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猫が顔を洗った日  作者: 佐奈
転章
28/40

a-004

 結果から言えば、成果は無かった。

 手始めに綾子が専攻しようと考えている日本文学をと古事記から万葉集、伊勢物語と日本古来のもの、それから西洋史に海外文学、はたまた物理学や量子学なんてものにまで手をつけたがこれだと思う情報は見つけられないまま。数学に手をつけようかともしたが、これ以上は頭が痛くなってしまいそうだと資料探しを止めた時には外が暗くなっていた。

 午後には二コマ講義が入っていたが、どちらも休んでしまったのかと慌てて授業計画を確認して一コマは今日が小テストの予定だったことを知って肩を落としたが、自分がやりたいことをやって得た結果なのだから仕方が無いと割り切りその講義に関しては優判定を取ることを諦めている。

「そんな簡単に見つかるわけないよね」

 積んだ本に囲まれながら一人言つ。魔法なんて不思議な力が認識されている世界ですら異世界についてはあまり知られていないようだった。魔法があるのだから世界を渡る術もあるはずなんて簡単に考えていたがそう甘くは無い様だ。

 ヴィルヘルムから贈られたのはあの首輪だけで、寝間着は誰の物とは聞いていないが一応はヴィルヘルムから贈られたものとして扱っていいのだろうかとふと考える。だとしたら、あの寝間着を後生大事に持っているのかと思うとどこか笑えた。

「会いたいよ、ヴィリー」

 会えないからこそ想いが募る、もしまた会えたとして今度は名前を告げるのだろうか、此方の世界に別れを告げる覚悟を持って、そして両親にももう二度と会えないのだと説明をして……そんなことをしたら、どこかで頭をぶつけたかしておかしくなってしまったのではと疑われてしまうかもしれない。けれども、ヴィルヘルムの隣に居場所を求める為にはそれだけのことをする覚悟がいる。

 本校地の図書館にはもっと所蔵されている本があると書いてあったから時間を見つけてそちらにも調べに行ってみようかと今積んでいる本を目で数えながら考えた。そして視線をめぐらせれば、閉館時間が迫っているのだろう、席についている人はもう綾子ぐらいなものだ。

 取り留めも無く目に着いたら取ってきた本は司書の人に申し訳ないと思いつつも返却用のカートへ入れる。マナーモードにしていた携帯を確認すれば友人から講義に出ないのかというメールが届いていた。前に、お昼を食べてそのまま寝過してしまったという前科のある綾子のことだからまたどこかで眠っているのではないかという心配も含まれたメール、返信が遅くなったことをわびつつ、調べ物をしていた旨のメールを返信しておく。

「あっちの空は、星が綺麗だったな」

 図書館から出て見上げた空にはまばらにだが星が光って見える。ただ、夜になれば人工の光が照らす夜では満天の星空なんて田舎に行かなければ見ることが出来ない。

 蝋燭と魔法で最低限の灯りをともし過ごしていたあちらの世界では、夜空を見上げれば満天の星空が広がっていて初めて見た時にはあんぐりと口を開けたまま空を見上げていたぐらいだ。

 ヴィルヘルムが同じ空を見上げているわけはないのだが、それでも空を見上げて星を見て、綾子と一緒に見たことを思い出してくれていたらいいなと少し笑った。


*****


 元の世界に帰ってきてから十日程、綾子は時間を見つけては図書館に籠り何か手掛かりを掴めないかと調べ物を続けている。

「凄い資料の数だね」

 何故か三日目ぐらいから仙道が現れるようになり、綾子は無難な対応をしつつも誰か他の人に興味を向けてくれないだろうかと内心では考えていた。いい人だとは思うが、それ以上にはならないのだと綾子の中では確定しているから余計にそう思うのだ。

「気になったことは調べないと気が済まなくて」

 ジャンルは気にせず、タイトルが少しでも気になったら手に取り目を通す。そして、その中でも気になるページがあればじっくりと読みふける、そんなことの繰り返し。見ていても楽しい作業ではないだろうに仙道は綾子の様子を見ながら適当な本を手にしながらそこに座っていた。

「俺にも手伝えることがあれば手伝うよ」

「お気持ちは嬉しいんですけど、これは私一人で調べたいんです」

 言っても信じて貰えないだろうという思いと、自分が決めたことなのだから最後まで自分の力でという思いがある。藁にもすがる思いで、異世界と時空が繋がる切っ掛けになりそうなことは幾つかピックアップをしているし、世界にある不思議な現象の起こる場所も控えてあった。

「凄い情熱だな、何がそんなに新田を突き動かしてるんだか」

 連日図書館に通いつめて幾多もの本に目を通してはメモやコピーを取る姿。レポート作製でもここまで必死になることは無いだろう。

「……」

 言ってしまおうか、全てではなくても何故こんなことをしているかの根源にあるもののことを。そうすれば仙道は次へ進むかもしれないし、その方が綾子も気が楽だ。

「好きな人の為ですよ。その人に会うために必要なことだと思うから調べているんです」

 何を調べればいいのかなんて漠然としているし、明確な答えが見つかるわけないということも分かっている。それでも、何かしていなければ落ちつかなくて、科学的根拠も実態も無い様な話でもいいからと手当たり次第情報を探す始末。

「……好きな、奴の為?」

「はい」

 驚いた顔をしている、それもそのはずだろう。好きな人がいる素振りなんてずっと見せていなかったし、綾子の態度はもしかしたら周りに言われ意識していて、仙道の好意に気付きなびきそうな態度をしていた可能性もある。

「遠い世界の人だから、必死にならなくちゃいけないんです」

 遠すぎて手を伸ばすことをためらった人だったけれど、離れてみて相手の想いの深さに、自分の抱えていた想いの深さに漸く気がついた。

 可能性が砂浜から一粒の砂金を探す様な確率であっても、零ではないのならその奇跡にかけたい、そんな思いで綾子は今できるだけのことをやっている。

「自己満足にしか過ぎないんですけどね」

 もう一度あちらの世界に行ったとして、ヴィルヘルムが受け入れてくれるかどうかはわからない。裏切られたと思って綾子のことを憎んでいる可能性もあるのだ。それでも、もう一目でいい、名前を告げるだけでもいい、綾子もヴィルヘルムのことを愛していたのだとそう伝えたいと異世界へ行く手立てを探している。

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