表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
奏でる季節  作者: Lie
4/9

3話 どうやら夏姫は莫迦な娘らしい

書ける日はちまちま書いてましたが、やっと書き終わりました。


注:前話の前書きで一応のメンバーを出すと言いましたが、今回は出てきません。次かその次辺りになりそうです。

一万文字を超えてしまいました。どうか読んで下さい。

 前回のあらすじ


 男子共に追われて屋上に逃げたら、お嬢さまっぽい人と友人になりました。




「御免っ。あいつ等を撒くのに時間掛かっ……た」


 俺は急いで自分の教室に入って夏姫と冬華に謝ろうとしたが、当人達はクラスの女子達に質問攻めにされて聞いていられる状態じゃなかった。どうやら二人とも余りの攻撃に困っているようだ。男子達も三郎を残して皆俺を追いかけて出払っているようだ。


「夏姫っ、冬華っ、お待たせ。さ、行こうか」


 俺は女子達に歩み寄り二人を人ごみの中から引っ張り出す。


「奏馬?」


「識君」


「なぁにー識くん。あたし達の邪魔するの?」


 囲んでいた女子達が事の当事者を奪った俺に文句を言ってくる。


「悪いな、お前等。俺はこれから世話係としてこの二人に色々と案内しなきゃいけないんだ。三郎ー、女子達の相手頼んだ」


「は? おい奏馬このヤロー!! 他人ひとに迷惑押し付けるなっ!!」


「お前だから良いんだよ。どうせ今日も来るんだろ? 愚痴ならそこで聞くからあと頼むわ。時間がないんであとはよろしくー」


 三郎を人柱にして俺は二人の手を引っ張りながら教室を出て廊下をてくてく歩いて行く。


「おい奏馬っ。あたしは友人として頼んだんだ。世話係として案内するならこっちが願い下げだぞっ!!」


 夏姫は手を振り解きながら少し怒り気味に言う。


「分かってるって。嘘も方便。ああ言った方が皆に納得させ易いと思ったからだ。本意ではない。それに午後から用事があって時間がないのは本当だから、あんなのに付き合ってる時間が惜しかったんだ」


 俺は冬華の手を離しながら真意を言って彼女をなだめる。


「それなら…いいけど……」


 やや気に食わなそうだけど一応理解してくれたようだな。さて、約二時間で何処を案内しようか…要点だけ抑えれば何とかなるか? 詳細は後日案内すればいいし、日常生活で困らない程度に案内すればどうにかなるだろう。それなら時間内に回れそうだ。


「とりあえず今回は重要そうな所だけ案内してくぞ。いいな?」


「うん」


「別にいいけどさぁー。まずこの学園について教えてくれねー」


 二人とも何か興味なさ気だなー。案内する気なくなったからこのまま帰ってもいい?、と内心思いながら夏姫の言ったことに返事をする。


「何だ、夏姫は学園のパンフレット見なかったのか?」


「パンフレットに書かれてることなんて信用できねーよ。あたしはこの学園の生徒になったんだ。生徒以外の言葉じゃ当てになんねーよ」


「確かに聞いておいても損はないね」


 妙に確信を突いてくる夏姫の目と声は真剣だった。確かに高校生活を円満に過ごす為にはそういうのも必要なことなのかもしれない。


「分かったよ。…此処、劫刹こうせつ学園は一言で言うと……疲れる学校、かな。毎日毎日皆して莫迦なことをやってる。今日のかけっこもその一つだ。…多分。しかも理事長も生徒会長も莫迦な企画を考えては学園全体を巻き込んで実行するから手に負えない。皆が皆、毎日を楽しく生きていこうとするから、毎日が飽きなくてすっごい疲れる……きっとお前らも飽きなくて疲れると思うぞ」


 俺は本心を彼女らに言う。

 この学園は永劫此処に居たいと願ってしまうぐらい飽きなくて楽しい。そして一日がまるで刹那のように終わってしまう。時間の流れには逆らえず、充実した日々は“楽しかった”という感想だけを残して跡形もなく消えていく。


