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 どれだけ無視しても断っても熱心にニコニコと追ってくるソフィに、レスティはいい加減根負けし、彼女に連れられて商業区の町並みをゆっくりと歩いていた。

 周囲の視線を遮る様に頭からすっぽりと外套を被って頭頂部の耳は隠してはいるものの、上等な服を着た男装の少女とその後に続く裸足に外套一枚の少女の二人組はどうあっても周囲の目を引いた。


「それで、何、お金稼ぎって? こうやって私を見世物にして金を取ろうって?」


 いい加減周囲の視線にもうんざりしたレスティがそう悪態をつくと、息を漏らすようにおかしそううにソフィが笑う。その態度にレスティは眉を吊り上げ不機嫌そうな顔を見せる。


「いやすいません、随分かわいい見世物になりそうだと思ったのでね」

「あんたやっぱり馬鹿にしてるんでしょ?」


 苛立ちを隠そうともせずにレスティが手元の短剣を引き抜こうとすると、すぐにソフィがその手を止めた。

 男から買い取った短剣は結局、ソフィの粘り強い押しにし負けてレスティが持ち歩くこととなっていた。この代金分働けなどと言われたら一体どれだけの間拘束されるのか分かったものではない。

 特別高い武器と言うわけでもないが、レスティからすれば、これ一本の代金でも大そうな金なのは間違いない。そもそもにして働こうにも半魔を雇おうなどという雇い主などこの街にいるかどうかは怪しい所ではあるのだが。


「馬鹿にしてるつもりはないんですけど……簡単な話ですよこの迷宮都市でお金を稼ごうと思ったら一番に考えられる方法があるでしょう?」


 当然と言わんばかりの彼女の態度に対して疲れた顔のレスティは首をかしげた。


「さぁ? 生憎と私は見ての通りの醜い嫌われ者の半魔だから、常識もないの。いいとこの出のぼんぼんのあんたの考えとやら聞かせて貰える?」


 レスティは生まれて十六年程この街で生活こそしているもののあまりこの街の事も、当然外の世界の事もよく知らない。貧民街の外に出る事もあまりなかった。それは経験から人の多い所に行けば半魔と言う異端はろくな目に会わないと学んだからだ。

 読み書きも出来ず人と話すこともほとんどない彼女には自分が生きているこの街の事すら理解の及ばぬところであった。

 こうして商業区などに出てくること自体が稀で、あまりにも多すぎる人の群れに、レスティは極度の緊張に顔を青くさせているほどだ。


「この街が迷宮と呼ばれる魔物が根城とする地下施設の近くにあるのは知っていますか?」


 レスティでもそれくらいの事は知っている。なにせ自分のルーツにも関わりがなくはない場所だ。


「この迷宮、いつ誰が作ったのか定かではありませんし、その最奥に何があるのかも分かりません。分かっているのはそこから溢れだす魔力と、魔物がこの地上を脅かす存在であると言うことだけ。その脅威から地上を守るために周辺に人が住むようになったのがこの街の始りと言われています」


 ソフィはそんな街の成り立ちを楽しそうにリズムよく語っている。知識をひけらかすのが楽しいのか、それとも単に伝承好きの夢見がちな子供なのか、どちらにしろ、レスティにとっては腹の足しにもならないそんな話はどうでもよかったので、話を促すようにキッと鋭い視線を向けた。


「ん、退屈でしたか。ここからが面白いところなんですが……まぁ、いいでしょう。さてこの迷宮、中には当然魔物がうようよと存在し、長時間触れ続ければ人体に悪影響を及ぼすと言う純度の高い魔力まで満ちている危険な場所。そんな場所になぜ人々が集まるのか。答えはこれです」


 クルリと振り返ったソフィが自慢げにレスティの目の前に突きつけたのは彼女の親指ほどの大きさを持つ獣の牙。しかしそれは形だけであり、その材質はまるで宝石のようで、かすかに透き通る紫の色をした不思議な一品だった。


「なにそれ、宝石かなにか?」

「価値としては似たようなものですね。これは魔物の魔化した部分。触媒と呼ばれる魔物の魔力の蓄えられ部位です。この国の特産品ですね。これを所定のギルドと呼ばれる施設へもって行けば高い金で買い取って貰えると、そういうわけですよ」

