4話 どうやら俺は迷子に会ったらしい
キャラの独り歩きって怖いですね。
注:まだまだ序盤なのに何故か重い話になってしまいました。こんな話になる予定はなかったのに・・・・orz
今回も九千文字と分量が多いので頑張って読んで下さい。
前回のあらすじ
学園と街の案内をしてたら、バイトに遅れそうです。
俺のバイト先は夕染め通りを抜けて少し行った所にある駅前の喫茶店だ。
走って七分、着替えと準備で五分。ギリギリだな……。
「これから暫くはあの二人と一緒にいることが多くなりそうだな。はぁー、気疲れしそう……」
そういえば秋葉さんもいたな。彼女と一緒に居ると不思議と落ち着く。まるで昔から慣れ親しんでいたかのような感覚だった。
「不思議だな、赤の他人にこんな感想を持つなんて……ん?」
俺は走っている最中にふと目に入った女の子に意識を持っていかれる。その子は目に涙を溜めながらおどおどしていた。
迷子か? いやあの制服、…劫刹の生徒か。緑色のリボン、ということは一年生か。もうすぐ入学式が始まる筈なのに何してんだろ? ……はぁー、時間がないのにどうして気付いてしまったんだろう。……泣いてる子なんて見つけちゃったらほっとけないじゃないか。……それにしても小っちゃいなー。卯より少し大きいぐらいか? まぁ一般と比べたら小さいことに変わりはないか。
「君、どうしたの? 劫刹の一年生だよね。もうすぐ入学式始まるよ」
俺はその子に歩み寄って話しかける。すると女の子はビクッとして俺に振り返る。…何処かで見たことのある光景だ。
「あ、あの…は、は、春香ちゃんと別れちゃったーーーーーっ!! うわわぁぁぁーーーーーーっ!!!」
突如女の子が泣き喚き俺に抱きついてくる。
なっ、何だいきなりっ!! そんなに騒いだら周囲から注目を…。
俺は周囲を見回したが既に時遅し、外野はざわつき視線はこちらに向いていた。
「何、あの子、女の子泣かしてるわよ」
「いやだわ。今時の子はそんなことするのね」
「確かあの子…識君じゃなかったかしら?ほらこの近くにあるでっかいお屋敷住んでる……」
主婦達がこっちを見ながら囁く。どうやら俺のことを知ってる人までいるらしい。
兎に角此処を離れなければ有らぬ濡れ衣を着せられてしまう。
俺は直ぐさま女の子を抱え上げて近くの公園まで連れてベンチに座らす。
「……で、誰と別れちゃったんだ? 一緒に探してあげるから名前と特徴を教えて」
「うっ、うう、……春香ちゃん…ヒックッ…双子……」
女の子が泣きながらそう答える。
「そうか。君の双子で春香ちゃんって言うんだね。じゃあ君と似た顔をしてるんだね。君の名前は?」
「春……」
「春ちゃんだね。じゃあ春ちゃん、一緒に春香ちゃんを捜そう」
そう言って俺は春ちゃんの頭を撫でる。
「あっ、……うんっ! お兄ちゃんっ!!」
「……お兄ちゃん……?」
春ちゃんは何故か急にニコニコしながらそう言う。
ま、いっか。泣き止んでくれたならお兄ちゃんでも何でも。俺もそういう風に呼ばれたことないから何か新鮮だな。
「じゃ、捜そうか。何時逸れちゃったの?」
「学校行こうと思って地図見て七転び八つ裂きしながら四方発砲してたらっ!」
春ちゃんは泣いてたさっきとは一転して物凄く元気に話してくる。
どうやら情緒の起伏が激しい娘のようだ
「逸れちゃった訳か。…あと“七転び八起き”と“四方八方”な。そのままだとかなり無残な光景しか浮ばないから」
俺は彼女の酷い間違えを修正しながら逸れた訳を予想する。
「春ちゃん。春香ちゃんの好きな物って何? もしかしたらそれに釣られちゃったのかもしれない」
俺の予想はこうだ。見たところ春ちゃんは天然だ。四字熟語をあんな風に間違えてんだからそうに違いない。だとすると双子の春香ちゃんは二卵性でない限り同じような性格をしていてもおかしくない。だから春香ちゃんも天然である可能性は多いにある。
「んーっと……掃除用具?」
「oh……」
好きな物と聞かれてその答えが“掃除用具”とはなんと斬新な……。しかも掃除用具は何処にでもあるから場所を特定するのは難しい…。
「じゃあ、好きな場所や風景は?」
「…研究室?」
「…………」
表現にできない不思議な感想だ。強いて言うなら“春香ちゃんは何者ですか?”。……いや、これも違うな。兎に角何て言ったら良いのか分からない、とても表現に困る複雑な感想だ……いやホント……
「そんな詮索しなくても居場所は分かってるよー」
「……は?」
彼女はまた変なことを言う。逸れて居場所が分からないから泣いてたんじゃないのか?
