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「すまないねドーラ」

「いえ、悪いのは一人で迷宮をうろつき始めたレスティさんですよ」

「後でちゃんとしからないと」

「ですね。それにしても、入り組んでていったいどこがどこなのやら……」


 二人はレスティの後を追って階層の奥までやってきていた。途中まではレスティの靴裏の後をたどって来る事でなんとか追跡できたものの、そこから先はどうしようもなく、二人は仕方なく通路を一本ずつしらみつぶしに調べていた。不幸中の幸いとでもいうべきか、この辺りの通路が殆ど途中で行き止まりになっているお陰で迷うことがないのは、二人にとってはありがたかったが、しかし、それでもレスティを探し始めて、もう相当な時間がたっている。

 レスティに実力があるとはいえ、魔物の集団に襲われるようなことがあって生き残れるとは限らない。どんな手練でさえ気を抜けばあっさりと死ぬこの場所ではレスティの侵した単独行はまさに蛮行といえた。


「この辺なにか嫌な感じがしませんか?」

「あぁ、なんだか薄気味悪い感じがする。特に根拠はないし、気のせいだといいんだけどね」


 同じような行き止まり場かりの景色が続くせいか、二人はよくわからない不安を抱えながらレスティの探索を続けていく。それから暫くたってからの事だった、微かに二人の耳に何かを打ち鳴らすような音が聞こえ始める。


「これって」

「あぁ、おそらくレスティだ」


 二人は目を見合わせて、音のするほうへと迷いなく足を進める。そうして、先ほどまでと同じ、行き止まりの道へでるかとおもえば、そこにはだだっ広い空間が開けていた。その中央では、レスティが大きな蜘蛛と対峙している。

 数多くあったであろう蜘蛛の脚はいまや切り捨てられていたるところにちらかっている。そのどれもが間接から綺麗に断たれたか、あるいは、力によってねじ切られている。それをやったのは紛れもなく目の前の少女でであろう。

 脚を数本失っているというのに蜘蛛の動きは素早い。壁や天井を這い回り、レスティの死角を突こうと縦横無尽に動き回る。

 それに対してレスティはまったく動かない。剣を持つ手をだらりと下げたまま棒立ちになっている。その顔の半分は赤い自らの血で染まっていて、腕や足だけだったはずの血のあとは腹や胸にまで広がっている。

 蜘蛛が天井を蹴って背後から襲い掛かる。瞬間、レスティは服の裾を翻し、身を捻るが、攻撃はしない。

 そのまま蜘蛛の脚がレスティの腹部をあっさりと突きぬけて、血を散らす。


「レスティ!」


 思わず、ソフィが叫びをあげる。

 さすがのドーラもその光景に顔を青くして杖を抜き出すと、そのままかけよろうとして、足を止めた。いや、動けなくなった、というほうが正しいかもしれない。

 レスティが笑っていた。その表情に、ドーラはそれ以上踏み出せなくなった。

 レスティはそのまま腹部を刺し貫く蜘蛛の足を左手で抱えると、蜘蛛の蜘蛛の頭を剣でなんども斬ろうと試みるが、頑丈なその体に単純な斬激で傷がつかないと悟ると、そのまま腹部を刺し貫く脚を、その付け根の部分からあっさりと断ち切る。

 さすがの蜘蛛の方もこれはたまったものではなく、距離をとって再び天井へと戻ろうとするが、脚を失いすぎたその体は、もはやレスティよりも遅い。切り取った足を血が溢れるのも構わず抜き去り、地に放ると、レスティはそのまま蜘蛛を追って地を蹴る。そのまま全体重をかけてその胴を踏みつける。残った脚だけでは自信の体重とその圧力を支えきれない蜘蛛は、ついに地に縫い止められ、脚をもがかせてなんとか脱出を試みるが、もはやこの状態でレスティの膂力から逃れる事は不可能だ。

 そこから先は一方的な展開だった。全ての脚を落し、一切の抵抗を封じた後、刃の通りやすい場所を探して、ようやくとどめの一撃。赤い光を失った蜘蛛の目は、どれもが輝く紫の触媒であった。

 放心したようにその場に座りこんだレスティに、ソフィとドーラは急いで近づく。それにすぐさま気付いたレスティは軽く片手を挙げた。


「大丈夫なの?」


 ドーラがレスティにそう聞くより早く、乾いた頬を打つ音がその広い空間に響いていた。

 突然の事態にドーラもレスティも呆然とソフィの顔を見つめた。その両の瞳に涙を潤ませて彼女はレスティの両の肩に手を置く。


「君は、君のした行動がこの迷宮でどれだけ危険な事だったか、わかっているのかい?」


 真っ直ぐなソフィの視線に、レスティは罰が悪く、目を合わせる事ができずに視線をはずす。


「ごめん……」

「それに……こんな戦い方はやめるべきだ。君が傷を負わなくたって、ドーラの力を借りれば、二人でなら簡単に倒せた筈だ」

「別に、傷なんて関係ない。どうせ、すぐ治るし……」


 レスティの言う通り、腹部に空いたはずの大穴はもう既にすっかりと塞がってしまって、傷跡一つないまっさらなお腹が見えているだけだ。レスティにしてみれば、効率がいいからというだけの話。

