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奏でる季節  作者: Lie
6/9

5話 どうやら春香ちゃんはマッドサイエンティストらしい

最近独学で絵の勉強をしてます 。何時か自分の作品に挿絵を入れられると良いなぁ。

誰か感想やダメ出ししてくれる方いらっしゃいませんか?皆さんがどういう思いで読んでくださってるのか気になります。私自身ももっと上手く書けるようになりたいので、宜しくお願いします。


注:やっと一応のヒロイン全員登場。でもまだ物語が始まってないのが現状です。一日も終わってないしね。一万文字以上です。

 前回のあらすじ


 春香ちゃん何処ーーーーーっ!!




小母おばさん、いきなり押しかけて済みませんでした。あとリビング貸してくれて有り難う御座います。お蔭で彼女の手当てもちゃんとできました」


「ありがとうございます。小母さんっ!」


 俺達は卯のお母さんに礼を言って家を出る。あの後俺と春ちゃんはどうなったかと言うと、———怪我の手当てをしながらたわいない話をしていた。本当はまともに話す気も気力もなかったが、春ちゃんがさっきのことなんてなかったかのように普段通りに話し掛けてくるものだから、俺もそれに反応を返すことしかできなかった。しかし、そのお蔭か怪我の処置が終わった頃には俺も普通に話せるようになっていた。彼女が何を思って話し掛けてくれてたのかは知らないが感謝しなければ。


「さて、入学式には間に合わないけど、怪我の手当ても終わったし、春香ちゃんを捜そうか。——と言いたいところなんだけど、……探知機のバッテリー切れてるんだよね」


 卯の家の前で立ち止まる俺は苦笑いをしながら途方に暮れていた。探知機が動かないということは発信機としても受信機としても機能しないということだ。つまり俺達は春香ちゃんの居場所が分からないし、彼女も俺達の居場所が分からない、ということ。刀折れ矢尽きるとは正にこのことだ。


「そうなの? 充電器ないから充電は無理だね。……でも、大丈夫だよきっとー。春香ちゃんが見つけてくれるよー」


 春ちゃんがお姫さま抱っこされたままとても気の抜けた声でそう言うが、もっと焦るべきではないのだろうか。因みに何故お姫さま抱っこのままかというと、彼女が足首に負った怪我は軽度のものであったが捻挫だったからだ。テーピングで固定したとはいえ無理に動かすのは悪影響だ。しかも負傷部分に血が溜まらないように右足を心臓よりも高く上げているという奇妙な格好だ。


「そんなのん気な…。第一どうやって春香ちゃんが俺達を見つけられるだ……」


「今の探知機は簡単に言うとスリープ状態なんだよ。完全にバッテリーが切れた訳じゃないの。受信機としての機能は動かないけど、発信機としての機能は動いてるから大丈夫っ!!」


 意外な機能だ。要するに携帯電話のバッテリーが切れそうになったら充電メッセージを出して電源が落ちるようなものか。


「でもそれって、春香ちゃんの方も同じ状態になったらどうしようもなくないか?」


「え……?」


 春香ちゃんが素っ頓狂な声を上げる。まさかこの可能性を考えてなかったのか?


「これにどれ程の充電量があるかは知らないけど、春ちゃんのがバッテリー切れたんだから、春香ちゃんの方もこうなっていておかしくないんじゃない?」


「うーん…、きっと大丈夫だよ。これ作ったの春香ちゃんだし、きっとバッテリー切れてもなんとかして復旧させるよ」


 彼女は笑いながらも自信なさ気にそう言う。


「……ねぇ、聞き忘れてたことが幾つかあるんだけどいいかな」


「いいけど。……今聞かなきゃいけないこと?」


「ああ、特にその中の一つは絶対に今聞いておかないといけない」


「?」


「と言っても、質問は二つだけなんだけどね。じゃあ、まず一つ目、……春ちゃんと春香ちゃんってどっちが姉でどっちが妹なの?双子だから大差ないけどどうしても気になってね」


