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猫が顔を洗った日  作者: 佐奈
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001

 今向いているのは上か下か、先に進んでいるのか戻っているのか、この不安定な場所にきてどれ程時間が経つのか何一つ分からなかった。ただ何処かへ向かって飛ばされているそんな感覚の傍に感じられたのは先ほど藁にもすがる思いで辿った軌跡の残骸。その僅かな気配に確かに綾子のいるあの世界へ向かっているのだと実感ができる。

 そんな残骸の気配があるからこそどこへ向かっているのか感覚がつかめずとも綾子のいる方へと進んでいるとは認識できるが、時間の感覚というものが無く、泉に飛び込んでからどれ程の時間が経過しているかが分からない。あとどれ程この狂ってしまいそうな空間にいることになるのか、考えるが先ほど地下室で追跡を行った時間を考えればそう長い時間を彷徨うわけではないと分かっているのだが、それでも体感が無い分実際経過している時間よりも長く感じているかもしれなかった。

 そういえば、とヴィルヘルムは泉に飛び込んだ時、ヴィルヘルムの魔力に呼応するように震えた泉の水面は飛沫があがりその辺りだけが雨の降った様になっていたなと思いだす。雨が降っていたそんな記述とも共に残された泉に纏わる伝承は綾子が奪われた時にも雨が降っていて関連があるものだと考えていたが、もしかしたら雨が降ることもだが、いくつかは先ほどの様に泉を利用しようとした者の魔力に呼応した泉からの飛沫を雨と認識されていたのではないだろうかと一つの仮定を考えた。元の世界へ戻ることが出来たらその辺りについて今後のためにもう一度調べ直してみいた方がいいかもしれないとヴィルヘルムが考えた時だった、不意に身体を下へ引っ張る力が加わり地面よりは柔らかい場所へ落ちたのは。

「なっ、ここは」

 回復した自身の魔力、それから薬を使用して得た増加分に泉から溢れ出た魔力、全てを単純に加算すれば現国王と王妃が魔力を共鳴させたときのものより大きかったかもしれない。それなのに、ヴィルヘルムが感じている疲労は大きく次元を渡る途中魔力を補給することが出来なかったがどうにか想定した魔力の範囲内で次元を渡りきることが出来たがこれでは実現は無理だと踏む。

 時間の感覚も、平衡感覚、方向感覚と全て失っていたあの時間が一体どれだけの時間であったのかは分からない。もしかすかに残っていた追跡の残骸を感じ取れることが出来なければ不安や焦燥、様々な感情に押しつぶされて気が狂ってしまっていたかもしれないあの状況でうして五体満足、正常な意識を持ったまま次元をこえられたことは奇跡に近いことだ。

 この世界にきて終わり、というわけにはいかない。この世界で綾子を探し出しできることなら共に次元を渡りあの世界の地を二人で踏むことが最終目的である。実験で行った追跡とこの次元渡りで得た経験は確実にヴィルヘルムの中に蓄積されていて、一度辿った道は首輪を渡した時よりも確かな道としてあの空間に残っているはずだ。もう一度、持ってきた魔力増幅薬と純度の高い魔石、そして選んだネコがヴィルヘルムを選んでくれたのなら魔力の共鳴を行い元の世界へ帰ることが出来るはずである。

 万全では無い状態、敵に襲われることがあれば無事では済まないかもしれないと辺りに敵の気配はないか、害を与える物は無いか、まずはそれだけを確認し特に気を配るべき存在は無いと判断するとヴィルヘルムは肩の力を抜き漸く周りを確認をする。

「首輪にあの装飾品……」

 先ほど、次元を渡らせたヴィルヘルムが贈った首輪、それから綾子が身につけていた装飾品が机の上に置かれている。焦点を次元を渡らせた首輪に合わせていたから部屋全体の詳細は見えていなかったがぱっと見、あちらの世界で見た部屋と同じ印象を覚えた。そして、この部屋からは綾子の気配をありありと感じられるのだ。

 幻でも夢でもない、魔力の存在しない世界、だが遠くから綾子の気配を感じられる。

 探さなければ、最後に見た綾子はヴィルヘルムに向かって手を伸ばしていた。ネコを盗もうとしていた者たちからも守れず、次こそは必ず守ると決意を固めていたと言うのに、強大な由来も何もわからない力によって浚われた時には傍にいたと言うのに何もできなかったのだ。生活感のある部屋、敵意のありそうなものが存在しない世界、そして魔力など一切ない世界、ここが綾子にとってどういった世界なのかわかりはしないが、もしかしたらまだ綾子は怯えているかもしれないし、ヴィルヘルムを探しているかもしれない。なんて、己の願望が入り混じった考えだと苦笑したが、次元を渡った今、ヴィルヘルムがやることはただ一つ、綾子に再び会うことだ。

 この部屋の中を見るだけでも、生まれ育った国というよりは世界とは全く違う世界だということはよくわかる。部屋の中でこれならば外に出ればもっと知らないものや現象に直面する可能性もあった。

「それでも、行かないと」

 何があるか分からない世界、であるがこれが乗り越えるべき試練であるのなら必ず乗り越えて見せるとヴィルヘルムはぐっと手を握りしめる。王となるべき存在がネコを得る為に多少の障害があると聞く。その障害とは周りの反対やライバルの出現ではないが国境付近で小競り合いが起きたり、突発的に発生する自然災害がもたらされたりと時代によって異なるが、王と伴侶として踏み出す為に二人で乗り越えるべき最初の仕事として認識されていた。



 まず、外に出ることに戸惑った。扉は同じ様な形状なのだが鍵がかけられており試行錯誤の上解錠したのはいいが、今度は外にでてから施錠するにはどうしたらと迷ったのだ。魔法を使えばいいのだが上手くいく確率は半分と言ったところで急がなければとせかす気持ちと、焦れば失敗するそんな対立するような気持ちに急かされ施錠をしたがそれからも驚きや戸惑いの連発である。

 空は随分と暗くなっているが、魔力を感じられないと言うのに世界は明るかった。見たことも無い形状の車輪のついた乗り物らしきものが道を高速で走っており、町を歩く人々からも魔力は感じられないが不思議な物を扱っていたり、その世界にあるヴィルヘルムから見れば摩訶不思議な仕組みをした世界を当たり前のものとして扱い、受け入れている。

「方向はこちらでいいんだが……少し遠いな」

 魔法を使ってしまえばいいのだが、帰りのことを考えると魔力を無駄に使うことはあまり褒められたことではない。それに少し遠いと言っても歩けない距離では無いのだ、それに道の方もしっかりと整備されていて悪路では無いのだ歩いて一時間ほど、走れば半分ほどの時間でつけるかとヴィルヘルムは綾子のいる場所の詳細を知るために意識を集中させた。魔力の存在しない世界で綾子の存在は酷く目立つ、動く気配が無いのなら綾子はそこに留まっているのだろうと、移動を開始する前に辿りつかなければとヴィルヘルムは走り出しす。

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