第5話『共犯者のギフト、真実を暴く呪い。』
あれから数ヶ月が過ぎた。
俺は、無気力になっていた。
十六夜は容赦なく巡ってくる。
バルゴの後も、「奴隷商人」や「悪徳役人」を殺した。
朝、目覚めるたびに増えていくのは、血と泥に汚れた寝間着の枚数と、自分が「怪物」であるという絶望だけだ。
「……アベル、お前のパン生地が死んでるぞ」
親方の声も、以前のような怒声ではなく、諦観が混じっていた。
俺は、もう何も期待していなかった。
私リナはその日、二十歳の誕生日を迎えた。
貴族の屋敷での仕事を始める前、私は鏡に向かって、ぎこちなく微笑んでみせる。
(今日から、私もギフト持ち……かもしれない、か)
私の家系には、奇妙な言い伝えがあった。
何代か前の先祖が、『相手のギフトの仕組みが分かる』という力を授かったこと。
だが、その力は権力者に悪用され、「秘密を知りすぎた」として悲惨な目に遭ったという。
それ以来、我が家には「たとえギフトが発覚しても、決して他言してはならない」という家訓が受け継がれていた。
(まあ、私にそんな大それたギフトが発覚するとは思えないけど)
私は気を取り直し、パン屋へと向かった。
今日は屋敷で出すパンを、アベルの店で買う当番だったからだ。
カラン、と。店のドアベルが鳴る。
「アベル、いる? パンを……」
言葉が、途切れた。
カウンターの奥で生地をこねていたアベルが、ゆっくりと顔を上げた。
その顔に、愕然とする。
「……リナか」
生気がない。
数ヶ月前まで、凡人だと落ち込みながらも、どこか優しさを失わなかった彼の面影はなかった。
まるで、中身だけがごっそり抜け落ちたような、暗く、無気力な瞳。
いつものアベルなら、真っ先に誕生日を祝ってくれるだろう。
「アベル……? どうかしたの? すごく、疲れてる……」
私はたまらず、カウンター越しに彼に歩み寄り、その肩にそっと手を触れた。
「何か、あったの? 私、心配で……」
その瞬間だった。
なぜか、あの「言い伝え」が、雷のように頭を貫いた。
(私のギフトが、もし本当に「言い伝え」通りなら……)
衝動だった。
目の前の彼を救いたい。
彼が何を抱えているのか、知らなければ。
私は、祈るように、強く「念じ」た。
(アベルの……“ギフト”を、見せて!!)
直後、私の脳裏に流れ込んできたのは、
“幼女” “暗殺者” “十六夜の夜” “神の操り人形” “意識を奪われた乗客” …
(あ……ああ……!)
頭が真っ白になる。
(アベルが……? あの“十六夜の暗殺者”……?)
私は、すべてを理解した。
彼が無気力になった理由。
彼が「怪物」なんかじゃないこと。
彼が「操り人形」として、自分の意志と関係なく、この数ヶ月間、悪夢を見続けていたこと。
「アベル!」
私は叫ぼうとした。
言わなければ。あなたは一人じゃない!
「あなた、は……ッ!」
―――ゴフッ!?
声が出ない。
喉が、内側から灼熱の鉄で焼かれたかのように、激痛が走った。
「―――ッ! ぐ……ぅ……!」
「リナ!? どうした!?」
さっきまでの無気力が嘘のように、アベルがカウンターから身を乗り出し、私の腕を掴んだ。
「おい! 顔が真っ青だぞ! しっかりしろ!」
(違うの! アベル!)
私は必死に口を開こうとする。
だが、この秘密を「他言」しようとするたびに、激痛が私から言葉を奪う。
「あ…ア……! う…」
(言えない! 言えない! 助けたいのに!)
涙が、激痛と絶望で溢れ出す。
私は、アベルの秘密を知ってしまった。
アベルの「共犯者」になってしまった。
なのに、彼に「私も知っている」と告白することすら、できない。
カラン。
店のドアベルが鳴った。
「やあ、アベル君。ずいぶん騒がしいが、どうかしたのかね?」
柔和な笑顔を浮かべた、上品な紳士が入ってきた。
この街で慈善家として有名な、ヴァレリウス伯爵だ。
「……!」
アベルは私を支えたまま、伯爵を見つめて固まった。
その目には、数ヶ月見慣れた「無気力」とは違う、怯えが宿っていた。
伯爵は、激痛に顔を歪める私を一瞥すると、アベルに優しく微笑みかけた。
「お嬢さんの具合が悪いようだ。
何か悩みがあったらいつでも話してごらん。
……アベル君、君の悩みもね」
「……」
アベルは何も答えない。
私はパンを袋に詰め、店を出ようとした。
アベルの苦悩を知りながら、彼を孤独から救い出す、たった一言が言えないまま。
「じゃあね…」
扉を開け、一歩踏み出した、その時。
背後から、アベルの声が僅かに聞こえた。
「『十六夜の暗殺者』が……その、あなたを狙っている、と…」
それは、伯爵に対する震えるような警告だった。
伯爵の登場に怯えるアベルと、アベルの切実な警告を聞いて、私は気づいてしまった。
―――アベルの「呪い」が、次の標的として、この街の「聖人」とまで呼ばれるヴァレリウス伯爵を定めてしまったのだと。
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