「そんなことー? …えへへ、不思議なことに私がお姉ちゃんなんだよ!春香ちゃんの方が全然しっかりしてるのにね。ホント不思議っ」


 春ちゃんはちょっと気恥ずかしそうにそう言う。


「そっか。やっぱりね」


「え、何でやっぱりなの? 私全然お姉ちゃんっぽくないよ?」


「そんなことないよ。春香ちゃんがどんな娘か知らないけど、君のことはこの短時間でも良く分かったよ。どこか抜けてて、楽天家ように見えるけどその実君は人間の深い本質を見ていて、必要な時には親身になって話し掛けてくれる。さっきみたいにね」


「……本当にそうなのかな。私は本当に人間を見れてるのかな?」


 春ちゃんが暗い顔をしながら何かを呟いていたが小さすぎて聞こえなかった。


「どうした? やっぱり何処か具合が悪いのか?」


「ううん、大丈夫っ、何でもないから気にしないで」


「? ならいいけど」


 妙に焦ってるな。本当は具合が悪いかもしれないから注意しておこう。


「で、二つ目の質問なんだけど、……二人って何処かに出かける時に行くだけで何時間くらい時間掛けてる?」


「え、何でそんなこと聞くの?」


「とっっても重要で絶っっ対に今聞いておかないといけないことだからだ」


「ふぅーーん。…ま、いっか。えっとねー、…大体八時間くらいっ♪」


 春香ちゃんは相変わらずの笑顔でそう言う。


「……そうか、…敢えて距離は聞かないから言わないでくれ。頼む」


「?」


 予想通り彼女達は方向音痴らしい。これじゃもし春香ちゃんが探知機を復旧できたとしてもあちら側がこっちを見つけられる可能性は塵程もない。何か連絡が取れたり、よく目立つ物はないのだろうか。—————あった…。何故最初に思いつかなかったのか不思議に思うくらい初歩的な連絡手段……。


「…春ちゃん、…ケータイで春香ちゃんに電話してくれないか」


 携帯電話は殆どの人が所持しているお手軽な通信機器である。友人との連絡の他、仕事であっても業務連絡として使われるのが普通になっている程普及している代物である。寧ろこれを持たずして今の世の中を生きていくことはほぼ不可能である。今のご時世、持ってない人の方が稀である。


「ケータイ? なにそれ?」


「……」


 どうやら稀な人が目の前にいたようだ……。しかも携帯電話の存在すら知らないらしい……。なのに現代科学から逸脱した機械を平然と扱っている。何時の時代の人ですか貴女は……。


「ケータイっていうのは、まぁ簡単に言うと持ち運び可能な電話だ。…ほらこれとか見たことない?」


 そう言いながら俺はお姫さま抱っこをしてる状態からポケットにあるスマホをなんとか取り出して彼女に渡す。


「これ、友達が持ってる奴だー。へぇ〜、これがケータイって言うんだー。……えい」


「……は?」


 バキッという音を立てながら俺のスマホは腹で真っ二つに割れていた。割ったのは勿論春ちゃんだが、余りの出来事に思考が止まる。


「……って春ちゃんっ!! 何やってるのっ! 俺の…俺のスマホがぁ……」


「ごめんなさいっ♪ でも初めてみた時からカードみたいに薄い板状だったからずっと割ってみたかったんだー。お兄ちゃんもカードを見てたらたまにあるでしょ? 折り曲げたくなる時が?」


「いや気持ちは分からなくもないけどそれを実行しちゃったら駄目でしょ。思い止まらなきゃ」


 春ちゃんは念願の夢が叶ったようなきらきらした笑顔でそう言う。

 本当は盛大に膝をついて落ち込みたいところだが、腕の中に春ちゃんがいるから不可能だ。俺はいったい何処にこの悲しみをぶつければいいのだろうか……。


「はぁー、買って一年くらい経ってるけど、保証利くかな? …それとも買い直しかな……。はぁ、今日は予想外の失費が多いなぁ……無駄遣いしたくないのに……はぁーーーー……」