「そっか、じゃぁ楽しい学園生活になりそうだな」


「…すごく疲れそう……」


 そう言う二人の顔は期待に胸を膨らませた笑顔と少し強張った笑みだった。どうやら満足のいく答えを得られたようだ。


「ああ、楽しいし、疲れる。直ぐ体験する破目になると思うからから覚悟しとけよ」


 そう言う俺も自分の顔が緩んでいたが、気を取り直して校舎案内を再開する、というか開始する。


「じゃあ順番に校舎の中身を見に行くぞ。まず此処が今朝も来ただろう職員室。…という名の先生達が好き勝手に自分のやりたいことをやる個人の部屋つきの偽職員室。プライベートの域にまで達している先生まで居るらしい。俺は関わりたくないから一回も入ったことがないし、これからも入るつもりはない。特に加藤先生の部屋には絶対に行きたくない」


 以前三郎が加藤先生の部屋に忍び込んだら表現の仕様のない実に惨たらしい姿で投げ返された。その時彼は「桃源郷を見た。我が生涯に無量大数の悔い有り」と拳王の如き形相をしているであろうグチャグチャの顔でそう言いながら力尽き病院送りになった。

 そして何とか生き延びた彼を診た医者は「あの傷で回復する人は初めて見ましたよ。死を見届けるだけと思ってました。いやぁー、人間の生きたいという意志の強さをこの目で見ましたよ」、と感嘆していた。

 俺は三郎のように生き返る自信がないから絶対に行かない。


「確かにあれは凄かったな。挨拶しようと思って部屋に入ったらコンマ一秒で顔面ハイキックだもんな」


「入ったのかよっ!! 無事だったようだけど…」


「避けたから大丈夫だ」


「僕なんか思わず先生を投げちゃったよ」


 夏姫は笑って、冬華は然も当然のように言う。

 うん、予想の斜め上どころか垂直にいって天井を突き抜けてしまった。あの加藤先生に太刀打ちできるなんてどんな身体能力してんだよ。


「正当防衛ってことでお咎めなしだったよ」


「そ、そうか…次行こう。兎に角此処から離れよう。俺が居たくない」


 そう言って右見て左見て二人の背中を押しながらUターンしてその場から離れた。

 そんなこんなでガンプラ王国の化学室やドラゴンが標本として飾られている生物室、男女問わず食べようとする痴女医が存在する危険な保健室など大まかに説明して回り学園の案内を終了した。






 俺達は学園が在る丘を下って街へ繰り出していた。因みにその道中を右折すると俺の家に行ける。


「じゃあ、何処を案内して欲しい?時間がないから中央区ちゅうおうく限定だけどな」


「中央区?」


「この市は五つの区に分かれてるんだよ。僕達が通う劫刹学園は中央区の中にあるの」


 疑問を持った夏姫に冬華がサラッと答える。どうやら冬華は事前に四季見市について調べているようだ。


「何だ? 冬華は知ってるのに夏姫は知らねーのか」


 俺はそれを元に夏姫を弄る。


「うるせーなーっ。来る前から調べてたら来てからの楽しみが減っちまうだろ」


「そうして此処が何処かも分からずに迷子になった夏姫ちゃんはお巡りさんに助けを求めるのでした」


 俺は即席の御伽噺を作ってからかう。


「うっ…」


「は…?」


 冗談のつもりだったが、どうやら本人は既に経験済みのようだ。このまま彼女が迷子になるのは時間の問題だろう。そうなる前に俺がしっかりエスコートしなければ……。


「夏姫ちゃんが迷子になる前に大まかにこの市について説明しておこう」


「っちゃん付けするなっ! 恥ずかしいだろっ!!」


 そんなことを言いながら頬を紅くする夏姫ちゃんをスルーして話し始める。


「この“四季見市”は太平洋に隣接した市で、名の由来は日本で一番四季の移り変わりが綺麗だから、らしい。冬華がさっき言ったようにこの市は五つの区に分けられている。まず俺達が今居る“中央区”。そしてそれを囲むように“花見区はなみく”、“星見区ほしみく”、“月見区つきみく”、“雪見区ゆきみく”で形成されている。それぞれの名が示す季節が最も映えることからそう命名されたらしい。俺は行ったことがないからどれ程綺麗なのか知らないんだけどね。…こんな所か、市の説明は」


