8話 どうやら俺達はデパートに行くらしい
皆さんお久しぶりです。そして、すみません。かなり更新が遅くなってしまいました。
リアル忙しくて、小説が書けてなかったLieです。
ようやく書ける時間がとれたので、書いて投稿。
注:今回も、文字数が一万と多いです。頑張って読んで下さい。
前回のあらすじ
許嫁五名+その他一名と同居することになりました。
四月二日、土曜日、九時頃。私は、昨日の深夜に送られてきたそーくんのメールを読み、彼の家の前まで来ていた。
いきなりどうしたんだろう? スマホじゃなくて、パソコンからのメールだったし、…何か助けを求めてるような文面だった。詳しいことは今日話すって言ってたけど…。……どうでもいいか。もともと行くつもりだったし。
敷地に入り、役に立たない質素なドアノッカーの付いた、木製でできた重量感のある両開きの玄関ドアの前に来て、その隣にあるインターホンに手を伸ばして鳴らす。——暫く待って、「はーい」という聞きなれない女性の声が耳に入りながら、扉が前に押し出されて横にスライドされる。目の前には、私服ではあるものも、昨日そーくんのクラスで見た転入生|(活発そうな人)がいた。
予想だにしなかった事態に目が見開いてくのが分かる。何故観音開きの扉がスライドしたのかも、何故この人がそーくんの家に、さも当然のように居るのかも。疑問を持たずにはいられない。
「はい、何ですか? …ん? 何で子供がこんな朝っぱらから……どうかしたか?」
転入生の声で思考の世界から一気に現実に戻される。どうやら、私の足りない頭では結論までには至れないようだ。
「どうして…あなたがここに居るの?」
だから直接聞くことにした。
「あ? どうしてって、………もしかしてお前——」
「お、来たかウサギ。取り敢えず中に入ってくれ。事情を——」
「奏馬っ! なんでっ、あの人がっ、ここにっ、居るっ、のっ?! 私にもっ、分かるっ、ようにっ、しっかりっ、説明っ、してっ!!」
私は、楕円形のメガネと、ペンギンのエプロンを身に着けて現れた奏馬に飛びつき、言及しながら首根っこを両手で掴んで前後に振る。
「ちょっ…卯……せつ…めい……する…から、…落ち…付い———」
彼が何か言っているが、憤りで手が止まらずそのまま続ける。
「お、おい。アンタ、そのままやってると奏馬が死ぬぞ」
そーくんの声は聞こえないのに、この人の声がはっきり聞こえるとは何という皮肉だろうか。
「大丈夫っ。このっ、くらいでっ、参るならっ、私はっ、奏馬にっ、関わってっ、ないっ」
「はあ……?」
彼女は疑問の声を上げる。
「—————」
反応がなかったり、首が変な方向に曲がったりしてるけど、そーくんだから大丈夫。…多分……。
「奏馬さまー♪ 私と一緒にお話ししましょっ」
「きゃ」
いきなり黒髪和服の女性が、笑顔で奏馬の背中に抱きついてきて、全体のバランスが崩れ、私が奏馬に押し倒される形で地面に衝突する。
そ、そそそ、そーくんの顔が近くに。普段必要以上に近づこうしないそーくんがこんなにも、こんなにも近くに……。恥ずかしすぎて離れたいけど、嬉しすぎて離れたくない。——私はいったいどうしたら良いの? あ、そーくんの良い匂いがする…ってそうじゃないっ!!
