表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/29

18

 古い木製の椅子が不吉な音を立てて傾ぐ。

 その椅子の上に腰掛けるのは、個性的な赤いローブに豊かな赤毛、体躯の割りに長い足を組んだ少女、ドーラである。窓際に置かれたその椅子に腰掛けるドーラは背もたれを壁に引っ掛けるようにして椅子を二本足で立たせながら背もたれに頭を預けている。

 突然そんな行儀の悪い座り方をしだしたものだから、レスティは眉を潜めてそちらに視線を向けた。

 二人がいるのは宿屋の二階、レスティとソフィが取っていた部屋の隣のドーラが借りている部屋である。クランメンバーとして加入した後、何かと便利だろうからとドーラは同じ宿に泊まる事になったのだ。

 部屋にいるのは二人だけで、ソフィの姿は無い。

 朝からズグラフとロットを尋ねて出て行ってしまったからだ。

 そしてレスティがここへとやってきたのは、ドーラに呼び出されたからだ。正しくは、宿の手伝いをしていたら女将であるマギーにドーラが呼んでいるから行ってらっしゃいと、そういわれてやってきたのだが。


「何か用なの?」


 思えばソフィを常に間にいて二人きりでまともに話すというのはしたことがない。レスティ自信にとってはなんとなく気に入らない相手、自然と口調も厳しくなってしまう。


「あんたどうせ暇でしょ? ちょっと林檎でも買ってきてくれない? 小腹がすいちゃってさ」

「はぁ? なんで私が、自分で行けばいいじゃない」


 ドーラの物言いにレスティは自然とそう言い返してから、ハッとなる。ドーラの発言とその態度に余りにも違和感がなく、つい自分も反射的に反してしまっていたが、昨日までの、というか今朝までの口調と態度と随分違うその様子に、遅まきながら気づきレスティは少しだけ混乱する。


「ていうか、なにその態度」

「あんた相手に猫被る必要もないでしょ? ていうか、何あんた、あたしに対して敵意むき出しの視線向けてくるし不機嫌そうだし、てっきり気付いてるのかと思ってたけど買いかぶりすぎだったかしら?」


(嫌な予感は確かにしてたけど)


 その豹変っぷりに半ば呆れながらも、いかにも板に付いた言葉遣いと仕草に、こちらがドーラの本性なのだろうということはすぐにわかる。なぜわざわざ猫を被ってまでクランに潜り込んだのかはわからないが、きっとろくでもない理由なのだろうとレスティは決め付けた。


「まぁなんでもいいからとっとと林檎買ってきてよ、お金は出したげるから。どうせあんた買いだし位しか役にたたないんだし」


 椅子にふんぞり返ったままいかにも小ばかにしたような態度に腸が煮えくり返るような怒りが湧きだしてくるが、レスティはなんとかこらえて荒く息を吐く。今は腹を立てているよりも気になる事を解決するほうが先決だ。


「いってきてあげてもいいけど、あんたの目的、教えなさいよ」

「別にいいけど。もうこのクランであたしの有用性は揺るがないし。あのボンボンの子にだって話したければ話してもいいわ。ま、とにかく早くいってきて」


 言葉と共にドーラが革袋ぞんざいに放ってくる。慌てて受け取って中身を確認すれば、中に入っていたのは先日三人で迷宮に潜ったときのドーラの分の分け前だった。


「帰ってきたら好きなだけ聞かせたげるからほら、はやくして」


 よっぽどお腹がすいているのか、レスティは半ば呆れながらもドーラの言いつけ通り林檎を買いに部屋を出た。




 通りの露店商から適当に林檎を見繕いレスティはすぐさま部屋へと戻った。下手に時間をかけてドーラになにかしらいちゃもんとつけられても面倒だ、という思いもあったが、それ以上に早くドーラの目的、とやらを聞きたいのが大きかった。