「うん。でもやり過ぎたかな」


「?」


 そう言った冬華の視線を追う。

 そこにはにんまりと笑顔を浮べ意味不明という顔をしながらあさっての方を向きながらスキップをしている夏姫がいた。

 駄目だこいつ…早く何とかしないと……。


「ま、まぁ、…そこら辺は時間を掛けてゆっくり覚えていけばいいからさ。……さて、何処に行こうか? リクエストがなければ俺が勝手に案内するけど?」


 腕時計を見て時間を確認しながら微妙なフォローをして話を元に戻す。


「識君のオススメを案内しながら僕達が気になった所を案内するのはどうかな?実際に見た方が僕や海里さんにとっても分かりやすいと思うし」


「そうだな。その方が効率も良さそうだ。それでいいな夏姫」


「……」


 夏姫が白い煙を出して返事のないただの屍になっていたので引き摺って行くとしよう。


「俺のオススメはこの“夕染ゆうぞめ通り”だな。此処に来ればある程度必要な物は揃う筈だ。喫茶店やレストランとかもあるから一日中此処に居られる」


「何処かに楽器店は在る?」


「それならもう少し歩いた所に……ああ、あれだよ」


 楽器店がちらりと見えたので冬華に分かるように指を差した。


「少し入ってもいい?」


 相変わらず表情や声色には出てないが、彼女は少し楽しみそうにそう言う。

 本当に音楽が好きなんだな。だが、今は時間がない。正午まであと四十分弱。店内に入っていられる程ゆっくりはできない。


「御免、今は止めておこう。午後からは案内できないから、その時に見れば良いと思うよ」


「そうか……そうだね………」


 冬華は少しがっかりしたように顔を俯ける。もしかして一緒に行きたかったのだろうか?


「今回は用事で行けないけど、今度時間作るからその時一緒に行こうっ!」


 冬華は一瞬目を見開き直ぐに何時もの顔に戻る。


「……そうしてくれ。……迷惑掛けてごめんね」


「気にするな。友人なんだし、迷惑なんてどんどん掛けちまえ。ほら次行くぞ」




「——此処が服屋。俺の私服の殆どは此処で買っている。あっちが女性専用。その隣はブティック。この二つは入ったことはないが女友達が言うには結構品揃えは良いらしい。あれがスーパー。バーゲンセールが毎日のようにあるから多用している。生活用品類はあの店で———」


 俺は二人に夕染め通りのありとあらゆる店を歩きながら説明していく。因みに女友達とは卯のことだ。

 冬華の楽器店以来、特にこれといって何も聞いてこなかったから説明し続けてたけど…本当にないのかな?


「なぁさっきから黙ってるけど、本当に気になる所とかないのか?」


 俺は後方にいる彼女達に振り向きながら聞く。すると俺が突然振り返ったからとも声を掛けたからとも違う、何か別のことに驚いたような二つの顔があった。


「どうした。そんな驚いた顔して?」


「いや…街の案内を頼んだのはあたし達なんだけど……なんと言うか…その……やけに詳しいんだな店のこと……」


 夏姫が少し申し訳なさそうに言う。


「ああ、そんなこと? 俺一人暮らしだからさ、食費や衣類、必需品とかは俺の金で生計を立ててるんだ。だから自然と得するように色んな店のこと詳しくなったんだ。…それがどうした?」


「少し意外だっただけ。…そういうのに余り詳しそうじゃなかったから」


 冬華も少し意外そうにそう言う。


「外見で人を判断するなよ」


[そうだなワルイワルイ。それよりさぁ、今日はこんくらいにしてメシ食わねーか。歩き回って腹減ったー」


 夏姫が腹を押さえながら既に興味無さ気にそう言う。

 無言になるくらい驚いた顔してたくせにもう次の話ですかっ! 確かにもう昼食の時間だけれどもそんな簡単に話終えますかっ! もう少し話続けようよ。冬華ならもう少し話に乗ってくれるよな。