「あらあら、奏馬さま如何されたのですか? 昨晩は普通に抱き止めて下さったのに」
「秋葉さん、そりゃートドメだぜ」
「? そうなのですか?」
「どう見てもそうだろ」
悩んだ結果、重すぎて現状維持不可ということが分かった。早くしないと本当にぺしゃんこになりそう。
全力で動こうとするが、首しか動かなかった。
ダメだ。私の力じゃそーくん達をどかせない。ていうか、上にいる女性は誰? すごく綺麗な人。
「普通に話してないで、早く助けて」
「自業自得だろ」
「誰が。上に乗ってる黒髪の人でしょ原因は」
「あらあら、まあまあ、そうだったのですか?」
「…もうどうでもいいから助けて。本当に押し潰されそうだから」
その後、命からがら救出された私は、段ボール尽くしのエントランスを抜け、リビングに通された。そして、復活したそーくんから事情を聞く。
一通り聞いて全く全然納得できないけど、そんなことを投げ捨ててもいいくらい、それ以上に心配なことがある。
「……奏馬は…大丈夫なの?」
「? …。……何が?」
そーくんは最初は質問の意味が分からなかったらしかったが、直ぐに察したようで白を切る。その返事を聞いて、どことなく悲しくなる。
やっぱりそーくんは、わざとそういう態度をとるんだね。
「…別に。…で、奏馬はこれを説明する為だけに私を呼んだ訳じゃないよね?」
「ん? ああ、勿論だ。——実はこれからの同居に合わせて、色々と揃えなきゃいけない物があるんだ。その中に、こいつ等の家具やら衣服やらも入ってるんだよ」
そう良いながら彼は許嫁達に視線を向ける。
「話によると、荷物は必要最低限の物しか持ってきてないらしくてな、他の物は買う必要があるんだとよ。そして、こいつらは昨日この街に来たばかりで、まだここの地理に詳しくないんだ。あと、俺はレディースに関しては無知だから、ちゃんとエスコートできない。だから、今日買い物に行く時に、お前が先行してくれると助かる。」
「女装させられてるから、無知ではないと思う」、という言葉が喉元まで出かけたが、気分を害したくないので飲み込む。
「…分かった。案内すれば良いんだね」
「ああ、宜しく頼む」
†
——という訳で、身支度をし、外に出た我々八名は物資調達をする前に、昨晩すっからかんになった俺の財布を潤す為に、夕染め通りの銀行まで来ていた。……来たはいいんだが、昨日、夏姫が言ってたことが本当だったことと、その額が莫大だったことに驚きを隠せないでいる。この金額を見てると、俺の貯金が空しく見えるぜ…。それに、銀行も分けた方が良いなこれは……。
嘆きながら適当な分だけ引き出して銀行を後にし、セントラル街のデパートへ向かう。
「なぁ、あれだけの大金何処で使うんだ?」
歩きながら夏姫に質問する。
「幾ら入ってたんだ?」
「一八○○万。一人頭(亀山を除く)三○○万だ」
「ま、最初はそんなもんか」
夏姫は特に驚きもせず、平然と応える。
「待て。貴族|《お前ら》の金銭感覚はこれが普通なのか? それに最初はってことは、今後も振込みがあるのか?」
「僕的には多いけど、貴族的に考えれば寧ろ少ないくらいなんじゃないかな」
「あたし達の生活費と、お前に対する期待ってことだろ。黙って受け取っとけ。あと、生活費だから今後も振込まれると思うぞ」
あー、もうやだ。同居二日目からこいつ等の感覚についていけない。きっと買い物も凄いんだろうなぁ。金、足りるかな? 一応多めに下ろしてきたけど不安でたまらない……。
「秋葉さん、今更ですが本当にそのまま行くんですか? かなり目立ってますよ」
逃げるように薄桃色の生地に花を飾った着物姿の秋葉さんに声を掛ける。
「済みません。洋服は制服以外持ち合わせてませんの。洋服を身に付けたのは