 部屋に戻ると相変わらずドーラは傾けた椅子に器用に座ったまま分厚い本を開いてページに目を落としていた。革張りの表紙の本など見るのも始めてなレスティはそちらに一瞬だけ目をとられ、いったいこれがいくらするのか、などと普段どおりついお金について考えてしまう。


「あら早かったのね、そこに置いて頂戴」


 労いの言葉など期待してなかったが、本から視線一つ上げることなくすぐわきのテーブルを指さすその横暴な態度に苛立ちながらもレスティはテーブルに残ったお金と林檎の入った紙袋をおいてやる。本を傍らの窓際に置いたドーラは嬉しそうに早速林檎に齧りつきながらお金の確認をする。


「ふぅん、お金ちょろまかすかと思ったけど、半魔にもプライドってものがあるのかしら。ま、どっちでもいいんだけどさ」


 さすがにここまで馬鹿にされてレスティも黙っていられるほど温厚ではない。武器こそ抜かないものの、その頬をきつく張り飛ばしてやろうと腕を上げたところで、そこにひょいと先程のお金の入った革袋がレスティの前に放られる。思わず上げた腕でそれを受け取る。


「そのお金、全部あんたにあげるわ」


 意味が分からない、そう言い返そうとするより早く、ドーラがその後を続ける。


「かわりにあんたこのクラン辞めなさい」


 あまりにも唐突で一瞬何を言われたのか、レスティはわからなかった。

 だが、驚きが引いてその言葉の意味を頭が理解し始めると、沸々と怒りが込み上げてくる。


「はぁっ? なんでそんなことあんたにいわれなきゃなんないのよ」


 先ほどから噴火寸前の苛立ちもあいまって、勢いに任せて椅子に座っていたドーラの襟元を掴んで額を付き合わせる。

 だがドーラは動じた様子もなくニィっと笑う。


「あたしの目的って聞いたわよね? 教えたげるわ」


 言葉と共に、ドーラがトンっと軽くレスティの胸を押す。軽い力であったはずなのに、レスティは軽くよろめいてその手を離してしまう。驚きながらもそれを表情に出したりはしなかった。


(こいつ相手に、弱みなんて見せてたまるか)


 レスティの視線をもとのもせず、ドーラは手にしたままだった林檎をさらに一口齧って、勿体を付けるようにしながら、ゆっくりと続きを口にする。


「あたしの目的はね、あのぼんぼんの子と一緒、有名になりたいのよ」


 そう告げるドーラの顔は笑っているようにレスティには映ったが、その声はなぜだか悲壮なほどに必死なものに聞こえた。


「別に、だったらこのクランじゃなくてもいいじゃない。あんたのその腕だったらどこでも活躍できるんじゃない? ていうかそもそも私には何の関係もないでしょ」

「学のないあんたにはわかんないでしょうけどね、ま、いいわ説明したげるわ」


 やれやれとめんどくさそうにため息をついて再び行儀悪く椅子に腰掛けたドーラは時折林檎を齧りながら、喋りはじめる。


「他の一般的なクランとこのクランの違い、わかる? ま、わかんないでしょね。簡単よ、設立者。没落とはいえ、あの子は貴族の娘。家名っていうのはね、力なのよ、権力っていうね。魔法使いの世界も一緒。ま、それは今はどうでもいいわ。その上このクランは設立したばかり、これから活躍して、彼女の名が知れ渡ったとき、その功労者はいったい誰なのか……」


 言いながら、ドーラは自分の事を指で指して、その手を翻すようにそのままレスティの事を指さす。


「その時もしあんたがこのままクランに残っていると、それは汚点になるわ。例えあんたが何かしら役に立ったとして、半魔なんてクランのマイナスイメージにしかならない。あんただってその歳になるまで生きてきた半魔ならわかるでしょ? 半魔って種族が、どれだけ嫌われて、どんな扱いを受けてるか、なんのてはね」