 最早もはや溜め息しか出ない。今日だけで昼食代、治療道具代、あと多分スマホ代……。一人暮らしにはかなりの痛手だ。


「ごめんね。弁償するから気に病まないで欲しいな」


 春ちゃんは相変わらずの笑顔で反省の色が見えない。もうこんなことさせない為にきっちり叱っとかないと。


「弁償はしなくていい。こんな高価な物を弁償されても君の財布に好くないし、第一俺が使えない。……だけど、悪いことをしたのには変わりないから君には少々説教しなきゃいけない。甘んじて受けてね♪」


「で、できれば遠慮しておきたいのですが…駄目、ですか?」


 彼女は上目遣いで聞いてくるが、そんなものが今の俺に通じる訳がない。既にスイッチは入っている。


「駄目です♪」


 被害を受けたのは俺だからな。弁償はしなくていいが、少しばかり君を肴に悦の酒を飲ませて貰うとしよう。ふははははははっ、精々美しく舞い散るがいい。


「い、嫌っ! お兄ちゃん放してっ!!」


「どうして?」


「だって今のお兄ちゃん顔は笑ってるけど目が笑ってないもん。絶対何か企んでるもん」


「よくお分かりで。流石に良く見ていらっしゃる。しかし、今の君は俺の手中の中。言ったでしょう、『甘んじて受けてね♪』って。端から貴女に拒否権はありません」


「い、いい、イヤーーーーーーッッ!!」




「うう、……紙面過疎だし子リス無限だし、……あんな酷いことを平然とやるお兄ちゃんは狂人で凶人だし……」


 春ちゃんは説教という名の苛めを受けた後、両手で顔を隠しながらそう言う。


「酷い言われようだな。あれでも結構抑えたんだぜ。時間も十分くらいで終わらせたし。あと“四面楚歌”と“孤立無援”な。それにほぼ同意義だし使い方も多分間違ってるぞ、この場合」


「あれで手加減してたなら天性だよっ! あんな仕打ちを受けたのは初めてだよっ! それに私には悠久にも思えたよっ!!」


 彼女はばっと手を開いて眼に涙を溜めながら俺の方を見てわめく。


「楽しんでもらえたようで何よりだ。俺もちょっと物足りないが楽しませてもらったよ」


「お兄ちゃんを怒らせない方がいいかもしれない……もっと酷い目に遭いそう…いや絶対に遭う……」


 彼女がまた何かを呟いているがきっと自戒だろう。かなり印象強かったみたいだしな。気にせず大きく道が逸れてしまった元の話に戻るとしよう。


「そろそろ話を戻そう。さっきから話どころか場所も何一つ進んでないからな」


「そうだねっ♪ ———っ!? ……やっぱ捜すの止めた。移動もしなくていいや」


 春ちゃんは賛成したかと思うといきなりまったく逆のことを言い出す。


「いや、春ちゃん?どうしたのいきなり? 春香ちゃん捜さないと…」


「いいよー。私達は捜す手段を■■てない■、寧ろ捜■■たら見つ■■■いよ」


「それでも捜■■■と、■つけられ■■■ろ。………?」


 ……さっきから俺達の周りに騒音が轟いていて会話することも儘ならない。この音は一体何だ? 繊麗に精錬された音でありながら、その音は余りの錬度に逆に爆音を生んでいる。清楚で穏やかでありながら精一杯自己主張している。そんな不思議な音。


「■っ、は■■ちゃ■っ!!」


 春ちゃんが顔を上げて右手で空を指差しながら何かを言っている。俺もその指に誘われて差されている方へ振り向く。すると何かが紅い軌跡を描きながらこっちに突っ込んで来て、ドゴンッという音を残しながら地面に大穴を穿つ。

