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 ソフィが目覚めてから二日、体調は既に万全であったが、相変わらず夕刻前に続けているクランメンバーの勧誘はいまだに成果もなく、代わり映えの無い日々が続いている。

 朝食を終えた二人が部屋に戻ると、一息ついたソフィが口を開く。


「今日あたりまた迷宮に潜って行こうと思うけど大丈夫かな?」

「私は平気だけど、あんたはもういいの?」

「十分療養はとったからね、それにいい加減新しいネタも欲しいしね」

「ネタは別にいらないでしょう」


 ここ数日のソフィの活動のおかげですっかり近所の子供達の間で人気となってしまったレスティはげんなりとしながら呟く。


「いやいや、大切なことだよ。勇名を轟かせる事が僕の最大の使命だからね」

「それなら自分自身の活躍にすればいいでしょ、どうせ脚色してるんだし」

「脚色と嘘はべつものだよ。真実の混じっていない嘘なんて面白く無いだけさ」

「変に子供になつかれる私の方が面白くないわよ」


 ため息を吐いたレスティは腰掛けていたベッドから立ち上がると準備を始めていく。といってもいつでも出られる準備はしてあったのでせいぜい鎧を着込んで帯剣す程度の事だ。

 ソフィの方もそれは同様で準備ができた二人は遅めの朝食に賑わう階下へと降りる。


「ん、あんたら性懲りも無く迷宮にいくのかい? 前回あんなことになってまだ潜ろうなんて学習能力が無いのか、それとも死地に赴かないと生の実感がないとかいうつもりなのかい?」


 二人が階下に下りるやいなや、接客をしていたマギーが装備を整えた二人をみてそんな言葉を投げかけてくる。


「ま、冗談はさておき、あんたらお昼の準備はしてるのかい? あんな真っ暗な場所で火をたきながら保存食齧ったって気が滅入るばかりだろ? どうだいよかったら、うちで出してる弁当を買っていかないかい? 安くしといたげるよ?」


 猛烈な売り文句に珍しくたじろいでいるソフィとは逆に、レスティの方は乗り気なのか皮袋に早速手をかけている。飢えていた反動か、食べる事に関してレスティは滅法目が無い。


「おばちゃんいくらなの?」

「おばちゃんと呼ぶのはやめなってなんどいえばわかるんだいあんたは。まったく、まぁいいさ、買ってくれるならなんでも。そうだねぇ本当なら一人白銅貨二枚の所を二人で白銅貨三枚にまけてあげるよ。どうだいお得だろう?」


 マギーの言うとおりそれは十分にお得な値段ではあったが、保存食とていつまでも日持ちするわけではない。どうせなら先に買ってしまったこれらを消費してからお世話になっても遅くは無いのではないか、そう考えているソフィを尻目にレスティが既に二人分のお弁当を購入し終えていた。


「毎度。日持ちはしないから後で食べようなんて思わずお昼時にきちんと食べるんだよ。味と品質は保証するけど迷宮ってのは高温多湿だったり逆に乾燥してたりとなんだか奇妙なところだそうじゃないかい。そういう関係の苦情は万が一でもこっちじゃ受け付けないからね」

「大丈夫よ、私達駆け出しだし」

「おっと、そうだったね。ま、気をつけていってきな、よかったら後で弁当の感想きかせてくれよ」


 マギーは手を振って笑いながら厨房へと引っ込んで行く。残された二人、ソフィはどこかつかれた様子で天井を仰ぎ、レスティは嬉しそうに二人分の弁当をニコニコと眺めている。


「どうかしたのそんな迷宮に行く前から疲れた顔して」

「いや、なんでもないよ。さっさといこうか」




 大通りで買い物を済ませた二人が迷宮の入り口、大門の前までやってくると、前回潜った時と同じ警備兵が軽く手を上げて二人に視線を向けてきた。

 二人は一瞬鎧のせいでだれだか判別ができなかったものの、そもそもにして警備兵の知り合いが他にいないことに気づいてすぐに軽く会釈を返した。


「ようお前さん達、どうやら無事だったみたいで何よりだ。この間血まみれのちびっこがぐったりした譲ちゃん背負って焦った顔で出てきたときは何事かと心配したが、いやはや、俺の寝つきも暫くは落ち着きそうでよかったぜ」