 ドーラはそこで一度言葉を切って、軽く指をさすようにしてその決定的な言葉を告げる。


「あんたは足手まといなのよ、あたしにとっても、あの子にとってもね」


 レスティはドーラの事をどうせろくでもない事を考えてソフィに近寄ってきただけの存在だとそう思い込もうとしていた、だがこうして蓋をあけてみれば、たしかにドーラは自分の目的の為にソフィを利用しようとはしているものの、そこには利害の一致があり、ソフィにとってはプラスでしかない。 だというのに自分自身の方がソフィに取ってマイナスでしかないという事実にレスティは打ちひしがれていた。たとえ自らの実力を上げて、ソフィに認められたとして、それを世間が認めるだろうか。


「あの子も足手まといといえばそうだけど、あの子には家名っていう代えの効かない価値がある。でもあんたにはマイナスしかない。ま、確かに迷宮でのあの感知能力は役に立つかなと思ったけど、その程度あたしの力があれば誤差でしかない。あたしの力があればそれで十分。

 このクランはあたしが大きくする。それにはあんたが邪魔なの、だからそのお金で手を引いてくれないかしら? なんなら、金貨だってくれてあげてもいいわ」


 言葉と共にレスティに向かって放られる別の皮袋、受け取ったその中には三枚の金貨。レスティがその中身に目を奪われているのを見て、ドーラは薄く笑みを浮かべると、残った林檎の芯をゴミ箱へと放り、新しい林檎に齧りついて、満足気に笑う。


「ま、あたしは優しいから今すぐに、なんて言わないわ。もうちょっとだけあたし達の迷宮探索に付いてきて、半魔のあんたでも平穏無事に暮らせる位まで稼いでから、でいいわ」


 手の中の二つの革袋をぎゅっと握り締めてレスティは、震えていた。

 必要とされたいという想い、足手まといにしかなれないという事実、目の前にぶら下げられた餌。自分の心が揺れているのが、何よりも、レスティの心を傷つける。あれほど居たいと願った場所がはるか遠くに感じられ、そうして今そこにはかわりにドーラが立っている。


「そういうわけだから、荷物まとめといたほうがいいんじゃないかしら。あたしもちょっと出かけてくるから。じゃあね」


 椅子から勢いよく立ち上がったドーラはご機嫌に軽い足取りで部屋を出る。

 一人残されたレスティは、呆然と立ちつくし、どうしようもなく整理できない自らの心とただ向き合っていた。




 魔法使いの素質は基本的には遺伝である故、代々魔法使いの家系というのは姓を持ち、どこの家の出身なのか、どのような魔法に才覚を持っているのか、生まれた時から型に嵌められ、それ故にブランドとしての価値を持ち、著名な冒険者達には重宝されていた。同様に魔法使いの側も、自らの家名を誇らしげに掲げて、冒険者と手を組み更に名を上げようとするものも少なからずいた。

 魔法とは魔力と強い想像力に依存する、不可能を可能にする力だ。

 自らの思い描く通りの力を世界に行使するその法は、使い手に絶対の自信を要求し、それ故に使い手は絶対の自信を持つ。

 つまるところ彼らは皆プライドが高い。自信のない魔法使いは魔法使いとしては未熟だ。それだけ世界に対するイメージを抱く力が弱い事になるからである。

 その点、ドーラ・ラーという少女は、実に魔法使いらしい人物であるといえよう。ただ、一点を除いては。

 少女がなぜスクリットーレ・オンブラへと身を寄せようと思ったのか。

 それは彼女が特別な魔法使いであったからだ。

 彼女は世にも珍しい、普通の人間である両親から生まれた魔法使いであった。彼女が自分の才能に気付いたのはまだ幼い物心付いたばかりのころであった。

 不思議な力を持つ自分を特別な存在であると認識した彼女は惜しげもなく両親にその力を見せびらかした。

 当然、両親は大変驚き、一時こそ自分達の娘が特別な才能をもって生まれた事を喜びこそしたが、その喜びは長くは続かなかった。

 魔法使いの素質は、基本的には遺伝である。

 その事実を知った彼女の父親が、娘が自らの子ではないのでは? と疑うのはごく自然な流れであっただろう。結果的に父親は酒に溺れ、彼女の両親は他人となった。よくある話である。

