17
結局その日はニ階層へ続く階段まで行き、そこから少し奥、地底湖まで出向き、更にその奥通路も軽く探索し、出てくる魔物をかったぱしから全てドーラが片付けてしまい、結局レスティが剣を振るったのは最初の一度だけだった。
それだけではなく、そろそろ引き上げようかと提案するソフィに、ドーラはさらに転移の魔法まで披露してみせた。
迷宮の攻略も、クランの成長も順調でソフィの事を思えば喜ばしいことのはずなのに、レスティはなぜだか素直に喜べなかった。
迷宮の外、出入り口の階段の前に転移した三人は一瞬だけその明るさに目を眩ませながら、辺りをきょろきょろと見回した。
「これが転移の魔法……便利なものですね」
「そうでしょう。次に潜る時はニ階層に続く階段の前からですから、今日よりもっと稼げると思いますよ」
満面の笑みで言うドーラが指すソフィの持つ触媒を詰めた革袋はずっしりと重く、かなりの量の触媒が入っているのが容易に見て取れた。
「なんでこんな半端な場所なの? 町中までとんだほうが歩く手間が省けるとおもうんだけど」
「外と中をつなぐなんてとんでもない。入場料なしで行き来する事になってばれたらこれモノですよ」
レスティの素直な感想にドーラが自らの首を切り飛ばすようなジェスチャーでその恐ろしさを説明する。
「めんどくさいわね……」
「それに出入り口は同じ場所じゃないとだめなので、出口を迷宮の外に設定しちゃうと中にはいるときに周囲に魔力が存在しないですから触媒が必要になるんです、そうなると多分入場料より高くつくことになりますよ」
「魔法も万能、というわけではないんだね」
「そうですね、まあ迷宮内でなら色々出来ますけど、街中では触媒がないと魔法使いなんてただの人間に過ぎません」
一瞬だけドーラは普段とは違うどこか自嘲めいた笑みを浮かべ、すぐにいつもどおりの満面の笑みにもどると、二人の背を押しながら口を開く。
「さぁ、それじゃあお待ちかねの換金にいきましょうか」
「ちょっと、押さないでもちゃんと歩けるわよ」
「そんなに急がなくても、触媒はなくなったりしないさ」
「始めての迷宮での成果ですよ、早くこの目でたしかめたいじゃないですか」
レスティとソフィからしてみれば初めてではないものの、その気持ちはわからなくもなかった。目の前にあるこれだけの触媒がいったいいくらになるのか、冒険者ならば、皆迷宮から無事帰れた時には同じ事を思う筈だ。
ただ、それを素直に喜べるかといえば、今のレスティには出来そうもない。
結局自分の手で狩ったのは最初の犬の魔物一匹であり、残りは全てドーラが倒してしまったのだから。はたしてもし今日ドーラがいなかったとして、この触媒の半分も、自分は稼げただろうかと考える、きっと無理だっただろう。
それほどまでに実力に差があること目の前でまざまざと見せつけられ、戦えると、そう思っていた自信はどこかへとなくしてしまっていた。
二人はそのままドーラの熱意に押されるように冒険者ギルドへとむかった。時刻はまだ昼を少し過ぎた辺りで冒険者の数はやはりまばらだった。
ソフィの予定であれば、ギルドに顔を出すのは夕刻を過ぎたあたりになるはずだったのだが、結果として魔法使いという存在の力をソフィは改めて認識することとなった。
今日の所はブリックは換金所の仕事ではないらしく、ソフィは適当に人の少ないカウンターへと向かい換金を済ませて二人が待つテーブルの前へと戻ってくると、その中央に硬貨の入った革袋を置いて、空いていた椅子に腰掛けた。
「さて、いくらになったか。あけてみるといい」
「それじゃあ、失礼します」
許可を貰ったドーラが革袋に手をかけ、袋の口をあけると、そのままゆっくりとテーブルの上でひっくり返して中身を一気に取り出す。
「六、七、八の……銀貨が八枚……!? それに、白銅貨が八枚。入場料が銀貨一枚と白銅貨五枚だから、銀貨七に白銅貨三の儲けですね。一日でこんなに儲かるなんて、冒険者ってすごいですね」
「えぇ、そうね……」
嬉しそうにはしゃぐドーラとは対照的に、レスティの表情はますます陰るばかりだ。
前回クリムジェルを倒したからこそ金貨一枚という多額のお金を手に出来たものの、それでも満身創痍でやっとの思いで稼いだ額だったというのに。それに肉薄する稼ぎをドーラは何の苦もなく、一人であっさりと稼いでしまったのだから。
「分配はどうしましょうか? 白銅貨は一枚ずつでいいとして、銀貨二枚ずつで一枚あまりますけど、三人だとわりきれませんね」
「その一枚はドーラ君が持っていってくれ。本当なら殆ど君がもっていってもおかしくない活躍だったが……」
「いえいえ、とんでもないですよ。お二人に出会えたからこそ、あたしは迷宮に潜る決心がついたのですから」
「それでも、今回は貰っておいて欲しい」
「ソフィさんがそういうのなら」
言いながらどこかばつが悪そうにドーラはレスティの方へ視線をやる。
「レスティもそれでいいね?」
ソフィに聞かれ、レスティは考えるまでもなく頷きを返す。当然だと思った。どころか、自分が銀貨二枚をもらえるなんて、それこそ贅沢にも程がある話だ。
「すいません、お言葉に甘えさせていただきます」