 そうして俺は期待の眼差しを冬華に向ける。


「そうだね。識君、何処か昼食を摂れる場所あるかな?」


 どうやら彼女は俺のではなく、夏姫の話に乗ったようだ……。


「やっぱりお前らって…人の話聞かないし、我が儘だよな……」


 俺は路地に膝と手を落とし落ち込む。周囲からの視線も今は気にしない。というか耳に入らない。


「おう! 昔からよく言われてたぜ! 何でか知らねぇーけどな!」


「そうだったんだ。初めて知った」


「お前ら………」


 自覚がないのを見て更に意気消沈。


「それより早く行こうぜ。まだそういった店は紹介されてないから自力じゃ行けねーんだ。早く案内してくれ」


「あーもうっ!! ホンッット我が儘だなっ!! 落ち込んでるのが莫迦らしくなってきたっ!! ジャンクフードでいいな。とっとと行くぞ」


 俺は早足で目的地まで移動する。後ろの二人のことなど知らんっ!!


「怒った?」


 冬華が平然と言い寄って来る。


「別に…怒ってない。人間十人十色だ。性格に怒ってもどうにもならないだろ」


「そうだね」


「ところで二人とも金は当然持ってるよな。媚びても奢らないぞ」


 一応念のため確認しておく。冬華は持っていると思うが、どうしても夏姫が持ってるか心配だ。コイツの性格上やりかねない。


「もちろん」


 ゴソゴソ…。ゴソ……ゴソゴソゴソ………


「……ワリー財布置いてきた……」


 ………。


「冬華、夏姫のことは放っておいて二人で食べに行くか」


「そうだね。その方が良いのかもしれない」


 やはりというか、案の定の結果に溜め息をつきながら俺達は夏姫を置いてジャンクフード店に行くこうとする。


「ゴメンゴメン、ワルイけどどっちか金貸してくんねー」


 夏姫は左手で頭の後ろを掻きながらそう言う。


「だから奢んねーって言っただろ」


「誰も奢ってくれなんて言ってねーよ。金貸してくれって。後で返すから」


 そう言いながら俺達に左手を差し出す。

 確かに俺は奢らないとは言ったが、貸さないとは言ってない。よって夏姫は俺達から金を借りることだけはできる。…コイツ阿呆なのか頭良いのかよくわからん。しかし…

 俺は冬華とアイコンタクトをとり、互いの意見が合致してるのを確認すると行動に出る。


「ごめん、一人暮らしで資金に余裕がないんだ」


「お金の貸し借りはしないようにしてるんだ僕」


 俺達の意見はこうだ。「図々しいし、しっぺ返しされたみたいで癪だから金貸したくない」だ。なのでお互いに適当な理由を付けて夏姫の要求を断る。


「そんなこと言わずに少しだけでいいからさ」


「「くどい」」


「あわわわわ、…はぁー、分かったよ。じゃあ、あたしは今から学校に戻って奏馬と冬華が出会って初日から二人でデートしてるって言い触らしてくるわ」


 夏姫は残念そうにしながら学園へ行こうとする。


「少しやりすぎたか」


「そうらしいね」


 残された俺達は夏姫が言っていたことには気にも留めず、少しばかり苛めすぎたと反省する。そして、夏姫を引き止めに行く。


「ごめん、悪かったって。冗談だから。ちょっと意地悪しただけだからさ。」


「……分かってるよ」


 夏姫は顔を俯かせながら静かに言う。そんなにショックだったのだろうか。


「……それよりお前ら何でまったく動揺してないんだよっ!!」


 今度は耳が劈きそうになる程大きな声でそう言う。


「「?」」


 夏姫が何を言いたいのかが理解できない。冬華も同様だったらしく首をかしげながら頭の上にクエスチョンマークが出ている。もしかしたら俺の上にも出てるかもしれない。


