~普通に生まれる~
これは、普通に生まれて、普通に生きて、普通に死んでいく、実に普通の人間である僕の人生を書いた小説である。
僕は、普通の人間である。だからして、特別な場所で生まれたりはしない。
たとえば、産婦人科もなく、お医者さんもいないようなアフリカの荒野で生まれたりはしない。
マッドサイエンティストの手により、危険な実験を繰り返され、特殊な能力を与えられて生まれたりもしない。
ガラス容器の中で受精させられ、女性の子宮に着床された、試験管ベイビーというわけでもない。
実家に産婆さんがやって来て自宅出産したわけでもないし、どこかの田舎にお母さんたちが集まって子供を産む“出産の家”のような場所で生まれたわけでもない。
現代の日本であれば、誰もがそうしているように、病院で生まれたのだ。それも、特殊な出産方法を用いたわけでもない。水中出産とか帝王切開とかいう方法ではなく、お母さんの股の間から普通に誕生した。
そうして、「オギャア」と一声泣いた。
正確になんと泣いたかは覚えてはいない。けれども、僕を取り上げてくれた病院の先生や、周りの看護師さんによれば、そのように泣いたという話だ。
全く声を上げなかったわけでもなく、他の赤ん坊よりも大きな声で泣いたというわけでもなく、実に普通に健康的な泣き声を上げたそうだ。
その時、僕のお父さんは何をやっていたかって?
もちろん、立ち合い出産でその場に居たわけではなくて、普通に仕事をしていた。普通の会社員ならば、誰もがそうしているように、平日の昼間に会社で仕事をしていたのだ。
そうして、夕方の5時か6時を過ぎて退社時間になったら、残業もせずに帰宅し、着替えやらなんやらを持って、お母さんの入院している病院の病室へとやって来た。その時には、既に僕はこの世に誕生していたというわけだ。