昨日が初めてでしたし」
「そうなんですか? では着るの大変だったんじゃないんですか、制服」
「女中の方々が手伝って下さいましたから、何とかできましたわ。しかし、一人ではまだ不慣れなので、奏馬さまが手伝って下さると助かりますわ」
おやおや、この娘はまた、よくも平然とこんなことを仰る。恥ずかしくはないのだろうか…。
「何故俺なんですか?」
「い、いえ、何れ伴侶になるのでしたら、…その、…素肌を見せても可笑しくないと思いまして……」
彼女は言葉にするのが恥ずかしかったらしく、指を絡めてもじもじさせながら頭を俯け、更に頭から白い湯気をだしている。
ん〜〜。羞恥心があるのは大変宜しいが、少し遅かったかな。
「恥ずかしいなら言わないで下さいよ。俺は手伝いませんから、他の女子に手伝って貰って下さい」
「はい、出直してきます」
出直してくるのか。……勘弁して欲しいなぁ。
俺は黙ってしまった秋葉さんを後にし、再び話し相手を換える。
「春ちゃんは——」
声を掛けた瞬間、春香ちゃんが俺達の間を隔てて、春ちゃんを守るように両手を広げて俺の前に立ちはだかる。
これはまた、——警戒されてるなー。色々誤解してるみたいだから弁解しようと思って、昨晩から春香ちゃんに話し掛けてるけど、何時も警戒態勢をとられて真面に話せずに今に至る。…何か切っ掛けができれば良いけど、…早々来るもんじゃないよなぁ…。
「春香ちゃん、春ちゃんと話させてくれないかな? 君がそうやってるから春ちゃんの台詞が凄く少ないんだけど」
「ダメです! 春に近寄らないでくださいっ!!」
この絶対的な拒絶をどうしたら良いだろうか? こちらの心の壁で中和
しなければならないだろうか。……億劫だ、却下。
「春香ちゃーん。どうしてお兄ちゃんと会話しちゃいけないの?」
春ちゃんは春香ちゃんの背中から、雰囲気に相応しくない気の抜けた声で質問する。
「ダメに決まってるでしょっ! こんな人と話したら悪影響よっ!!」
「でも春香ちゃんもその悪影響に助けられたんだよ。お礼もまだ言ってないでしょ?」
「っ、…元を正せばこの人が悪いんです!この人が春にケガなんてさせるからっ。 だから私がお礼を言う義理はありませんっ!」
春香ちゃんは少し言葉を詰まらせて、俺に責任を押し付けるようにこっちに指しながら難癖を付けてくる。
君が超ドジッ娘っぷりを炸裂させたんだろ。自分が作ったクレーターに躓いて。
「別に礼は言わなくていいけど、自分の非は認めた方が良いんじゃないか?」
「む。…いいんですか? そんなこと言って。奏馬さんこそ、その悪い性格を治した方が良いんじゃないですか?」
彼女は、俺の言葉に相変わらず挑発的な言葉で返事をする。
「俺は大丈夫だ。人と時を選んでやってる。君のように形振り構わず振り撒いてる訳じゃないんでね」
だから俺も彼女の言葉を軽く流して挑発返しする。
「何をーーーっ!!」
「春香ちゃん。春香ちゃんじゃ、お兄ちゃんの口に勝てないよー。春香ちゃん馬鹿なんだから」
「春の方がバカでしょっ!」
春ちゃんは、莫迦な春香ちゃんがこれ以上酷い目に遭わないように、彼女の背中から注意を促がす。が、逆に怒らせてしまったようだ。
コウさんとはもっと別次元な遣り取りをしてるんだ。このくらい訳ないさ。寧ろこれでも簡単に足を掬われるくらいだ。彼の超人具合が良く分かる。…いや、春香ちゃんのレベルが低すぎて比べるのも失礼か……。
「私は春香ちゃんみたいに蝶突盲信じゃないから」
彼女は屈託のない笑顔で間違いを通常運転で使用している。
「猪突猛進ね。そのくらいわたしでも分かるわ」
蝶を突くことを訳も分からず信じる、かぁ…。
狂気の窺える言葉を春香ちゃんが訂正しながら、二人が言い合いを開始する。
