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「大仰な所悪いんですが、早い所帰りませんか? なんかここ気味が悪いですし」


 誓いの儀が終わったと見るや、ドーラがすかさず二人に声をかける。彼女の言う通りこのちょっとした広間には気味の悪い死体がいくつも転がっている。蜘蛛の巣に絡めとられたものから、四肢の欠損しているもの、まだ無傷ではあるが、うず高く積まれた死体の数々。

 ざっとみて十数人の若い冒険者の死体がその部屋には溢れている。そしてそのどれもが、青白い肌の色をして鎧も、武器も身につけていない。

 これを不気味といわずなんというのだろうか。


「確かに、この部屋は少々不気味、というよりどうにもおかしい」


 レスティもう頷いて返す。


「これ、この間見たのと一緒の死体……?」

「多分、間違いないと思うよ」

「てことは……」

「ちょ、ちょっと待ってください。二人だけで話を進めないでくださいよ、さっきから、あたしのことも思い出してください!」


 二人が結論を出すのを遮る様にドーラが叫びを上げて説明を要求する。その声の大きさにレスティは顔を顰めるが、ソフィは気にした様子もなく、ドーラに説明を始める。


「ドーラも僕らの最初の冒険の話は知ってるだろう?」

「はい、その階層に存在しないはずの魔物を倒して、たくさんお金を稼いだって」

「そう、それでねそのとき倒した魔物クリムジェルの被害者の死体とこれらの死体、僕らの見立てだと同じものなんだ」


 そこまで聞けばドーラも合点がいく、表情を引き締めながらソフィに聞き返す。


「つまり、この階層にクリムジェルがいると?」


 ドーラの言葉にソフィは頷いて返す。しかしそうなると当然、疑問が湧き出してくる。


「でもそれ変じゃないですか? 本来このあたりにいない魔物が、しかも同じ種類のものがまた出没したってことですよね? そんな偶然ありえるんですか?」

「どうだろうね、僕らも探索を始めて日が浅いからそのあたり確証をもって言えないけど。それよりも気になることがあってね」

「気になること?」

「うん、二人はこの死体おかしな所があると思わないかい?」


 ソフィの問いかけにレスティとドーラは首をかしげ、周囲の死体も見回すが、特におかしな所は見られないような気がした。違和感、のようなものは確かに感じるのだが、それが何なのか思い浮かばない。

 悩みながら腕を組もうとしたレスティは、指先に触れた胸当ての冷たい感触に、ふとそのことに気づく。


「鎧、それに武器もない」


 レスティが呟くと、ハッとしたようにドーラも顔を上げる。

 冒険者であれば本来防具と武器は必須のものの筈だ。彼らはそれをなぜか身に着けていない。死体だけみればそれほど違和感を感じることでもないし、魔物が邪魔なそれを取り払った、という考えはできなくもないが、あたりにそれらしい物は転がっていない上に、そもそもクリムジェルは鎧など意に介さないのは直接戦った二人はよく知っている。

 鎧も武器も身に着けていない死体。度々現れる本来いないはずの魔物。


「僕は人為的な何かを感じるよ。魔物は武器や防具なんて欲しがらない。興味があるとすればむしろ死体の方だろう?」

「つまり誰かが魔物を使役して、金品を奪っている、と?」


 ドーラの推察に、ソフィは頷きを返す。


「確証はない、けれど、可能性としてはなくはないはずだ。魔物を操れる魔法、なんていうものはあったりするのかい?」


 ドーラの知識の中には少なくともそのような魔法はない。あったとして、他の生物を意のままに操るなどという危険でかつ、常識はずれな魔法など、扱えるものがいるなどとはとてもではないが思えない。


「ない、はずです。だってそんなのあったらもう結界なんで必要ないはず……」

「たしかに、それはそうだ。でも、これがただの偶然、とは僕は思えない」


 それはこの場にいる誰もがもう確信している。明らかに、何者かの意思が介在しているのは間違いない。この低階層で駆け出しの冒険者たちを食い物にしている誰かがいる。


「そもそも、そんな力があるなら下層に潜って強い魔物同士を戦わせて触媒を手に入れたほうが効率がいいんじゃないですか?」

「なんらかの制限があるのかもしれない。操れる魔物の強さに限界がある、とか。それに加えて、少なくとも。普通に冒険するよりも、こっちの方が稼げると、そう判断したのか。あるいは、何らかの理由で触媒を換金できないんじゃない、のかな?」

「手配されている人間の可能性がある……?」

「なくはないと思う」


 ドーラとソフィの推論が進む中、おずおずとレスティが手を上げる。


「私みたいに、変わった力を持った半魔っていう可能性は……? 下層にいこうにも、転移の魔法をつかって貰えず、仲間が作れないで、触媒を換金できない。条件には当てはまるんじゃない?」


 三人は顔を見合わせる。ありえなくはない話。ただ一点魔物を操る方法に目をつむれば他の条件には見事に合致する。さらにいえば、人に恨みを持つ半魔であれば、金以外の動機にも十分なりえる話である。