「何二人してクエスチョンマーク出してんだよっ! ホントに分かんねーのかよっ!!」


 どうやら俺にも出てたらしい、クエスチョンマーク。


「「だから何が?」」


「だからっ、お前らが二人でデートしてるのを言い触らすってことっ!!」


「「ああ、そんなこと」」


 こんなに引っ張るからどれだけ重要な内容かと思えばそんなことか。冬華も内容を聞いて安堵したようだ。


「ハモるなっ! どんだけ息ぴったりなんだよ」


「海里さん一人が騒いだ程度でどうこうなるとは思えないし」


「もし男子共が私怨で俺をりに来てもどうとでもなるしな」


 俺と冬華は至って普通に答える。実際にたいした問題でもないのだから当然だ。


「そういえば識君はかなり追われるのに慣れてるねどうして?」


「ああ、それは……」


 その時俺はあることに気付いた。周囲の視線がこちらに向いていることに。原因を思い返してみたが、多分夏姫が大声で話し始めたからだ。

 あれだけ大きな声で話してたら誰の耳にも届くよな……ははは…はぁ………。


「どうしたの?」


 その言葉を切っ掛けに俺は自分の鞄を左肩に掛けて二人の手を掴み急いでジャンクフード店に向けて駆ける。


「?」


「おっ、おいっ!」


「質問は後だ。兎に角この場を離れるぞ。夏姫が莫迦やった所為で針のむしろだ」


「ああ、だから皆見てたのか」


 どうやら冬華も気付いていたらしいが、特に気にしてなかったようだ。図太いなぁ。


「なっ、なんだよあたしが悪いって言うのか」


 夏姫がばつが悪そうにそう言う。


「「うん、そう」」


「はっきり言うなっ!」


 夏姫が涙目になりながらせめてもの抵抗をする。


「事実だからしょうがない」


「はうっ」


 冬華が止めを刺し、夏姫が奇妙な悲鳴を上げる。そして口から魂がにょろにょろ出てきて、肉体が燃え尽きるたように真っ白になり、俺に引っ張られて走るだけの人形になった。


「これで少し静かになる」


 冬華はこれを狙ってたかのような口ぶりでそう言う。


「そ、そうだけど……大丈夫か…これ?」


「分からない。でも大丈夫だと思うよ」


「そんな無責任な…」


「ところでさっきの質問、答えて」


「ああー、あれね。学園の女子生徒に俺の幼馴染がいるんだよ。よく一緒に居るし、あいつもそれなりに人気あるから自然と男子の私怨を買うことになってな。その結果、追われるのが日常みたいになっちまったんだ」


 俺は冬華に不快を与えないように言葉を選び話す。最初の頃は結構酷い目に遭ったからなぁ…。


「へぇ、そうなんだ。…識君が言ってたジャンクフード店ってあれ?」


 そう言って冬華は大きく“M”と描かれた看板を指差す。

 余りこのことについて言及されなくて良かった。言い寄られたら断れる自信ないからな。


「そう、あれ」


 そして俺達は店の中に入って適当に三人前分くらい注文し昼食を持って店内の二階のテーブルに座る。


「席が空いてて良かったね。メニューを見てなんとなく理由は分かるけど」


「嗚呼、此処は一月前ぐらいに開店したばかりなんだ。しかもメニューが余りにもカオスなものばかりだから、それに尾ひれが付いて色んな噂が流れてるから余り客が来ないんだ。でも味は保障するよ、かなり美味しいから精々驚いてくれ」


「うん。でも先に海里さん起こさないと」


「そうだな。おい、夏姫、起きろ!昼食用意したから食え」


 俺は夏姫の頬を軽くぺちぺち叩きながら用意した昼食を彼女の顔の前に出す。すると口から出ていた魂が身体の中に戻り、真っ白だった肉体は色付いてゆく。


 ———ぱちっ。…ジィィーーー……ガブッ!!