 痛くても苦しくても少し我慢すればすぐに決着がつく。たしかにその瞬間は痛くて苦しくて仕方がないけれど、堪えきれないほどのものでもない。


「そういう問題じゃない。治るからいいなんて、だったら君は必要であれば、僕の腕をいつか治るからと躊躇いなく折れるかい?」


 問いかけながらソフィは細い腕を突き出す。レスティは困惑しながら、その腕を押しのけ、言葉を返す。


「私とソフィとじゃ違うでしょ、私はすぐ治るけど――」


 レスティが更に続けるより早く、ソフィが言葉を割って入らせる。


「違わない。僕等は対等だと、そう言った筈だ。君は僕の腕を折れるのか?」


 有無を言わさぬ本気の眼差しにレスティは言葉を返せない。そんなの詭弁だと斬って捨てることは出来そうにもない、ソフィが本当に心の底からそう言っているのがわかったから。そんな答えは返せなかった。


「出来ないなら、そんな戦い方はやめて欲しい。確かにここは命をかけて挑まないといけない場所だけれど、命を軽視していい場所ではないんだ。君のその力は必要な時にだけ振るえばいい」

「でも……」


 声が漏れる。

 どうしようもない板ばさみに、押しつぶされそうな心から変わりに、溢れだすように。言葉がせきをきったように溢れだす。


「でも、私、他に知らない……戦いたい……ううん、違う。ソフィの役にたちたいのに、そこに居たいだけなのに、他に方法が判らないから。私はドーラみたいに強くないから、魔法で助けることもできないから、だったら、戦うしかない……ドーラよりも強くならないと。もっと効率的に戦わないと……要らなくなっちゃう。足手まといはいや……だから……だから……」


 ぼろぼろと両の瞳から涙をこぼして、レスティはその場に座りこんでしまう。

 生まれてずっと、何も持たずに生きてきた。

 始めて手に要れたものがあって、失いたくないと思って。我武者羅に戦うことでしかそれを守れないのに、それすらも奪われてしまったら。いったい何ができるというのか。

 ただ足手まといになるだけなんて嫌なのに。


「言ったはずだ君が決めることだ。僕には君に強制する権利はないし、君を排するつもりも僕はない。全て君が決めていい、この場所にいたいならいればいい、僕は君を必要としている。僕が君にしてあげられる事は殆どないだろう。僕は誰よりも非力で、何ももっていやしない、唯の小娘に過ぎない。でも、僕は、そんな僕でも我侭が許されるなら、君がいい、君と一緒にこのクランを育てて行きたい。君という剣になら僕はこの命を賭してもいいと、ここに誓おう」


 ソフィはそう言うと、ドーラを手招きで呼び寄せると俯くレスティの顔をあげさせて、その頬を優しく撫でる。


「僕は君が思うよりもずっと、君の事を大切に思っている。過ごした時間は短くとも、君が僕に示してくれた言葉は、態度は、何よりも尊いものだと思う。僕はそれに応えたい。君が望むのならば、その剣を僕に預けて欲しい」


 レスティは、潤んだ瞳のまま、促されるままに腰の剣を抜くと、それをソフィは重々しくゆっくりと預かる。


「ドーラ、君が証人だ」


 呟きと共にソフィは立ち上がり、座りこんで顔をあげているだけのレスティの肩にその刃を置く。重く冷たいそれに思わず目が向きそうになるレスティに、ソフィが小さく呟く。


「こっちを向いて」


 戸惑いながらもレスティは促されるまま、ソフィの方を向く。


「いついかなる時も、誠実で、裏切ることなく、正しいと思う事だけを行い、その身と、この身、いかなる犠牲を出すことなく、仲間を守る盾となり、我が敵を切る剣となり、騎士として仕える事をここに誓うか? 誓うのなら……この剣に口付けを」


 肩に置いた刃を持ち上げると、ソフィはレスティに向かってその切っ先を突きつける。

 それは騎士の誓いの儀式。いまや形骸化し、殆ど意味のなさないそれは正しい形でなど伝わってはいない。ソフィが唱えたそれも、伝え聞いた、古の詩の一説の引用に過ぎず、効力などありはしない、形だけのものだ。

 だがそれは、本来沢山の物に言えることだ。人は、意味のないものに意味を持たせる。

 例え他人からすれば滑稽なその儀式も、気持ちを、目に見える形を、名前をつける事で、人はそこに意味を見出す。そしてそれは当人達の間だけでも確かな力を持つ。

 騎士。

 誓いに殉じ、君主の為に戦う古き役職。

 数多くの伝承に名を残す彼らは決して誓いを破らず、絶対なる忠誠と共に主の敵を打ち倒す、英雄に捧げられし名。

 二人の視線がぶつかる。

 傍から見れば唯の子供のごっこ遊びでしかないそれは、しかし、当事者の二人にとっては、まったく別の意味持つ。

 レスティは、ゆっくりとその剣に口付けをする。


「レスティ、君を僕の騎士に任命する」

「この、半魔の身でよければ」


 溢れる涙を手で拭い、頭をたれて、レスティは誓う。

 不安が消えるわけではない、これから先、足手まといであり続ける事は変わらない、それでも、レスティは、傍にいる事を他でもない彼女に許されたのだと、ならばあとは、できる事をやるしかない。

 この身をもって全てに報いるため。

 レスティはそうしてソフィの剣となることを誓った。

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