これが多分春ちゃんの狙いだったんだろう。彼女は見た目によらず聡い娘だ。春香ちゃんの気を春ちゃんに向けることで、俺から遠ざけようとしてるのだろう。……春ちゃんに免じてこの場は退散するとしよう。
「やっぱりお前の隣が落ち着くわ」
結局、卯の隣にやって来る。
「お前は何も聞かないからな」
卯は普段はクールぶって冷たく感じるけど、それ以上に思いやりある優しい奴だ。俺と違って聞かれたくないことは必要以上に聞かないように気が使える。
「そんなことない。私だって聞きたいことはある」
「珍しいな。何だ?」
「いきなり同居人ができたけど、——どんな気持ち?」
「…疲れる! すっっごい疲れるっ!! ただでさえこの十五年間、親の都合もあって一人で生活する時間が多かったのに、それが急に六人増えたんだぞ」
俺は卯の質問に昨日一日で溜まった不満をぶつぶつ漏らす。
「しかも元からの性格か貴族たる故か、こいつ等身勝手過ぎなんだよ。春ちゃんと冬華は、何時まで経っても起きてこないし。春香ちゃんは、朝食作りやら洗濯やら色々突っ掛かって来て邪魔だったし。夏姫は、ジョギングに行って帰ってこないと思ったら、迷子になってて捜しに行く始末。少なくとも常識人だと思ってた亀山は、何故就活してたのか謎に思うくらい限りなく廃人に近いゲーマーで、オールナイトでゲームしてた…。問題起こさずにちゃんと起きてくれたのは秋葉さんだけだったよ…。これが疲れるや面倒と表現する以外になんて言い表せるだろうか! いやないっ!」
「……そう。災難だったね」
「…ああ、全くだ…。お蔭で今朝からグロッキーだよ…」
俺はぐったりしながら話す。
今の俺の顔はどんな表情をしてるのだろうか? きっと頬が痩け、精気が削げ落ちた、髑髏の様な顔をしてるのだろう…。何も問題が起こらなければ気苦労しなくて済むのに…。はぁー…。……待てよ、よくよく考えれば、こいつらが常識的な行動を執ったことがあるか? 会って一日しか経ってないが、今分かってることと言えば、常識に欠けてることだけだ。つまり、今向かってるデパートでも——問題を起こす可能性が高い。…あー、胃が痛てーー。俺の方が終わったら卯達に合流した方が良さそうだな。一応、釘も刺しておこう。
そう思うと俺は面を上げ、彼女達に振り向く。
「いいかお前等。これから、色んな種類の品物を売っているデパートという所に行く。多くの人が来る場所だ。くれぐれも人様の迷惑にならないようにしろよ。絶対だぞ!」
「分かった」と皆から返事は貰えたが、まあ、糠に釘だろう…。だから、次の対策も作っておかねば——。
「卯、俺の用事が済んだら直ぐ行く。だからそれまで、こいつ等のことしっかり見張っといてくれ。頼んだ」
小声で卯にお願いする。
「…分かった」
彼女も、俺の態度の見て事の重大さを理解してくれたのだろう。覚悟の籠った声で返してくれた。
「あと、これも渡しておく。何か買うことになったら、これ使ってくれ」
そう言って、さっき降ろした金を分けて入れた予備の財布を渡す。
「ん、分かった。……そう言えば、家の掃除はどうするの? 明日はバイトだよ」
「ああ、昨晩、レンさんにシフト変更お願いした。オッケー貰えたし、若も承諾してくれたよ。急用って言っただけで内容は話さなかったけどな。…お前はちゃんと行けよ」
「……分かってる」
そんなやり取りしていると自然と笑みが零れる。
やっぱりこいつの隣は気が楽でいいや。
皆と適当に駄弁っているとデパートに辿り着く。
「じゃあ、先ずはケータイ買うぞ。連絡手段がないと、おちおち別行動もできないからな」
「別行動って。そんなことする必要があるのか?」
夏姫が相も変わらず、特に何も考えてない顔で質問してくる。
