~普通のキャッチボール~
ある日、僕は、夢を見た。夢とはいっても、過去に実際にあった出来事だったので、“ひさびさに昔のコトを思い出していた”と表現してもいい。
それは、こんな思い出だった。
息子と娘を連れて、公園にキャッチボールに来ている。確か、息子が5歳。娘の方が1つ上なので、6歳だったか。
子供とキャッチボールするというのは、多くの父親にとっては夢の1つである。まだ子供が生まれる前から…それどころか結婚するずっと以前から、ふと頭の中にそういうシーンを描いてみたりするものなのだ。
もちろん、普通の人間であり、普通の父親であるこの僕も、そんな風に空想してみた経験は何度もある。それが実現した瞬間。至福の時である。
僕は、息子に向って、ボールを投げる。ぶつかってもケガをしないように、やわらかいボールを使っている。それを息子が捕ろうとする。
最初は全然形になっていなかった。ボールを捕るのも、投げるのも、全く駄目。それが、何度かやるだけで、段々と形になってくるのだから、不思議なものである。つたないまでも、どうにかボールをグローブで捕ったり、手で投げたりできるようになってきた。一応、捕球できるし、息子の投げたボールは僕に向って飛んでくる。
それに対して、娘の方は一向に上手くならない。こういう所は女の子なのだろうか?いや、こういったコトに男だとか女だとか関係あるのだろうか?ある程度のレベルになってくれば、男女の身体差というのが出てくるかも知れないが、まだそうではない。野球の基本の基本。ただ、投げて、捕る。それだけなのに。
娘の方が1つ年が上なのにも関わらず、上手くボールを捕球できない。真剣な目をして、飛んでくるボールに集中している。全身からオーラが放出されているのが見える。にも関わらず、捕れないのだ。どうしても、タイミングがずれてしまう。
仕方がないので、今度はゴロを転がしてやる。同じように目を見開いて転がってくるボールに対して集中する。が、ボールを捕ろうとグローブを差し出すタイミングがおかしい。グルーブを出すのが、早過ぎたり遅過ぎたりするのだ。
「そうか…」
なるほどな、と僕は思った。ゆとりがないのだ。完全に目はボールについていっている。だが、体が緊張していて、そこにタイミングよくグローブを出せていない。あまりにも、真剣過ぎるのだ。だから、心に体の方がついていけていない。認識するまでは、上手くいっているというのに…
息子の方は、それができている。いい意味で“遊び心がある”とでも言えばいいのか。心にゆとりがある。それは、目を見ればわかる。真剣過ぎない。マジメにはやっているのだが、娘とは違ってボールを見つめるコトだけに集中しているわけではない。だから、捕球できるのだ。
それは投げる方も同じ。
つたないまでも、息子の投げた球は、僕に向って飛んでくる。だが、娘の方はそうではない。腕を振るタイミングと、ボールを手から放すタイミングが完全にバラバラだ。だから、ボールが真っ直ぐに飛ばない。真上に飛んでいったり、地面に叩きつけられたりする。
ここで僕は、夢から覚める。
「なんだったんだ。あの思い出は…」
どうして、急にあの頃のコトを思い出したのは知らない。ただ、娘も、あの後しばらくして、まともにキャッチボールができるようになった。適度に力を抜くコトを覚えたのだった。
「そうだよな。なんでもそうなんだ。あまりにも真剣過ぎると、上手くはいかないものなんだ。適度に手をぬくコトを覚えなければ」
僕は、1人、布団の中でそう呟いた。




