりハイタッチはどうかなぁと……」

「ふぁぃ、ははひぃへぇ」 

 以外にもちもちした弾力をもつ三郎の頬を思い切り左右に引き伸ばし、まっすぐに目を見て尋ねます。ふがふがと、何か言っているようですがさっぱり理解できません。

「魂を人形に入れる説明も適当でいきなり実践っておかしいでしょう。配慮をもう少ししても罰はあたらないと思うのですが……ねぇ、そこのところどう思います久我さん?」

 我関せずと、病室に設置されているテレビで二人の刑事がコンビを組み事件を解決していく大人気刑事ドラマの(私が存じ上げている俳優とは顔と名前が微妙に違うやつです)再放送を見ている久我さんに問いかけると彼は、不思議そうに首を傾げました。

「うまくいったから問題ない」

 結果論で返事が返ってきました。

 あぁ、ダメです。久我さん貴方は思いやり精神が欠けています。

 せめて、行動を起こす前にきちんとした説明と心の準備をする時間ぐらい私に下さいよ。

「おっふぁるふぉふぉひへふーいひっ!」

 むしゃくしゃしたので、三郎の頬がどこまで頬が伸びるでしょーを検証するためさらに力を籠めて引っ張ります。何やら、むごむごと必死に抗議してきますが、もちろん無視です。

 繊細な私の心を傷つけた罰です。甘んじてその身で受けるがいい。

 ぐにぐにと、三郎の頬を好き勝手伸ばしていると、突然しっかりと頬を掴んでいたはずの手がスカッと空を切ります。もちもちした感触もなくなりました。三郎は変わらず同じ場所にいます。

「あれ」

 握りこぶしを開いて閉じてグーパーグーパー数回繰り返してから、してやった顔でこちらを見ている三郎の頬に再度手を伸ばしますが、どんなに掴もうとしても空を切るだけです。

「……なんで、さっきは掴めたのに」

「死神は、自由に霊体化と実体化できるんですぅー。君たちと違って人形に出たり入ったりしなくて大丈夫なのですよーちょーハイスペックなんですよぉー。カッコイイでしょう」

 私が困惑しているとエッヘンと大げさに胸を張った三郎が死神スペックを自慢をしてきました。

「そうですね」

 カッコイイってなんでしょうか、霊体化と実体化が自由にできるということは、カッコイイのだろうか。

 疑問に思うことはありますが、尋ねるとまた面倒なことになりそうなので、同意することにしました。

「心がこもってないよっ。これじゃ世界は狙えないんだからっ」

「だからー」

 ……同意したのに、これ以上を求めるとは贅沢な人、いえ贅沢な死神です。

 テレビから目を逸らさずに、最後の『だからー』だけを復唱する久我さんと、わざとらしく頭を両腕で抱えてしゃがみ込む三郎の姿を冷めた目で見つめてしまいます。

 誰か突っ込み人員をここに派遣してください。

 もう、私に彼らの相手は無理です。

ここまで読んでくださりありがとうございます。

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