「ただ、その場合。迷宮に入る手段は? こっそり忍び込む、というわけにも」

「あたし前に調べたことがあるんですけど、迷宮には裏口があるんです、国が管理しているのとは別の、結界家が管理する立ち入り禁止の入り口。お金さえ払えばだれでも入れてくれる、って。それで、そこで手に入れた触媒なんかは、ギルドよりもだいぶ安く買い叩かれるけど、商家が直接買い取ってくれるって」


 それはある程度迷宮へ潜っている冒険者なら一度は聞いたことのある話だ。真偽こそわからないが。わけありの冒険者たちから、結界家と商家が国の介在を受けずに金を稼ぐために非合法な手で迷宮で商売をしているという話。たとえ相手がどんな人間であれ、手にはいる利益に変わりはない、どころかもっと多くの利益を見込めるのだから、それをしない手などあるわけもない。


「辻褄が、あったね」

「でも、それがわかっても、ギルドにでも相談するんですか?」


 相手の実力ははっきりしない、そもそも本当にそんな相手がいるのかもわからない。ギルドに相談したところで、駆け出しの法螺話と相手にされない可能性もある。大体にして、そんな相手と積極的にかかわる理由もない。自分たちは自分たちで、大人しく迷宮に潜っていればいい。


「一応ギルドには報告して、僕らも犯人を捜そうと思う」


 ドーラとレスティの考えをよそに、思案顔だったソフィが、はっきりと告げた。


「何のために、ですか」

「スクリットーレ・オンブラの名声のため……だけではないけどね。少なくとも見てて気持ちのいい物でもないしね。どうだろう?」


 ソフィの言葉を受けて、ドーラはしばらく悩むような素振りを見せた後、うんとひとつ大きく頷く。


「クランの長の提案だし、乗らないわけにはいかないですよね」

「レスティはどうだい?」


 話を振られたレスティはハッとしたように没頭していた思考を打ち切って、困ったような顔で、頷きを返した。


「私はソフィの望むままに」


 いつもであればもっとはっきりと答えを返していたであろうが、レスティのその返事はどこか上の空であったが、そのことをソフィとドーラの二人は特に気にすることもなかった。


「それじゃあ、今日は切り上げて何かしら策を練ろうか」

「ですね、とりあえず階段前まで戻って転移魔法をつかいましょう」


 歩き出した二人の後をレスティはゆっくりと歩きながら、その胸中、とある一人の人物を思い浮かべていた。

 ただの一点、魔物を操る方法を除けば、すべての条件にぴたりと当てはまる、とある半魔の顔を。

 確証がない以上、二人には喋るつもりはなかったが、もしかしたらという気持ちは拭えないでいた。

 そうしてぐるぐると思考を巡らせていたせいか、レスティはそれに気付けなかった。戦いで消耗しすぎでいたのもあるだろう。

 天井から滴る、赤い、雫。

 それに最初に気づいたのはドーラだった。目の前に滴ってきたその粘性の液体は、血を薄くしたような半透明な暗い色の赤。その不吉な色に、ドーラは足を止める。

 瞬間、彼女の背をぞわり、と感じたことのない悪寒が襲う。それは彼女が機関にいる間、ろくでもない悪戯や、時に、大怪我を負わされる奇襲を察知するために自然と身についた勘とでも言うべきもの、それに突き動かされるように、ためらいなくドーラは身を投げ出すように地面を転がる。

 一瞬の間のあと、トマトが勢いよく地面にぶつかって潰れたかのような音が鳴り響き、ドーラの寸前まで立っていた場所に、真紅の粘性の液体の魔物が落下してきていた。

 二つの物音に振り返ったソフィと、レスティも目を見開きながらも瞬時に、その事態を察知する。


「これが、例の?」

「あぁ、その辺の魔物とは違う、慎重にいこう」


 立ち上がりながらドーラは杖を構えてすでに臨戦態勢を取っている。同様に、レスティも両の手に剣を握り身構える。その顔は苦々しげに歪められている。奇襲を察知できなかったこと、自らの数少ない役割を果たせなかったことを、情けないと自分を叱咤して、武器を握る手に力を込める。


「レスティは無駄な被弾を避けて、ドーラ、範囲外から攻撃をたのめるかい?」

「言われなくても!」


 すぅっと大きく息を吸い込む音。ドーラの魔力が失われ、代わりにそこへ当たりに漂う魔力が流れ込んでいく。イメージするのは巨大な炎の蛇。それが迷宮内を這い回り、目の前の敵を焼き尽くす。そんな姿を強烈に思い描き、詠唱を引き金に、力強く打ち出す。