 ……何が起きてるのか理解できないが、一応何がやって来たのかだけは確認しておこう……。

 俺はじりじりと埃立つその穴へ歩み寄りながら目を凝らす。


「あたたたたーー。やっぱり速過ぎて上手く操作できないや。緩衝装置がなかったら危なかったよー」


 埃で好く見えないが何処かで聞いたことのある女性の声とその発生源であろう黒い影、それにくっつくように紅い発光体が二つあることだけは確認できる。


「春香ちゃんっ。やっと見つけたーーっ!!」


「はあ!?」


「春? じゃあ着地は失敗したけど場所は合ってたのね」


 ようやく舞っていた埃が去り始め、春香ちゃんと呼ばれたモノの姿が見えてくる。そこには髪型は違えど特徴的な桜色の髪、低い身長、顔の輪郭、正に春ちゃんと瓜二つの少女が立っていた。どうやら彼女が春香ちゃんらしい。……背中に翼みたいな物が付いてるけど………。


「春香ちゃん、その羽どうしたの? また新しいの作ったの?」


「ああこれね。コー○ギ○スってアニメに出て来るえなじーうぃんぐ?、っていう物を再現してみたんだけど、とにかく速くて、わたしじゃ制御できなかったよー」


 春香ちゃんは自分が作ったと言う機械を操りきれなかったことに少々残念がっていながらも笑いながらそう言う。

 春ちゃんよりかは話が通じそうだが、アニメに登場する機械を再現って……。探知機といいそれといい、マッドサイエンティストの気が感じられる娘だな。


「ところで春。その男の人誰? わたし達が通う筈の学校の二年生だよね。そして、何でお姫さま抱っこされてるの? 見るからに不自然よ」


 そう言いながら春香ちゃんは俺を指差す。


「ん? お兄ちゃんのこと?逸れた春香ちゃんを一緒に捜してくれるって言うから手伝ってもらったんだ。あとこれは私が怪我しちゃったから」


「お兄ちゃん? ……怪我?」


 春香ちゃんはそれを聞いて俺を睨む。どうやら色々と疑われてるようだ。何か言った方が良いかもしれない。


「御免。俺が彼女に怪我を負わした」


「お兄ちゃんっ! それはお兄ちゃんの所為じゃないって言ったでしょっ!!」


 春ちゃんが抑制しようとしてくるがこれだけは譲れない。


「でも怪我を負わせたのは事実だろ。君の言いたいことは分かるけど、例えどんな事情だろうとそれだけは変わらないし代えられない」


「もーーぅっ、お兄ちゃんの分からず屋っ!!」


 そう言って彼女は俺の腕の中でバタバタ暴れる。


「おい莫迦こら。怪我に響いて悪化したらどうする」


「いいもん別に」


「たく、分かった分かったから暴れないでくれっ!」


 仕方ない。彼女の身体に悪影響があるといけない。此処は穏便に済ませなければ。

 そう思った矢先、春香ちゃんが俺を睨んだまま俺達の方へ歩いてくる。そして、クレーターに足を躓かせ転けた。

 …転けた!? しかも顔面から…。


「あはははははっ!! 春香ちゃん、相変わらずドジだねっ」


 春ちゃんが爆笑してるが大丈夫なのか?勢い良く地面に突っ込んだけど…。

 俺は春香ちゃんの近くまで行って彼女の安否を確認しようと屈む。


「春香ちゃーん。だいじょう…ぶ……?」


 突然彼女が俺の肩を掴んで、倒れた上半身を持ち上げる。そして、グロッキーとも瀕死とも表現できような顔で睨みつけてくる。正直ちょっと怖い。


「…貴方が春に…怪我を負わしたっ…て、本当ですか?」


 かすれ掠れな声で言いながらまさかの敬語。この状態で俺を先輩と認識して敬意を払うなんて……。その所為で今までの態度や目、表情、声、作り上げた雰囲気全てが打ち壊しだ。どうしよう、全然怖くない。