「じゃあ何処に居るの?」
「分かんないっ♪」
彼女はこれまた意味不明なことを言いながらにぱにぱと無邪気に笑う。
「でも、ほらっ! 居場所なら分かる!」
そう言いながら春ちゃんは自分の髪に付けてあるダブルピンを取り外してそれを直角に開き、先っぽを伸ばす。そして関節部を押すといきなり薄緑色にのディスプレイが現れ、画面の至るところに線が引かれていく。その中で赤と青の二点が強調するように点滅していた。
「何だそれっ!? …物的透過してるし空間に投影されてるのか?」
俺はそのディスプレイに触れようと手を伸ばすが全て通り抜けてしまった。現代科学はここまで進歩していたのか……。
「発信機兼受信機だよ♪ 春香ちゃん特製っ、通称“櫻探知機”っ!それでねっ、この青い点が私で、赤い点が春香ちゃんっ!!」
春ちゃんはディスプレイに浮ぶ点を指差しながら少し自慢げに言う。
どうやらこの画面に映し出されてるのは地図らしい。ということは画面の至る所にある線は道路か……春香ちゃんとは余り離れてないな。この分なら入学式には何とか間に合いそうだ。
「じゃあ春ちゃん、この地図を見ながら春香ちゃんを追おうっ!」
「うんっ!!」
「……あっ、ちょっと待ってね」
俺は一つ忘れてたことを思い出しスマホを取り出し電話する。
『—————はい。シキちゃん、どうかしましたか?』
「若、済みません。迷子を見つけたので目的地まで送りたいと思います」
穏やかでゆったりした口調で話す電話の相手はバイト先の店長。皆から“若”と呼ばれているが、女性だし既婚者だ。まぁ店長だから偉いと言えば偉いが、本人がまったく偉そうな態度も雰囲気もしてないので、時々店長だということを忘れてしまうことが多々ある。これは店長を含めた皆の共通認識なので特に問題はない。……訳はない。
『では、今日は遅れるのですね。新学期早々大変ですね』
店長は理解ある人だ。人柄をよく捉えて理解してくれる。だから皆気兼ねなく彼女に相談や頼みごとなどができる。そういう点ではやっぱり店長なのかもしれない。
「そうなんですよ。転入生二人の世話係にもなっちゃってホント大変なんですよ」
『あらあら、そうなんですか。面白そうなのであとでその話聞かせてくださいね』
「分かりました。余り時間は掛からないと思うので終わったらすぐ行きます」
『はい。頑張ってくださいね………』
そう言って電話が切れる。迷惑掛けちゃうし早く済ませないと。
「御免ね。お待たせ。春香ちゃん捜しに行こうか」
俺は春ちゃんの方を向くと、何故か彼女は浮かない顔をしていた
「……お兄ちゃん…私迷惑だった……?」
「ん? どうして?」
「だって……だってお兄ちゃん…用事あったんでしょっ!!」
どうやら彼女は自分の所為で俺に迷惑を掛けたと思っているようだ。彼女に関わったのは俺の方なのに。
「迷惑なんて思ってないよ。第一根本から間違ってる。俺が君に迷惑を掛けてんだよ」
俺は彼女の頭を撫でながらそう言う。
「え?」
「これは俺のエゴだからね。俺が君を助けたいんだ。だから春香ちゃんは迷惑を掛けられることはあっても、迷惑を掛けてることなんて一つもないんだよ。ね、だから春ちゃんがそう思う必要はまったくないよ。それに春ちゃんは笑ってる方が可愛いからね、そんな沈んだ顔しちゃ駄目だよ」
「え? えぇっ!!」
何故か春ちゃんは顔を紅くしながら慌てふためく。
本心を言ったつもりなんだけど何か変なこと言ったか? …まぁいっか。卯もたまにこうなるし。あいつ曰く、放っておいて欲しいんだったかな。春ちゃんにも同じようにすれば良いかな?
