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猫が顔を洗った日  作者: 佐奈
声を聞かせて
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005

「よく来たな、ヴィルヘルム」

 謁見の間といってもそこは少し広めに、そして他の部屋よりも豪奢に作られた部屋だ。その部屋の中央には一枚板でつくられた円卓が置かれ、謁見の間の警護を任された兵たちが壁際には並んでいる。

 この謁見の間は国内の相手、つまり家臣である貴族や王族との話の場を設ける時に使われる部屋で、他国からの使者や賓客を迎える部屋とはまた違う。

 部屋の奥側に据えられている細工の美しい椅子に腰をおろしているのは父であるヴェストラ王。傍らの王の腰掛ける椅子よりも華奢な椅子に腰掛けるのはヴィルヘルム達の母でありヴェストラ王の唯一のネコである。

 この国の王族は伴侶にネコを迎え、例え王であろうとも側室を迎えることは無い。普通の国であればそれでは王家の血が絶えてしまうと懸念をするのだが、この国の王族……否、民の寿命を思えばそんな懸念は何処かへ霧散する。

「お呼びの件はネコのことでしょう、父上」

 威厳を保ったまま座っている王と、それとは対照的に年頃を過ぎてもネコを得ず一人を通していた息子に漸くネコを得たと言う噂を聞いてニコニコ顔の母親。

 ヴィルヘルムの兄弟構成は長男、二男、長女そしてヴィルヘルムと続き、その下には弟と妹が二人ずつの計八人兄弟であった。兄二人と姉には国を継ぐ意志はないからとネコを得て直ぐに王位継承権を放棄し、王から拝領した領地の領主となっているため城にいることが少ない。また、弟や妹たちが得ていたネコはまだ幼く、まだ人の姿を長く維持することが叶わなかった。

「そうだ、お前が漸くネコを得たと聞いてな……それは真か?」

 兄二人も姉も王位継承権は既に放棄しているからこの国の第一王位継承者はヴィルヘルムだ。ヴィルヘルムもネコを得たらそのまま王位を放棄しようかと考えていたのに、ネコを先に得ていた弟たちはヴィルヘルムを支える為に頑張ると言いだし王位を放棄してしまっている。まだネコを得ていない妹たちは幼すぎてネコを得るのはまだ先のことになりそうだ。それに、妹の一人はとても引っ込み思案で王位を継がせるのは酷だろうと言うことは上の兄弟たちで話し合っているし、もう一人に妹は人懐っこく利発な子とよく言われるが、その破天荒さからこちらも王位を継がせるのはと話題に上っていた。

 つまり、兄弟たちの中では既に時期王はヴィルヘルムに決まったも同然で、両親や家臣、貴族たちの中でもそれは決定事項の様に扱われている。

 上からも下からも王位を押しつけられた感の強いヴィルヘルムだったが、今まではまぁそれでもいいかと思っていたのだ。兄や弟たちが自分より劣るとは思ってはいない、むしろ兄たちは今すぐにでも王位についても遜色のないほどの実力や経験を兼ね備えている。なら、何故王位継承権を放棄したかといえば、それは得たネコを構い倒したいからに他ならない。

 現国王も随分と王位を継ぐ際に兄弟たちと揉めたとは、最早他国に隠すことも出来ない程知られた話。王位を継げば、得たネコはおのずと王妃になる。ということは、王としての務めには同伴させ多くの人々の目にさらさせなければならないのだ。

 領主の仕事も大変だが、王の仕事はもっと大変だ。平穏の続く世界だとはいえ、それなりの小競り合いもあるし、他国からの賓客をもてなすのは王の務め、他国に招かれればそこに赴かなければならないし、公私で時間を分けた場合、確実に公の時間が多くなり私の時間は少なくなる。

 だから、ネコを早々に得た兄弟たちは自分とネコの時間を得る為に王位継承権を放棄したのかと、今になってようやく理解した。昔からどこか貧乏くじを引かされていた気がするが、今回もまたそうなのかと少し頭を抱えたくなる。だからと言って、王位継承権を放棄してしまえばまだ王位継承権を放棄していない妹たちに負担をかけることになるので、それはしたくなかった。

「えぇ、まだ相手に了承は得てませんが……僕はあの子がいい」

 まだ眠った姿しか見ていないけれど、あのネコを見てこの腕に抱いた今では他のネコを傍に置くことなど考えられない。

「そうかそうか、ならばそろそろ準備を進めてもよい頃かの」

 噂を肯定すれば、それまで威厳を保っていた王の顔に笑みがさす。

「準備とは?」

 嫌な予感がするとヴィルヘルムは思う。この国の始まりの頃からの決まりで、王位を継ぐ者はネコを得ていなければならないと言うものがある。そして、王位は王位を継ぐ意志のある者のみに継承を許されそれを放棄する者を咎めることは許さないといった決まりがあった。

 ネコを得ていないからこそ、王位を継承することを受け止めていたヴィルヘルム。その彼がネコを得そうになった今、ここ数代で最もネコ馬鹿と称された父親のことだ王位継承の準備だと言うことは簡単に想像がつく。

「王位のことだ。私もそろそろ隠居生活をしたくてな……」

 隠居生活に入って、妻とらぶらぶな生活送りたいんだという思いがダダ漏れである。しかし、ネコを得たとはいえ、まだ名前すら聞いていない。もしかしたら、ネコ側から断られることだってある。

「先ほど言ったでしょう、まだ了承を得ていないと」

 気が早いとため息をひとつ吐く。

 もしかしたらまた長きにわたって自分が欲しいと思うネコを探さなければならないのだが、きっとこの機会を逃せばもう二度とそんな機会が来る訳が無いとヴィルヘルムは思っていた。

「……ヴィルヘルム」

 ずっと話を聞きながらほほ笑んでいた王妃が話しかけて来る。

「何ですか、母上」

「あなた達が唯一のネコに一瞬で惹かれるようにネコもまた惹かれるのよ、この人だって」

 それは一瞬のことだ、触れられた瞬間にこの人だと、そう分かると王妃は言う。それは今ならヴィルヘルムにも分かることだった。以前、気になると思ったネコもいたがそれはただ単に気になっただけであって、今回の様に次を考えられなくなるほど気になったわけではないのだ。

「あなたのネコを連れて来る時、抱き上げたのでしょう?」

「えぇ」

 眠っているネコをそのまま抱き上げて自分の部屋に連れて行った。眠る姿や頭を撫でれば擦り寄る素振りすら見せてくれる。

「ネコはねとても敏感な生き物よ、眠っていたとしても嫌だと思えば直ぐに目を覚まして逃げてしまうわ」

 私だってそうだったものと、昔のことを思い出して笑えば隣に座っている国王が何やら表情を引きつらせていた。きっとその当時のことを思いだしているのだろう。

「だから、あなたの腕に大人しく抱かれて眠っていたのなら、大丈夫だと思うわ」

「そう、ですね……そうであることを願います」

 そうであればいい、本当に心の底からヴィルヘルムはそう思った。

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