病院の個室はお値段が……②
ふじた、ぜったい、なかす。
そんな決意を胸に秘め、私は前へ進みます。
「すいません。脳内会議の結果、諸悪の根源は藤田さんだと判定がでました。三郎にしたことはただの八つ当たりです。本当にすみませんでした」
やはり、関係のない人への八つ当たりは良くないことです。
己の非を認め、軽く頭を下げて素直に謝罪しました。
「真面目だなぁ。別に気にしてないから謝らなくていいのに。玖珂くんの八つ当たりと比べれば蚊に刺されたくらいのダメージだから、本当気にしないで。ボクとしては今ザッキーの脳内会議で何がおこったのかが、ちょーきになるんだけど」
「黙秘権を行使します」
自分の脳内を曝け出すとか何の罰ゲームですか。
「そこをなんとか」
「乙女の秘密です」
「……おとめ?」
どこにいるの? と周囲を見渡す三郎。
なんて失礼な、目の前にいるじゃありませんか立派な乙女が。
「叩きますよ」
「えぇー、けちだなぁ。別に何かが減ったりするわけじゃないんだからいいじゃん」
減りますよ。私の精神の何かが。
不満そうな声を上げても絶対に教えませんよ。可愛らしく小首を傾げてもだめですからね。
「ちぇっ、残念。しょうがないからザッキーの脳内会議の様子を知るのは、また今度の機会にしておくよ。じゃ、説明始めるから、質問があったら挙手してねー」
「はーい、お願いします」
またの機会とやらが永遠に訪れないことを切に願います。
――なんて会話をしていた数分前が懐かしい。
え? 今の状態ですか? ちょっとぶっ飛びすぎた説明に付いていけなくて困っている所です。まぁ、へらっと笑って『実はここ、ザッキーのいた世界とは異なる世界なんだよね。あ、嘘じゃないよマジマジ。本当だってば、だからその拳はしまってね。でね、ザッキーの魂は当然この世界のモノじゃないじゃんね? いやぁ、たまに居るんだけどね境界線超えて違う世界から来ちゃう子。でもこの世界にも容量ってもんがあってさ、ふってわいてきたザッキーを霊界で受け入れるとか無理なだよねぇ。あ、でも良いことを沢山して、徳を積むとこの世界の住人として輪廻の輪に加われることになってるから。頑張ればこの世界の住人になれるから安心して。そんなわけで、これから徳が溜まるその日まで、そこにある人形の中に入って、この世界で暮らしながらボク達、死神の仕事を手伝ってちょーだいね』なんて言われたら誰でも混乱すると思います。
「三郎さん、三郎さん。質問してもよろしいですか」
小さく挙手をします。
「はーい、なんでしょー」
ひらひらと右手を振りながら、ゆるーく返されました。
「貴方、昨日私は死んでいないって言いませんでした?」
「うん、言ったね」
「あれは嘘だったんですか」
「嘘じゃないよー。だってこの世界的にはザッキー死んでないし」
「と、言いますと?」
「ボクらの世界が指す〝死〟ってさ肉体が滅んだ後、魂を霊界へ行った状態なんだ。でもザッキーはこの世界の魂ではないから霊界へは連れて行ってあげられない……つまり、君は本当の意味での〝死〟を迎えることはできないんだ。だからザッキーは死んでいない」
なにその屁理屈。そのような説明で納得などできません。
「でもほら、街並み同じでしたよ。藤田さんと会ったコンビニだって同じだし、リライトの住所だって知ってました。百歩譲って霊体であることは認めても違う世界ってそんな……」
「ザッキーの世界とこの世界がとてもよく似た世界だっただけだよ。そういう事もある。でも、コンビニも微妙に違うし、ザッキーの住んでいた家は存在しないよ。家族も」
「そんなこと……」
「今は信じられなくてもいいよ。実際に生活すればすぐに実感するだろしねぇ」
しかたがないなぁと、駄々をこねる子供に言い聞かせるように三郎が言いました。
「ま、説明は後からでもできるし、一先ず人形に入っちゃってよ」
「……人形って……まさか」
「そそっ、なんとなく理解してると思うけど、ベットに寝てるザッキー、実は君がこの世界生活するために必要な仮の肉体つまりは人形なのでぇーす」
ジッとベットの上に横たわっている私にしか見えないモノを凝視しすると、三郎はあっさりと頷き認めました。
できれば否定して欲しかったのに。
なんだか、悪い夢でも見ているようです。
項垂れている私に、悪戯っ子の表情を浮かべた三郎がさらに追い打ちを掛けます。
「すごいっしょ。これ、ザッキーを模倣して天界の最新技術を駆使して作った人形でね。身長も体重も手足の太さ長さ、臓器も血管の太さも血液成分も黒子の数まで多分概ねバッチリ再現! 複製不可の幻の一点もの! これさえあれば、この世界の三次元に気軽にとけこめる優れものだよ。でも、魂が一度も入ったことの無い人形はとーっても脆いから、人工的に生かしておかないとすぐに壊れてしまうんだ。取扱い超注意品だね!」
クルクルと華麗なステップを踏み、最後にベットに横たわっている三郎曰く私を模倣して作られた人形の上半身を抱き起し「イエーイ」と私にVサインを向けました。その際、人形の首がガクンと真後ろに仰け反り、笑顔の三郎と物言わぬ屍的な、恐ろしい絵図が出来上がっております。
勢いをつけ抱き起したため、衝撃で、点滴の針が腕から抜け、酸素ボンベがポーンと綺麗な放物線を描き壁にぶつかってから床に落ちました。
あれ、今、不穏な発言が……人口的に生かしてるとか脆いとか壊れるとか。
ちらりと、私を模倣して作られた人形に視線を向けます。
点滴――ナシ。酸素ボンベ――ナシ。
…………はい、アウト!
「ちょっと、点滴がっ! 酸素ボンベがっ!」
「あはっ、はずれちゃったねぇ。ほら早くしないと、身体機能停止で壊れちゃうぞ、ささっ、急いで人形の中に入るんだ」
右手で自分の額を軽くたたき、舌をだす三郎。
彼の背後に〝てへ〟の文字が見える気がします。
「いやいやいや、はずれちゃったじゃないよね! わざとやったよね!?」
「やだなぁー。事故だよー。じーこー。そんなことより、早く入ってよー。ほーらー」
セリフを棒読みしながら、ぐいぐい人形を押し付けるのやめてください。
そんな急に言われても決断できる訳がありません。そして説明をされていなにのにどうやって人形に入れと。
茫然と佇んでいると、軽く肩を叩かれました。
振り返れば、仁王立ちの久我さんが……そういえば一緒にここまで来ましたよね。今の今まで存在を忘れていましたよ。
無理だろうなと思いながらも、この状況を打破するため、藁にもすがる思いで久我さんに助けを求めます。
「久我さっ」
「とりあえず」
彼は私の言葉を遮り後頭部を鷲掴むと、そのまま後ろに勢いよく引っ張り体制を崩したところで。
「入れ」
そう言って、三郎が持っている人形に向かってパイ投げの容量で私を叩きつけました。
近くで見た人形の顔は、肌は青白くうっすらと開いた瞼から、僅かに覗く白目が不気味さを増長させ恐怖を煽ります。
「ふぎぁあぁぁぁ」
情けない悲鳴を上げ、意識はブラックアウトしました。
最後に思ったことは、後頭部鷲掴みにできるなんて、久我さんすごい手が大きいんだなぁ。でした。
ここまで読んでくださりありがとうございます。