「猛る荒々しき火精よ、渦巻く炎となりてその力顕現せよ!」


 ドーラの杖の先から放たれた炎は目の前の魔物を包み込み、焼き尽くす、はず、だった。

 荒々しい火勢が治まった後には、以前変わりなくうごめく真紅の粘液体。


「こいつ……!」


 クリム・ジェルはドーラの魔法を受けても何事もなかったかのように、奇妙な音を立てながらその場で蠢いている。攻撃した側のドーラの方は、自慢の自分の魔法が一切効果を得ていないことに、歯をかみ締めて、杖を強く握りなおす。


「炎を統べし火精の王よ――」


 ドーラは再びイメージの構築と詠唱に入る。

 魔物ごとき、それも素人みたいな二人組みに討伐されるような魔物に、自身の魔法が効かないなどということがあっていいわけがない。魔法使いとしてのプライドがそれを許さない。

 長い詠唱を必要とする、ドーラのもっとも強力な魔法。それを組み上げる間も、クリム・ジェルは微動だにしない。その様子が、またドーラの気持ちを逆撫でする。まともな知性もない魔物ごときに舐められている。怒りが心のそこから沸々と湧き上がってくる。それがドーラの力になる。本来のその荒々しき気性と、全てを見返し飲み込まんとする炎の魔法こそが、ドーラをドーラたらしめる理由だ。


「我が道を塞ぐ、怨敵をその身に抱き、紅蓮の業火に沈め、血の一滴すらも残さず、灰塵へとかえしたまえ。王よ、我が名をもって命じる。顕現し、焼き尽くせ!」


 詠唱の終了とともに空間を熱が満たす。

 魔物の至近にいるドーラは当然として、少し離れた位置にいるレスティとソフィにさえその熱は伝わる。ほおに触れる空気が熱い。体中から汗が吹き出るのがわかる。

 そうして、立ち上がる紅蓮の炎。緩やかな橙色などではない。赤い紅い真紅の炎。燃え盛るそれがまるで魔物を包み込み、凝縮していくかのように縮まりながら魔物を押さえつけている。あまりの熱波にまともにその光景を見続けることもできない。

 長い間燃え盛っていた炎がようやくどこかへと消えていき、荒い息をついたドーラの目に映るのは、三分の一ほど体積を減らしたクリムジェルだ。効果がないわけではない、ただ、必殺の一撃を持ってしても相手をしとめられなかったことにドーラは苛立ちを隠せない。短いとはいえ、自分の人生の半分以上を捧げて来た魔法の集大成がこれほどまであっさりと凌がれたとあってはそれも当然のことだろう。


「っ、炎が効かないっていうなら、これでどうなのよ!」

「ドーラ落ち着いて!」


 ソフィの静止の言葉も聞かず、ドーラはさらに新たな魔法を組み上げる。立て続けに大技を放ち、体内に急速に魔力を取り込み、さらに魔法を紡ごうとしたドーラは軽い眩暈を覚える。魔力にあてられているのだ。

 しかし、だからといって構成し始めた魔法を止めなどしない。魔法使いにとってそれは間違いを犯したと認めるようなものだ。そんなことを彼女たちのプライドが許すわけがない。


「静かなる水面の精よ、凍てつくその清浄なる力で絡めとれ!」


 熱のこもっていた迷宮の通路が、今度は急速に冷えていく。ドーラがイメージしたのはクリムジェルを凍らせ、そのまま体を砕け散らせるという魔法だ。得意属性である炎の魔法で倒しきれないのは屈辱ではあったが、それ以上に魔法が敗北するなどということのほうがよっぽど許せないのだ。

 その目論見はうまくいったらしく。体を蠢かせていたクリムジェルは見事にその動きを止めて、氷の幕で覆われた氷像となっていた。

 荒い息を吐きながら、ドーラはその場にへたり込むように崩れ落ち、隣の氷像を軽くたたいてみせる。


「ふっ、ふぅ……ざまぁみろ、ですよ。生意気にもあたしの炎に耐えたのは賞賛しますけどね」


 誰にともなく、そんなことを呟きながらドーラは迷宮の床にそのまま横になる。魔力にあてられて、興奮状態にあるのか、猫を被った言葉遣いも怪しく、まるで酒に酔っているかのように、ご機嫌で、何度も氷像をたたいている。


「大丈夫ですか?」

「当たり前でしょ、あたしを誰だと思ってるの?」


 ソフィが心配しながら駆け寄ると、そんな偉そうな言葉を吐きながら、ドーラは笑い声を上げる。そんな様子に、なかばレスティは呆れながらもドーラの元へと近づき、起き上がるのに手を貸してやろうかと腰をかがめた所で、氷像の中、触媒が蠢いているのを見てしまった。

 瞬間、レスティはすぐ目の前のソフィを抱いてとっさに飛んでいた。ドーラにまで手を伸ばす余裕はなかった。

 同時にドーラも持ち前の勘で、自らの身に迫る危機は感じ取っていたが、床に体を横たえたその状態で、避けようがあるはずもない。

 氷の膜を軽々と突き破ったクリム・ジェルが、崩れる波のように、ドーラへと降り注ぎ、ドーラはクリム・ジェルの体内へとそのまま飲み込まれた。

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