「それじゃ。地図見ながら春香ちゃんを見つけようか」
「ううう、うん……ちち、地図はわた、私が見るね……」
落ち着きなく話す春ちゃんは紅い顔を俯かせて、地図を見ながらてくてく歩いていくので、俺はそれに付いて行く。
妙に足早だな。やっぱり春香ちゃんに早く会いたいのかな。姉妹だもんな、逸れたらそりゃぁ心配するよな。……そう言えば、春ちゃん達って双子なんだよな。どっちがお姉さんなんだろう。
「ねえ、春ちゃん。春ちゃんと、ってえ?」
質問しようと春ちゃんに声を掛けたが、その声にビクッと反応した瞬間、彼女は俺から離れるように更に足を速める。
「ちょっと!? 春ちゃんっ!!」
いきなりの事態に思わず声が裏返りながらも春ちゃんの後を追う。
意外と早いっ!? 競歩なんてレベルじゃないぞ。
俺も春ちゃん同様歩きながらペースを上げる。
「春ちゃんっ、幾ら急いでてもそこまで急ピッチにならなくても良いんじゃない? 余り急ぎ過ぎると事故起こすよ?」
俯いたままだった春ちゃんが横からの声にハッと一瞬紅いままの顔を向けてまた俯き今度は走り出す。
「……」
こりゃぁ避けられてるな、俺……。何か彼女の気を害すことしたかな? やっぱり少し放っておいた方が良いかな。
走って逃げる彼女に俺は四、五メートル距離を空けて無言で後を付いて行く。
「……」
「……」
「……」
「……っ!? 春ちゃんっっ!!!」
猛スピードで走っていた彼女は、大通りの赤信号になっている横断歩道を駆け抜けようとしていた。そして今正にそこに大型トラックが迫っている。
それでも彼女は止まらない。
彼女は信号にもトラックにも気付いてない。
トラックの運転手も見えてない。
このままじゃ轢かれるっ!!
俺は鞄を投げ捨て、全力で疾走する。
何処でも良いっ! 彼女を掴むんだっ!!
もう嫌なんだっ!! 知り合った人と別れるのはっ!! 彼女みたいに居なくなるのはっ!!
クソッ!! 届けっ! 届け届けっ! 届けーーーーっっ!!!