「ふぅん……それで、なんで私が関係あるの?」


 まさか私の体からそれを取り出すなどとはいうまいなと、レスティはソフィを胡乱な目で見つめる。半魔、人間と魔物の混血の彼女は警戒するように少しだけ距離をとる。

 そんなレスティの様子にソフィは不思議そうに思いながら、話を続ける。


「簡単な話です。僕はとても弱い、貴方よりもずっとずっとね。さっきだって本当はすごくひやひやしたんです。そんなよわっちそうな足手まといにしかならない僕一人で迷宮になんか潜れば一瞬で魔物の餌。当然そんな足手まといを連れていこうなんて変わりだっていません。誰だって自分の命は惜しいですからね」


 そこまで話されれば、レスティもさすがにソフィの狙いについては理解できる。簡単なことだ。ようは、危険な場所に同行する便利な生贄が欲しい、そういうわけだ。


「で、私を連れていこうって? 生憎、私だって戦えるほど強くないし、だいちなんで私?」


 レスティの投げかけた疑問にソフィは満面の笑みで答えを返す。


「占いで言われたのです。今日貴方は住宅区で運命の人に出会うと」


 にんまりと笑うソフィにレスティは頭が痛くなるのを感じながらこめかみを押さえた。そんな占いを馬鹿正直に信じた挙句大金を叩いてこんななまくらな刀を買って半魔と迷宮に潜ろうなんて、馬鹿も休み休み言えと、やはり金持ちの、人間の考える事など、到底理解しきれない。

 だが一応話の筋はわかった。


「そう、あんたが大馬鹿者だってのはよく分かった。いいわ、そこはとりあえず納得してあげる」

「本当ですか。それでは早速ギルドにいって登録の手続きを」


 両の手を握って握手を求めてこようとしたソフィの手をひらりとかわしたレスティはそのまま額をぴしゃりと軽く撃つ。


「誰もやるとはいってないでしょ。あんた、金に困っているようには思えないんだけど、あんたが私みたいなのにまで頼ってそんな危険な場所に潜ろうって何のために?」


 先ほどまでとはうってかわって、少しだけソフィは表情を曇らせた。それは今までのどこか演技のような彼女の振る舞いとは違い、咄嗟に出てしまった本来の反応のようにレスティの目には映った。


「僕は有名になりたい。この国に名を残すような冒険者に」


 そんな事をしてなんになるのか。いつもならそう遠慮なく口にするところであったが、その真剣な口調と眼差しにレスティは下手に茶々を入れる事が出来ずただ、その顔をじっと見つめてしまっていた。一瞬垣間見えた素の表情もまた、レスティの心を少しだけ揺り動かしている。

 

「僕はお金には興味が無い、稼いだ額の取り分は君が決めてくれればいい。僕はただ迷宮の奥深くへ潜り、そうしてこのソフィ・スパーダの名をこの国に轟かせたい。ギブアンドテイクさ、どうだい、悪い話じゃないだろう?」


 確かにそれが実現するというのなら悪い話ではないのかもしれない。だがそれが本当に可能なことなのか、あるいは、騙されているだけだという可能性は否定しきれない。

 実は全部彼女の演技で、気付いたら売りとばされていたなんてことだって十分にありえるわけで。

 レスティは迷っていた。彼女は自分の実力をしっかりと弁えている。ソフィと比べたところでレスティが戦いが得意かと言われればそんな事はないだろう。確かに彼女の過ごしてきた日々の中で争いごとは絶えなかったが、腕力や体力に関して言えば彼女のそれは常人と変わらない。五感による鋭敏な知覚力があったところで体がついてこなければ何の意味もない。

 迷宮にいるという魔物がどんなものなのかもわからない、そんなもの達と自分が戦うことができるのかレスティには自信が無い。

 ただ、どうせこのままいつものようにあの薄暗い路地裏の街にもどったところで、そこに何があるわけでもない。

 待っているものは何も無い。雨風を凌ぐことをできる場所も無ければ食事も無く。ただその日暮らしでぶらぶらとぶらぶらと、狭い貧民街を彷徨い、申し訳程度の風除けを張って、凍えて日々を過ごすだけだ。

 そんなギリギリの日々と、迷宮に潜る事にどれほどの違いがあるのか。


「ほんの少しだけなら、付き合ってあげてもいい」


 やばそうだと思ったらこの短剣を持って逃げればいい。数日稼がなかったところでこれを質に入れれば暫く食べる事に困る事もないはずだ。

 そんな後ろ向きな判断を下したレスティに対してソフィの反応はまったくの正反対であった。


「本当ですか! よかった、本当に……このまま誰とも組めなかったらと不安で不安で……。それじゃあ早速ギルドへいってクランの登録をしましょう!」


 それはもう本当に心底感激したようにレスティの両手を取ったソフィはぶんぶんと上下に振って興奮気味に言葉をまくし立てている。周囲の視線が痛く、外套がまくれ上がらないようにハラハラとしながら祈ることしかレスティにはできなかった。


