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猫が顔を洗った日  作者: 佐奈
転章
34/40

w-005

 移動魔法とは違う魔方陣を書きあげ、そこに包帯から採取した綾子の血を薄めて作った溶液を垂らし魔力を加えれば魔方陣の上に乗せていた綾子が身につけていた首輪は姿を消した。すぐさま追跡魔法を発動させたが国の領地どこにもその存在は確認できずあらかじめ通達してあった近隣諸国にまでその追跡の範囲を広げたがやはり首輪は何処にも存在しない。

 まずは現状で確認されている次元魔法と区分けされている魔法を発動することはできた。理論通りの効果を発動させ次元を渡っていれば、血の力を加えた魔方陣を用いたのだから綾子のいる世界へ渡った可能性が高い。まだ僅かに光を放つ魔方陣に手を乗せて蜘蛛の糸程度の軌跡を辿る。加える魔力を誤ればすぐにでも途切れてしまいそうな軌跡だが、ヴィルヘルムは神経を指先に集中させて辿ってゆく。

 聞こえる音は己の息遣いや心音のみ、人払いを済ませてあるから近づく者もないし、地下の奥まった遠い過去、罪人の拷問室としてつかわれていたという一室では外界の音など聞こえるはずもない。

「……」

 鬼神を飛ばし、己の意識を同調させて遠方の様子を窺う行為と似ているが、魔力を通じて脳裏に映るものも無くただ感覚だけが頼りだった。瞼の向こうで揺らめいているであろう灯りも感じとらぬ程に集中をして真っ暗闇の中にヴィルヘルムはいる。放った魔力の軌跡、そして魔方陣に乗せた綾子の血の気配を頼りとして一寸先すら窺えぬ闇の中を進む。

 その追跡の時間は一瞬だったのか、ある程度の時間が経っていたのか、今のヴィルヘルムには判断しかねる内容だった。辿りついた先で、次元の気配が変わったと察知した瞬間、脳裏に映しだされたのは見慣れぬ物に囲われた世界だったのだ。何処かと、判断するように辺りを見渡して先ほど次元魔法の実験対象として使用した首輪、それから綾子が腕に付けていた見慣れぬ装飾品が台の上に置かれている事だけは確認できたが、その僅かな時間だけが許されて時間であったのだろう一気に元の世界へと引き戻された。

「あれは……」

 この世界で感じている魔力も、精霊の力も何も感じとることのできない世界。だが、そこに次元を越える様にと発動させた魔法の対象とした首輪はその世界に存在し、そして綾子の持ち物も存在していた。ならば、あの場所が綾子に所縁のある場所と考えられる。

「無事だったんだ、良かった」

 辿りついた世界に血の匂いは無かった、装飾品も壊れてはいたが綾子が人の姿に戻った時には既に壊れていたからあの日、泉によって失せてしまった時に傷つけられたわけではない。次元を越えて遠くへ行ってしまったがまだ無事でいるはずだ。そして、人の魔力を使って次元を越えさせた首輪も姿そのままに次元を越える事ができていた。これで、実験の第一段階はクリアしたと考えていいだろうが、一つ問題がある。

「魔力の消費が激しいな」

 肩で息をする程に消費された魔力、今までどんな大がかりな魔術を使っても疲れを感じたことすらなかったのに、今は限界まで魔力を使ってしまったのだと嫌でも分かる。あの世界から引き戻されたのもこの魔力切れが原因なのかもしれない。

 無機質の小さな物体を次元を越えさせて、その後を追跡をした。やったことを並べるとそれだけのこととなるが、次元を越えること自体が規格外な行いなのだから王族と言えど魔力の底が見えてもおかしくは無い。しかし、これからやろうとしていることを考えればこの程度で魔力の底が見えていては実行に移すことができないのだ、次に次元を越えるのは首輪の何十倍もの質量を持つ人だ、今回は次元を越えての追跡をしていたが、身体自体は元の次元に残していたから意識のみ次元を越えていた様なもので魔力切れで元の世界に引き戻されたが、ヴィルヘルム自身が次元を越えようとして途中で魔力が尽きれば次元の狭間を一生彷徨うことになりかねなかった。

