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猫が顔を洗った日  作者: 佐奈
声を聞かせて
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011

「見たことない文字のようだね」

 あの後、ヴィルヘルムは綾子を肩に乗せたままあの泉へときていた。部屋に戻ってもよかったのだがせっかく綾子が興味を示した物を手に入れられたのだから誰にも邪魔されずゆっくりと過ごしたかったのだ。

 部屋であればこの泉にいるよりも人が訪ねて来る確率が高い。この泉にいても城の中を探して姿が見えなければ探されるのだから結局は見つけられるのだが、それでも探しに来る者以外は訪れることがないのだからこっちの方がよかった。

 地面に書物をおけば胡坐をかいた足の上に綾子が乗ってくる。そしてまたじっと書物の表紙を眺めていた。

「君はこの文字が読めるのかい?」

 じっくりと眺めて見てもやはり古代文字とも違う、遠い土地にある国の文字とも違うそれ。商人も大量に仕入れた書物の中に紛れ込んでいてどこで誰から手に入れたのかは分からないそうだ。見たことも無い風体に価値があるのかと専門家の元へ持ち込んだが価値はないと言われたらしい。それでも手放さなかったのは話の種程度にはなるかとそういった考えだったからだそうだ。

「……にゃー?」

 読めるのかそう尋ねられると素直に読めると返事はできない。知っている形に似ているが日常に支障が無い程度に読めるとはいえないのだから。だが、表紙に書かれている文字は何処かで、そう考えこんでいたら返事が怪しくなった。

「解る様な解らない様なって、ところなのかな」

 首を傾げ怪しげに鳴いた綾子にヴィルヘルムは苦笑する。

 綾子はそんな彼の様子は意にも留めず、じっと表紙を眺める。ずっとただ見たことある文字の形だというだけではなくて、この書物を何処かで見たことがあると感じていたのだ。

 そう、確かあれは図書館で古文について調べている時に話の書かれた時期や時代背景も調べなければと歴史資料を漁ってみたときに当時の有名な書物として写真つきで紹介されているものだと思いだした。

 まさかとヴィルヘルムの膝の上を降りて書物に近づく。じっと顔を近づけて鼻がしらが付きそうなぐらい顔を近づけて隅から隅まで表紙を見る。

「……」

 膝に乗ってくれたことが嬉しかったのに、書物にその興味を奪われ膝の上から去られてしまい少し面白くない。綾子の興味をひく物が解るのは嬉しいが、ここまで興味をひかれている姿を見ると嫉妬すら覚えてしまう。

「一緒に読もうか、君じゃ開けないだろう」

 そう言って両手で綾子を抱き上げるとまた膝の上へ乗せる。そしてそれまで綾子が食い入るように見ていた表紙を開けば中も同じ様な文様の様な文字が並んでいた。

「……規則があるようには見えるけれど」

 書きつづられたその頁の中には同じ様な形が幾つか見える。出鱈目に書いているのではないのだとそこから判断するが、どのような規則にのっとって書かれているのかそこまでは解らない。

「にゃー」

 綾子は一度読んだことのある話だと理解すると、知っている現代語の話と照らし合わせ草書を読み解いてゆく。何もわからない状態からではないので読み解くのにはそう時間はかからず、まだ同じ形をした箇所に指をはわせているヴィルヘルムに頁をめくるよう催促をした。

「君にはこれが読めるんだね」

 この文字は縦書きで左から右へと読んでいくものなのだろうとヴィルヘルムは綾子の視線の動きから判断する。そして時折考え込むように視線が止まったり、前の文章を確認するように視線が動いていたことからして適当に見ているというよりは読んでいるといった感じだ。

「どんなことが書いてあるのか、聞いてみたいな」

 名前も知らないネコ、綾子が喋ることが出来ないと分かってから神殿にも相談をしたが未だかつてそのようなネコがいたという伝承はないと答えられた。

 神殿にいるネコは短毛の白が九割九分、そして極稀に黒、それが今まで神殿で保護してきたネコの見た目だ。だが綾子の毛は長く色も顔や手足に尻尾は濃い茶をしていて見た目も規格外なのだから長年ただ現れなかっただけかもしれないと曖昧な答えが出されたのだ。

 ネコは常時神殿に五匹ほど保護されている。王族はその中から伴侶を見つけ出し婚姻を結ぶのだが王の妃となるネコだけは他のネコとは違う役目を与えられていた。

 まず、ネコに選ばれることそれは王族へ嫁ぐことが天から認められた証。ネコにならなければ例えこの国の有力貴族の子息であろうと婚姻を結ぶことはない。

 ネコに選ばれる条件はこの国の王族を支えられるだけの力を許容する力を持っていること、その一点のみだ。だが、魔法が全てを支えているこの国ではその一点がとても重要なこととなる。王は戴冠したときからその座を退くまで長きにわたりこの国を支える為に力を使う。ネコを得た王族は王になることを拒む者もいるが、本当は自我を持った辺りからこの国を支えるだけの魔力を許容できるか否かそれを無意識に自覚するそうだ。だから自分ではその器ではないと血族の中で一番の力を持つ者が王座につくようにそうなっているらしい。

 そうだとからしいとか曖昧な表現になるのは実際の所それは無意識の行われていることであって、長いこの国の歴史の中で学者たちが王族の話を聞きながら、自分たちの憶測も混ぜて立てた推論だからである。

 そんな力を許容するだけの王を支えるネコにも同等の力を許容することが求められ、普段は王と魔力を共有し国を支え、時にその力を体内で共鳴させ王に返す、王が国を支えきれない状態に陥った時には替わりに国を支える、そんな役目が与えられるのだ。

 何故ネコの姿になるのか、ネコの姿を取る期間がどれ程なのか、その謎はまだ解明されておらずそれはこの国の神話時代とも呼ばれる礎を作る時代の話を紐解かなければ解明できないだろうと言われている。

「面白いかい」

 食い入るように書面を追っている綾子の姿はどこか楽しそうで、書物を閉じてしまいたいがそんな楽しそうな所を邪魔したくも無いし、機嫌を損ねてしまうかもしれないからと片手はすぐに頁をめくれる様書物にもう片手は綾子の背や頭を撫でている。

「……うん」

 そう、面白いの……と流してしまいそうになったが、確かに今ヴィルヘルムの言葉に人の言葉が返ってきた。そしてここにいるのはヴィルヘルムと綾子だけなのだからその声の主は綾子に他ならない。

「え……しゃべれ、るように」

 綾子が喋り出しそうな雰囲気なんて今までちっともなかった。綾子も何度か喋れないかと口を動かしているのは見たことはあったが、それでもその小さな口から洩れるのは可愛らしい鳴き声だけ。

「にゃー」

 背を撫でていた手が止まり、背後のヴィルヘルムの気配が変わったように感じて見上げれば酷く驚いた表情をしたヴィルヘルムがそこにはいた。

「ねぇ、さっきうんって言ったよね?」

「にゃ?」

 うんって言ったかと言われてもさっきは書物を読むのに必死で何か聞かれた気がして適当に答えた気はするが「うん」とはこの猫の口では言えないだろうと、そして今も「えっ?」と言ったつもりでもにゃと鳴いていた。

「あれ、聞き間違い……いや、でも」

 たった一言だった、けれど何時もの可愛らしい鳴き声とは違う少し落ち着いた声。

 何時か何時かと願っていたこと、聞き間違いかもしれない、そうではないかもしれない。けれど、願っている時は直ぐそこまでもうきているのかもしれない。

 その姿を人に変えて、名前を交換するその時が……

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