~普通の本屋さん~
僕の家の近所には、本屋さんがあった。普通の本屋さんだ。
規模でいえば、中くらいだろうか?狭くもなく、広くもなく。ま、そこそこの品揃え。どちらかとえいば、品揃えはいい方だった。その程度。
僕は、子供の頃、よくその本屋さんに通った。その本屋さんの臭いが好きだった。ちょっと独特の香りがした。本屋さん特有の香りなのだが、その本屋さんの臭いは、それに加えてちょっとだけ特徴があった。それを言葉で説明するのは難しい。一流のワインのソムリエならば、それも可能かも知れないが、僕には無理だ。
それに、それはもう物理的に不可能になった。その本屋さんは、この世界から消滅してしまったのだから。
それでも、もう1度、あの臭いを嗅ぐことができたならば、僕は即座にわかるだろう。「あ!あの本屋さんだ!」と。
なぜ、その本屋さんがなくなってしまったかというと、こういう経緯からだ。
僕が中学生の時だっただろうか?近所に、もっと大きな本屋さんができてしまったのだ。広さも品揃えも全然違う。自然と、僕の足もそちらに向うようになってしまった。
大きな本屋さんには、いろいろな人が訪れていた。近所の主婦や中学生・高校生。仕事中らしきサラリーマン。もちろん、もっと小さな子供達も店の中を走り回っている。そうして、怒られる。
そういえば、小学校の時の担任の先生を見かけたこともある。男の先生だ。僕の担任だった頃はフサフサだった髪の毛だが、その時には頭頂部からすっかりとハゲ上がってしまっていた。遺伝だろうか?あるいは、ストレスかも知れない。学校の先生は、何かとストレスが溜まりそうだ。
結局、僕は声をかけられなかったけれども。なぜなら、頭頂部のハゲ上がった元担任の先生は、女に人に声をかけていたからだ。とても、エロそうな顔だった。僕は、見てはいけないものを見てしまった気分になってしまい、即座に大きな本屋さんを後にした。
その大きな本屋さんも、何年かして潰れてしまった。噂によると、万引きが絶えなかったからだそうだ。結局、万引き対策が上手くいかず、赤字を出して潰れてしまったらしい。
僕は、元々通っていた中くらいの本屋さんに行ってみた。すると、そこは別のお店になっていた。着物だか写真撮影だかのお店だ。本屋さんではなくなっていた。あの本屋さんも潰れてしまっていたのだ。なんだか、僕は悪いコトをしたような気になった。僕が浮気した元彼女が死んでしまっていたような、そんな感覚。
それから、さらにいくらかの時が流れ、気まぐれに近所を散歩していた時のことだ。
僕は、狭い裏路地に、あの本屋さんを発見した。大きなスーパーの裏側だ。驚いて、さっそく入ってみる。けれども、期待していたようなものは何もなくなっていた。店の中は狭く、品揃えも悪い。何よりも、あの臭いがしない。ただ、店の名前が同じという、それだけのことに過ぎなかったのだ。
その後、その小さな本屋さんは、10年くらい建っていたが、それも今は消えてしまった。花屋だかたこ焼き屋だかになってしまった。もしかしたら、ペットショップだったかも。いずれにしても、もはや、そこは本屋さんではない。
大人になってから、僕はふと近所を見回してみる。すると、あるコトに気づいた。本屋さんがないのだ。僕の家の近所には、本屋さんがない。普通の本屋さんも、特殊な本屋さんも。古本屋さんも。少し離れた場所にはある。自転車で15分とか20分とかかかる距離には。でも、近所にはない。
これは、どうしたことだろう?昔は、何件かあったのに。本屋さんが2~3軒と、古本屋さんも1軒はあった。もしかしたら、2軒だったかも。でも、それら全てが消え失せてしまっているのだ。ただの1軒もありはしない!
これには、普通の人間である僕も、少なからずショックを受けてしまった。子供の頃通っていたあの本屋さんは、もうどこにもないのだ。それどころか、似たような本屋さんすら全滅してしまった。
これが、時代の流れというものか…