「ご心配をかけてしまったようで」

「なに、俺が勝手に神経質になってるだけだよ。そこそこいい稼ぎだったみたいじゃねぇかお前さん達。新人のしかも細腕の譲ちゃんと半魔が一山当てたと聞いて若い冒険者どもはみんなやる気づいちまってら。無謀なことしてくれなきゃいいんだがな。お前さん達は今日の所はどうすんだ?」

「今日は二層まで足を運んでみるつもりです」


 ソフィの言葉に警備兵の男は一つうなずくと、癖なのか、かけもしない頭を兜の上から掻こうとして、はっとしたようにその手を引っ込める。


「だったら、一層から二層の進んだ道まででいい、若い、お前らくらいの男がいないか注意だけして進んでってくれないか? 顔見知りなんだがかれこれ一日戻ってきてないんだ」


 少し心配したような顔で警備兵は呟いて軽く頭を下げる。


「なぜ僕等に? もっと腕の立つ冒険者や、他の冒険者でもいいのでは?」

「腕の立つやつらは大体一層、二層なんか無視して魔法で下層までいっちまうし、かけだしのひよっこにこんな事は頼めないからな。お前らなら、一応前回でそれなりの功績を上げたやつらだ、頼んでも大丈夫だと思ってな」

「なるほど、わかりました。引き受けさせてもらいます」

「おお、ありがてぇ、じゃあたのんだぜ」


 話しながらも入場手続きを行っていたソフィは早速扉を開いて中へ入ろうとしている。レスティはそちらをちらと一度だけ見つめてから男へと視線を送る。


「ねぇ、聞いてあげる代わりに、入場料安くなったりしない?」

「ふてぇやろうだなぁお前。もっとおとなしいやつかと思ってたんだが。悪いがこいつは国の仕事だからなそう言うわけにもいかん。まぁ無事あいつが帰ってきたら大通りでなにか奢ってやるくらいはしてやるよ」

「そ、期待してる」


 レスティはひらひらと手を振るとソフィの後に続いて扉をくぐって中へと足を踏み入れた。

 半球状の建築物の内部は相変わらずどこか圧迫感があり、不思議な場所であった。

 宿泊施設の前で駄弁っている冒険者達を横目に二人は迷宮の地下階段へと向かい二人は歩いて行く。

 先日中をあまり見ることも無かったレスティはほの暗い空間をきょろきょろと見回しながら歩いていく。といってもこれといって変わった物は無い。入り口付近の詰め所や預かり所以外にはこれといった建築物などはなく、延々と金属の地面が続くだけである。それだけでもものめずらしい光景ではあるのだが。

 周囲をしきりに眺めていたのに加え、あたりが暗い事もあったせいか、レスティがふっと視線を前に向けるとすぐ目の前に人が迫っている事にようやく気づいた。

 あわてて道を明けると、その人影は小さく頭を下げて去っていく。

 身長の高い、男、だっただろうか?

 レスティのように頭から外套をすっぽりとかぶっていたせいでその容姿や性別ははっきりとしない。

 大きなバックパックを背負っていたのだけが印象に残った。

 この迷宮には様々な人間が各々の目的をもって訪れる。金や名誉のため、スリルを求めて、他に選ぶ事ができなかったもの、そんな人々を食らい、待ちうけるかのように、今日も一層へ続く階段はその暗い大きな口をぽっかりと開けている。




「なんか、拍子抜けね」


 蜂型の魔物の群れを処理したレスティがポツリとそう呟く。

 あたりに転がっているのは焼け焦げた魔物の焼死体だ、あたりには煙と嫌な匂いが漂っている。嗅覚のいいレスティは顔をしかめながら自分の鼻先を手で煽りながら死体から触媒を回収して行く。


「そうだね。対処法を知ってるだけでこう楽になるなら、ギルドの方で迷宮の攻略本でも出せばいいお金になるんじゃないかな」


 そんな冗談を口にしながらソフィも死体から触媒を回収して皮袋へと詰めていく。

 二人は既に一層のくだり階段前までやってきていた。道中では犬型の魔物や猫の魔物などとも戦闘をしていたが、二度目の探索ということもありなれた様子でレスティが易々と敵を捌き、時おり今のように現れる蜂の魔物の群れにはソフィが用意していた油を染み込ませたぼろ布をつかって焼却することで苦労も無くここまでたどり着いていた。


