第2話『凡人の特権、安全という嘘。』
「アベル! お前のパン生地が泣いてるぞ!」
親方の怒声が飛ぶ。
俺は十五の頃から、この街のパン屋で「見習い」として働いている。
来る日も来る日も、小麦粉と格闘する日々だ。
ちなみに親方のギフトは『パン生地に触れているときに、パン生地の気持ちがわかる』という、パン屋の天職みたいな“当たり”ギフトだ。
今日、俺は二十歳の誕生日を迎えた。
朝から晩までパンをこね、焼いた。
親方の怒声も、なぜかいつもより重く突き刺さった。
……結局、俺の体には何の“発覚”もなかった。
心のどこかで『もしかしたら…』と抱いていた淡い期待が、急に恥ずかしくなる。
(……リナに、カッコつかねえな)
貴族の屋敷で働く幼馴染の顔が浮かんだが、すぐにそれを振り払った。
仕事が終わり、俺はいつもの酒場に向かった。
「おう、アベル! こっちだ!」
店の奥で、酒ジョッキを掲げて手を振っている大男。
俺の親友、ルークだ。
数ヶ月先に二十歳になった彼は、狩人の家系に生まれながら、授かったギフトが「狩りには致命的に不向き」な代物だった。
今や一族から「不適合」のレッテルを貼られ、この酒場の専属コメディアンと化している。
「よおアベル! 今日、誕生日だったろ!」
ルークはそう言うと、俺の顔を覗き込んだ。
その浮かない表情に気づいたように、ニヤリと笑う。
「……どうやら、俺と同じ『凡人』仲間みてえだな!」
「……うるさい」
俺がため息混じりに席に着くと、隣のテーブルの商人たちが声をひそめるのが聞こえた。
「おい、聞いたか? 昨日の夜……“十六夜”だったろ」
「ああ……」
「また“出た”らしいな。『十六夜の暗殺者』が」
「あれはギフトじゃねえ。神罰か、“怪物”さ」
「まったくだ。そもそもギフトってのは二十歳で授かって“意志”で使うもんだ。」
「あんな幼女が、人を殺して回るなんて、常識から外れてやがる」
その会話に、ルークも酒を呷りながら頷く。
「全くだ。“怪物”が狙うのは『巨悪』だけ。」
「俺たちみてえな『凡人』は巨悪になんてなりようがねえからな。」
「皮肉なもんだ。凡人のおかげで安全なんてよ」
十六夜の暗殺者。
悪人だけを殺して回る、幼女の姿をした怪物。
ルークの言う通りだ。少なくとも『凡人』なら、あんな怪物に狙われることはない。
(凡人でよかった)
あの時の俺は、心の底からそう思っていた。
俺の人生は、このまま何も起こらずに終わるんだと、本気でそう信じ切っていた。
……数日後が、俺の二十歳になって初めて迎える「新月」の夜だとも知らずに。
そして、俺が、あの「高利貸し」の夢を見る夜だとも。
――あの「高利貸し」の悪夢を見る夜が、そこまで迫っていることを。
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