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猫が顔を洗った日  作者: 佐奈
転章
33/40

w-004

 食事の量が減ったり、寝付きが悪くなったりとまだ完全に立ち直ったわけではないが、ヴィルヘルムは綾子を取り戻す為に比喩ではなく本当に寝食を忘れ身を粉にして奔走していた。

「兄上へこれを届けてもらえるか」

 部屋に待機していた文官に命じ処理をした書類を渡す。領地へ行くまでは政務に携わっていたとはいえ、ブランクがありどうしてもヴィルヘルムに確認を取らなければならない書類は文官を通してやり取りがされている。

 今、ヴィルヘルムがメインで行っているのは異世界への道のひらき方を調べることだった。神殿への侵入者があった時にヴィルヘルムは移動魔法を使っているが、王族指折りの魔力であっても単体移動を想定して国の端から端までの距離がやっとの距離だ。あらかじめ用意されている移動補助の魔方陣を用いて国から国への移動が可能になるが世界の果てまでとなると理論上では行けるだろうが、移動魔法の歴史を紐解いてみてもまだ誰も試したことが無い。

 今回移動を考えている先は誰も見たことも聞いたことも無い異世界。どの程度の距離を想定するのか以前に、次元を渡ることは可能なのかそこから調べなければならないのだ。次元移動の魔法が無いわけではないが、その分野の魔法は実用はされておらず研究段階といったところ。しかし、以前目通りをした商人が持っていたあの綾子が反応を示した書物、あの書物が綾子の世界の物であるのなら綾子のいる世界と此方の世界を結ぶことは不可能ではないはずだ。

 こちらの世界には綾子の身につけていた衣裳と傷ついた際に手当てに使われていた包帯には僅かにではあったが血が付着していたから、それらを媒体として気配を手掛かりに検索することが可能だ。また綾子がこの世界から去る時に首輪はその身を離れてしまったが身にまとっていたのは此方の世界の物質でできた寝間着であったからそれも検索の手がかりとなる。

「泉についてもやはり調べないといけないな」

 神殿の図書館を言葉通りひっくり返して調べた結果、どれだけの年月を放置されていたのかというぐらいのほこりにまみれた泉に関する簡素な造りの書物を見つけた。偶然か故意かはわからないが、奥まった書棚の後ろにあったその書物は今回の様に書棚を空にしなければ見つからないようになっていたのだ。

 所々虫に食われ推測で読んでいる部分もあるが、泉が持っている力は言伝え通り、何処からともなく何かを連れて来ること、何処かへ何かを運ぶことであった。まだ読み解いたのはヴィルヘルムのみだが、その内容は今まで国で見られていた泉に関する書物とは違い、泉に見られる現象を観察、検証し書き記した手記と言った方がしっくりとくる。

 重要だと思うことは抜粋し、自分なりの解釈や考察を書き連ねた紙は随分な枚数になっていた。事にひと段落がついたらこの資料も添えて後世に残す書物として編集するよう指示を出すかとぼんやりと考える。

「少なくとも、前に泉が同じ様なことを引き起こしたのは千年は前のこと」

 その間、よくこの手記が残っていたものだと思うが、人に簡単に見られたくは無いが残しておかなければならないものと想定して魔法がかけられていたのだろうか。見つけた時に僅かな魔力の残留を感じたが、今はもう何も感じられない。

 その時は見たことの無い物体を連れてきたらしいが、ヴィルヘルムが見たのと同じ様に泉には結界が張り巡らされこの手記を記した男は弾きとばされたと書かれている。その時の天候も雨が降り続き、記した手記が読めない部分があったなどとどうでもいいことまで書きこまれていたがそんな端書きであっても今は大事な情報だ。

「雨も関係しているんだろうか、……伝えられた話には雨を指す様な言葉はあったか?」

 千年以上前の状況とヴィルヘルムが体験した状況、二つに共通するのは雨がふっていたということだが、泉に関する言伝えの中には雨という単語は聞いたことは無かった。口伝に伝えられ近づくなという点を伝える為には雨の日にはという括りは邪魔になり消えてしまったのかもしれない。試せることは全て試してみなければならない状況だから雨の日というのは一つの鍵となるだろう。他にも読みとれるだけその当時の状況を読みとり類似点をあげなければならない。

 まだ机上の空論段階ではあるが次元魔法の方も実際に発動をさせてみたいし、泉の力を発動させる引き金にならないか、次元魔法を発動させて様子をみることもしてみたいが失敗した時のリスクを考えると二つともそう簡単に試せる方法ではなかった。

 新たな魔法を生み出すために失敗はつきものだが、次元魔法が今まで発展しなかったのは移動魔法ですら試験段階で幾人もの犠牲者が出たからだ。次元魔法の実験と称して無機質の物を移動させることはしてきた。追跡魔法をあらかじめかけておき、移動させた後に追跡魔法で移動させた物質を追うのだが、この世界から気配が消えたとしても正しく次元を越え異世界へ行ったのか、それとも只単に追跡魔法の届かぬ場所に行ったかの判別はつかないままで、その上仮に異世界へ移動したとしてそこで物質が無事なのかどうかを知る術も持っていないのが現状だ。

 そこに無機質ではなく、生物を使ってという案が出なかったわけではないが、人の身で無事次元を越えられるのか、移動した先の世界でこの世界の人間が環境に対応できるのか、元の世界へ帰ってこられるのか、一つ一つ段階を踏み解決しなければならない謎の最初の段階すら解決できていないのだから次の段階へ移るのは危険だと理由をつけられ次元魔法の開発は止まっている。その理由にも一理あるのだが実際は人身御供となるのは誰かということで揉め実現されていないのだ。

「成功させなければ意味がないのだから、恐がることもないか」

 成功率を高める為に情報収集と研究は進め近いうちに実用実験を行うが、ヴィルヘルムが求めるのは中途半端な結果ではない、綾子の世界に行けるか行けないか、その結果しか求めていない。周りには実験と称して次元魔法を使用するつもりだが、その一回が最初で最後の機会だと考えている。

 成功すれば綾子に再び会える、失敗すればそこまで、運よく世界の果てに飛ばされるか、見たことも無い世界に飛ばされるか、それとも暴走した魔力に喰われるか、いずれにしても二度とこの地に立つことはないだろう。

「雨か……」

 あの日以来、雨は降っていない。空はからりと晴れて見渡す限り青と白が続いていた。

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