「ここらで軽く休憩しますか? せっかくお昼も買ってきたことですし」

「どうせなら下に下りてからでよくない? 食べてすぐこの長い階段下るのめんどくさそうだし」

「それもそうですね」


 一度目の迷宮探検で早々に死線を潜り抜けた影響か、二人とも駆け出しにしてはずいぶんと落ち着いた様子でそんな会話を交わしている。実際レスティからしてみればこの階層の魔物相手であればもう苦戦する事は無いだろうと、自信を持っていえる程度には彼女の能力は高かった。

 ソフィが掲げる松明の明かりを頼りに二人は二層へと続く階段をゆっくりと下って行く。

 地上から一層に降りるときの階段と同じくごつごつとした岩肌の洞窟に、横幅の広い階段は相変わらず終わりが見えず不気味な様相を呈している。


「なんでこの階段ってこんな無駄に長いんだろう。そもそもいったい誰がなんのためにこんな迷宮なって、作ったのかしら」


 ゴツゴツとした岩肌をレスティがなでながらポツリとそんな事を呟く。

 それを聞いたソフィは、松明を持つ手を移しながら、自らの知識を披露し始める。


「諸説はいろいろありますがね。アムレートの国ができるよりもずっと前、ここには城が建っていたそうです。邪神を崇拝するその城主は地底の奥深くに神を崇める神殿を密かに作った。彼はその邪悪なる神を呼び出そうと祈祷を続け、ついに地下に異界とこの世界を繋ぐ門が開いた、そこから魔力が漏れ出し、やがて城の地下には魔物が住むようになった、という説が最も有名な物です」

「なんか変な話ね」

「そうですか?」

「そいつは邪神を呼び出して何がしたかったのかしら?」

「さぁ、それはわかりかねますが、神に祈るということは何かしら叶えたい願いがあったのは間違いないでしょう」


 話を続けるうちに、徐々に階段の道幅は広くなり、ようやく次の階層の地面が見えてくる。


「伝承なんかだったらそのあたり残っててもおかしくないと思うんだけど」

「あくまで一説ですから……さて到着しましたね」


 ソフィの言葉とともに二人は並んで第二層へと足を踏み入れる。一層とさして代わり映えの無い風景に二人はあたりを見回し、周囲に魔物の影がないかを確認すると一つ息を吐く。


「それじゃ休憩しますか」

「そうね、あんまり階段の近くってのもあれだし、もう少し進んだ先で……」


 言いながらレスティが階段を降りた先、真正面へと延びる通路に何かを、見つけた。

 先ほど魔物の気配を探った時は、聴覚を頼りにしていたのが、一瞬、通路の奥に揺れる炎の光を受けて、何かが光を反射して輝くのが見えた気がした。だが、何かが動いているという気配はない。新手の魔物、という可能性も捨て切れはしないが、一層にいた魔物、あのクリム・ジェルも含めて全ての魔物には特有の気配や音があった。

 だからレスティはその存在に気づけなかった。

 息を呑みながらレスティはその方向をじっと見つめる。そんな彼女の様子に気づいたソフィも、そちらに視線をむけて首をかしげる。


「なにかありましたか?」

「なにか、いるかも」


 剣に手をかけながらレスティはゆっくりとその方向へと歩き出す。その後をソフィも緊張した面持ちでついていく。足音を立てないように慎重に歩いて、やがて炎の明かりが暗い通路を照らし、その何かの正体が暗闇の中に浮かび上がり、二人はすぐさまそれに駆け寄った。

 それは人だった。

 地面にうつぶせに倒れこむ男。

 身に着けた皮鎧と、幅広の剣。見た目からして冒険者なのは間違いないだろう。


「大丈夫ですか?」


 ソフィが男の体を軽く揺さぶりながら声をかけると、その体がぴくりと動く。息はあるようだった。男の体に目立った外傷は見られない。毒を使う魔物にでもやられたのか、レスティが周囲を警戒しながらソフィが治療をしようと荷物を広げていく。


「どうしました? なにがあったんですか?」

「ん……くっ……あんた……?」


 意識を取り戻したらしい男が薄く目を開けてソフィの方に視線を向けた。かすれ消え入りそうな声、それを聞き取ろうとソフィが屈みその口に耳を近づける。男が言葉を続けようと口を開こうとした瞬間、迷宮のシンと静まり返る闇に間の抜けた音が響き渡る。

 それは男の腹の音が鳴る音だった。


「すまんが……食べ物を、もっていないだろうか……」


 男の消え入りそうな声と腹の音をしっかりと聞き取っていたレスティが、倒れたままの男の腹を容赦なく足の先で小突いた。

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