真っ白になった視覚の中で伸ばした右手に細い何かが当たりそれを掴み、思いっ切り引っ張る。途端に正面から小さい何かが突っ込んでくる。それを守るように左腕で抱きしめるが、余りの勢いでバランスがとれず後ろに倒れる。
暫く経ってようやく視覚に彩が戻る。見えるのは雲一つない快晴とそれに混じるように入り込むピンク色の彼女の髪。そして胸に微かに掛かる息と体温と鼓動。
良かった……。
俺は思わず吐息を漏らす。
「春ちゃん、…幾ら急いでてもちゃんと周り見ないと駄目だよ。もし何か降りかかったらどうするの」
上半身を起き上がらせながら春ちゃんに優しい口調で叱る。
命の危機に瀕したんだ、強く言わなくても身に沁みてるだろう。
「? 春ちゃん…?」
「……………」
揺すっても軽く叩いても反応がない。どうやら彼女は気絶してしまったらしい。
ちょっと強く引っ張りすぎたかな?それに怖い目に遭ったんだし、無理矢理起こすのも悪いか。ぱっと見怪我もなさそうだしこのまま春香ちゃんを捜そう。時間が経てば彼女も勝手に起きてくれるだろ。
俺は二人分の鞄と櫻探知機を手に取り、鞄を肩に、探知機を春ちゃんの上に置いて彼女をお姫さま抱っこして持ち上げる。
やっぱり軽いな。卯と同じくらいだから当然か。……それにしても恥ずかしい。お姫さま抱っこなんて初めてだし、それに周囲の目が……いやいや気にしない。気にしたら負けだ。それにこれは仕方ないんだ。おんぶじゃ探知機見れないし、肩に担ぐと物を運んでるみたいで春ちゃんに失礼だ。肩を貸しても身長違いすぎて動き辛いし、動けても引き摺るのもどうかと思う。だからこれは仕方ないんだ。こうするしかなかったんだ。……俺、誰に言い訳してんだろ……。
俺は現在の状況に諦めを付け、溜め息を吐きながら探知機を見る。
「随分離れてるな。というか完全に逆方向に進んでるんだけど…、春ちゃん、ちゃんと地図見てたのかな?」
春香ちゃんの場所を示す赤い点は最初見た時よりもかなり遠い場所で点滅していた。
というか春香ちゃん何処行ってんだ? この位置、中央区の外れだよな。俺達の移動時間だけで行ける場所じゃないぞ。でも春ちゃんが探知機を発信機兼受信機って言ってたし、赤い点は動いてるから何か問題が起きてない限り春香ちゃんが持ってることは確実な筈なんだけどな。
そう俺達は中央区の中枢側に移動していたが、今春香ちゃんが居るのは此処と夕染め通りを結んだ延長線上にある中央区の外れ。つまり、春ちゃんは目的地とまったく逆の方向に向かっていたことになる。
地図があるのにこの有様か。もしかしたら彼女達って、方向音痴?
「でもこれを当てにするしか無いしな。春ちゃん、少し揺れるけど我慢してね」
気絶してる彼女に一応断りを入れて俺は赤い点を目指して走り出した。
……おかしい。赤い点が凄い速度で移動した。
十数分気絶した春ちゃんを抱えたまま赤い点を追っていたが、今やその点は春ちゃんが間違って向かっていた筈の中央区の中枢辺りに在る。ものの二、三分で赤い点はまるで空を飛ぶようにに全ての道を無視して中枢まで一直線に移動したのだ。
流石にこれは生身の人間の所業じゃないよなぁ。いや、他の生物でも此処までの動きはできないぞ。…そういえばこの探知機は春香ちゃんが作ったんだよな。こんなの現代科学を逸脱した物を作れるんだから、もしかしたら高速で移動できる機械とかも作れたりして……。
そんなことを思ってたら、いきなり探知機のディスプレイが消える。
「あれっ!? どうしたんだっ! ……もしかして故障か?」
そういえば事故の時これ結構吹っ飛んでたんだよな。見るからに精密機械だし、その衝撃で壊れちゃったかな。
「どうしよう。これじゃ捜せないし、弁償とかになったらいったい幾ら払うんだ。貯金はしてるけど何百万とかしたら払えないぞ。」
「…んん、うにゃぁ…お兄ちゃんどうしたの?」
少々困惑の最中に春ちゃんが目を覚ましたのでとりあえず相談する。
「春ちゃん、おはよう。起きたんだね。大丈夫?どこか痛い所ない?」
「ふぁ…だいじょーぶだよー」
彼女は欠伸しながら力ない声でそう答える。どうやらまだ彼女の頭がちゃんと働いてないようだ。
「あと御免よ。どうやら探知機、壊れちゃったみたいなんだ」
「それもだいじょーぶ。それぞうさんにふまれてもそれこわれないからー」
まさかそこまでの強度が有るとは。じゃぁもしかしてディスプレイが消えた理由って……。
「ばってりーがきれただけだよぉー」
はぁー、良かった。弁償になったらどうしようかと……いや、良くないっ!