「ああ、その通りだ」


 だから俺は普通に答える。


「…春を傷付けた貴方を…絶対に……許しま…せん……」


 定番な捨て台詞を言いながらもやはり敬語。そしてノックダウン。捨て台詞の筈なのに全くそう感じない……。


「ねぇ春ちゃん。これが本当に君がしっかりしてると評価した君の妹“春香ちゃん”?」


 俺はジト目で彼女に質問する。


「う〜ん。そうだけど……ちょっと違うかも…」


 彼女も崩れた笑顔でそう言う。

 駄目じゃん君の妹。やっぱ春ちゃんがお姉ちゃんだわ……。


「さて、春ちゃん。降りて歩いてもらいたいんだけど大丈夫かな? 本当は好くないけど、流石に人二人を抱えることはできそうにないから」


「そっか、そうだね。多分大丈夫だよっ。歩くことぐらいはできそう」


「そうか、良かった。じゃあこれから学園へ向かうけど、しっかり俺についてきてね。決して逸れるようなことはしないでね♪」


 俺は春ちゃんを作り笑顔で脅す。もしそんなことしたらまた地獄を見せてやると。


「う、うん。気を付ける……」


 彼女は顔を逸らして返事をする。

 どうやら察してくれたらしい。何よりだ。本当はもっと苛めてやりたいが、ただでさえ大幅なタイムロス、これ以上時間を無駄にしたくない。…それに彼女達が何処かに行ってしまったらそれこそ一日中捜す破目になりそうだ。

 俺は春ちゃんを降ろして、代わりに春香ちゃんをお姫さま抱っこする。


「さ、なるべく足首に負担が掛からないようにゆっくり行こうか」


 そうして俺達は学園への往路を辿って行った。






「失礼します。先生この子達の怪我とか診てもらえませんか?」


 学園に着いた俺達は何より先に保健室へ向かった。本当は職員室に行った方がいいかもしれないが、何より彼女達の怪我が心配だった。痴女医の居る保健室なんて本当は行きたくなかったけど……。


「ん? どうした、こんな中途半端な時間に? その娘達、双子らしいけど、一年生だろ。まだ入学式の最中じゃなかったか?」


 楕円形の眼鏡をかけてコーヒーを飲んでいた先生は座っている椅子を回転させて此方に振り向く。

 この先生に会うのは今回が初めてだ。痴女医の通称が有名すぎてこの人の本名は知らない。


「街で迷子になってたんですよ。だから、学園まで連れて来たんですけど、その途中で怪我を負っちゃったんです。一応応急処置はしましたがやはり専門の人に診てもらった方が良いと思ったので」


「此処まで連れて来たって訳か…。あのなあ幾ら私が専門でも学校医にできる程度は決まってるんだぞ」


「それでも専門じゃないと解らないことはあるでしょう?」


 痴女医と呼ばれてるぐらいだから話の通じない先生ひとだと思ってたが、案外話せるみたいだ。今の所ちゃんと先生っぽいこと言ってるし。でも油断禁物だな。何時襲ってくるか分かったもんじゃない。


