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 スパーダの家系は剣の家系だ。

 かつてまだこの国が建国されたばかりの頃、迷宮から這い出た強力な魔物を打ち倒し国を救った英雄。それがスパーダの家の成り立ちと、同時に衰退の始まりであった。

 英雄は王からスパーダの家名を授かり貴族として成り上がりを果たしたが、同時に打ち倒した強力な魔物から呪いを受けた。いつか、その魔物が再び地上を目指すとき、障害となる者が滅んでいるようにとかけられた呪い。

 呪いは二つ。

 一つは短命の呪い。

 スパーダの家系に生まれたものは誰一人例外なく齢三十を迎える前に死ぬ。

 それは事故であったり、自殺であったり、あるいは病であったり、原因こそ様々であったが、例外なく皆三十を迎える前に家系に生まれついたものは死んだ。

 もう一つは男児の生まれない呪い。

 剣を得意とした英雄を恐れた魔物はその力を封じようとスパーダの家系に生まれるものを全て女性とした。

 二つの呪いにより、緩やかにそして確実に、スパーダの家系は衰退の道を辿って行った。

 スーパダの家の設立から暫くは轟くその勇名に婿に入る貴族は多かったが、代を重ねるごとに女児しか生まれぬ剣の家系は目だった功績を立てることも適わず、徐々に没落していった。

 そうして、ソフィが生まれた頃にはもうすっかりとその名を知る者は少なくなり、もはや家名以外には僅かばかりの祖先の残した遺産だけが手元にあるばかりで、もう次の代は無いだろうとその名を知る者の間では噂が流れていた。

 しかし、ソフィが生まれたその日、ソフィのこの短き生とスパーダ家の存続を占った馴染みの魔法使いからの託宣がスパーダの家を色めき立たせた。

「黒き忠実なる剣がいずれ彼女と出会う。その者、暗き地下に潜り国に響き渡る勇名と共にスパーダの呪いを解くであろう」

 その託宣はスパーダの家の再興を予言していた。

 スパーダの家系、一人寂しく残された婿達はこの予言に従って大切にソフィを育てた。

 呪いのせいか、はたまた単純に本人に才能が無いのかついぞ剣術だけは苦手のままであったがソフィはスパーダの名を継ぐに相応しい気品と自信をもった少女としてすくすくと育った。

 小さな頃からお前はお家の再興の為に生まれてきたのだと耳にタコができるほどに聞かされて育ったソフィではあったが、生来の彼女の性格にその目的は崇高に感じられ、何の疑問も無く、彼女はそのために生まれ来たのだとはっきりとした自覚をもって研鑽を積んだ。

 とはいえ没落貴族の家系だ、毎日が忙しすぎる、などと言った事も無く、それなりに遊ぶ時間も彼女にはあった。

 堅物な人間として育った彼女が愛したのは詩だった。

 時折街や、家に来る吟遊詩人が歌ってくれる、英雄譚や冒険譚が彼女の唯一とも言える趣味であった。

 はじめこそいずれ迷宮へと潜るそのときの為の事前知識、その程度の認識でしかなかったそれに彼女はいつしか魅せられていた。それがまた迷宮へと彼女を駆り立てる一つの理由になったのかもしれない。

 それからゆっくりと歳月をかけてソフィは十九になってようやく迷宮へと潜る許可が下りた。剣の腕の無さも理由の一つではあったが、それ以上にあまりに大切にしすぎて、父や祖父が中々家を出る許可を与えなかったというのが実の所大きかった。

 長らく待ち続けた使命を果たす為の旅路のその日ソフィは自分が生まれたとき託宣を授けた魔法使いの下に再び出向いた。告げられたのは同じ託宣。出立の遅れが運命を変えてしまわないかと心配していたソフィには吉報であった。

 そうして待ち人を探し始めて、ひと月が経とうと言う頃、ソフィは旅立ちの日から初めて目にした黒髪黒目の少女に運命を感じ、街中でスリを働いた彼女を必死で追いかけたのだ。

