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 迷宮の第三層。一層の階段前から真っ直ぐに二層の階段までをあっさりと通過し、二層から続くほの暗い階段を抜けた先はこれまでとはまた違う様相を持って三人を出迎えた。

 階段を降りてすぐに広間があり、道が枝分かれしていること事態は代わり映えしなかったが、足元の床はゴツゴツとした地面から、ひび割れ風化した石畳とかし、壁も洞窟のような石壁から、明確に通路とわかる磨かれた平らな壁と化している。

 ドーラの浮かべる光球の光を受けたそれらは、汚れと風化の度合いからこれらの建造物が建てられてから随分と建ったものだということを、ありありと語っている。

 自然的な洞窟のようだった一、二階層とは違うその様子に、ドーラとソフィの二人は興味深そうに辺りを見回している。


「一層降りただけで、随分と様相が変わったね」

「どういった理由なんですかね……魔力も濃くなってるのがはっきりわかりますし」


 ドーラの語る通り、迷宮内では下層に行くほど魔力が濃くなると言われている。そのため、どんなに手練の集まったクランでも潜れる階層には限界があるとされている。例えその場にいる魔物を倒すことが出来ても体の方が魔力に侵されてもたないからだ。故に未だこの迷宮の最深部に到達した物はおらず、そもそも底がどこにあるのかもわかってはいない。

 レスティもまた、ドーラと同様に濃くなった魔力をその肌でしっかりと感じていた。肌があわ立つような感覚、ふつふつと力が溢れてくるのを感じる。それはこれまでよりも強く。体中に力がはっているのを感じる。

 同様にその鋭敏な五感の感覚も全て増幅されて、周囲の状況が手に取るようにレスティには判る。


(これなら戦える……)


 腰に吊った二本の武器の位置を確かめるように撫でると、レスティは先頭を切って歩き出す。

 その後に、周囲を見渡していた二人もすぐさまついて行く。


「魔物とかも今までとは変わるんですかね」

「聞いた話だとそうみたいだね。犬や蜂はまだいるみたいだけど。巨大な蟻とか、大蝙蝠、大蛇とか、まだ動物が魔化した魔物が中心みたいだけどね」

「なるほど、それだとまだまだ触媒の値段は上がらなさそうですし、早めに次の階層にいきたいですね」


 ドーラの言葉にソフィも相槌を軽くうつ。


「オーバーワークはしない程度に、迅速にいきたいね」

「どんな魔物が相手でもやる事は変わらないし、なんでもいい」


 レスティの呟きに、おやと、眉を潜めながらもドーラもその言葉に同調する。


「同意ですね、どうせ同じなら稼げる相手に越した事はないです。出来れば五層くらいまでは降りたいですね」


 ドーラが言葉をいい終えると同時、ピタリとレスティが足を止める。警戒するようにドーラも足を止めるが、レスティは耳を暫く周囲の各方向に向けた後、固い地面を蹴って進行方向へと駆けだす。


「前、今までとは違う、新手が四匹くらいだとおもう」


 言葉を残しながらレスティは武器を抜きながら真っ直ぐに敵がいる方向へと駆けだす。敵のいる場所が手に取るように判る。突然の事態にドーラとソフィは付いてこれていないが、今のレスティには些細なことだ。

 地を蹴る力は強く、常人ではとても追いつけない速さを持ってレスティは距離を詰める。

 光球の明かりがなくとも目はよく見えた。目視する範囲に入った敵は先ほどソフィが語っていたウチの一種、巨大な蟻だ。その大きさは人の赤子ほどもあり、触覚が動く様は生理的に、人の神経を逆撫でする。それが事前に感じ取っていた通り四匹。鋭い顎をギチギチと鳴らして、突如向かってくるレスティを餌とみて嬉しそうに体を擡げた。

