病院の個室はお値段が……①
個室でした。
トイレ洗面台完備、柔らかそうな二人掛けソファーと小さいながらも机まで設置されていました。
贅沢にも室内に一つしか存在しない白いベットに横たわる人が一人、腕には点滴、口元には酸素マスク、ピッピッピッと規則的に機械音を響かせるよく分からない機械が設置されている室内は、医療ドラマでおなじみの光景です。ただ一つ、ベットに横たわっているのが俳優や女優ではなく、私だということ以外は。
自分の寝姿をリアルタイムで見ることになるとは思いませんでした。人生なにが起こるか分からないものです。
この場に連れてきたにも関わらず説明をするでもなく半分ほど中身の減った輸液ボトルを物珍しそうに眺める玖珂さんを視界に入れないよう、光を取り入れる為か大きく取られた窓の外遥か彼方に視線を向けます。
この人に説明とか求めてはいけないことは、昨日学びました。恐らく、先程見かけた藤田さんが本日の説明要員なのでしょう。ここは一つ大人しく藤田さんの登場を待つことにします。
あぁ、早く体に戻りたい。
ソファーに腰掛け一息吐いた私の目の前ににゅっと細くて黒い物体が現れました。
「ふぉっ」
驚き反射的に仰け反ると、広がった視界の端にキラリと輝く金色が。
「はぁーい、久々に自分の肉体と感動のご対面おめでとーございまぁーす。今のお気持ちをーマイクに向かってどうぞおっふぇぇっ」
バラエティー番組のような軽いのりで口元に油性マジック(黒)を突き付ける金髪の男の顔面に固く握りしめた拳を無意識に突き出していまった私を咎める者は誰もいないでしょう。
「ちょっ、あっぶなっ、ザッキー今ヤバかったギリだった! イケメンの顔を殴ろうだなんてイケメンは世界の宝なんだよっ。厳罰ものだからね」
突き出された拳をすれすれで避けた金髪男……三郎は両頬に空気を溜めぷっくりとハムスターの頬袋のように膨らませながら目尻を吊り上げて睨み付けてきました。
心に余裕がある時ならば、その手に握られた油性マジックを奪いとり、額に第三の目を描き笑って差し上げる所ですが、現状そのような余裕はありません。
「どっから湧いたんですか?」
三郎を睥睨しつつ尋ねます。
通常よりも大幅に低い声が出ました。
「まって、その蛆虫を見るような目やめて! 三郎君の繊細すぎるハートがブロークンしちゃうから!」
悲痛な叫びを上げ胸元を握り締しめながら、私から距離をとるように後ろへよろめき床に座り込む三郎。ご丁寧に、素早く目薬をさし瞳を潤ませることも忘れない。
本人曰く、繊細なハートをいっそ粉々に砕きたい。
粉末状になるまで。
しっかりと。
グッと、握り拳を掲げる私を見て、自分の対応が間違っていたことに漸く気がついた三郎は両手を顔の横に上げ降参のポーズ。
「もうっ、藤田君に『すみません。どうしても外せない用事が出来たので私の代わりに城ヶ崎さんに説明よろしくお願いします。え? 用事の内容? それは秘密で……あぁ、待って切らないで下さい! 本当に大事な用事なのです! 私の今後の人生に大きく関わる大事件でっ、引き受けて下さったら、お礼に今度国産素材を使うことで有名な某バーガー店の美味しいハンバーガー十個おごりますから!』って言われたんで代理説明しに来た心優しい三郎くんに対してそれは酷いよー。屋根上で日向ぼっこを諦めて、ここまできたんだからさぁーもうちょっと感謝してほしいなぁ」
腰に手を当て、エッヘンと胸を逸らす三郎。
偉そうに喋っていますけど、某ハンバーガー食べたかっただけですよね。要約すると買収されたってことですよね。
藤田さんの外せない用事とは、先程のおっさん襲撃事件を警察の方に説明することでしょうか、それとも受け付けのお姉さんを慰め、あわよくばラブストーリを展開することでしょうか。
ふと、去り際の藤田さんの姿を思い出し、ため息を一つ。
あの人、さりげなくお姉さんの肩に抱き寄せていたしなぁ。
これは確実に後者ですね。確かに、昨日新しい出会いがありますよ。とは言いましたけど、まさか次の日に出会った女性を口説くとは……随分と軽やかなフットワークをお持ちのようで。
「ザッキー?」
まったく、愚痴を聞かされた次の日にナンパするとは、昨日の私の拘束時間返して欲しいです。数時間ごには新たな出会いで女性に声かけるって舐めてるんですか。しかも、仕事放棄! いえ、代役は立てているのですから放棄ではないのでしょうか? でも納得いきません、付き合いの長い私よりも出会って数分の女性を優先させるのは如何なものかと思うわけです。
まぁ、あのお姉さんゆるふわ美人でしたしね。男だったら守ってやりたくなるような。顔か、世の中顔なのか……。
悶々と考えていると、床にしゃがみこみ小首を傾げ不思議そうに私を、下から見上げてくる三郎と目が合いました。
「気分悪い? 大丈夫?」
膝を抱えるそのしぐさが、心配そうに揺れる瞳が、なぜかペットショップのゲージの中から尻尾をブンブンと振りジッとこちらを見つめ「あそんで、あそんで」と訴える子犬の姿と重なって見えました。
なんか、あざとい。
「……男って最低ですね」
「えぇっー、いきなりどうしたのさ」
蔑んだ視線とドスのきいた声による突然の批判に、三郎は困惑を隠せないご様子です。眉毛が見事な八の字を描いています。
些か強く言い過ぎてしまいました。
『そうですよね。身に覚えがないのに批判されたら戸惑いますし悲しいですよね。体調の心配までしてくれた人にやることではなかったです。ここは、素直に謝りましょう』
白い私――通称白がそっと耳元に囁きかけてきました。
『いや、登場の仕方がイラッとしましたし、善意でここに来たのではなく買収されてですし、何より三郎の性別は、あの女を口説くために仕事放棄(?)した極悪非道な藤田と同じ男じゃないですか。うん、これは仕方ないことです。謝る必要性を感じません』
黒い私――通称黒が間髪入れず返しました。
『そんな屁理屈が通る世の中だと思っているのですか! 貴方だって突然ドスのきいた声で「最低」とか言われたらショックを受けるでしょう? 自分の嫌な事を人にしてはいけません!』
白が言います。
『えー、でも最初に仕事放棄(断言)したのは向こうですよ? 他に重要な仕事が、とかならまだ納得できますけど、女性を口説くために、というのは……ねぇ』
『うぅ』
黒の言葉に白は手も足もでないようです。
このまま黒の勝利で終わるかとおもいきや、暫しの沈黙の後、白はパッと顔を上げ、拳を握りしめ叫びました。
『例え買収であっても三郎さんは、この場に来てくれたではありませんか! 彼に落ち度はありません! 諸悪の根源は誰なのか考えてみてください!』
『……藤田』
黒が答えに白が力強く頷き。
『全て藤田さんが悪いのです! 怒りをぶつけるのならば全て奴に!』
両者が互いの手を固く握りしめ頷きあいます。
『『ふふふ、次に会ったら過去の恋愛の傷口に塩塗りたくって差し上げましょう』』