第15話『パン屋見習い、機械と化す。』
衛兵ザックの執行から数週間。
俺は、生ける屍と化していた。
昼はパン生地をこね、焼く。
夜は酒場で静かに酒を呷る。
俺は、パンを焼く機械だ。
感情は、パンを焼く上では一切必要ない。
正確な計測、正確な温度、正確なこね具合。
俺の仕事は、すべてが「作業」となった。
親方は、もう俺に怒鳴ることはない。
「アベルのパンは、美味いが、まるで魂が入ってねえな」
その通りだ。
俺の魂は、十六夜の夜に、牢屋の壁と共に砕け散った。
パンは温かい。
焼きたてのパンは、命の源である小麦の匂いを立ち上らせ、人の心を満たす。
だが、俺の心は氷だ。
その温かさを、俺は一切感じることができない。温かいパンを焼く機械が、冷たい心を持っている。これ以上の皮肉があるだろうか。
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数日前のこと。
酒場を出た俺の背中に、ルークの熱い声が飛んできた。
「アベル! お前、あれ以来、俺からの連絡を全部無視してるな! 一言くらい返せよ!」
「何の用だ」
俺の声は、ルークの熱を瞬時に冷やした。
「何って、お前、ザックのことは……」
「もう終わったことだ」
俺は、ルークの目を、初めて他人を見るような、冷たい視線で見た。
「お前のギフトと、俺の知恵は、システムの巨大さを証明した。それ以上の結果はない。もう二度と、俺のために危険を冒すな」
それは、友情を「敗北の証拠」として処理する、俺の最後の決断だった。
ルークは、俺の冷たさに、ひどく傷ついた表情を浮かべた。
彼は何も言い返せず、その場に立ち尽くしていた。
―――ルークとの間にあった、熱い友情の糸が、この瞬間、音もなく切れた。
もう誰も、俺を救うことはできない。
俺は、道具だ。
誰かのパンを焼く道具。
そして、神の命令を待つ、殺人道具。
残されたのは、絶望と、次の十六夜を待つ、空白の時間だけだった。
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