「いでっ!!」


 目を開いた夏姫は目の前にある食べ物を暫く見つめて、いきなり俺の手ごとかぶり付く。


「おまっ、俺ごと食うなっ!!」


 俺は夏姫の口から手を無理矢理引き抜くが彼女はどうとでもないように食事を続ける。


「んっ!? そうばっ、ごれなにがはいっでるんだ?」


「食い終わってから話せ!」


 俺は手をティッシュで拭きながら言う。


「んっ、わがっだ。もぐもぐもぐゴック…んんっ!?」


 夏姫がばたばたしている。どうやら喉に詰まったらしい。


「おいおい、詰まらすなよ、ほらこれでも飲め」


 そう言って差し出したウーロン茶を夏姫は素早く手に取り一気に飲み干す。

 あ、俺のドリンク……。


「ぷはぁっ! なあ奏馬このハンバーガー何入ってんだ。すげーうめーぞ」


「まったく他人ひとの飲み物飲みきって何言ってんだ。…まぁいい。お前が今食ったのは“ウマとシカのアボカドソースバーガー”だ。お前にぴったりだと思って注文したんだ」


「なんだそのメニュー名は? しかもぴったりって何が?」


「……いや分かんないならいいんだ」


 腹癒せに少し苛めてやろうと思ったのに……。


「…」


 冬華は声には出してないが微笑んでいる。

 彼女には俺の意図が分かっているようだ。やっぱりこれが理解できないのは夏姫が莫迦なだからだろうか。


「なんだよその残念な人を見るような眼は」


「いや、別に……それよりも昼食を食っちまおう。一応十二時半ぐらいに此処を出れば用事には間に合うから」


 夏姫にばれないようにはぐらかして、注文したハンバーガーを口にする。


「なあ奏馬のは何てハンバーガーなんだ」


 夏姫は目を輝かせながら聞いてくる。そんなに美味かったのだろうか馬鹿バーガー。


「あ? “ヌタウナギとミルグガニのフィッシュバーガー”だけど」


「なんだそれ? 変な名前だな」


「確か深海魚だったよね」


 冬華がサラッと答える。


「へぇー、意外と博識なんだな。驚いた」


「たまたまだよ。少し前にテレビで深海魚の特集をやってたからそれを観ただけ」


「そんなのやってたのか…」


 何時もの声色、何時もの表情だが、冬華は今嘘を吐いた。何故嘘を吐いたのかも、何故それが分かったのかも、俺にも分からない。言うならば、直感的に理解した、という感じだろうか。


「なんかよく分かんないけど一口食わせろ」


 そう言って夏姫が俺のハンバーガーを奪い一口で食べきった。


「んー♪ これも美味いな。他には何があるんだ」


 夏姫は目を輝かせながら次は次はと聞いてくる。


「お前、俺のドリンクどころか昼食まで食いやがって一体何が目的だーっ!!」


 金借りてるのによくも好き勝手やってくれるなこいつは。真っ白に燃え尽きてなお反省していないように見える。


「何って、ただ味見したかっただけだ。それに文句を言うなら、あたしの一口に耐えられなかったハンバーガーに言えよ」


「少しは加減しろっ! お前の一口がでか過ぎなんだよっ! それにハンバーガーに文句言ってもどうにもなんないだろっ!!」


ジィィィーーーーーーー


「なっ、何だよ」


 俺が言い訳するなと文句を言ってる最中夏姫は俺の顔を間近でじっくりと見ていた。


「やっぱり奏馬って女の子っぽい顔してるよな。パーツも形も良いし女装させたらあたしより綺麗になりそうだ」


 夏姫は笑顔にそう言う。


 ガァァンッッッ


 頭の上に鐘か何か、重い物が落ちる。夏姫さん、幾ら貴女でもそこまで無情だと思ってもいませんでした。俺の認識違いでした。御免なさい。

 卯や三郎、その他諸々からも散々言われてますが、やはり面と向かって言われると堪えるのですよ……とほほ……。


「何だ? 何落ち込んでんだ?」


「いや、…女っぽいって言われて落ち込む男性ひとは大勢いても、喜ぶ男性ひとは少ないと思うよ」


「そんなもんか? でも無駄に色んな店のこと知ってたぜ。あれは主夫レベルだ。それに奏馬は一人暮らしだから家事全般もやってる筈だし。しかも結構律儀っぽいから色々きっちりしてそうだ。がさつなあたしより余っ程女の子らしいじゃねぇか」


「それ自分で言ってて悲しくなんないの」


「ああ。だってこれがあたしだからな。今更変わろうなんて思わねーし、変わろうとしてもどうにもなんねーよ」


「…いいや。どうにかして変えろ、……“殺生の夏姫”。変えないと多くの犠牲者が出る」


 俺はやっとの思いで会話に復帰する。


「復活したか奏馬。そのあだ名みたいなのは何だ? …というか大丈夫か?」


「皆から散々言われてもう慣れた。…最近はゴフッ…血反吐を少し吐く程度にまで…治まったから……」


「「それは本当に大丈夫なのか(なの)?」」


「昔はもっと酷かった。ガホッゴホッ…その話でもガハッ…しようか?」


「「遠慮しておく。そしてこの話はもうやめよう」」


 冬華はいつもどうりだが夏姫の顔が引きつっている。一体どうしたのだろうか? そんな顔になる話だったか?