「お前なぁ、買い物した後、家に帰って家具の設置もしないといけないんだぞ。時間を効率良く使わないと今日中に終わらねーぞ。もし明日もやることになっても、俺はやることあるから手伝えないからな。…まぁ、皆が今の状態を好しとするなら別に構わないけどな」
そう、昨日の夜は本当に酷かった。
皆が皆、自分勝手に行動するものだから全然作業が捗らなかった。結局、ベットとその他少数の物だけ各部屋に運んで、それ以外は今もエントランスに段ボールで山積み状態だ。
「うわっ。確かに嫌だなそれは。このままジョギングにしか行けないのかと思うとやるしかないな」
お前はそれ以外は別に構わないというのか…。こいつには、鍛える以上に大切なものはないのか。
「海里さんは昔からそうだよね。身体を鍛えることしか考えてない」
「ああ、だから脳筋なのか。さぞ鍛えたんだろうな…」
「なんだよっ! そのかわいそうなものを見る眼は! それに私はそこまで馬鹿じゃないぞ」
「そうだったね。昔からある程度はできてたね、テスト」
「そうなのかー。脳筋にしては良くできてたのかー。……ところで…さっきから仲良く昔話してるけど、お前等って知り合いなのか? 昨日からの雰囲気からして、皆、各々の話は聞いてたけど初対面、って感じだと思ってたんだが」
思わず流れに乗ってしまったが、それを断ち切り質問する。
「寧ろ識君が話しに乗ってきたことに驚愕だったよ」
「だよなー」
夏姫は両手を頭の後ろにやり、半笑いしながら冬華に視線を向ける。
「僕達は幼少の頃からの知り合いだよ」
冬華が淡々と話し始める。
知り合いなのか? それは知り合いというレベルなのか?
「知り合いじゃなくて、友達や親友って言えよ。お前の中のあたしがその程度だと結構傷つくぞ。もう一回考え直してくれ。な? な?」
夏姫は焦りながらやり直しよ要求する。
「……。昔からの唯の知り合い」
冬華は少し考える素振りをするが、それでも彼女の認識は変わらなかったようで、すっぱりと断言する。夏姫はがっくりと項垂れて何かをぼやいている。相当ショックだったのだろう。
「と、言うことらしいけど…、何か弁解か弁明などはあるか、夏姫?」
うん、まあ…俺も冬華に便乗して夏姫弄りしよう。彼女も本気で言ってるようじゃないっぽいし、このまま続けてても大丈夫なんだろう。
「…お前がそう思ってたなんて知らなかったよっ! だったら絶交だーっ! 冬華のことなんかもう知るかーーっ!!!」
そう言って夏姫は秋葉さんに泣きつきに行ってしまった。秋葉さんは唐突な事態に多少戸惑ったが、その後直ぐに夏姫を宥め始めた。母性溢れる温和な彼女だからこそできる業だろう。それが分かっているから、夏姫も彼女の元へ行ったのだろう。
「で、実際のところはどうなんだ?」
俺は冬華に視線を戻し質問する。
「何が?」
「言わなきゃ分かんねえのかよ。夏姫だよ。あいつのことホントはどう思ってんだ?」
「……知り合いだよ。唯の知り合い。昔から互いのこと良く知っているだけの知り合い」
彼女は何処かで見たことのある目をしながら微かに笑った。何処で見たのかは全く思い出せない。だけど、俺の嫌いな瞳だった。
「そうか……」
その目を避けるように視線をずらし、適当に応えて話を終わらせる。
何よりあの目を見ていたくなかった。このまま話していれば否応なしにまた見る破目になると容易に予想できたからだ。あの、人と関わっていたいのに、それを無理矢理断ち切ろうとする瞳を。
「奏馬、早くケータイ買おう」
「! ああ、有り難う」
二重の意味で有り難う。きっと俺の様子が少し変だったから気を遣ってくれたんだろう。
俺は卯の髪がクシャクシャになるまで撫でる。
「ん…。……?」
卯は何故撫でられたのか分からなかったのだろう。撫でられ終わった後、困惑した顔をしながら髪の毛を直していた。
