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 レスティ達三人が宿に帰り着いたのは既に夕暮れ時で、宿に帰るなりレスティとドーラはマギーの手によってそのままお風呂へと放り込まれた。その間にソフィは一人、換金にいってくると冒険者ギルドへと行ってしまった。

 マギーの切り盛りする宿はそれなりに設備が整った宿だ。冒険者が泊まるその事情から簡易な汚れを落とすための風呂場が用意されている。入浴には別料金がかかるのだが、汚れて帰ってくる事の多い冒険者にとってはそれなりに評判な施設だ。

 その湯船に今、レスティとドーラは並んで体を沈めていた。

 町の公衆浴場とは違いそれほど広い風呂場でもない。体を洗うための桶と椅子は四つずつしか用意されていないし湯船に並んで浸かれるのはせいぜい四人が限度と言ったところだろう。

 自然と二人は並んで湯船につかる事になる。

 体を洗っている間はまだよかった、各々作業に没頭していればよかったので相手を気にかける必要もない。ただ、こうして何事もなく並んでお風呂に浸かっていると、どうしても互いに意識してしまう。

 触媒のランプによって照らされる風呂場はやわらかい光で満たされ、開放されている天窓からは星がみてとれる。時折レスティは隣で体を揺らすドーラに視線を投げながら、ゆったりとお湯の気持ちよさを味わっていた。

 ドーラの方も、暖かなお湯に浸かりながら、盗み見るように、レスティに視線を送る。

 そのタイミングがたまたまばっちりとあって、視線をそらすこともできず、気まずく見詰め合ってしまう。

 レスティは、少し暗い顔をしながら、ドーラはばつの悪そうな、躊躇うような表情を浮かべ、互いに何も言えないまま、気まずい沈黙が流れる。

 それを破ったのは、ドーラだった。

 視線をはずして、湯船に波しぶきが立つくらいに乱暴にその赤毛を乱暴に掻き毟りながら、早口で喋る。


「しゃくだけど、助けられたのは事実だし、礼はいっといてあげるわ。ありがと」


 言い終えるととドーラは羞恥に染まる真赤な顔を隠すかのように、口元を湯船に沈め、レスティを目をあわさないようにそっぽを向いてしまう。

 そんな態度と言葉にレスティは一瞬きょとんと驚いてから、くすくすと小さく笑う。


「なによ、その笑い、このあたしがお礼をいって上げてるっていうのに」


 気分を害したのか、眉を吊り上げながら据わった目で睨み付けてくるドーラに、レスティはなんとか笑いをこらえて、大きく伸びをする。緊張がほぐれたのか幾分和らいだ表情を浮かべながら、湯船に浮かぶ自らの髪を眺めながら、ドーラに言葉を投げかける。


「ねぇ、一つ聞いてもいい?」

「いいけど、答えるとは限らないわよ」


 ドーラの捻くれた返答に、レスティは軽く笑みを浮かべながら、ゆっくりと語りだす。


「やっぱり私って足手まとい? ドーラみたいに効率よく魔物を倒せるわけじゃないし、レスティみたいに家名があるわけでもない、ただちょっと丈夫なだけで、そのくせ半魔で、クランの評判を下げることしか出来ないのに、どうしてもここにいたいって思っちゃうんだ。やっぱり邪魔でしかないよね、私……」


 ソフィの事を思えば自分がいなくなるのが一番いいのがわかっていても、それでもそばにいたいと思ってしまう。矛盾する自分の気持ちが理解できなくて、レスティはずっと同じ場所をぐるぐるぐるぐると回っていた。

 ソフィははっきりとは率直な意見はいってくれないだろうから、相談することもできず、ずっと考えていた。

 自分の事を最初に足手まといと評価した相手に聞くのもどうかとは思ったものの、いっそのこと踏ん切りがつくかもしれないと、レスティはそう思ってドーラに聞いた。


「あんたさぁ、それをあたしに聞いてどうすんのよ。返ってくる答えわかってんでしょ?」


 つまらなさそうにいいながらドーラは湯船の端に足をかけるように体を伸ばす。だらしなく縁にかけた頭をそらし、天窓から覗く星を見上げて、言葉を切った。


「あんたがなんであのお嬢ちゃんに拘るかは知らないけどさ、命張ってでもしがみ付きたい場所だってなら、他人の言葉になんて耳を傾ける必要なんてないでしょ? なんで他人の為に自分の欲求に嘘を吐かなきゃいけないの? あたしだったらそんなのごめん。もし力が足りないのなら、あがいてあがいて、認めさせればいいの、諦めて投げ出すから足手まといになるの。少しでも役にたとうって気概はあんたにはないの?」


 ドーラがつらつらと紡ぎ続ける言葉に、頭を垂れて、半ば諦めかけていたレスティは呆然とした表情で顔を上げた。


「なに驚いた顔してるの? 別にあんたを励ましてるわけじゃないんだから。勘違いしないで」


 何かを言う前にドーラが釘を刺すようにそう宣言する。


「どうやってあんたがあの子に取り入ったかしらないけど。あんたがはっきりと辞めるって言わない限りはあの子はあんたを足手まといだなんて切るつもりは到底ないでしょ。だったら、下手に軋轢をうむよりも、あんたがマイナス以上のプラスになればいいって思ったってそれだけよ」


 ドーラはそういうと湯船から上がり、すたすたと風呂場から出て行ってしまう。残されたレスティはいまだ呆然としたままその後姿を見送って、湯船に浸かっていた。

 やがて、脱力してドーラのように天窓から星そ眺めながら、風呂場に響くため息を一つ吐いた。


(私の悩みっていったい、なんだったんだろう)


 唸って唸って、考えて、どうしようもなくて、それでもどうしようもなかったことが、こうもあっさりと解けてしまったことに拍子抜けして、笑い出したい気分だった。


(そばにいてもいい……がんばらなきゃいけないけど……)


 体も胸も温かく、心地いい。見上げる夜空に星が流れるのが見えた。流れ星なんていつ以来みただろうか。思えばこうして夜空を見上げることなどいつの間にかしなくなっていた。

 ゆっくりと肩まで湯に浸かり目を閉じる。

 何もかも全てがうまくいく、そんな根拠のない自信がレスティの心を満たしてた。

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