「まあそうだな。診てやるから症状言え」


「この娘は顔面から盛大に転けました。この娘は左肩と右足首を捻ってます」


 そう言いながら俺は春香ちゃんから順に視線を向ける。


「分かった。とりあえず気絶してる娘はベットに寝かせな。捻ってる娘は此処に座ってろ。先ずは気絶してる娘を診る」


「はい」


 俺は春香ちゃんをベットへ運び、春ちゃんは先生に指示された椅子へ座る。先生は診察器具を持ってベットに遣って来て診察を開始する。


「頭打ったんなら脳震盪とかの可能性があるな。当たり所が悪ければ障害になるな」


「そうですか。何とかなりませんよね?」


「ああ、こればっかりは祈るしかないな。でもこの様子なら暫く寝かせて目を覚ませば、目眩めまいや頭痛はあるだろうが大事にはならないだろう。次は捻った娘だ」


 そう言って先生はベットから離れて春ちゃんの方へ向かう。


「……」


 今までの過程を見ていてもちゃんとした保健医にしか見えない。これが本当に痴女医と呼ばれている人が執る行動なのだろうか。


「おい、何時まで居るつもりだ。女の子が肌を晒すんだ。幾らなんでも男の子が居るのは不味いだろ」


「痴女医と呼ばれてる貴女の所に怪我してる女の子を置いていける訳ないじゃないですか」


「これでも仕事熱心なんだ。サボりに来た奴は問答無用で食ってやるが、怪我してる奴にはちゃんとした処置をするよ。それくらいの分別ふんべつはしてる」


 確認も兼ねて挑発してみるが、あくまで冷静。視線を此方に向けることもせず先生は春ちゃんを診ている。しかし否定しないところを見るとやはり痴女医という通称も嘘ではないらしい。


「道理をわきまえてるなら生徒に手を出さないで下さいよ。あと場所も弁えてください。此処学校ですよ」


「はいはい、分かったから善い子はとっとと退場しな。邪魔だ」


「なっ…」


「大丈夫だ。安心しろ。王子さまが丁重に連れて来たお姫さま達だ。野暮なことはしないよ」


 俺に向けるその眼差しは正に先生そのものであった。まだまだ安心できないが任せるしかないだろう。


「……分かりました。二人のこと宜しくお願いします。春ちゃん、この先生はどうやら怪我人に対しては“真面目なただの先生”で、手出しとか“一切しない良い先生”みたいだからちゃんと言うこと聞いてね」


 俺は春ちゃんに言っておきながらも視線は先生に向けてそう言う。

 この釘がどれ程の効果を発揮するかは分からないが釘は刺した。もしそれを承知で彼女達に何かしやがったら、有無も言わさず人間として機能しないようにしてやるからな。


「…お前、結構辛辣だな……私が此処まで言っても一切信用してないな」


「当然です。良い評判は聞きませんからね。それでは」


 俺は保健室を出て廊下を早足で急ぐ。

 現在時刻は二時四十四分。バイト始められるのは三時過ぎかな……。


「…はくしょんっ」


 ……うう、悪寒がする。風邪かなぁ……。



     †



「はぁー。怖かった。眼が全てを語ってたな。あれには逆らわん方が利口だな」


 お兄ちゃんが保健室から去った後、先生が最初に発した言葉はそれだった。


「……君、あの坊やの友達?」


「ん〜、そうだけど、やっぱり違うのかな…」


 私が友達と思っていてもお兄ちゃんは多分……。

 応急処置した時の風景がフラッシュバックする。

 あの時のお兄ちゃんが多分本当の彼。何て表現したら良いのか分からない。……とても歪な人。でもその中にちゃんと核があって、それが色んなモノが詰まって歪になった彼の全てを一纏(ひとまと)めにして不安定を安定に纏め上げている。そんな彼は利己の皮を被った利他的な人。通常は利己的なのに時としてその皮を破り捨て利他的になるのだ。利己は普通レベルなのに利他は破綻レベル。自分のことはゴミ同然に捨てる。


「何だそれは? …まあいっか。一応診るから患部見せろ」


「はい」


 私は衣服を脱いでお兄ちゃんが手当てしてくれた場所を見せる。

 多分彼は私が事故に遭った時、もし間に合わなかったら、彼は身を乗り出して身代わりになるようにして私を助けただろう。……迷惑な人だ。もしそれで彼が死んでしまったら私は彼に対してどうすることもできないのだから……。利他的なくせに他人の気持ちを考えない。そうでありながら自分の命は普通に捨てる。……本当に、迷惑な人だ。


「っ!?」


 手当てした場所を見た先生は突然驚きの表情をする。


「どうしたんですか?」


「———この傷の手当てをしたのはあの坊やか?」


「はい。そうですけど。…それがどうかしたんですか?」


「いや、見惚れただけだ。怪我に対しても適切な処置が施されている。それにとても綺麗に仕上がっている。本当に王子さまみたいな坊やだな。さぞ君のことを大切に想いながら手当てしたんだろう」