 魔力に関しては、泉の力を利用できるかをこれから確かめるとして、保険として一時的に魔力を高める薬も用意しておいた方がいいかもしれないと机の上に置いていた魔方陣をたたみ懐にしまう。あらかじめ用意していた魔石に手を当てればたちまちに輝きを持っていた魔石がどす黒く変色し砕け散った。まだ魔力は完全には回復しきってはいないが、地上へ出て泉に向かうまでには自然と回復しているはずだ。

 文献や論文、次元について書かれているもの、泉について書かれているもの様々な分野に手を伸ばし頭に詰め込んでいる。本来ならもう一度手順をジルベールなり、この国でも有力な魔力を持ちあやつる能力を持つ者たちに手順を教え同等の結果を得られるかを確かめなければならないがそんなことは言ってられない。魔力の消費量から言って、人が次元を越えることは無理だとされて禁忌の魔術として封印されてしまう。

 これから泉の力を誘発できるかを確かめ、力を拝借することができるのならその力を用いてもう一度あの違和感を覚える世界へと向かう。力を誘発できないのなら薬を持って力を増幅させ行きの魔力だけでも確保するつもりだ。魔力の軌跡は使用する魔力量からして二週間程度、その間に綾子を見つけ出し共に次元を越える同意を得られたら薬による魔力の増幅と残っている軌跡を辿りその残りかすを拾い集めながら発動をさせれば帰りも次元を越えられるだろう。

 もし、薬による増幅で魔力を賄えなければ行きしなでヴィルヘルムが彷徨うだけだ。そうなったら精神体だけでも綾子のいる世界に飛ばし最後に一目綾子の姿を見られたらと考えている。

「皆に感謝しないといけないな」

 現在、国王夫妻はまだ外遊に出ているが、政務に関してはほぼアルノシュトが受け持ってくれている。宰相たちもこれまでにないヴィルヘルムの様子に手を貸してくれていた。だからこそ綾子を取り戻すために時間を大幅に割くことが出来ている。

「後、少しだ」

 脳裏に映ったあの景色はもしかしたら妄想かもしれない、だがそれでもヴィルヘルムは感じていた。生まれ育った世界とは違う感覚を受けたあの世界で、綾子の気配を。

 通い慣れた道、今は人払いをされて誰も近づくことは無いが誰もいない泉など何時もの光景だ。だが、それでも何年も通い続けたこの泉に対して違和感を覚えるのは初めてだった。何も無さそうな小さな泉だ、だがそこには正体不明の力が宿っていると分かったからだろうか。

「だが……」

 泉の縁にしゃがみ込み手を伸ばせば何に遮られることも無く水面に触れられる。指先から広がる波紋は、吹く風によっておこされていた波紋に打ち消された。

 懐にしまっていたガラス瓶を取り出し中身を泉へ垂らす。そして次元魔法用の魔方陣を頭に思い浮かべれば水面の波紋が消え魔方陣が浮かび上がった。

 泉についても周辺を含め調べさせたが近くに祠らしきものも無く、泉の中にもそれらしきものはなく、泉自体が力を持っているのだろうということで現段階は落ちついている。そして、守護、攻撃、精霊魔法と様々な魔法をこの泉に干渉して発動させたが何一つあの力を誘発させることは無かったとの結果報告ももらっていた。ただ、移動魔法を発動させた時に僅かに力を感じた気がするとの報告もあったから、次元魔法を泉の水を媒体として発動させればその力は強くなるのではないかとヴィルヘルムは踏んでいる。

 感じた気がすると、ただ誰かがどこかで魔法を発動させそれを感知しただけかもしれないそんな報告だった。だから、泉を媒体として魔法を発動させることは一か八かの賭けであったがそれに勝った様だとヴィルヘルムは口元を笑わせる。

「あれは、僕のだ……例え神の力だろうと利用させてもらう」

 ただの魔法ではない、精霊の仕業でもない、だとすれば残るは神か魔かどちらかの力となる。誰だろうと綾子を奪うことは許さない、その気持ちは変わらない。神が定めたことだと言われても、魔の気まぐれで動かされた運命だったとしても、諦めるものかとヴィルヘルムはあの日の様に光を放つ泉に身を投げた。

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