~普通の読書~
僕の趣味が本を読むことだというのは、以前にお話ししたと思う。
なので、僕は子供達にも本を読ませるように習慣づけてきた。大人になってからは自由にすればいいと思ってはいたが、少なくともこういったコトは子供時代に体に染み込ませておくべきだと考えたからだ。
大人になってから、「本を読む人間になりたい!」と望んでも、そうはなれない人が多い。こういうのは、癖なのだ。もはや、性格に近い。大人になってから急に読書能力を高めようとしても、それは難しい。定期的に本を読むように習慣づけることすら、なかなかできなかったりする。まして、無数に存在する本の読み方を急に覚えるなどということは、不可能に近い。
本には、それぞれの本に適した読み方というものが存在する。全てを一律の読み方で対応しようとしても、それは土台不可能というものだ。そうして、その無数に存在する読み方は、1つ1つ確実に身につけていくしかない。
1冊の本を読むごとに1つの読み方。あるいは、同じ本でも、時を置いて読めば別の読み方ができるようになっているかも知れない。1度で、いくつもの新しい発見がある場合もあるだろう。もしくは、何冊読んでも、何も得られないことだってある。
いずれにしても、時間がかかるコトだけは間違いがない。短期的にガ~ッと伸びる瞬間があったとしても、それは一時的な現象に過ぎない。数多くの本の読み方を会得するには、結局、時間がかかってしまう。
僕が子供達に教えたのは、本の基本的な読み方だけだった。それだって、直接指導したわけではない。「この本は、これこれこういう風に読むのですよ」などと言った覚えはない。
ただ、自分なりに「これは、よさそうだ!」と思った本を与えただけだった。買い与えることもあれば、図書館に一緒に行って借りてくることもあった。もちろん、子供向けの本を。いきなり、大人が読むような本をすすめたりはしない。そんなコトをしても、読書が嫌いになるだけなのだから。
そうして、ちょっとずつちょっとずつ、本の読み方を覚えさせていった。むしろ、覚えていったというべきだろう。僕は何もしていない。ただ、子供達が成長していくのを側で見守っていただけ。植物に適度な水と肥料を与え、放っておいたのと同じだ。
こうして、子供達は本の読み方を覚えた。普通の読書の仕方を。それ以降、何を読むようになるかは、子供達の自由。それぞれが、自分の好みに合わせて、自由に本を読めばいい。