 父親の事を愛していた母親は、謂れのない罪に絶望し、そしてその原因となった忌まわしい娘を恨み、気味悪く思い、そして自分にはない力を持つその得体のしれない娘に恐怖した。

 ある日ドーラが気付くと家から母親はいなくなっていた。

 その頃には彼女も自分自身が魔法使いという特別な力をもつ人間であり、その中でも特に異端の存在である事を理解していたから、母親がいなくなった時もとくに何かを思う事もなく、むしろ長く持ったほうだとさえ思った。

 一人になった彼女は単身、王都へと旅立った。

 魔の国と呼ばれるだけあってアムレートでは魔法使いの扱いには慎重である。王都には魔法使いを育てる教育機関があり、素質のあるものであれば誰にでもその間口を広げていた。

 触媒の出回るこの国では、魔法の素質のあるものが何かしらの犯罪に走る事もある。名家の生まれであればそのような事は余りないか、――あってももみ消されるのが常であったが――ドーラのような変り種を見張る意味もあってその教育機関に通うにはお金がかかるということもなく、ドーラは唯ひたすらに己の研鑽に没頭した。

 ドーラはその頭角をめきめきと現し、実力でいえば同年代どころか、一回り歳の上の魔法使いですらも凌駕する、逸材としてその名は機関に知れ渡った。だが、それがよろしくなかった。

 魔法使いという人種はプライドが高い。どこの馬の骨とも判らない家名も持たない魔法使いに劣ったなどということに彼らは耐えられなかった。

 まがいものと呼ばれ、爪弾きにされる日々が始まった。

 元より孤高であった彼女にしてみればそれは大した苦痛でもなかったが、いちいち突っかかれるのが面倒だとは思っていた。それが余計に彼らの神経を逆撫でしたのか、彼らはついに実力行使へと乗り出した。

 そうして、ドーラは襲い掛かってきた三人の名家の子供達を返り討ちにし、全ての責任を押し付けられて、機関から追放されることとなった。行く当てを失い、ドーラは途方にくれ、冒険者として身を立てる事を考えた。

 彼女の実力を持ってすればそれはたやすい事であるはずだった。

 だが、著名なクランはどこもドーラの話に耳を傾ける事はなかった。機関を追い出されたという噂と、権力を持った魔法使い達の根回しで、彼女を受け入れてくれるクランはどこにもなかった。

 弱小の名も知れぬクランに誘われることもあったが彼女はそれを跳ね除け、いつもそうであったように孤高であり続けた。彼女が忌み嫌う魔法使い達と同じように、彼女もまた高いプライドを持っていたからだ。

 魔法使いとしての素質を持って生まれたが為に家族を失い。

 魔法使いとして力を磨いた故に、同じ魔法使いに妬まれ、恨まれ。

 彼女は魔法使いというものがどうにも嫌いで仕方がなかったが、唯一つ自分が持つ確かなものがそれだけであった故に、捨てることも出来ず、魔法使いの家系に生まれなかった自分をただ憎んだ。

 だから、彼女は、ラーの姓を名乗った。

 魔法使いの家系として生まれなかったのなら、自らその家系を作ってしまえばいいと。

 そのためには名の力がいる。

 薄汚い連中の息のかかっていない、しかし、確かに力を持つであろう家名の力が。

 そうしてドーラは妥協することなく自らの求める者を探し続け、ついに、スクリットーレ・オンブラというクランを見つけ出した。

 その名を知った時、ドーラはその名の皮肉に笑ったものだ。

 幽霊作家。

 他人の名を借りてのし上がろうという自分になんとぴったりな名前だと。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