 その一瞬で、レスティの手にした剣が一匹の蟻をあっさりと解体する。

 蜂の魔物とは違い、壁や天井に張り付くとはいえ、飛んでいるわけでもない相手だ、強靭な体を持っていようとその関節を狙うのは容易い。

 一層や地上では両手で持つ必要のあった幅広の剣を右手一つで振るい、空いた手には短剣を、二つの鈍い輝きが闇の中に閃く。

 右手側の壁に張り付いていた一匹の目を貫いて絶命させたところで蟻達もようやく動き始める。

 天井に張り付いた一匹が正面からその首元を狙い、もう一匹がカサカサと地面をすべり、背後からレスティへと近づく。

 天井からの一匹を叩き落とそうと短剣を振り、足元に近づく一匹を地に縫いとめようと剣を突き落とす、が、一匹は器用に短剣を顎で挟みこみ、振り下ろされる勢いにのりそのまま距離をとり、地を這い近づいてきた一匹はその一撃を避けてカサカサと地を、天井を這い回る。

 不意打ち気味にやられた二匹とは違い、残った二匹は素早さを生かした連携で波状攻撃を仕掛けてくる。凌ぐことは難しくはないが、それでは有効打を返せない。

 それほど長い時間を戦っているわけではない、もうそろそろドーラとソフィがやってくる。


(その前にケリをつけたい。助けを、力を借りたく、ない)


 長く戦って増援が来るような事があっても厄介だと、覚悟を決めたレスティは全身に力を込めて両の武器を構えなおす、再び蟻がレスティに向かって飛び掛る一匹は足を、もう一匹は頭を。レスティはその場から動かず、腕を突き出し、頭に向かい来る一匹に左腕をわざと噛ませる。

 硬質な顎の刺が肉に食い込んでくる薄ら寒い感覚と激痛か、全身を苛む、更にその痛みは右の足からも間髪おかずにやってくる。全身から嫌な汗が吹き出るのを感じながら、必死に痛みをこらえ、歯を食いしばって、声すら上げまいと、その攻撃を受け止める。

 あとは簡単だ。痛みに耐えてそのまま動きを止めた蟲を倒すだけ。

 足元の一匹の目をあっさりと貫き通し、そのまま翻した剣で腕に食いつく一匹の胴と頭を切り離す。

 ボタりと地面に落ちた蟻の死骸。腕に食いついたままの顎を抜くと、痛みに悲鳴が出そうになる、が、すぐに傷の修復が始まる。ある程度レスティには予想が付いていた。自分自身の体がこの程度で壊れる事はないだろうと。

 それならば、早く効率的に戦闘を終わらせるなら防御を捨ててしまえばいい。幸いな事に魔力さえあれば再生する体だ。レスティにとってそれは比類なき最大の武器である。一晩悩んだ末にレスティがたどり着いた答えがこれであった。痛みに耐えられるのか、そもそも体がそれほど早く再生してくれるのか、不安はあったが概ね、思っていた以上に上手くいった。

 足元の蟻も蹴飛ばして顎を外せばすぐに傷は修復する。

 相変わらず急な再生の後は体が熱く頭が上手く働かないが……気分はよかった。痛みなど我慢して過ぎ去ってしまえばどうということはない、目の前には確かに、自らが挙げた戦果がある。

 本の少し遅れて、ようやく、ソフィとドーラがやってくる。二人ともすっかりと息が上がっている。思った以上にレスティの身体能力が上がっていたのか、相当に距離が開いていたらしい。

 レスティは両の剣に付いた血を振り払い鞘に収めると、二人が来るのをその場で待つ。


「蟻型の魔物……?」

「レスティ、これは君が?」


 しげしげと魔物の死体を眺めるドーラに対して、ソフィは鋭い視線をレスティへと向けて厳しい声でそう聞いた。思っていなかった反応にレスティは眉を顰めながら頷いて返した。

 ソフィは小さく息をつきながら顎に指をあて、それからゆっくりと口を開く。


「君の腕が上がったのは喜ばしいことだけど、一人で先行するのはやめてほしい、何があるかわからない場所だ、この間みたいに強い魔物が紛れ込んでいて、一人ではどうしようもないかもしれない。きちんとまとまって行動するべきだ」


 ソフィの正論にレスティは何も言い返せない、が、納得するわけにもいかない。自らの有用性を示すためには他に方法がないのだから。ドーラと共に戦闘に入ってしまえばどうしたって彼女の方が殲滅が早い。