 託宣は必ずしも当たるものではない。

 だがその託宣がたとえ外れていたとしても、祖父が、父が、大切に育ててくれた自分ならお家をきっと再興できる、再興せねばなるまいと、ソフィは硬く心に誓っていた。

 本音を言えば、ソフィの方もレスティの事を信用はできずにいた。

 盗みを働いていた半魔を信用するなどそうできる事ではない。

 しかし、レスティに手を引かれ、助けられた時、少しだけなら信用してもいい気がしたのだ。貸し借りを重んじたそのレスティの態度に、信じれば、信じ返してくれるのではないかと。




 目覚めたレスティの目に最初に飛び込んだのは皺の刻まれた真っ白なシーツだった。

 体を包む柔らかな感触と、体が地面に沈み込む不思議な感覚に驚いて、それからようやく昨夜自分がどこで眠りについたのかを思い出した。

 いつもなら寒さに震えて目が覚めるのに今日はとても暖かく、もっとこのまどろみの中にいたくなる。体を丸め、肌に触れる毛布の感覚が不思議に気持ちいい。

 そこではたと、レスティは窓からさす太陽の明かりに気付いた。


(もう、朝なの……?)


 そう知覚すると、レスティの意識は一気に覚醒へと向かう。

 まだレスティの中ではソフィの事を手伝うべきか逃げるべきか、その決断は出来ていなかった。だからもし、後者を選ぶのならばソフィが起きていては都合が悪い。ベッドから勢いよく身を起こして周囲を見回し、レスティはすぐにその体を硬直させる。

 レスティの視線の先。窓際に立って外を眺めるソフィの姿が目に入ったからだ。


「おはようレスティ。よく眠れたかな?」


 すでにしっかりと着替えを済ませて身だしなみを整えた彼女は昨日と同じように笑みを浮かべてそう問いかけてくる。


「おはよう……」


 答えを返しながらレスティが窓の外をのぞけば太陽はもうとっくに高い位置にあるようだった。自分の間抜けさを呪いながら頭を振り、ベッドから立ち上がる。

 まだ本調子ではない意識をはっきりとさせようと目をこすっていると、ソフィが水の入ったコップを差し出してくる。レスティはそれを素直に受け取って一気に飲み干して黙ってコップを返した。

 朝からまともな水で喉を潤せるという贅沢にやはり場違いな思いをレスティは抱いてしまう。

 本当の自分はまだ眠っていて、目が覚めると見ず知らずの場所で目が覚めて、既に売られてしまった後なのではないかと。


「逃げずにいてくれたんだね」


 そんな彼女の心情など知りもしないソフィはレスティの顔を見つめながら落ち着いた声でそう言った。それがまるで馬鹿にされているような、見透かされているような、そんな気持ちにかられながらしかし、間抜けに眠りこけていた手前強く言い返すことも出来ない。


「別に……逃げようと思えばいつでも逃げられるから」


 精一杯の虚勢をはったその言葉は低く重い声色だったが、寝起きで髪のはねたレスティの容姿では迫力などなにもなく、子供の下手な言い訳にしか聞こえない。


「なに笑ってるのよ」

「いや、なんでもないよ。準備できたら降りて朝食にしよう」


 普段とは違うかみ殺すようなソフィの笑みを胡乱げな目で睨み返す。


(私はいったいこれからどうなるのだろう……)


 胸の中でわだかまるそんな思いを飲み込みながらレスティは申し訳程度に身だしなみを整えるとソフィとともに下の階へと降りていった。




 二人が一晩を過ごした宿の一階は食堂兼酒場になっていて、宿泊客以外も利用しているのか、朝から客の数は多く繁盛しているようだった。

 カウンターの席に腰をかけてソフィが二人分の軽い朝食の注文を済ますと、料理が運ばれてくるより前に腕まくりにエプロン姿の、いかにも働き盛りと言った感じの女性がやってきて二人の前にミルクの注がれたコップを置いた。


「注文した覚えはないのですが」

「店からのサービスさ、ありがたく受け取ってくんなよ。あたしゃこの店の店長をしてるマギーってもんだ。

 昨晩はどうだった? ウチの調理は美味かったろ? この辺じゃ宿ってより飯屋で有名なんだウチの店は、でもだからって宿屋業だっておろそかにしてるわけじゃないんだ、宿泊料は安く設定してるつもりだし連泊ならもっとお得さ、なんなら必要な家具を置く事だって可能さ」