「どうしよう。これじゃ春香ちゃん捜せないし、向こうもこっちの場所が特定できない……」
「……あっ、ええっ!! お兄ちゃんっ!? 何で私抱っこされてるのっ!? しかもお姫さま抱っこ!? 何がいったいどうなってるのっ!?」
どうやら覚醒したみたいだけど、現在の状況が理解できてないみたいだ。どうしよう本当のこと教えようかな…。
「御免よ。春ちゃんが余りに可愛かったから、追いかけてちょっと君に乱暴しちゃった」
ちょっと苛めることにした。真実を言いながらも重要な所をだけ抜いて話そう。春ちゃんは可愛いし、彼女を止めるために追いかけて無理矢理引っ張ったのも事実だし、間違ってないよな?
「…え、ええっ!?」
案の定それを聞いた彼女の顔は真っ赤というか緋色に染まる。きっと彼女は真実とは程遠い想像でもしているのだろう。
「君には激しかったらしくて、ショックで記憶の欠如と気絶しちゃったみたいだね。仕方ないから俺が君をお姫さま抱っこして春香ちゃんを追ってる訳」
「ゴメンなさいっ、お兄ちゃんっ!! 私もう一人で捜せるから下ろしてっ!!」
春香ちゃんが腕の中でバタバタと暴れる。
少しやり過ぎたか…こんな風に言われたらやっぱり誤解するよな。
「つっ!?」
突如春ちゃんの顔が苦痛に歪み、右手で左肩を押さえる。
「! やっぱり怪我してたのかっ!! 御免っ!! 俺があんな思いっ切り引っ張ったからっ!!」
俺はまた走り出していた。目的は当然春ちゃんの治療。時間の置き過ぎは怪我を悪化させる。成る丈早く処置をしないといけない。
「……お兄ちゃん?」
「喋るなっ!! あと身体も余り動かすなっ!」
俺は近くまで来ていた当初の公園まで戻り、ベンチに彼女を座らせ関節部分を軽く押したり動かしたりする。
「痛い所があったらはっきり言え」
「う、うん」
………。
どうやら怪我をしたのは左肩と右足首のようだ。
「今から治療道具買ってくるから此処で大人しくしてろ」
「…うん」
俺は夕染め通りの薬局から氷、規格袋、湿布、鋏、テーピング用テープを買って公園に戻る。
「じゃあ応急処置を始めるぞ」
「……え? 此処でするの?」
「………確かに」
治療のことばかり考えてて場所を一切考えてなかった。足首はできても肩は春ちゃんの肌を晒さないとできない。じゃあどうするか。二人っきりになれる場所———ホテル? トイレ? 木の陰? いや、ホテルを取れる程今金は持ってないし、トイレの個室は狭すぎるし春ちゃんが嫌がるだろうし、木の陰でも誰かに見つかる可能性がある。………あっ!
俺はいい場所を思いつきすぐさま電話する。
「あっ、卯のお母さんですか? 識です。はい、急なお願いなんですが、今から其方に伺ってもよろしいですか。実は怪我人がいてその治療をしたいんです。はいっ、有難う御座います!!」
了承が取れたので早速卯の家に行くとしよう。
「春ちゃん、もう少し我慢してね」
俺は再び彼女をお姫さま抱っこして目的地へ向かう。本来なら自分の屋敷でやれば良いのだが、此処からだと卯の家の方が近いし、俺がこっちに転入してからよくお邪魔してたから最早勝手知ったる他人の家状態で気遣う必要も余りないから構わないだろうと判断したからだ。
卯の家の近くにやって来ると玄関前に卯のお母さんが待っていてリビングまっで通してくれた。その間に水道を使う承諾も得る。
「春ちゃん、…恥ずかしいかも知れないけど我慢してね」
「う、うん……」
俺は春ちゃんをソファーに座らせ処置の準備する。
やっぱりかなり緊張してるようだ。会って一時間も経ってないのに肌を晒す破目になってんだもんな。こういう時はどうしたら良いんだろう。場を和ませる? 真面目な話をする?