「なぁ、何でそんなに…」


「識君、時間…」


「は?」


 突然冬華にそう言われて腕時計を見る。時間は———うん十二時四十二分急がないと遅刻だ……。


「マジか…」


 俺は急いで口元の血を拭き取り自分の分のハンバーガーを食べ、席を立つ。


「二人とも此処からでも家に帰れるよな」


「あ、ああ」


「大丈夫だよ」


「よし。じゃ後は各自で帰ってくれ。案内できなかった場所はまた別の日に。それじゃ俺はもう行く。じゃぁなっ!」


「またなー」


「さようなら」


 俺は言うだけ言って自分のトレイを片付けて下へ降りようとする。そう言えば一つ忘れてることがあった。


「夏姫ー、貸した金額は六二○円で利子は十一といちだ。しっかり返せよっ!」


「安心しろすぐ返すから利子なんか付かねーよっ!」


「そうかー。一応言っておくけど冗談だから気にするなよーっ」


「分かってるよっ! 早く行け!」


「おう、じゃーなー」


 俺は二人と別れを告げ急いでバイト先へ向かう。このまま走って行けば何とか間に合うだろう。

 そうして俺は目的地へ向けて走っていった。



     †



「どうだった。識奏馬は?」


 識君が走り去った後、海里さんと僕は昼食を食べながら識君について話していた。


「どうもなにも、そのまんまだ。一緒にいて飽きなかったよ」


「そうだね。でもやっぱり……」


 僕は少し俯きながら彼について思案する。


「ああ、少し壁があるな。…アイツ、あたし達には“友人”て言ってるが、街案内の時に出てきた女友達は“友達”だし、三郎への態度も凄く親しげだった」


 海里さんは僕が言わなかったことを代弁する。


「相変わらず良く観てるね」


「お世辞は要らねーよ。お前も気付いてただろ? あと、毎度言うが、いい加減その思ってないこと言う癖辞めたらどうだ?」


「昔からの癖だからね。滅多なことじゃ直らないよ」


「まったく。冬華はいつもそうだよな」


 海里さんは、何時まで経っても直らない僕を見ながら呆れる。


「海里さんもね。それに何故か海里さんは、識君の前では性格変えてたから、君も言えたものじゃないよ」


「どうだ。上手くできてただろ?」


「うん。凄く馬鹿で滑稽だったよ。海里さんは不器用だから本質は変わらず、唯馬鹿になってただけだけどね」


「相変わらずの直球だな、おい。しかも、そう言っておきながら、一切笑いやがらねー」


「そうだね」


 昔から良く見知った者同士だからこその会話。環境が変わっても何ら変わらないそれに、少なからず嬉しく感じた。


「……はぁ、そんなことより奏馬だ。まずはあの壁を何とかしねーとどうにもならないぞ」


「あれは識君が何とかしようと思わないとどうにもならないよ。それに壁は僕達だけじゃなく他の皆に対しても有るよ、識君は……。この壁は海里さんが思ってる以上に心の深い所に根付いている」


 僕は確信していた。初めて会った時に感じた“雰囲気が似てる”、という感覚は、この街案内中の彼を観ていて、感覚という曖昧だったものが確信に変わった。


「何でそう確信が持てるんだ? 何時もの逸脱した感性か?」


「識君は僕と同じだから……」


 そう、彼は僕と同じ……臆病で寂しがりなウサギ………。






問題です!!

作中に登場した"M"がシンボルのハンバーガー屋の名前を選べ。


1.マ○ド○ルド

2.モ○バーガー

3.ミックスバーガー

4.マックバーガー

5.マジカルバーガー

6.ミッ○ー・マ○ス


解答は次回の後書きで


要注意:作中に出てきたハンバーガー?は私が考えた架空のモノです。美味しくないと思うので絶対に作らないで下さい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