 だからこんな手を打ってでもやるしかなかったのだ。

 ただ、そんな言い訳を素直に並べるわけにも行かず、レスティは俯いて唇を噛む。


「まぁ無事でよかったよレスティ。よくがんばったね」


 そう言って頭を撫でられ、レスティは呆然とする。気恥ずかしさや、驚き、嬉しさ、やるせなさ、胸を占める様々な感情にレスティは表情を作ることも出来ず、ただ、されるがままにその手の感触を感じていた。


「触媒を回収したら奥へ進もうか」


 レスティが何かを返すよりも先にソフィはそう言って蟻の体の尾の辺りにきらめく紫の結晶を集め始める。


「あがくつもり?」


 いつの間にそばにいたのか、レスティの耳元でドーラが囁く。


「私の居場所は、ここだから」

「そ、まぁせいぜい、あたしに追い出されないようにがんばりなさいよ。こっちも全力でいくから」


 爛々と輝く深紅の瞳は炎のようで、しかし発する言葉は氷のように冷たく鋭い。


「負けないから」


 レスティもまた、重く静かな声で答えを返す。

 二人が静かににらみ合う中、ソフィが作業を終えて立ち上がるのが見える。

 お互いに視線を外し、並んで歩き出す。

 競うように早足で。




 互いの技を見せつけ合うように、現われる魔物を二人は次々と薙ぎ倒し、迷宮を奥へ奥へと進んで行く。時折行き止まりにぶつかったり、魔物に囲まれながらも駆け足気味に三人は四階層までを制覇し、五階層手前の階段へたどり着いていた。

 レスティとドーラ二人の戦闘力に任せた強行軍、というわけでもなく、ソフィが事前にズグラフたちから仕入れていた地図や出現する魔物の特徴のお陰もあって、ここまでの道のりはスムーズだった。とはいえ、さすがに各自には疲れの色が見てとれる。

 休憩をしながらとはいえ、気のめいる薄暗い地下の迷宮探索だ。長時間やればどんな人間でも気分は嫌でも沈んでしまうだろう。加えて二層三層へいたった時とは違い今の所景色には代わり映えがなく、ずっと同じ場所をまわっているような錯覚に陥るのも原因の一つであろう。

 とくにレスティの消耗は目に見えて濃い。

 相変わらず戦い方は防御を捨てた攻撃一辺倒であり、見ているほうが辛くなるような痛々しさで、もっぱら攻撃を受ける盾代わりにされる両の腕は服の袖はずたぼろで血を吸って黒く変色してしまっている。意味をなくした篭手はくず鉄として荷物の中に放り込まれる始末である。

 痛みを我慢する確かにその瞬間だけ我慢してこらえればすむだけの話かもしれない。だが、それは一瞬で終わる攻撃であればの話だ。継続的な攻撃を仕掛けてくる相手に対して意識を保ったまま立ち向かい続けるのはいっそ、倒れてしまうほうが楽かもしれないとおもえるほどの苦痛をレスティに与える。

 それでもなおレスティは戦い方を変える事もなく愚直に真っ直ぐに力をぶつけるだけだ。

 ドーラの方もレスティにつられるように際限なく魔法を使って敵を殲滅してきたお陰で魔力にあてられつつあった。とはいえレスティに比べればまだましなほうであり、魔法の行使回数も十分に残している。


「今日はこの辺りで引き上げようか」


 そんな二人を見かねてソフィは五階層に降り立つ事はせず、提案を持ちかける。


「私はまだ平気だけど」


 すぐさまレスティはそう返すものの、痛みを飲み込み続けたその表情には疲れと涙のあとが見て取れ、これ以上先に進ませるべきでないことは明白だった。


「そうですね、これ以上無理をするよりは一度出なおすほうがよさそうです」


 さすがのドーラもこれ以上レスティを戦わせるのは忍びないと思ったのか、あっさりと了承して、杖を取り出し、転移魔法の準備を始める。


「別に無理でもなんでも……?」


 レスティがそう反論しかけたところでふと、耳を通路の方へ向ける。来た道意外にもこの開けた踊り場に続く道は四本ほどあり、そのうち、北側の通路から何かが高速で近づいてくる音をレスティは聞きつけた。


