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猫が顔を洗った日  作者: 佐奈
声を聞かせて
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019

 ヴィルヘルムは目を通し終わった書類を机の上に投げため息を吐く。

 神殿への侵入者の報告があった翌朝から議題に上っていた神殿警備についての問題点だが、煮詰めれば煮詰めるほど内部からの手引きがあったとしか考えられないのだ。

 その手引きしたのが神官なのか、それともネコか、警備兵かはわからないがいずれかの者が今回の侵入に対して一枚かんでいる。捕えた侵入者たちは今尋問にかけていて、口を割るのも時間の問題かと言われていた。

 扉をノックされて答えればジルベールの声が聞こえ入るよう促せば片手にとはいえ随分な書類を抱えて部屋へ入ってくる。

「お疲れ様です、要請された資料まとめてきましたよ」

 今後の為に洗い直せる部分は洗い直すと神殿と軍部には過去資料から今までに起こった事件や改訂などをまとめて貰っていた。そして、まとめられた資料の中から詰める部分を見つけ出せばまた必要になるであろう資料や関連する事柄に対する資料を要求する、そんなやり取りがここ数日続いていた。

「ありがとう、そこに置いといてくれ」

 流石にこの件は国の根幹にかかわる問題であって国王も動いているが、国王には通常の政務としてヴィルヘルムよりも課せられたものがあり随分と前から決まっていた外遊で一つ国を挟んだ同盟国へ足を運んでおり実質この件に関してはヴィルヘルムが指揮を取っている。

「あまり根を詰めるとネコに心配をかけるんじゃないんですか」

 ジルベールの見立てではあるが、ネコの方もヴィルヘルムに好意は寄せている様であったからそんな人が目の下に隈を作っていては心配をするだろうとそう思う。

「これから休憩をとるつもりでいるし、無理はしていない」

 普段より少しだけ睡眠時間を削ってはいるが無理はしていないし、今日もひと段落ついたところで休憩がてら顔を見に行くつもりでいる。

「それにしても、不思議な方ですよね」

 黒髪が珍しいわけではない、事実、ジルベールも黒髪であったし城の中にもちらほらと姿を確認できている。ジルベールが不思議だと指したのは服装や綾子自身の性質だった。

 服装に関してはこの国では見られないものだったし、長い時間を生きてきたがこの国を訪れた商人や旅芸人たちにも見られない服装で被服職人たちがその縫製や材質に驚嘆の声をあげたと聞く。もし許可がでるのならば、ばらして縫製や織り、原材料に至るまでを探究したいという申請すら出るかもしれない。

 そして、綾子自身。貴族の中には見たことのない顔でこの国の出身であるのなら平民の出となる。だが、服装からしてこの国の者ではないと結論づけられていて、そうなると何処の国のどういった身分の者かという疑問が残る。

 しかし、侵入者のあったあの夜から、現在に至るまでの綾子の行動や他人への対応の仕方からして貴族という位にいたとは考えづらい。だとすれば他国の平民となるのだろうが、何故そのような立場の者が王家が管理する土地にいたのかということが引っかかる。

「そうだね、誰も知らない文字を知っている様だったし……異国の民かもしれないね」

「かもではなくて、異国の民でしょう。まだ色々と疑問は残りますが」

 次期王として手腕を発揮しているヴィルヘルムへの民からの期待は高い。ジルベールも友人としての贔屓目があったとしても、ヴィルヘルムが国を治めることが楽しみでもあるのだ。

 学友であり当時からのヴィルヘルムを知っているが、その当時からネコはまだ見つからないのかと言われていて、ここ最近では神殿に来ることも稀となりこのままネコを得ず王を補佐する者となるのかとすら陰では言われていた。

 だからこそ、ヴィルヘルムがネコを見初めたと聞いてやっとかと思うと同時に、喜びもしたのにそのネコは異色のネコで言葉も喋らず、名を交わす前に人型になった異国の民。神殿がネコと認め、王族から見初められれば誰も異論を唱えることはできない。だが、もしかしたらと子息がネコになった貴族たちは陰でこそこそと何かをしでかす可能性はある。

「それでも、貴方の想いは変わらないのでしょう?」

 白いネコ以外のネコは今までも存在をした、だが王族と名を交わす前に人に戻ったネコはいない。いたとしても、それは適齢期を過ぎ家へ戻るために人に戻ったネコだ。

 異例だらけのネコではあるが、ヴィルヘルムが見初めたネコ。ジルベールとしてはこのままうまくまとまって欲しいところ。

「変わらないよ……」

 この国の民であろうが、異国の民であろうが、ヴィルヘルムが欲しいと思ったのは変わりようのない事実。他には黙ってはいたがヴィルヘルムは綾子がこの国の民でないことも、もしかしたら異国の民ですらないかもしれないということも知っていた。

 綾子と話している時、興味を示した物について説明をしていてこの国の話や他国の話もしていたが、魔法のことについて話した時に子供だましの様な魔法を見せただけでヴィルヘルムの方が驚くぐらいに綾子が驚いていたのだ。その反応を見れば、魔法を知らない、使ったことがないことがすぐにわかる。

 この世界に生きていて魔法に触れない者などまずいないだろう。魔法大国として知られているのはこのヴェストラ以外にも存在するし、他国でも日常に魔法は用いられていた。

 それに、綾子を見つけたのはあの泉の傍……

「あの子があの子である限り、そんなもの些細なことだ」

 どこの国の生まれであったとしても、ヴィルヘルムの前にネコとして現れた。やっと見つけた、やっと来てくれた、やっと手に入れられる、綾子を見つけた時の歓喜は言葉で表すにはむずかしい。

「珍しい、独占欲丸出しだね」

 優しい王子様、そんな人物像を地で行く様な評判の王子だったというのにと苦笑すれば、苦笑を返される。

「僕も、王族だったってことだよ」

 会話をしながらも先ほど持ってこられた書類を分類ごとに籠に入れ終わると、これでひと段落だとペンをペン立てへ戻し、インクの蓋を閉じた。

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