第11話『友情の対価、最後の抵抗。』
酒場を出た俺は、夜の道を歩いていた。
頭の中は、衛兵ザックの情報で満ちている。
衛兵ザックは、侯爵の政敵であるデュカス公爵と、リナが仕えるアーミテージ侯爵との屋敷の間にある、「中立区域」の責任者だ。
この二人は激しく対立している。
その立ち位置こそが、俺の脳裏で冷たい「希望」の光を灯した。
これまでの執行で、俺は悟った。
システムの判断は、絶対だ。
俺の警告や、最強の護衛は、システムの前では無意味だった。
なぜなら、システムが実行に移すのは「悪人」の裁きであり、人間が裁きを完了する前に、神の執行が終わってしまうからだ。
だが、もし―― システムが殺す前に、人間の法で裁き、その「悪」を断罪できたら?
ザックは、侯爵と公爵の政争の要衝にいる。
公爵側からすれば、ザックの汚職の証拠は、侯爵派を追い詰める絶好の切り札になるはずだ。
そして、運命は、俺に最後のカードを用意していた。
酒場を出て、自宅へ向かう足取りは重かった。
いつもの帰り道、半分ほど歩き終えた頃だろうか。
侯爵邸に続く、この街で最も大きな通りに出た。
俺は、そこで一人の男を見かけた。
白銀の髪に柔和な笑みを浮かべた、優しげで威厳に満ちた男。
デュカス公爵、その人だ。
彼は夜にもかかわらず、従者を引き連れ、侯爵邸を見上げるように立っていた。
その瞳には、侯爵に対する激しい敵意が宿っているが、どこか正義感のようなものが感じられた。
俺は、立ち止まった。
(これだ)
システムに勝つ、唯一の論理的な可能性。
衛兵ザックを、この公爵に「人間の法」で裁かせればいい。
裁きが完了し、ザックが悪人として「断罪」されれば、システムは執行対象を失うはずだ。
俺の無気力な心に、冷たい計算が生まれた。
俺は、もう抵抗しない。
だが、法という武器を使って、システムを「無効化」する。
そのために、必要なものが二つある。
一つは、ザックの悪事を証明する「証拠」。
もう一つは、その証拠を盗み出す「力」だ。
俺は、踵を返した。向かう先は、酒場。
酒場の裏口。
俺は、ルークの前に立っていた。
ルークは、まだ昼間の俺の冷たさに、傷ついているようだった。
「なんだ、アベル。また俺を馬鹿にしに来たのか?」
「……頼みがある」
俺は、頭を下げた。
土下座だった。
顔を上げず、俺は言葉を絞り出す。
それは、この数ヶ月で失った感情を、無理やり絞り出すような声だった。
「理由は言えない。だが、俺は、衛兵ザックの汚職の証拠が欲しい」
「は? ザックの証拠だと? それがどうした」
「ザックは、数日後の十六夜までに、必ず人間の法で裁かれなければならない」
「何を言ってるんだお前は! それがお前に何の益になる!」
「関係ない! いいか、ルーク。ザックは、侯爵の屋敷の地下に裏帳簿を隠している。それを盗み出して、公爵に渡すんだ」
俺は、ルークの熱い友情を、利用する。
「そのために、お前の『透明化』の力が必要だ。助けてくれ!」
俺は、顔を上げなかった。
ただ、土下座の姿勢のまま、ルークの返事を待った。
ルークは、何も言わない。
長い、沈黙が流れた。
酒の匂いに満たされた空間で、その沈黙は重く、永遠のように感じられた。
やがて、ルークが息を吐く音が聞こえた。
それは、諦めとも、決意ともつかない、乾いた音だった。
「……親友を救うためなら、命を張る。そう決めたのは、俺の方だ」
ルークの声は、静かに、しかし力強かった。
「二度と、俺に土下座するんじゃねえぞ、アベル。任せろ」
俺は、ルークの言葉を聞いて、初めて体中の力が抜けた。
俺は、最後の希望を、ルークの友情に託した。
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