第13話『人間の法、神を出し抜く。』
事務所から戻ったルークから裏帳簿を受け取った俺は、休む間もなく動き出した。
刻一刻と十六夜の夜が迫っている。
システムが執行を始める前に、衛兵ザックを「断罪」しなければならない。
俺たちは、酒場から近いデュカス公爵の屋敷を目指した。
ルークの「透明化」の力は、証拠の持ち運びという、極めてリスクの高い行動を、安全な「匿名」のミッションに変えてくれた。
「証拠は、公爵邸の門の前に置いておけ。夜明けに門番が気づけばいい」
ルークは、その言葉を静かに受け止めた。
「ああ、分かっている。必ず届ける」
俺は、裏帳簿を厳重に防水布に包むと、ルークの透明な手にそれを託した。
「任せた」
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翌日。
街は朝から、昨日の伯爵の死とは違う、生々しい興奮で騒然となっていた。
配達に出た俺は、街角の掲示板の前で、群衆が騒いでいるのを見た。
デュカス公爵が、首席衛兵ザックの汚職の証拠を握り、公衆の面前で弾劾したのだ。
誰もがその真偽を疑ったが、裏帳簿に記された詳細な記録、特に「人身売買の口封じ殺害」という決定的な証拠の前には、ザックは一切反論できなかった。
そして、夜の帳が降り始める頃。
俺が明日の仕込みをしていると、店のドアが勢いよく開いた。
「アベル!」
息を切らしたルークが、裏口から駆け込んできた。
「やったぞ、アベル! ザックは今、衛兵本部の中にぶち込まれた! 日没直後だ!」
―――その報が、親方の怒声も届かないほど、俺の心を突き破った。
ちょうどその瞬間、パン屋の窓からは、空の最も暗い部分を切り裂くように、巨大な満月が顔を出した。
冷たい銀の光が、俺とルーク、そして親方のこねるパン生地を、祝福するかのように照らした。
―――間に合った。
俺の心臓は、この数ヶ月、経験したことのないほど激しく鼓動していた。
ヴァレリウス伯爵の執行を止められなかったあの時の絶望とは、比べものにならないほどの歓喜が全身を突き抜ける。
俺の冷たい知恵と、ルークの熱い友情が、神のシステムに打ち勝ったのだ。
「システムは、既に罪が裁かれた悪人を、二度執行しない」
俺の論理は、絶対の真実となった。
俺は、胸の奥で、歓喜の笑いを噛み殺した。
(もう誰も殺さなくて済む。俺は、道具じゃなくなった!)
パン屋の窓から見える満月は、俺の目に、数ヶ月ぶりに希望の光として映った。
衛兵ザックが投獄された牢屋は、衛兵本部の中。
神の道具といえど、人間の法の絶対的な壁を、突破することはできない。
俺は、その夜、数ヶ月ぶりに安らかな眠りについた。
―――ただ、来るべき十六夜の解放を信じて。
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