 一方的に大切にされても嬉しくない。彼は決して他人からのお礼を受け取らない。今日みたいに彼を責めるように言わなければ彼は受け取ることができない。それは彼にとって自己犠牲が日常で普通だから。見返りなんて求めてないから。


「これは私が手を加える必要はないな。多分私より処置上手いし。暫く安静にしてな。それでも痛みとかあったらちゃんとした病院に行くんだな」


「分かりました。そうします」


「う、うぅ〜〜ん」


 カーテン越しのベットの方から呻き声が保健室に鳴り響く。

 春香ちゃん、気が付いたのかな?


「ようやく起きたか。とっとと診てコーヒー飲みながら悠々と過ごすと

するか」


「春香ちゃんっ、起きたんだねっ!! 調子どう?」


「…春? …ここどこ? 何でわたしベットに…」


 カーテンを開けると彼女は上半身を起こして頭を抑えていた。


「学校の保健室だ。そして私が保健医。どうだ、どこか違和感とかないか? 目が見えないとか、身体が動かないとか」


 先生が私の次に入ってきて、色々と質問する。


「そういうのはありませんが、ちょっと頭痛がしますね」


「そうか。起きてすぐそれくらい話せるんだったら、問題もなさそうだな。暫くベット使ってて良いからもう少し休んだら勝手に出て行きな」


 そう言って先生はベットの空間から出て行った。


 …………。


「春香ちゃーんっ! 無事で良かったよーっ!!」


 安堵した私は思わず彼女に抱きつく。


「ちょっと春っ!? ……もう…大丈夫だから安心して」


 そう言いながら彼女は私の頭を撫でる。


「…ところで、誰がわたしをここまで運んでくれたの? 春には無理だよね」


「ん? お兄ちゃんだよっ!!」


「…お兄ちゃんって……あの春に怪我を負わせた人っ!!」


「えっ!? 違うよ。あれは——」


「春っ!! あの人この学園の生徒だったよねっ! 名前なんて言うのっ?」


 駄目だ…命の恩人って言いたいけど、今の春香ちゃん聞きそうにないや。


「…名前……?」


「そう名前っ!!」


「名前…そういえば聞いてないやっ♪」


 …………。


「あんたねぇーっ!! 名前も知らない人と一緒に行動するなんて馬鹿じゃないのっ!!」


 春香ちゃんはいきなり私に怒鳴りつけてくる。何でそんなに起こってるの?


「お兄ちゃんはお兄ちゃんだし。お兄ちゃんは私が大好きで大嫌いな人だよ? だから大丈夫」


「? ……ごめん春……何言ってるの?」


 私の回答に不満があったのか、春香ちゃんは崩れた表情をする。だからもう一回笑顔で言ってみようっ!


「だーかーらー、お兄ちゃんは私が大好きで大嫌いな人っ!!だから大丈夫っ!!」


「いや…その意味がよく分からないんだって…」


 それでもやっぱり春香ちゃんには通じなかったらしい。もう放っておこう。


「兎に角、春香ちゃんもお兄ちゃんに運んで貰ったんだからお礼言わなきゃねっ♪」


「駄目だこの春……何を言っても聞かない春だ……」


 春香ちゃんはがっくりしながらそう言っていた。

 私の回答に不備はない。お兄ちゃんのありとあらゆる行動が大好きで大嫌いで、そして何よりいとおしいと思う。






書いてる途中、”小リス無限”の状態を想像して萌えてました。

これからもアブナイ路線を平常運転でやっていこうと思っているので安心して読んで下さい。

痴女医、名前も付けてあげてませんが書いてて悪い気分はしなかったです。結構好きなキャラかもしれません。今後登場するかも謎です。保健室に行くようなシナリオあるかなぁ・・・・


あとTwitter始めました。活動報告や作品の小ネタ等を書いてこうかと思ってます。ユーザー名は@Lie_narouです。

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