プロローグ
初投稿です。
後から修正するかもしれません。
なまあたたかく見守ってください。
門を潜ると、そこは楽園でした。
緑は力強く大地に根をはり太陽が輝く大空に向かってニョキニョキと背を伸ばし、雨水が溜まったまま放置されたであろうバケツの水には緑色の藻が生えていた。バケツの中をよく見てみると小さな生き物が蠢いていた。これ糸ミミズとボウフラでしょうか? もう一度申し上げます。そこは楽園でした。
そう、虫と爬虫類の楽園。
羽虫と蛙の追いかけっこが、庭のあらゆる場所にて絶賛開催中。
あ、食べられた。
地面から三十㎝上空をふよふよと飛んでいた羽虫が近くの葉っぱの上で待機していた蛙に捕食されました。蛙の長い舌が羽虫を巻きこみそのままパックンゴックン……。一瞬のできごとです。
目の前で起こった自然の摂理を眺めつつ、広々とした庭に生えた草を踏みつけ、玄関を目指し偉大な第一歩踏み出し……あ、いけない表札確認してなかった。三歩下がれば、一軒家の門には立派な大理石の表札があった。
玖珂と書かれた表札下には、続けて安っぽい白のプラスチックで作られた看板に黒いマジックで、
何でも屋 リライト
お困りごとございましたら、当店にご相談ください。
だいたいのことは解決します。
(できるかぎり頑張ります)
女子特有の、かわいらしい丸文字で書いてありました。
「なんで高級大理石さんの下にプラ看板? そして最後の(だいたいのことは解決します。と、できるかぎり頑張ります)はいらないでしょう。仕事に対する姿勢が不誠実に思えますよ」
ワンブレスで言い切った後、慌てて口を押え、周囲を見回し人影が見当たらなかったことにホッと一息。私としたことがとんだ失態です。看板の違和感が半端なかったものでつい駄目だしを声に出してしまいました。
誰も聞いてないですよね? これで仕事不採用にされたらどうしよう。
城ヶ崎未央、最近運動不足で脂肪がたまった太腿とお腹が気になるお年頃の短大卒業生、二十歳。
私本日よりここ『何でも屋 リライト』にてアルバイト始めます。
そもそもの始まりは、短大を卒業しても就職できなかった私にお母さんが放った。
「何でもいいから仕事しないと家から追い出すわよ」
という一言からでした。
早朝からソファーでゴロゴロしながら特に面白くないテレビ番組をボケーっと見ていた私は、急いで部屋に戻りクローゼットから取り出した白のレースチュニックとスキニーデニムに着替えて職を求めて外へと飛び出しました。
昔同じように「テストで赤点とったら食事一ヵ月冷奴よ」と言われたにも関わらず赤点をとってしまった私は一ヵ月冷奴の刑を執行されました。お肉ダメお魚ダメお菓子ダメ地獄でした。プルプルした四角い物体に追いかけられる悪夢を見ました。
今の母は、その時と同じ顔をしていました。あれはマジです。頑張って職を探さなければ愛しの我が家から追い出されるのです。
愛車であるシルバーの自転車にまたがり職を求め輝かしい未来に向けて全力でペダルを漕ぎました。
職を求めてはるばるやってきましたよ。
コンビニにね。
空調の整えられた素敵な建物コンビニ……天国です。
そんな天国には職を探している人にはありがたいアイテム求人雑誌が置いてあるのです。無料で!
雑誌を手に取り黙々と読み進めます。
隣でいい歳のおじさんがグラビア雑誌を読んでいますが気にしません。
二十分間ほど、この近辺の求人募集を探しましたが希望の時間帯ではなかったり、金額が安すぎたりしたので、そっと求人雑誌を棚に戻しました。
家に持ち帰ってもゴミ箱にポーイですから立ち読みで十分です。資源は大切にしましょう。
特に欲しい物もないので何も買わずに店をでます。
店員さんが冷たい視線で、せめて何か買え肉まんでいいから! と訴えている気がしますが、見なかったことにしました。
すぐに家に帰ると怒られそうなので、もう一軒は、はしごしたいと思います。
しばらく自転車を走らせれば第二のコンビニに到着です。
ここでも、いい歳のおじさんがグラビア雑誌を……。
さて仕事探すぞと意気込んだ私は、求人雑誌コーナーを前に絶望しました。
「同じ雑誌しか置いてないだと」
よく考えなくても当たり前のことですよね。同じ系列のコンビニですもん。外観も瓜二つです。
むしろ、どうして気づかなかった私!
再び何も買わずに店をでます。
店員さんが冷た……。
先ほど、コンビニの時計を見ましたが家を出てからまだ一時間しかすぎていません帰宅するには早すぎます。お母さんに「本当に職探ししてきたの?」と疑われること間違いなしです。
駐輪スペースに向かいながら時間潰しの場所を考えます。このコンビニ駐輪場がなぜか店の裏側にあります。移動距離がながくて大変面倒。
さて、漫画でも買いに本屋にでも行こうかな。いや古本屋で立ち読みの方が経済的に優しい。ゲーム屋もいいなぁ新しいソフト出ていましたっけ?