ケータイショップに辿り着き、話を切り出す。
「じゃ、ケータイ買うけど、皆スマホでいいよな? 一部では便利性や節約の面からガラケーの方がいいという声があるけど、面倒だから皆一緒でいいよな?」
と言っても、持ってないのは携帯電話を知らない奴等。どっちがいい?、って聞いても分からないから任せるしかない。つまり、この質問は形式だけのもの。
「良く存じないので、奏馬さまに一任しますわ」
「私もお兄ちゃんに任せるー」
「癪ですが、奏馬さんにお願いします」
案の定の返答を受け、次の段階へ。
「じゃあ、この中から好きな色選んでくれ」
そうしてサンプルと睨めっこを始める櫻井姉妹と秋葉さん。俺は、三人が変な行動をしても直ぐ止められるよう監視する。
こいつ等は、何がいけないのか分かってない幼い子供だ。しっかり見てないと何をしでかすか分からなくて安心できない。
「奏馬さまは既に何色にするのかお決めになっているのですか?」
秋葉さんが目を輝かせながら、こちらに振り返って聞いてくる。
「ん? ええ、白です。好きなんですよ、白」
「驚きましたわ。黒色の洋服をお召しになっているので、私てっきり黒が好きなのだと勘違いしてましたわ」
「よく言われます。昔は黒が好きだったので、無意識に選んでしまったのでしょう。確かに俺が買うものは、黒が多いですからね。……ささ、好きなの選んで下さい」
「ええ、もう選ばせて頂きましたわ。黒です♪」
そう言って、とても嬉しそうにニッコリと笑う。
彼女に一体何があったのだろう?
「本当は、奏馬さまと同じ色にしようかと思っていましたが、気が変わりましたわ」
楽しそうに話す彼女の理由を聞いても、結局何故なのか分からなかった。
「私達も決めたよー」
元気よく駆け寄って、抱きついてくる春ちゃん。その後ろを歩いて追う春香ちゃん。
「店内で走っちゃ駄目だよ、春ちゃん。で、何色にしたの?」
「ピンクだよ。春香ちゃんとお揃いでピンク!」
今まで、容姿以外、双子と忘れてしまいそうな程、違いのあった二人だったが、どうやらこういった感性は同じらしい。少し双子なんだって実感が持てた。
「春、奏馬さんから離れて」
静かに言いながら、嫌忌の眼差しで俺を見つめる春香ちゃん。
「いいでしょ、別に。春香ちゃんには関係ないじゃん」
能天気で楽天家な春ちゃん。
「これは、そう言う話じゃないから。そこにいるケダモノにこれ以上変な真似させないためだから」
「…はぁー。ごめんね春ちゃん。離れてくれるかな」
これが本当に一卵性の双子なのだろうか……。やっぱり全然似てない。前言撤回しよう。
「え? うん」
驚いた表情をしながら離れる春ちゃん。
「ふっふっふ、遂にわたしが勝ちましたね。これであなたは、わたしに何を言われても文句は言えませんね」
思い上がってる上に、訳の分からないこと言ってるから、少し会話に付き合ってあげよう。
「春香ちゃんと話してると話が長くなりそうだからね。時間がない今は、適当に流した方が効率がいいと思ったんだよ」
そう言いながら、カウンターに行き手続きを始める。春香ちゃんの声は無視。時間の無駄になるから。
「大変そうですね。頑張って下さい」
店員の女性が微笑みながら、励ましの言葉を掛けてくれた。
「有り難う御座います。早く慣れたいものです。——この機種の白、黒を一つずつ、ピンク二つお願いします」
「では、こちらからご使用するプランを選んで下さい」
「これでお願いします」
……。
………。
…………。
無事ケータイを買い終え。卯、夏姫、冬華、亀山とメアドを交換し合う。櫻井姉妹と秋葉さんは、今渡したら即座に壊しそうなので、後できっちり操作方法などを教えるとしよう。