「……御免ね春ちゃん。この怪我は全部俺の所為だ。あの時は一杯一杯で手加減できなかった。……もっと優しくできたら良かったのに……」
始めに足首のテーピングとアイシングの処置をしながら出てきた言葉は謝罪と言い訳と自戒。何も考えず自然と口から出てきたのがそれだった。
「………」
「………」
「……お兄ちゃん、……私が覚えてない時に何が遭ったのか話して」
静寂の中それを裂いた春ちゃんの声は何時もの明るい口調ではなく、一切の冗談を認めない真剣な声だった。
彼女は気付いている。この怪我が故意に付けられたモノではないことに。何処で気付いたのだろう? 兎も角、真実を求める彼女の顔と声に逆らえる程の力は今の俺にはない。
「——事故が起きかけた」
「……」
「君が凄いスピードで走っている中、横から大型トラックが君に向かっていた。君はそれに気が付かず走り続けるのを、俺が君の左腕を無理矢理引っ張って止めた。だから君は怪我をした。……全部、俺の所為だ」
「……何で、それが貴方の所為になるの?」
「…え……?」
予想外の言葉に思わず作業が止まり、彼女を見上げる。
「貴方は事故に遭いそうだった私を助けてくれただけ……良いことしたのに何で自分を責めてるの? 何で自分が悪者のようにしか言えないの?」
彼女が何故そんなことを質問するのかが分からない。
彼女が何故そんな悲しい顔をするのかが分からない。
自分が何故彼女に責められてないのかが分からない。
「だって君がこんな怪我をしたのは俺が無理矢理君の——」
「無理矢理引っ張ってくれなかったら間に合わなかったっ!! 私っ、貴方の話聞いて少し思い出したのっ! 引っ張られた直後に目の前に壁ができたの!! ……貴方が助けてくれなかったら私死んでた。この怪我は死ぬ筈だった私が生きる為に払った犠牲。そして私が今生きてる証。貴方が一生懸命になってくれたお蔭で私は今死なずに五体満足で生きているんだよっ!! それなのに貴方はこの怪我を自分の所為だと否定するっ!! それは私が今生きてるのを否定するのと変わらないよっ!!」
彼女は泣いていた。自分の為じゃない誰かの為に。それが誰かは俺には分かるが解らない。
「違うっ!! 俺はもっと上手く君を助けられなっかたのかと…」
俺は言い訳をしながら彼女の泣き顔を見ることしかできなかった。それ以外の術を持たなかった。
「上手くなくていい。こう言えば分かる? 私は貴方の“所為”で助かった。貴方はただ必死になって手に入れた最善の結果を素直に喜べば良いんだよ。……お兄ちゃん気付いてる? 私の左腕にお兄ちゃんの手の痕が今でもくっきり残ってるのを……。助けようとした私を怪我させるくらい一生懸命助けてようとしてくれたことを……」
「——あ…」
彼女が言ってることは今の俺には理解ができない。ただ彼女が制服の袖を捲くって見せるその腕に残る真っ赤な痕だけがあの時俺がどれだけ必死だったかを物語っている。
ただ——
「私、言い忘れたことがあったっ!」
彼女の泣き顔と言葉と——
「助けてくれてありがとうっ! お兄ちゃんの“所為”でまだまだ楽しく生きていけそうですっ!!」
その笑顔に——
「俺も…」
少し、ほんの少しだけ——
「…有り難う」
———救われた気がしたんだ。
こんな話になってしまったのも全て、お前の所為だ奏馬っ!!
お前が全ての根源だっ!!
でも奏馬ああなってしまったのにはちゃんとした理由があります。あれは奏馬が抱える後悔の片鱗なのです。
と、いうわけで後書きです。
漢字って難しいけど、面白いですよね。その漢字の意味とかを調べるといろんな発見があります。
「緋」という字には、「濃い紅色」という意味があります。
「紅」という字には、「鮮やかな赤色」という意味があります。
つまり「緋色」とは、「濃い鮮やかな赤色」という意味があるんです。
「真っ赤」という言葉も捨て難いですが、個人的には「緋色」の方が「真」よりも味わい深いですね。
前回の後書きで問題を出したハンバーガー屋の名前ですが、正解は「ミックスバーガー」です。キャッチコピーは「未知の味を貴方に」です。「ミックスバーガー」というイチオシを2100円(税込)で販売しています。ファンには結構人気らしいですよ。
安直で済みません。