申し訳なさそうに頭を下げたドーラはそう言ってテーブルの上から自分の分の硬貨を取ると。手の中のそれをまじまじとみつめた。始めて手にした自らの働きの報酬に、思う事もあるのだろう。
「これがレスティの分」
ソフィがレスティの前へと分配したお金を差し出すが、レスティはそれに手を伸ばさず、ただジッと黙ってそれをみつめている。
「私やっぱり、受け取れない」
レスティは目の前に差し出されたそれを押し返すようにしてテーブルの中央へと戻した。
「今回、私は何もしてない。それなのにこんなお金もらえない」
二人の目をみてレスティははっきり言い切る。お金が欲しくない、などといえば嘘になる。あればあるだけ欲しいものだと思う。それでも今目の前にあるこのお金を受け取ることには納得できなかった。自分が何もしていないのにその報酬を受け取るというのは違う、気がする。
貧民街にいたころはそれこそ盗みだってしたが、それにしたって盗みを働くという仕事は自分でしていたのだ。
「たしかに、今日の迷宮探索で活躍したのはドーラだけだね。僕もなにもしていないし、全額ドーラが持っていっても僕らは文句のいえる立場ではない」
「いえ、あたしはそんな、全額持って行くなんてそんなことできませんよ」
「例え話だよ。レスティ、君は前に同等でいたい、とそういったね。だったらこのお金も受け取るべきだ。確かに今日僕らは何も出来なかった、それでも一度迷宮に挑めばクランのメンバーは運命共同体。生きるも死ぬも一緒だ。そこにもしクラン員の中に優劣の差が付いてしまえば、クランは立ち行かなくなる。これから先、僕はもっと奥の階層を目指したい。誰も足を踏み入れたことの無い様な深層へ、迷宮内には魔法の効かない魔物や、詠唱より先に動く素早い魔物がいるとも聞く。そういったものを相手にする時、今度は僕らがドーラの盾となり彼女を助ける必要がでて来るはずだ、だからその時までに僕らは僕らでこのお金で準備をしておくべきじゃないかな」
ソフィの碧眼がレスティの黒い瞳を射抜く。言葉には力があった、レスティを納得させるだけの実感があった。少し考えればわかることだ、誰よりもきっと、一番悔しいのソフィだ。
自らの目的のため、自分の足りない力を補うために代役を立てる事しか出来ず、ただ歯噛みする事しか出来ない。
(そう、私のような半魔にすら頼らないといけないほど、彼女は追い詰められていた)
その悔しさは一体どれほどのものだろうか。
ソフィがゆっくりとした仕草で、もう一度、硬貨をレスティの前へと押し出す。レスティは苦い顔をしながらその硬貨を掴み取ると、自分の革袋の中にそれをしまいこむ。
その様子をみて、笑みを浮かべたソフィも、自分の分の報酬を仕舞いこむと、細く息を吐く。
「えっと……」
おずおずと言った感じで、ドーラが手を上げながらソフィに声をかける。
「すまないね、変な空気にしちゃって」
「いえ、それは構わないんです。クランとして、大事なお話だと思うので。そのついでと言ってはなんですが、もう一つクランにとって大事なお話いいですか?」
「構わないよ」
ソフィに話を促されて、ドーラは緊張した面持ちで、しばしの沈黙の後、口を開く。
「先ほどの話から、あたしはこのクランに入れてもらえると思っていいんでしょうか?」
「君がいいならね。もうわかってるだろうけど今の僕らは君の荷物持ちくらいしかできない。少なくとも低階層の間は君一人でも十分戦えてしまうだろう。他にきっといくらでも待遇のいいクランはいくつでもあるはずだよ。それをわかった上で君がこのクランに入りたいというのなら、僕は歓迎するよ」
「はい、あたしはこのクランがいいです。他じゃなくてここがいいんです」
ソフィの言葉に間髪要れず、ドーラは元気な声で答える。躊躇いの無い大きな返事に周りの冒険者達が一瞬、なんだなんだと視線を向けてくるが、顔を真っ赤にしたドーラが慌ててなんでもないですと頭を下げるとすぐに、その視線は離れていく。
「なにがそこまで君をひきつけているのかはわからないけど、いいよ。それじゃせっかくだしこのまま登録にいこうか」
「はい!」
二人は荷物を手に立ち上がってギルドの二階へと向かって行く。
レスティはそんな二人の背中をみつめながら椅子に座ったままで、小さくため息を吐いた。
お金を受け取る事には納得こそしたものの。これから先ドーラと共に迷宮に挑むのだと思うと、自然と心は沈んでしまう。
深層でまでたどり着けば、とソフィは言っていた、ただ裏を返せば、そこまでにレスティの仕事はないのだと、暗にそう言われている気がして、強く唇を噛む。
昨日までとは違う、半魔しか頼る相手のいなかったソフィにはもっと強い魔法使いが隣にいて。今はまだこの場所にしがみ付いていられているけれど。切り捨てられてしまう日が来てしまうのではないかと思うと、どうしようもなく不安になる。
やっぱり、自分がいるべき場所ではなかったと今更後悔しても遅い。ここにいたいと願ってしまったのだから。
(強く、なりたい……必要とされるほど、強く……)
レスティは両の拳を握り締めながら、二人が戻ってくるのをただジッと待っていた。