「じゃあ、ここからは別行動だ。卯、皆のこと頼んだ。俺の方が終わったら連絡するから、場所を教えてくれ。直ぐ行く」
「分かった」
「亀山は大型免許持ってるんですよね? トラックをレンタルしたら、ここに戻ってきて下さい」
亀山は本当に謎の多い人物だ。今もゲームをやってる程のゲーマーなのに、こいつの卒業した大学と、持ってる資格の量は規格外なものだった。何処にあれだけの量をやる資金と時間があるのかと、疑わずにはいられない程だ。
「おい、奏馬! 亀山は執事で、お前はその主なんだ。執事に敬語を使ってるようじゃ、周りから下に見られる。年上だからって亀山に敬語は使っちゃいけねえぞ」
夏姫が少し強めの言葉で注意してくる。
「『周りから下に見られる』って、何だよ。一体誰に見られるんだよ」
「お前は気付かないのか? あたし達が動き出したってことが、どういう意味を含んでいるのかを」
………。昨晩のファミレスでのこいつの言葉を思い出す。こいつはさり気なく言っていた。『四季の名は、貴族の中じゃ有名だ』と。つまりそれが意味することは——
「つまり、俺の周りに虫が湧くんだな? 将来、四季家当主になる予定の俺のお近づきなって、肖りたい貴族共が……。お前の話によると、昨日まで皆近づかないようにしていた。いや、近づけないように俺の親族の誰かが目を遣っていた、と考えるのが妥当か。」
それが解禁されるのが昨日だったってことか。
「そういう事だ。何時、何処で、どれだけの数の貴族がお前を見てるか分からねえ。そんな中、お前がそんな行動してたら、お前に失望する貴族が多く出てくるぞ」
「………良いんじゃないか? それで」
「はあ!?」
夏姫は驚愕しながら裏声で返事をする。
「だって、俺が亀山に敬語使うだけで、周りの五月蠅い虫が勝手に消えてくれるんだろ? 俺は平穏に生きたいから、そっちの方が却って好都合じゃないか。お前達も横槍入れられるの嫌だろ? それに、折角貴族という檻から出られたんだ。もっと自由にやりたいだろ?」
「……それもそうだな……。盲点だった。…でも、お前の評判は著しく低下するぞ」
驚きながら同意したあと、心配そうな声で俺に心配の言葉を掛ける。
「故意にやってたって、事なら大した問題にならないんじゃないか? しかも、許嫁達の為を思っての行動なら、献身的と捉えられて高評価になるかもしれない。ま、これを誰かに話すとしても、全てが終わった時だけどな」
これを誰にもバレずにやる為には、このことを暗黙の了解にして、これ以上話さないことが最も安全だ。
「ま、まあ、そういうことなら大丈夫なんじゃないか。確証は全くないけど」
「じゃあ、話はこれでおしまいだ。皆、このことは今後一切他言無用でな。バレたら面倒だ。そういう訳で、亀山はトラックをお願いします。」
「あいよー」
適当な返事が返ってきたので、次の話をする。
「今後の予定としては、昼食は適当に摂ってくれ。金は使いすぎるなよ。買い物終了の目安は14時ぐらいにしてくれ。それまでに必要な物は揃えるぞ。解散!」
俺達は互いに別行動をとり、それぞれの目的の物を入手しに行く。
俺は手にしていたスマホを一目見て、ポケットに仕舞った。
白と黒…か……。
俺は白が好きだ。全てを真っ白に忘れて、別の色に塗り替えられるからだ。
俺は黒が嫌いだ。全てを真っ黒に染め上げ、俺を苦悩と後悔の現実に叩き落とすからだ。
俺はあの日から黒が嫌いになった。
今回の話。結局何がしたかったのか分からない私がいます。グダグダですね。
次回は、デパート後編です。なるべく早く投稿できるよう頑張ります。これからもよろしくお願いします。
注:奏馬は目が悪いです。家ではメガネ、外ではコンタクトをしてます。
亀山は一言だけでも台詞貰えたからいいよね?