「なにか、来る」


 その言葉に、ドーラは転移魔法の準備を一度辞めて、ソフィもその隣で剣を抜く。

 レスティも両の手に武器を構え、敵が現われるのを待つが、それは後少しで三人の前にたどりつく、というところで足を止めた。


「止まった……?」

「光を警戒してるのかしら」

「奥を照らしてもらえますかドーラ?」


 ソフィの指示にドーラが光級に前にでるように念じるとそれは空をすべり、何らかの魔物が隠れているであろう通路へと向かい飛んでいき闇の中、光を照り返し、いくつもの赤い球体がヌラリと光るのが見えた。

 その異形に目を剥いたと同時、レスティに向かって真っ白な何かが飛んでくる。咄嗟にレスティはそれを左手の短剣で打ち払う。

 軽い感触にレスティが不思議に思う暇もなく、手の中の短剣がクンっとその通路へと向かって強くひいていかれたかとおもうと、あっさりと手の中から零れ落ちた短剣は白い糸に引かれて闇の中に鈍色の光と共に消えていく。

カラカラとなる短剣の音はレスティでなくとも遠ざかっていくのがはっきりと聞こえる。

 どうやら魔物は襲撃を諦めたようだったが、変わりに短剣を持ち去っていってしまっていた。

 別に高い物でもない、どこにでもあるようなありふれたものだった。特別業物というわけでもく、きっと価値にすれば銀貨一枚にも満たない。

 そのはずなのに。

 レスティの足は自然と動いていた。

 短剣の音を追って、足が動く。


「追いかけるつもり!?」


 ドーラの叫びが聞こえる、しかし、構ってはいられない。地に接地する足音に比べ、魔物の足はかなり速い。レスティの全力でも追いつけないほどだ。走って走って、幾つかの分かれ道を曲がり、枝葉のような分かれ道の先、そこでふと、音が止まった。レスティは慎重に息を殺して、その先を覘き込む。

 そこは行き止まりの空間だった。その最奥、本来綺麗に整備されていたであろうそこは、魔物の力か、自然の岩肌が露出している。生活スペースを広げるために削ったのか、左右でまちまちな大きさであり、高さもそれなりに確保されているようだった。

 その中央に鎮座するのは巨大な蜘蛛の魔物だ。巨大蟻や、蜂のスケールの比ではない、伏せたその状態ですらレスティの身長をゆうに超えるその大きさは人を畏怖させるには十分であった。部屋の端にはレスティの短剣が転がっていて見れば、どうやらあの時はじいたのは蜘蛛の糸だったらしく、短剣の刀身に巻きついて持って行かれてしまったらしい。

 だが、そんな異形の魔物よりも、大事な短剣よりも、レスティの目を奪うのはその部屋の中の光景だ。

 そこには無数に人の死体が転がっていた。

 糸にぐるぐるに巻かれたものから、はたまた体の一部が欠損しているもの、あるいは、そのどちらでもなくただの死体であったりと、その種類も多岐にわたる。ただ不思議な事にそれらの死体にも明確な共通点がはっきりとあったのだ。

 それは、どれもこれも武具を装備しておらず皆肌が青白いのだ。


(あれ、この死体、つい最近……)


 レスティがそう考えを巡らせようとして、それを阻止するかのように、蜘蛛の糸が真っ直ぐに飛んでくる。

 同じ轍は踏まない、とレスティは受ける事はせずその一撃を避け、右手に剣を構えた。向こうは既に臨戦態勢、思わず追いかけてきてしまったが、短剣を確保して逃げる、ということもできない。相手の方が早いのはこの追いかけっこの最中にもうわかっていることだ。


「今頃二人とも怒ってそう……」


 こればかりは、さすがに謝らねばなるまいと思いながらレスティは一つ息を吐く。

 目の前の蜘蛛が強敵なのは間違いない、これを倒せば、また一つ、強くなれる。今はそれで十分だ。

 レスティは地を蹴って蜘蛛へと飛び掛った。

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