「ちょ、ちょっと目立ってる! 離しなさいよ!」

「フフッもう離しませんからね! さぁいきましょう! さぁ、さぁ!」


 そのまま小柄なレスティはソフィに引きずられるようにして人通りの中へと消えていく。




「ギルドとかクランって何なのよ」


 レスティはソフィに引きずられるまま、商業区を横断しそのまま迷宮区にある大きな建物の中に連行されていた。

 なにやら外には武器やらお金やらが描かれた横に何か文字が書かれていた看板が飾られていたが生憎とレスティにはその文字は読めなかった。


「ギルドって言うのは冒険者ギルドの略称でこの建物の運営をしている組織のこと。迷宮への立ち入りや触媒の換金、他には冒険者への仕事の斡旋もして冒険者を助けてくれる」

「ふぅん……」


 説明を聞いて視線をめぐらせればなるほど、広い建物内には用途ごとにさまざまなカウンターが設けられてそこそこいい服装をした従業員らしき人々が鎧に身を包んだ冒険者達の対応をしているようだった。

 中には先ほどレスティがはじめてみた触媒よりも大きな、爪のような触媒を金貨一枚と交換して貰っている人がいたり、逆に豆粒のような触媒を大量に持ち込んで数枚の白銅貨を引き取って舌打ちをしているものもいた。


「レスティ、こっちです」


 あたりを見回していたレスティはソフィに呼ばれるままに彼女の元へと駆け寄っていく。相変わらず人の多いところは苦手なのか、少し緊張した面持ちで、一応は顔なじみであるところのソフィからあまり離れたくはないようだった。


「クランの登録はこっち、二階みたいです」

「それで……クランって?」


 階段を上りながらレスティが疑問を投げかける。ちょうど上から降りてきた三人組をかわし、踊り場を曲がったところでソフィが口を開く。


「簡単に言えば同じ目的を持った冒険者が集まる組織と言ったところかな。基本的にはクランに所属していないと迷宮探索の許可は下りない。有名クランなんていうのもあって、そういうところに所属することがステータスだと言われていたりもする。

 僕は戦う力がないからね、そんなクランの長になって名前を売りたいわけだよ」


 自嘲気味に話すわりにその瞳は爛々とした輝きを放ち、どこまでその言葉が本気なのかをはかりかねる。話を終える頃にはもう階上についていて、一階より幾分狭いものの、人の数はやはり多く、端のほうに設けられた談話スペースで何かしら話し合いをしている集団がちらほらと見て取れた。

 そんな喧騒の中、ソフィは隅にあるあまり人のいないカウンターへと真っ直ぐに歩いていく。レスティもその後に続いた。

 受け付けとして立っているのはがたいのいい、いかにも場慣れした雰囲気を持った男で、歳は四十手前かそこら、短く乱雑に切られた髪をバンダナで一纏めにしたその風貌は、あまり受け付けには向いていないように見える。

 しかしそんな男の風貌を意に介すこともなくソフィは男の前で足を止めた。


「クランの新規設立手続きをお願いします」


 淡々とした言葉に男はその鋭い目を向けて、つま先から頭のてっぺんまでソフィの姿をじっくりと眺めた。


「名前は」

「ソフィ・スパーダ」


 バンダナの男はソフィの名乗りを聞くやいなや、ソフィの姿を見て今にも叫びだしそうだった表情から一転、若干吊り上げていた眉を平坦にする。


「そいつは久しく聞く家名だ。迷宮で一旗上げに来た、といったところか」

「ええ、そんなところです」

「気概は買うがな嬢ちゃん、一人で迷宮に潜ろうなんてのはさすがに認められん。気持ちだけでどうにかなるほど甘い場所じゃねぇんだあそこは」


 男はソフィの事について何か知っているのか、少しだけ態度を緩めはしたが、その申し出は受け入れられないと、きっぱりと断言していた。

 それも当然の話。どう見てもいいところの出でしかない細腕の少女が魔物が潜む迷宮に一人乗り込んで一体何が出来るというのか。

 よくて剣も鎧もだめにして死ぬ思いをしてなんとか逃げ帰ってくるか、最悪魔物に殺されたあと死体愛好家に体をいいようにされてそのまま迷宮で朽ちていくか。そんなところだろう。