あ、でも職探しに行って漫画やらラノベやらゲームソフトを買って帰ったら私色々と危ない気がするので、ここは、立ち読みで我慢しましょう。
そう決意した瞬間視界が何かに塞がれました。視界の次に顔全体が何かに覆われます。
「うぐっ」
いきなり顔面に敵襲を受け私のノミの心臓はここ数年間で一番リズミカルなおかつハイスピードで鼓動を刻みました。
寿命が縮んでないと嬉しいな。
「なにこれ!」
顔面に張り付いていたソレを引きはがした私はソレを見て歓喜の声を上げました。
ソレはチラシでした。
そのチラシにはこう書いてあったのです。
〝急募! 家事ができる方どなたでも大歓迎! 時給850円〟
チラシを頭上に掲げ私は思ったのです。
天啓だ! と。
「驚かせてしまって申し訳ありません。私、藤田と申します」
私が顔面でチラシを受け止める原因を作った中年の男こと藤田さんは、爽やかに笑いながら謝罪してくれました。本当に申し訳ないと思っているのかはなはだ疑問が募ります。しかし、私は心が広いので許そうと思います。
藤田さんは、三十代後半ぐらいの年齢で、ダークブラウンに染められた髪でお洒落スーツを着こなしチェックのネクタイをしっかりと締めた社畜代表の名を欲しいままにしているサラリーマンみたいな恰好をした人でした。え、サラリーマンみたいはなくサラリーマンではないかと? ……私はチラシを張るとき残りのチラシを袋入れず重石ものせずに放置した挙句風に飛ばされたチラシが他者の顔面にヒットしたというのに爽やかに笑って謝罪する人をサラリーマンだなんて認めません。
「まさか、飛ばされたチラシが、人様の顔面に直撃するとかそんな漫画みたいなことがおきるとは思いませんでした」
あっはっは、と再び爽やかに笑う藤田さんに『お前の顔面に生きたタコを張り付けてやろうか!』そう考えてしまった私、悪くない、絶対に悪くない。
「ところで、先ほどチラシを見て奇声を上げていらっしゃいましたが、この仕事に興味がおありで?」
小首を傾げた藤田さんに尋ねられました。
なんてこった。私の奇行はしっかりと彼に見られていたようです。背後からバットで後頭部強打したら忘れてくれますかね?
とりあえず差し出されたアルバイトの情報の書かれたチラシを、イラッとしながら受け取り再度目を通します。今度は細かいところまでしっかりと!
なになに? 〝仕事内容は職場の整理整頓と掃除、昼夜食事作り勤務時間が午前十時~午後七時まで内一時間休憩有週休2日 住所□△市○×△町××□8番地〟ふむなかなかいい条件ではありませんか勤務場所も近い。時給は希望を言えばもう少し欲しい。
「長く勤めていた方が急に辞められてしまって」
「それは大変ですね」
「はい、最初は、すぐに後任の方がいらっしゃったのです。しかしその方が少し。あの、その料理がへ……ゴホン、独創的な方でして雇い主が三時間で解雇しまして次を探してこいと怒られまして」
「へ……ヴォホン、独創的な料理は好みが分かれますからね」
「またすぐに次の方がいらっしゃったのですが、味覚がへ……いえ大胆な味覚をお持ち方でして味の幅が広すぎて口にあわず、これまた三時間で解雇になりました。そしてその後食材が勿体ないからと、残った料理をすべて食べさせられました」
食べたのかこの人、味の幅が広い料理を。
前髪をかきあげ、ふっと遠くを見つめる藤田さんの目には生気がありません。よほどつらかったのか、彼の目尻にはうっすらと涙が溜まっているように見えます。
苦労しているから頭部の髪が少し後退しているのかこの人。前髪をかきあげた際に見えた他の人よりも面積が明らかに大きく見えたおでこへ思わず向けてしまった視線を慌てて手元に戻します。
「それでこのチラシですか」
「はい、早急に次の人を探してくるようにと」
グズグズと鼻まで鳴らし泣き始めたので、ズボンのポケットに入っていたポケットテッシュそっと差し出します。
いい歳したおっさんの泣き顔見苦しいから泣き止め。とか思ってませんよ。
「ありがとうございます」
受け取ったテッシュで目尻拭いついでに鼻をかむ藤田さん。かわいそうに、食べた時のことを思い出して泣くほどの食事を作るとは恐ろしい人がいたものです。
「ところで掃除はお好きですか?」
ひと泣きしてすっきりした様子の藤田さんに尋ねられた私は素直に答えます。
「自分の部屋は週三回のペースで掃除機かけています」
綺麗にしておかないと黒くてテカテカした恐ろしい生物が出没しますからね。
「料理はお得意ですか」
「調理師の資格を持っています」
高校が食物調理科だったので習得できました。
あぁ、懐かしきかな高校時代青春のひと時。
