014
「あら、貴方がヴィルヘルム様のネコ候補?」
部屋に連れてはいられ、ここで寝て下さいねと猫用にしては大きな、人用にしては子供が寝られるかぐらいのサイズのベッドを指示された。ベッドの寝心地はヴィルヘルムのベッドよりも少し硬かったが、それでもこの世界に来るまではパイプベッドにお世話になっていた綾子にとっては十分なベッド。
その寝心地を確かめるようにしていると、横のベッドにいた赤いリボンを首に巻いたネコに話しかけられた。話しかけられたのだが綾子は思わず目を見開いて相手を凝視してしまう。
ヴィルヘルム達がネコと呼ぶ存在が言葉を喋るということは知識で知っていたのだが、実際に見聞きしたのはこれが初めてで、それは衝撃的なことだった。
「違いますの? 随分と噂になっていた様ですけれど」
「にゃー」
一応のところそうですと答えたいが如何せん言葉が喋られない。一度、言葉を発したらしいがそれは無意識のうちのことでどうやったら喋られるのかなんて綾子の方が聞きたかった。
「あなた、言葉を紡げないの?」
にゃーと鳴いた綾子に反対側にいた緑のリボンを首に巻いたネコが喋りかけてくる。ネコたちは元は人間であって、王族に嫁ぐだけの魔力容量があるだけあって言葉を喋ることも可能なのだ。
「……」
言葉が喋れて当たり前、とでも言う様なもの言いに綾子は口を噤む。
それを見て、慌てて最初に話しかけてきたネコが綾子の横へとやってきた。
「時に人の言葉を喋れなくなるネコも居るとききますし、きっと今はまだ魔力が足りていないのですわ」
ネコになる基準は彼らの持つ魔力に基準している。だが、それは保有している魔力だけではなくて彼らが保有することのできる魔力容量を基準としているためその身に宿す魔力が少なければ言葉を失ってしまうそうだ。
だが、惹かれあう人の傍にいること、接触を持つことでその魔力を増やしてゆき言葉を再び操れるようになるのだと言われているが真意の程は定かではない。王族も明確なことがわからず、どうしたらネコになり言葉を失った者が言葉を取り戻すのかを知らないのだ。その上、言葉を失うネコは歴史上に見ても稀で、ネコは喋れるものと認識している者がこの国の大多数だった。
「にゃー」
魔力と言われても綾子には分からない。魔法なんて二次元世界のものであって現実にはそんなもの存在していなかったのだから。確かに、中世辺りで魔女狩り何てものも行われていたし、日本にだって陰陽師という不思議な力を扱う存在がいたというけれど現在にはそう言った力が継がれているとは聞かない。
もしかしたら、人知れずその力は息づいているかもしれないが、それでも綾子には遠い世界の話だ。
この世界の住人にとってネコの姿になることは膨大な魔力を保持できる証らしいが、異界からきた綾子がネコの姿になっているからといってその条件があてはまるのかは分からない。
「それにしても、あの子たちが一緒じゃなくてよかったわね」
言葉が喋れないことには触れない方が良いだろうと判断したのか、緑のリボンを首に巻いたネコが別の話題を振ってきた。
「そうね、あの子たち自分がヴィルヘルム様のネコに相応しいとよく言い争っていましたものね」
どうやら別の部屋にヴィルヘルムを狙っていたネコたちがいるらしい、綾子は思い描いていた愛憎劇には巻き込まれずに済みそうだと胸をなでおろす。しかし、というかやはりヴィルヘルムは人気があるのだと再認識をする。
廊下で話している時もだったが、見た目がよくて、次期国王という地位を持っていて、けれどそれを鼻に掛けることも無く誠実で優しくて、いい所だらけの良物件。それは是非相手にと願う相手は多いだろう。もしもこのネコを伴侶に選ばなければならないという仕来りが無ければ、有力貴族や近隣の王族から正妃や側室にと名乗りあげる者が多数いたはずだ。
「一緒の部屋になってたら大変だっただろうね」
ただでさえ姦しいというのに、ヴィルヘルムから名を最初に呼ぶ権利を請われている綾子の存在が加わったらどうなることか。それも言葉を喋ることが出来ないというオプション付きで、絶対にそこにくってかかり自分の方が相応しいのだと攻め立てるに違いない。
二人の話を聞いていて、一緒の部屋でなくてよかったと改めて思う。そして、籠りの日の三日間は基本的にはこの部屋から出ることはないから顔を合わすこともないだろうし、ヴィルヘルムのことだ迎えに来ると言っていたが、あの様子だと部屋の前まで迎えにきかねない。
「その点でしたらこの部屋の子たちは安全ですわよね」
「そうだね、皆好きな人いるし、王族狙いでもヴィルヘルム様以外だったりしてるんだもの」
二人の話を聞けば聞くほどうまい具合に部屋分けされているものだと思ったが、これは意図的に部屋割されているのではないかと疑問が浮かぶ。保護するほどの存在が争いを繰り広げることは避けたいだろうし、王族が溺愛しているネコが傷つくことも神殿側は避けたいはずだ。
王族にしてもたった三日離れるだけでもあれほど嫌がり、傍から見ていても溺愛と言って過言ではない仲睦まじい国王夫妻の様子を見ていれば、そういった危険を回避するよう王族が手を回していてもおかしくは無い。
二人の話はまだ続いているのだが、綾子はこの部屋割だとか、実際にヴィルヘルムを狙っている存在が浮き彫りになりくすぐったい様なざわつく様な想いに尻尾が宙にのの字を描くようにして回される。
「話しまたかわっちゃうんだけど、本当にふさふさの毛並みなだよね」
毛が長く、この部屋の中にいるネコの中でも大きそうに見えるのだが、ベッドの沈み具合をみれば見かけほどの重さは無いのだとすぐ分かる。真っ白でも真っ黒でもなく、白い毛の中に末端や顔、尻尾に濃い毛色、毛づくろいが大変そうだが見るからにふかふかそうなその毛並みは人であれば抱きしめたくなる毛並みだろう。
ヴィルヘルムも綾子の毛並みを気に入ったのか、良く撫でていたしくしやブラシを使って毛並みをよく整えてくれていた。
「いいですわね、なんだか優雅だわ」
「……」
褒められ慣れていない綾子には本当の姿ではないとはいえ、自分のことを褒められてなんとも言えない気持ちを味わっていた。嬉しいのだが、そこまで褒められるような姿をしているとも思えないしとくるりと宙に丸を一度描いて尻尾がベッドへと落とされる。
話しに積極的に加わることはできないけれど、それでも綾子は友達との会話では聞き役になる方がおおかったからこうして二人の会話を聞いているのも楽しい。同じ目線で取りとめも無いことを話すなんて久しぶりで思わず笑ってしまった。