 捲くし立てるような女店主、マギーのその喋り方もまたこの店の特徴の一つだ。大抵はじめての客はその声量と言葉の羅列に舌をまくものだったが、二人はどちらも気にした様子もなくけろりとしていた。

 レスティは既にミルクをちびちびとやりながら話を右から左へと聞き流し、ソフィのはニコニコと笑いながらその話を聞いている。


「料理もとても美味しかったですし、ベッドの寝心地もよかったです。もし今日無事に帰れたら暫くここで連泊させていただこうかと」


 金払いのいい客に対するサービスと謳い文句、というのはソフィも重々承知はしていたが、実際、この宿に文句をつけるべきところはなく、暫く連泊するのならここにしようと最初から決めていた。


「お譲ちゃん、なかなか見る目があるね。いや、気にいったよ。しっかしなんだいあんたら、そのなりで冒険者稼業なんてやってるのかい? そりゃま、ウチもそういう人らを当てに商売してるとはいえね、やっぱりそう甘い世界じゃないよ、巷でよく聞く華々しい英雄譚やら一発当てたやつらの話なんてのはほんの一握りの限られた運のいいやつらか、或いは相当な実力をもったやつらだけさ。そいつらだって、そのうち魔力にやられて体を壊して終わりだし、ほとんどのやつらはそこにいるやつらみたいに朝から酒をかっくらうようなアホどもになりさがるだけだ。よっぽどの理由でもない限りやめといたほうがいい」


 指差された三人組の中年男達は、怒るでもなくマギーに対して口々に「簡便してくれ」だの、「常連客になんてことをいいやがる」だの、「これでも稼いでるほうだぞ」等、それぞれ思い思いのこと口にしているが、マギーの方は取り合う様子もなくソフィの目をキッと見つめていた。

 マギーの話は長く要領を得ない内容ではあったが、それなりに未来ありそうな二人の少女を心配しているらしいことだけはソフィにもわかった。癖のある商売魂のあるマギーは同時におせっかい焼きでもあり、その人柄がどうにも店の繁盛している理由であるらしい。


「僕にはよっぽどの理由があるんですよ」


 ソフィはしかし、そんな彼女の心配を知った上で、重く低い声でそう呟いた。

 そこでちょうどソフィの注文した二人分の朝食が運ばれてきて、マギーは続く言葉を継ぐことが出来なかった。


「女将さん、厨房の方手が回ってないんではいってもらっていいですか?」

「ん、ああ今行くよ。まったくいい加減あたしがいなくても切り盛りできるようにならないもんかね。それじゃあんたたち、くれぐれも無理はしないでおくれよ。未来の常連がウチの店で豪勢な食事をとった後に死んだなんて噂が流れちまったら縁起が悪いなんてもんじゃないからね」


 そんな言葉を残しながらカウンターの方へ引っ込んでいくマギーを見送ると二人は一つ息を吐いて並べられたスープとパンに手をつけはじめた。

 レスティの方は食事中だと言うのに頭からすっぽりと被った外套はとるつもりもないらしく周りから少々変わった目で見られていた。とはいえ、頭頂部の耳を堂々と見せ付けるわけにもいかない。朝早くから縁起でもないものを見せ付けるんじゃないと理不尽な暴力にさらされた事は一度や二度ではない。

 あの女主人もきっと、私の正体を知ればすぐにでも追い出しにかかるだろうと、レスティは内心震えていた。だからこそ下手な茶々も入れずに、黙って話を聞いていたのだ。

 あちこちから笑い声や騒がしい罵倒の聞こえるその場所で二人は静かに黙々と食事を勧めていた。

 昨日あれほど美味しく感じたパンもスープもろくに味が分からないことがレスティにとってはただただショックだった。


(緊張、しているんだろうか)


 少なくとも日中の間逃げ出すということはもう出来ないだろう。そもそも彼女の身に何かあった時真っ先に疑われるのは自分だとレスティは理解していた。昨日のギルド、そしてこの宿屋、関わった人数は少ないが目撃者の数は多い。

 諦めとともにため息を吐いても事態は好転しない。食べ物だって美味しくはならない。

 それでもしっかりと用意されたそれらを残すことなどせず胃の中に収める。

 腰に下げた短剣がとてつもなく重く感じられた。

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