思い出しますね。初めての調理実習作ったものは肉じゃがでした。とってもシンプルな料理です。中学校の調理実習で作りそうな料理です。実際私は中学時代家庭科の授業で作りました。先生方もまずは我々生徒がどのぐらい技術があるのかを確認するためにこのお題を選んだのでしょう。しかし予想外の出来事というものは突然襲い掛かってくるものです。
授業が始まると、かるい説明をされたのち刃物には十分気を付けるようにとのお言葉をいただき調理が開始されました。野菜を洗ったり器具を準備したり最初のうちはよかったのです。高校で出会った新しい友人と。
「難しい料理じゃなくてよかったね」
「だんだん難しくなるとかじゃないですかね?」
「私大丈夫かなぁ。料理苦手だもん不器用なんだよね」
「え……なんでここに入ったの」
「親が〝結婚するなら相手の胃袋つかむことが大事だから武者修行してこい〟って」
「そっか、大変だね」
「私将来は美容師になりたいからバイトでお金貯めて卒業と同時に家を出るの!」
「……へー頑張ってね」
なんて会話をする余裕もあったのです。出会って数週間の友人が話す将来設計を聞きながら黙々とジャガイモの皮を剥いていたその時でした。
ガッダンッ
右隣から決して料理中に出るはずのない何かを打ち付けるような奇怪な音がしました。
ゆっくりとジャガイモの皮を剥くため下に向けていた視線を正面に戻しました。すると、各班のテーブルを移動しながら指導している年若い助手さんが目をかっぴらき血の気のない真っ青なお顔で私の右側を見つめたまま一時停止していらっしゃいます。そっと檀上にいらっしゃる先生へと視線をずらしてみます。こちらも顔面蒼白なまま一時停止していらっしゃいました。最後に、音の発信源で ある右側に顔を向けます。
友人がプラスチック製のまな板に刺さった包丁を引き抜こうと頑張っていました。
もう一度言います。
プラスチック製のまな板に!
刺さった包丁を!
引き抜こうとしていたのです!
「――とりあえず、どうしてそうなったの?」
尋ねた私に友人は、なぜか床に転がっている玉ねぎを指さしかわいらしくウインクしながら、
「逃げられちゃった」
そう答えました。
友よ、野菜は逃げないぞ。
目撃者であるもう一人の班員によると、友人はまな板に皮つき玉ねぎをまな板に置き頭上に振りかざした包丁を勢いよく叩きつけたそうだ。しかし丸い玉ねぎは切れることなく衝撃で横に飛び、勢いそのまま包丁はまな板に突き刺さったらしい。
何の冗談ですか。
その後、友人は洗剤で米を洗おうとしたり、なぜかお鍋を空焚きしたりと――それはもう凄まじい速度で同じ班にいる私達の精神はガリガリと削り取っていきました。彼女は不器用とかそういうレベルの問題ではなかったと思います。
結局私達の班は助手の先生が主に友人に付っきりで指導するという形で初授業を無事に終えることができたのでした。
調理を終えた時浮かべた、精根尽き果てた先生の表情を私は、一生忘れません。本当にお疲れ様でした。
ちなみに友人は、最終的に魚の三枚おろせ大根の桂向きもお手の物な料理上手に大変身して高校を卒業と同時に優良物件の年上男性と幸せ同棲生活を送っています。
人は成長することのできる素晴らしい生き物だと改めて知ることができ、とても有意義な学生生活でした。
さて、話は現在にもどります。
「仮にお仕事をするとしたら何時から働けますか?」
「今すぐにでも働けますが?」
胸を張って言い切ります。
「……」
「……」
沈黙。お互いの間にピリッとした緊張が走ります。
「仕事受けませんか?」
「時給もう一声」
「……」
「……」
再び沈黙。
握り拳を胸に藤田さんが覚悟を決めた瞳に私を映しました。
「い……」
「い?」
「今すぐ仕事受けていただけましたら時給を900円にUP致しましょう!」
高らかに宣言した彼はどうだといい条件だろう。と目で語ってきます。
ふっ、甘いですね藤田さん初対面の人に仕事を斡旋されて少し時給を上げられたからといってもすぐに「おっしゃ! これでニートからフリーターにレベルアップだ!」と喜んで飛びつけるほど私は単純じゃあないんですよ! ……嘘です。喜びました。本当に飛び跳ねてグルグル回って走り回りだしたいほど嬉しいです。
だってねぇ、時給が900円ですよ? この地域の平均時給800円であることを踏まえるとね。ものすご――――く、魅力的だったのだから仕方がないと思いません?
思いますよね。
つまり何が言いたいかと申しますと。
「喜んでお受けします」
藤田さんはすぐにまともな料理を作れる人材が欲しい。私は時給の良い職が欲しい。
互いの利益が一致した私達はガッシリと握手を交わします。
祝・脱ニート。
お仕事万歳。
読んでくださりありがとうございました。