ワタリガラス2
なんだ、この女は。
その女を見たときの、正直な感想だった。
天使が舞い降りたのかと思った。
レイブンはその瞬間、視覚のすべてを奪われた。
太陽を溶かしたような金色の髪。
海を閉じ込めたような青い瞳。
すべてを飲み込むような――
悪魔のような笑顔だった。
母親に半ば脅されるように入れられた士官学校は、窮屈この上なかった。
同室の男は口うるさく、規律に厳しい。
どこぞの王室の出らしいが、レイブンにしてみれば知ったことじゃない。
とっとと逃げ出したかった。
だが、ここを出れば船をもらえる。
それに航海のあれこれも、この学校は教えてくれるということだった。
自分を拾ってくれた母は言った。
自由にしたいなら、力と知識を持てと。
弱くて馬鹿な奴に選択肢なんて何もないのだと。
そう教えられた。
レイブンは馬鹿だったが、強かった。
浅慮で、短慮で、無知だったが。
……まあ、そういうことさ、とレイブンは思う。
バカは悪口にも反論できない。
全部おんなじじゃねーか、あのクソババア。
けれど、悪い気はしない。
家に帰ったら理知的な顔でもして、イラッとさせてみよう。
またあのデカいトカゲが出てくるかもしれないが、慣れっこだ。
母、エルゼリア=ナイアは俺を殺せない。
「なんせ、可愛いからな」
レイブンはほくそ笑む。
くだらなく退屈で、それでいて学ぶことの多い場所で――
そして、そこで出会った。
名は……やめておこう。
後に再会したとき、彼女はビーネン・ケーニギンと名乗った。
自分と同じくらい、バカで愚かで、
自分のことが大好きな女だった。
ただ一つ。
少しだけ気になることがあるとすれば――
こいつのネジは、少々飛びすぎている。
酷いのは同室の男だった。
カチ、カチ、と。
なんだか知らないが、時計を大切にしている。
小型の魔導蓄積器によって持ち運びできるようになったのだとか。
これから世界は時間通りに動くようになると、豪語していた。
予定と調和。
敬虔な六神信者か、アホらしい。
「うるせーぞ!」
と怒鳴れば。
「うるさくはない。小さな音だ」
見当違いの答えが返ってくる。
……まあ、言われてみれば確かにそうだ。
耳障りなだけで、うるさいわけではない。
なかなか面白い男だと、レイブンは思った。
「お前、あの女知ってるか?」
レイブンが聞くと、男は呆れたようにため息をつき、
眼鏡を拭いた。
「どの女だ?」
答えが返ってきたことに、レイブンは気を良くした。
てっきり無視されるかと思ったが、いい男じゃないか。
「ローレンから来たって女さ。
ハチミツ色のいい女!」
下品なジェスチャーを交えながら語るレイブンに、
男は眉間を押さえた。
「それではでかすぎる。化け物だ」
思ってもみなかった返答に、レイブンは笑い転げた。
「しっかり見てんじゃねーか。
そうだな、もう少し小ぶりだ」
レイブンは手を差し出す。
この手の男には、礼儀が大切だ。
「レイブン・フォン……まあいいや、レイブンだ」
挨拶すると、男は深いため息をひとつ。
「貴様は礼儀というものを知らんのか」
そう言ってから。
「サルヴァトーレ=デル=マーレだ」
呆れながらも、その手を取ったのだった。