「一人じゃなければいいと?」

「あぁ、一人でなければな。だが嬢ちゃんみたいなのを連れて面倒まで見てくれる物好きなんてのは早々いないぞ」


 男の言葉を遮るようにソフィは腕を高く上げ、その大げさな動作のまま振り返ると、腕から指先まで一直線に伸ばして、少し離れた場所から事を見守っていたレスティを指差し、


「彼女が僕の剣です」


 そう、はっきりと告げた。

 瞬間、受け付けの男だけでなく、周囲にいた野次馬達も、どっと笑い出した。


「おいおい、嬢ちゃん正気か? そいつはどっからどう見ても半端な出来そこないの半魔じゃねぇか。役に立つかどうか以前に、迷宮内で後ろからぶっ刺されても誰も助けちゃぁくれないぜ?」

「そんな薄汚いのと組むよりも、うちにこいよお嬢ちゃん、毎日食うにこまらねーくらいは稼がせてやるよ」

「なんなら、俺がぶっといのを毎日ぶっ刺して、たんまり金を恵んでやってもいいんだぜ?」


 不快な喚きと嘲笑に罵倒、野次馬たちが面白い玩具を見つけた、と、食いついてくるその姿勢に、苦虫を噛み潰したかのようにレスティが顔を歪める。口煩く捲くし立て、意味もなく騒いで人を笑いの種にする、その態度が我慢ならず、外套の中に隠した短剣に手をかける。

 しかし、レスティがそれを抜くよりも早く、目の前で銀色の刃が空を翻った。


「この僕を、没落した家名を馬鹿にするのなら甘んじて請けよう。それが僕の今の立場だ、それを弁明するつもりはない。だがこの僕の剣を、これより先この国に名を馳せるこの名刀を馬鹿にすると言うのであれば、僕が相手をしよう」


 戦えぬと言った少女はしかし、その緑の瞳に静かな怒りをたぎらせ、腰の剣を優雅に抜き放ち、重く落ち着いた声で吼えた。

 その所作は大仰であったが、それを笑えるものはこの場に誰一人いなかった。

 その少女がいかに非力で、その剣で人を刺し殺すことなどできぬとわかっても、一瞬で空気を張り詰めさせたその声が、彼らをその場に縫いとめた鋭い眼光が、有無を言わさぬ力を持ってこの場を制圧していた。

 誰も逆らえぬ、王のようなその気迫。その威厳だけがこの場を支配していた。

 周りが静まったのを確認するとソフィは剣を収め、レスティの元へと駆け寄る。


「すまないレスティ」


 頭を下げ謝罪する彼女に、しかしレスティは言葉を返せない。目の前で起きた事、そして、自分が大仰な名で呼ばれたことに頭がついてきていない。


「このような場で剣を抜いた非礼も詫びさせてもらう、迷惑をかけてしまって申し訳ないと思う」


 受付の男に向かって頭を下げたレスティに対し、男も一つ頭を下げると、


「いや、こっちも悪かった。嬢ちゃんの覚悟はしかと見届けされてもらった。新規クランの設立でいいんだったな?」

「えぇ、お願いします」


 男の言葉にレスティはにっこりと笑って返すと差し出された用紙を眺めてスラスラと文字を書き込んでいく。


「クランの目的、迷宮内の探索、下層への挑戦。クラン長、ソフィ・スパーダ、構成員、レスティで問題ないか?」

「はい」


 最後の確認とばかりに立った二人分のクラン名簿を読み上げ、そうして、男は最後に少しだけあきれたような笑みを浮かべて閉めの一言を口にする。


「ここにクラン『スクリットーレ・オンブラ』の設立を認めよう」

「ありがとうございます」


 レスティが放心している間に、手続きはあっさりと終わってしまっていた。きょろきょろと辺りを見回しても野次馬達はバツが悪そうに元の場所へと収まっていたし、受付の男は頭をかいてなんともいえない表情を浮かべ、ただ一人ソフィだけがにっこりと笑っていた。


「しかし嬢ちゃん、このクラン名にさっきの言葉と、あんたどこまで本気なんだ?」


 男が投げかけた言葉にソフィは笑顔を崩すことなく、当然と言わんばかりに答えを返す。


「無論、全部です」

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